大河へ
「ヤマト様。本当にごめんなさい」
「え?」
レナがぎゅっとシーツを握った。
「私は多くの勇者を死なせてしまいました。貴方の事も死なせてしまうかもしれない・・・いいえ、死んでしまうと分かってて召喚したのです。私が貴方を過酷な運命に巻き込んだのです」
「あ・・・いや。俺こそ全然役立たずで、ごめんな。期待されるような勇者じゃない」
「いいえ。貴方がいなかったら私は・・・」
レナがゆっくり手を伸ばす。
俺がそれをできるだけ優しく握るとレナは体を預けた。
暗い部屋で男女が二人!やばい雰囲気なんじゃないかと一瞬思った。
「うっ・・・うう・・・」
レナは泣いていた。きっと不安なんだろうと思った。そして自分の無力さを感じているのは俺だけじゃない。彼女もまた召喚術を受け継いだオルディア皇女としての責務と滅び行く国の中で、毎日辛い思いをしていたに違いない。俺とさして歳も違わないような女の子が人の生き死に決めるんだ。精神的にきついのは当たり前だ。当たり前なんだが、この異世界という空間がそういうものなのかなと感覚を鈍らせる。俺だって魔族と戦ったりするのは怖いけど、勇者とはそういうもので、そういう事を平然とやらなきゃいけないような気持ちにさせる。異世界は命の感覚を麻痺させるような空気がある。
でも、今ここで泣いている女の子は現実世界の俺達と同じだ。
。。。。。。
大河はエルフの森を抜けて東にある大きな川だ。
それを抜けるとシーディスの言っていたモロ砂漠にたどり着く。モロ砂漠に何があるのかは分からないが、今はその言葉通りに進む以外にない。俺とミレットの体調が整った頃、俺達は出発した。もちろんミレットやフラウスの関係は良くないままだが、現状それをどうこうできるわけじゃなかった。
果てしなく続く地平線の向こうには大河があるのだろうが、一体何日かかるのか分からない。そもそも電車や車なんてない世界で、何日も歩き続けるという行為は俺にはとてつもなく無謀な行為に思われた。かといって他に方法なんてないのだが・・・。
「マスターよ。もう少し早く歩けねぇのか?」
ヴィネリアが不機嫌そうに言う。そりゃ俺だってできるだけ早く進みたいけれど、鍛え抜かれた魔族と俺達は違う。レナや俺はただの人間で一日中歩きもすれば、疲れもたまる。
「いや、そうじゃなくて。あたし達追われてるぜ」
「魔王軍か?」
振り返ったヴィネリアが目を細める。
「違うね。野良犬だ」
シーザーウルフと呼ばれる平地の狼の群れだ。リーダーと思われる一際大きい奴はレベルが高そうだった。フラウスに後ろは任せると呟くとヴィネリアは不知火を抜いて群れの中へと切り込んで行った。エルダードラゴンと互角に戦い、そして勝った奴だ。こんな平地のモンスターがいくら群れになったところでヴィネリアの方が圧倒的に強かった。流れるような連撃で次々に切り払っていく。
そして不知火の間合いから逸れたシーザーウルフはフラウスがその大鎌で刈り取っていく。完成されたコンビネーションは戦場で培われたものだろう。気が付けば群れは全滅していて、呆気にとられるミレットやレナを横目にカチンと刀を鞘に納めた。
「マスター。この犬は持って行くのか?」
持って行く? つまり死隷縛呪を使うのか?という意味だ。確かにこれだけ大きい狼ならレナやミレットを乗せて移動する事も可能だ。今の俺にヴィネリア以外と契約できるか分からないが、試す価値はありそうだ。
死隷縛呪
右手をかざして光を放つ。エルダードラゴンやヴィネリアの時は無我夢中でやっていて気付かなかったが、今は分かる。右手を通して感じる命の重み。死んだ命と運命を書き変える契約。魔法で死体を物理的に操作するのとは違う。書き換えた新たな生命を吹き込むスキルは死者蘇生の魔法に近いみたいだ。やはり今の俺では無理なのか息ができないほど苦しい。結局、それは断念せざるを得なかった。
「マスターよ。本気でやってんのか?」
ヴィネリアの苦言はもっともだ。俺は戦いの中じゃ足手まといで、スキル自体もヴィネリアだけで限界となれば、今後俺のスキルでの戦力補強は難しい。困難な状況を覆せるような勇者じゃないんだ。それでも俺は大河に向かう。女の子に泣かれるのは苦手だから。