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1話 「めっ」

 何もない草原にふわふわ浮いている発光体がいた。


 俺である。


 ……いや、俺なんだよ。嘘ついてないんだよ。むしろ嘘だったらちょっと嬉しいくらいなんだよ。

 しかし残念なことに浮いているのは間違いなく俺で、俺自身がこの状況を理解できていない。ここはどこで、俺は何なのか一切分からない。

 幽霊なのか。亡霊なのか。同じ意味か。何にしろろくでもないことには――


『精霊だね』


 すまない、精霊だったみたいだ。分からないなんて嘘をついて本当にすまない。


『許すよー、ぜんぜん許しちゃう』


 ありがとう。


『うん』


 ふと、我に返る。知らず誰かとトークっぽい何かを開始していたが、ここには俺しかいない。あたりは草原が広がるだけだ。あと空に二つの月がある。なんでだ。

 とにかく、ここには俺しかいない。

 目の前の、白いもやっぽいのを除いて。


「……夢の中にいた」

『そうだね、神だね』

「あの胡散臭い?」

「キミ、結構ストレートな物言いするね」


 白いもやもやした神は、やはりどこか投げやりな雰囲気で話をする。俺もそれにつられて砕けた喋り方になってしまった。嘘ですすいません。普段から真面目な喋り方とかできないタイプです。


『とりあえず、キミは前世で花瓶が頭に落ちてきて死にました』

「……え? マジですのそれ?」

『びっくりだよね。そして諸事情あってキミは剣と魔法の異世界へ行くことになったよ。ホントにいろいろ面倒だから、その辺の経緯は省いていい?』

「あ、俺が死んだ話題はいまので終了なのね」

『異界間のバランスとか、神同士のちょっとした距離感とか、地味な人間関係ならぬ神関係みたいの、興味ある?』

「別にいいです」

『だよね。これからの生活には関係ないし』


 妙に軽い神だった。俺も軽かった。

 まぁでも、面倒な説明されても明日には忘れる自信があるので問題ない。


「はぁ。……それで、俺はこれからどうすれば?」

『うん。好きに生きて。ぐっどらっく。精霊って時間の概念が人間とは違うから、慣れないうちは大変だろうけど……その辺のあれこれは、そのうちわかるさ』

「軽……もういいや。寿命とか違うみたいな?」

『寿命はない、と言いたいところだけど、あと十数億年でこの世界が滅びるから、そこが寿命かな。自分から消滅したり、他の神にケンカ売らない限りはね。あ、でもすぐに消えちゃだめだからね。あと、あんまり滅茶苦茶なことはしないで』

「めちゃくちゃ……?」

『大陸消し飛ばそうとか、他の生命根絶しようとか』

「できるの? 俺が?」

『やろうと思えば』

「しません」


 それからもぺちゃくちゃと、適当にふわふわ漂いながら話をした。

 なんか俺って精霊よりもワンランク上の大精霊とかいうのになったみたい。凄いか凄くないかでいえばめっちゃ凄いらしい。

 とはいえ自分自身が凄いですって言われても、よく分からない。そう訴えたら、比較対象として平民と王くらい違うって言われた。なにそれ凄い。

 何ができるのか分かってないから、早くも持て余しそうな予感が止まらない。

 やっちゃいけないことは、ちょっとわかったけど。

 その他にもなんか大切そうなキーワードがいくつか出てきた。他の精霊とか魔物とか、前世ではゲームの中でしか存在しなかったものも、ここにはいるらしい。

 おっかないね。


『――そうそう、精霊喰いテストルが出てきたら注意してね。キミはともかく、他の精霊がやられちゃうから』

「それは根絶しないの?」

『キミ、意外とおっかない思考してるね。精霊喰いテストルはもともと狂った精霊をどうにかするために作られた、立派な生命なんだよ。魔物だって、淀んだマナを循環させるために必要な存在なんだから。どっちもちょっと見境ないのは困ったところだけど、そんなことしちゃだめだからね』

「はい、すいません」


 小さい子がされるみたいに、俺は白いもやもやの神に「めっ」とされた。


 つらい。


 そんなことを話している間に、なんだか居心地のいい場所を見つけた。

 ふかふかな草のベットまである。あそこに寝っ転がったら気持ちよさそうだ。

 俺はふよふよと近づいていき、草の上に横になった。

 しかし残念、発光体の俺には肉体がないようだ。


『あ、そうだった。キミの希望を叶えるために、霊体を作れるように調整したよ。肉体とは厳密には違うものだけど、だいたい一緒だからそれで寝てよ。ボクからのプレゼントさ。ついでに、実体化したときの姿はボクの降臨をイメージしておいたけど、慣れれば自分で変えられると思うから、色々試してみて。人以外でもね』


 結局はマナを動かすだけだしね、と神はそう笑った。いや、顔とか無いから、そんな気がしたんだ。

 ふむふむ、と適当な相槌などつきつつ、俺は霊体を作るように念じる。じれったいペースではあるが、光が凝縮して、子供のような手足が作られていった。ふわふわした白い服もセットだ。

 とん、と足から地面に降り立つ。

 おおお、たしかに普通の身体とそう変わらない。

 草のベットの上に転がると、ふわふわとした感触が柔らかく体を包んでくれた。ああ、気持ちいい。っていうか、思った以上にふわっふわだ。

 気温は寒くも暑くもない、極めて快適な温度だ。サァァ、と風に草が揺れる音が信じられないくらいヒーリング効果抜群。

 余裕で寝れる。


「いろいろ教えてくれてありがとう。ひとまず、俺は寝ながらどうするか考えるよ」

『うん、それがいいね。ぱぱっと「知識」をあげるから、何かに困ったら思い出そうとしてみて。だいたいは知ってるはずだから』

「よくわからないですけど、わかりました」

『そしたら、これでお別れ。またいつか――何億回もの転生の果てに会おう』

「うん、またね」


 一瞬だけ白いもやもやが渦を巻くと、そこには全身真っ白な少年がいた。いや、見方によっては少女にも見える。肩で揃えられた髪はひどく繊細で、そして肌と同じように純白。前髪は眉の上で切りそろえられていて、整った顔立ちと合わさって神秘的な雰囲気だ。当たり前か、神だし。

 正しく神によって造り出されたその容姿はもはや芸術品だ。すべての色素が抜け落ちたように白い中で、唯一瞳だけが赤色を宿している。アルビノみたい。

 ふと、自身を見下ろすと似たような肌に服を着ている。なるほど、あれがいまの俺の姿なんだろう。

 神はそんな赤い瞳を細めて小さく微笑むと、そのまま姿を消した。周囲を纏っていたもやもやも、いつの間にかきれいに消えて、あたりには何もない草原が広がるだけである。


 ……とりあえず、寝よう。


 前世の睡眠不足なんてもはやまったく影響ないんだろうけど、精神はあくまで俺のままだ。気分的にはあれから数時間と経っていない。

 寝れるなら、まず眠りたい。

 俺は実体化したまま草のベットで大きく伸びをして、眼を閉じた。




 結論から言うと、俺はそのまま三年ほど眠っていた。

 起きた時に大雑把だけど時間の経過具合が分かるのだ。何故かは俺にもよくわからない。体内時計的な?

 それにしても、ちょっと寝るつもりが三年。自分でも驚いたけど、寿命が長ければそうなるのだろうか。とはいえ、大事なのはそこではない。

 実は、途中で何度も起きていた。

 寝ぼけていたくらいの覚醒度だけど、起きた。起こされた。

 邪魔者が居たのだ。

 野生生物、という。

 草のベットの質感を楽しむためには完全に肉体を構成するのが一番なのだが、放っておくと何故か野生の鳥やら虫やら小動物やら正体不明の生物までどこからかやってきて、俺の体の上や傍に密集するのだ。若干重いし、こそばゆい。安眠するには避けたい状況である。

 つまり睡眠障害だ。文字通りの意味で。

 俺にとってそれは一大事だった。どんなに手で追い払ってもどこからともなく姿を現し何度でも集まる命の存在。彼らはここが楽園とでも言うようにリラックスして見える。もうこれでもかというくらい、安心しきった様子なのだ。俺の内心をよそに、そこには生命の楽園が誕生していた。むしろ逆に俺がその安寧を邪魔してはいけないんじゃないか、と思ってしまうほどだ。

 仕方ないんだ。

 相手は翼を休めたい鳥やら虫やら、翼のある馬とかトカゲが来るけど、無害だ。トカゲ連中はやたらデカくて場所取るけど、ただ集うだけ。

 そこで争うこともなければ、騒ぐこともない。

 それどころか、俺がちょっと姿勢を変えようとすると、その動きを察してちょっと動いてくれる優しさ。いや、最初からそんなにくっつかなきゃ済む話なんだけど、それは彼らには譲れないラインらしい。

 重要なのは、彼らに他意はないということだ。何故かは知らんが、俺の傍で休みたいだけなのだ。

 ……まぁ、でっかい猫が来た時はつい抱き枕代わりに抱きしめてしまったんだけど。犬っぽいのも柔らかくてよかった。トカゲも尻尾にひっつくとひんやりしてなかなか気持ちよかったし、馬は横になると大きな呼吸がいい感じで、第二のベットとしては申し分なかった。虫たちは流石に抱き枕代わりは無理だったけど、そばでじっとしている小さい生き物というのはそれだけで可愛いらしいということを知った。小さな頭を撫でると、慌てたようにくねくねする。俺は虫に嫌悪感があまりないタイプだから、それはそれで楽しかった。ちなみに、しばらくすると俺の抱枕サークルみたいのが形成されていて、俺がうっすら意識があるタイミングで、交代するらしかった。

 ……いや、そうじゃなくて。


 つまり、なんだかんだと起きてしまうのだ。寝ぼけているとはいえ。


 そのせいで、中途半端なタイミングで目が覚めた。それが今。三年時点だ。

 俺は悩み、悩み抜いた挙句、身体を半分あきらめた。

 半分身体、半分発光体、という微妙なラインを攻めた。

 生き物たちは俺に触れられず、寂しそうな目で不満を訴えてきたが、心を鬼にして無視した。ただし、その代償として草の感覚はほとんど分からなくなってしまった。集られるか、感じないかの二択で、俺は感じない方を選択したのだ。

 ちょっとだけ惜しいことをした気もするが……これで快眠できそうだ。

 俺はそうして目を閉じた。



 結局、次に起きたのは千年後だった。

一話一話が短いです

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