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6話 「軽い食感の粘土」

「あれはなんだ」

「魔石ね。たまに魔物の体内でマナが結晶化することがあるの。純粋なマナの結晶は基本的に魔物からしかとれないけど……まぁ、ピンキリね。ちなみに、あれは粗悪品」

「では、あっちはなんだ」

「精霊石……じゃないわね。水晶かしら」

「精霊石ってなんだ」

「魔石と似たようなものよ。魔物から取れる魔石とは違って、精霊が作るマナ結晶だから純度がとても高いの。滅多に出回ることのない、貴重品ね」

「……精霊を殺すのか?」

「違うわ、バカ言わないで。冗談でも精霊を殺すなんて言わないで。彼ら、怒ると怖いんだから。……精霊は世界に満ちるマナを少しずつ取り込んで成長するといわれているけど、仲良くするとマナ結晶を作って、譲ってくれるそうよ。それが精霊石。エルフやドワーフなんかは精霊と仲が良い種族だから、彼らはそれなりに持ってるみたいね。人間は……そういう話は聞かないわ」

「そうか……じゃ、こいつはなんだ」


 俺は子供の頃に戻ったかのように質問を繰り返していた。神の知識で思い出すよりも人に聞いたほうが圧倒的に早いことに気付いたのだ。

 ケティはインテリ魔法使いの雰囲気があったため質問してみたのだが、受け答えの早さが気に入った。便利だ。

 その代わりとして、向こうからも質問を受け付けている。


「それで、あなたは何者なの?」

「旅人だ」

「出身は?」

「遠いところだ」

「歳は?」

「俺にもわからん」


 不審者丸出しだった。それでも一応、誠意をもって正直に答えたつもりだ。

 ケティの俺を見る目が少し冷たい。真面目に答えなさいよ、とその目が語っている。俺はそっと目をそらした。

 露天は数が多い上に、品数も多い。いま巡っているのは主に錬金術で使われるものを扱う店なのだが、その素材だけでも結構な種類が売られている。数々のおかしな素材と、それから錬成された商品を眺めるだけで、時間は簡単に過ぎていく。


「デニー」

「……」

「ちょっと、無視しないでよ」

「あ、すまん。ちょっとぼんやりしてた」


 まさか(できたてほやほやの)自分の名前を忘れていたとは言えない。

 ケティは俺の袖を引っ張って、ご飯にしましょうと誘ってきた。俺はまったく空腹を覚えないが、千年も寝てて食事しなかったのだ。この体に飲食が不要であることは言うまでもない。

 ……あ、普通の肉体とは違う、というのはこういうことか。冷や汗が出ないとかじゃないのね。なんという勘違い。

 ふと疑問に思ったんだが、俺は食事は出来るのだろうか。

 ま、なんとかなる。


「金はないぞ」

「知ってるわよ。その代わり、また交換しましょう。今度はこっちのネックレスに……そうね、『聖痕ハイルス』の加護は出来るかしら?」


 神の知識オープン。……神官の扱う魔法だ。難易度が高い。俺からすれば呼吸するのとそう変わらない感覚で使えそうだが、それなりに上位の付与魔法だ。

 効果は装備者に神聖なる加護を付与する魔法。この魔法が付与された装備を身に着けているだけで、グールやゾンビといった、いわゆるアンデッド系の魔物に対して極めて有利になる。ゲーム風に言えば上位聖属性付与、みたいな感覚だろう。

 俺が目覚めた時に近くにいた神官なら当然のように扱えるだろうが、そこらにいる一般の神官には無理だ。

 んー……却下で。


「それは難しいな。俺には扱えない魔法だ」

「そうよね。じゃあ『祝印クルツ』は?」


 あっさり引いたな。カマかけたのだろうか。これは遠回しに俺自身に探りを入れてると考えてもいい気がする。要注意だ。

 ところで俺自身に探りを入れるって、なんかエロい。


 祝印クルツ聖印ディジオの下位魔法だ。またまた神官の使う魔法だ。ケティが俺を神官だと思っているのは確実だろう。俺もそれに不都合はないから、それには乗っておく。

 祝印クルツ聖印ディジオは印魔法という、少し珍しい魔法だ。この魔法が付与された装備をしていると、神聖魔法系の効果が少し上がる。聖印ディジオのほうは聖騎士なんかが装備している首飾りに必ずと言っていいほど掛けられる付与魔法だ。ちなみに難易度は聖痕ハイルスよりも上だ。

 祝印クルツは効果がガクッと下がって、教会に行けば安価で掛けてもらえるようなお手軽魔法だ。こっちは気休めくらいの効果しかない。利点といえば、インプのような下位悪魔から呪いを受けた時に、聖水を浴びると治りやすくなる、みたいな微妙な性能だ。はっきり言ってあまり使われない魔法だ。

 こっちはオッケーだな。


「いいぞ。それなら出来る」

「じゃ、よろしく」


 手早く『祝印クルツ』の魔法をかける。ケティの様子をこっそり見てみたが、特におかしな様子はなかった。ただの祝印のかけられたネックレスを面白そうに見ると、ケティは上機嫌で食堂へ向かう。

 俺はそれについていった。


 食堂は人で溢れていた。

 露天スペースにもかなり多くの人がいたが、ここはまともに歩けないほどの人混みだ。昼時というのもあるだろうが、ひどく混雑している。

 人混みの奥には、テーブルと椅子が並んでいる。もちろん満席だ。見れば立ったまま食べている人もいる。壁際にカウンターがあり、みんなはそこで料理を注文しているようだ。

 出てくるのは野菜と肉を挟んだパン。白い飲み物はミルクだろうか。満腹になることはあまり考えられていないと思う。

 ケティは人混み器用にすり抜け、さっさとカウンターに向かってしまう。金づるに置いていかれるわけにはいかないので、俺もその後を少々強引についていった。


「昼食、二人分」

「あいよ」


 ケティが声をかけると、おっさんが野太い声で返事した。あの人がこのサンドイッチみたいの作ってるのか……と思いきや、おっさんの背後から伸びてきた手の中にサンドイッチが握られていた。おっさんは振り向きもせずにそれを受け取り、さっと粗い紙の上に置く。木のコップにミルクを注ぎ、流れるように提供された。

 早業だ。注文から20秒経ってない。某ファストフードもびっくりのスピード提供、ただしメニューはひとつです。


 ケティが銅貨をじゃらっと渡した。あのくらいならだいたい十枚だろうか。銅貨五枚で一人分のメシ。

 覚えておこう。そして今度はグレゴリウスにお小遣いをねだろう。

 寄付金からちっとばかり流してくれれば良いだ。銅貨で三十枚もあれば満足できそうだから。よし、帰ったら頼んでみよう。


 受け取ったパンにさっそくかじりつく。


「……?」


 ちらり、パンを広げてみた。何かの葉野菜に、豚肉みたいな質感の薄い肉。パンは外国の固いパンにそっくりだ。……粘土が入ってるかと思ったが、そんなことはなさそうだ。

 俺はケティを見た。普通に食べている。

 ミルクを飲んでみた。……なんだ、めっちゃ薄くないか、これ。ってゆうか、ちょっと喉ごしの奇妙な水だ。

 味がしない。


「ケティ」

「んっ……食べてる途中に、いきなり話しかけるのはマナー違反よ」

「すまん。ひとつ聞きたいんだが、これ美味いか?」

「美味しいっていうわけじゃないけど……普通ね』

「そうか……」


 パンもミルクも、これっぽちも味がしない。身体に悪そうな気配もないけれど、口の中に軽い食感の粘土を詰め込んでる気分だ。全然楽しくない。

 見回してみても、怪訝な顔をしているやつはいなかった。

 俺の味覚おかしいのか。そうなのか。どうやらこの身体、似てるのは外見と寝れるところだけだ。はっきり言って、前世の肉体とは全く別物みたいだ。

 ま、いっか。どうしようもないしね。


「お貴族様の口には合わなかった?」

「貴族じゃないぞ?」

「そうみたいね」


 どうやら、いまのもカマをかけられたようだ。ケティは油断ならないやつだ。

 俺はまったく味のしないサンドイッチを口の中に詰め込んで、ミルクで流し込んだ。ほとんど作業だ。

 もう食事はしなくていいな。

なお、この異世界で登場する物品諸々は、特別説明がない限り地球にあるものと似たような、別の物です。

3/1 逆に分かりにくくなりそうだったので、狩人→冒険者に変更しました。

3/13 味のコメント無味無臭という部分を削除しました。嗅覚はあるため、表現が矛盾していたためです。

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