混濁の譲位
木々は倒され森は焼かれた。川は毒を孕み、井戸は枯れた。
エルフの森はフラウス軍の襲撃によって絶対絶命の危機に瀕していた。その地に住むエルフ達にとっては突然の出来事だろうが、要するに俺達を追ってきての襲撃だ。責任は俺達・・・いや。俺だ。
「マスター。ここから逃げな。フラウスはあたしが押さえる」
ヴィネリアがフラウスを睨み付けて言った。逃げるか。それしかない。エルフの里に来たのは戦うためじゃない、身を隠すためなのだから。それが敵わないとなれば逃げるしかない。でも、森に魔物を放たれ、女王シーディスを連れて焼けた森を抜けられるのか? そして逃げた先はどこにあるんだ? 外から聞こえる喚声から察するに考えてる暇はなさそうだ。
俺はシーディスとレナを連れて神殿を脱出した。
想像以上に凄惨な状況だった。焼かれた村。それは数時間前のエルフの里とは思えない、この世の地獄だ。きっとオルディアの落日も同じようなものだったのだろう。遠くで魔物の雄たけびが聞こえる。もう時間の問題だ。
廃墟と化した家屋の壁を突きぬけてイノシシのような魔物が飛び出してきた。近くに死体がないと俺はあまりに無力だ。まずいと思うや否やその魔物はシーディス目掛けて走り出した。すると、どこからか弓矢が飛んできて魔物の両眼を貫いた。視力を奪われた魔物はどこかへ走り去った。
「女王様!大丈夫ですか!」
そう言って駆け寄ったのは森の入り口で会った斥候のエルフだった。
「ありがとうミレット。でも・・・」
「女王様・・・そんな・・・足が・・・」
先ほどの破壊された家屋の破片がシーディスの右足に深ぶかと突き刺さっている。
「お、おい。エルフなんだから回復魔法とかないのか?」
「回復魔法なんて高度な魔法使えるわけないだろう!」
回復魔法で一瞬で何もかも全快。という世界ではないようだ。よく考えれば当たり前だ。そんな魔法があれば戦争なんてばかばかしくてやってられないだろう。
「ミレット。よく聞きなさい」
「は、はい」
「私を置いて、彼等を先導してエルフの里から脱出するのです。里から東に渡り大河を越えると、モロ砂漠があります。そこに彼等を連れて行ってください」
「女王様を置いてはいけません!」
シーディスはナイフを取り出し掌を浅く切った。
「女王様!?」
そしてミレットの掌にも同じようにナイフの刃を通し、傷口を合わせるように掌を重ねた。
「ミレット。私はもう女王ではありません。貴女が次の女王なのです」
「そんな・・・できません!」
「もうなっているのです。早く行きなさい。ここでこの種を絶やすつもりですか?」
「じょ、女王さまぁ・・・!!」
魔物の気配が近い。もうほとんどのエルフはやられてしまったのだろう。これ以上時間はかけられない、一刻の猶予もない。
「ミレット!だったか!? 気持ちは分かるが早く!」
泣き喚くミレットを半ば強引に抱き上げると、彼女の示すままに森の奥へ進んだ。
背後に魔物の気配を感じるがシーディスの最後を見る事はできなかった。俺は振り返る事ができなかったんだ。
。。。。。。
これは運命なのでしょう。
1000年前の貴方と同じスキルを持つ者が現れるなんて。
私の女王としての役目も終わり。やっとまた3人で話ができるのね。
昔話でもしましょう。オルディア。オデット。