お父さんと合流
「ううー」
頭が痛い。
なんで痛いんだっけ?
そうだ、ゴブリンと戦って倒れたんだ。
リンカちゃんは大丈夫か?
「うっ。リンカちゃん?」
目を覚ますと目の前に誰かがいた。
リンカちゃんが倒れた俺を看病してくれたのかな?
「おう。目ぇ覚めたか?」
段々視界が鮮明になってくると、俺の目の前にいたのは。
「モンスター!」
「喧嘩撃ってんのかてめぇ!」
「あ、ソーマさん」
「リンカちゃん逃げて! モンスターが」
「落ち着いてください。モンスターじゃないです。私のお父さんです」
「お父さん?」
「リンカの父ドクだ。娘が世話になったみたいだな。感謝する」
俺に軽く頭を下げて感謝してきたその男は、妖精の様にかわいいリンカちゃんと血がつながっているとは思えない、山男のような人物だった。
2メートル近い巨体に腕も腹も太く、結構毛深い。何より威圧感が半端ない。
俺何か嫌われるようなことしましたかね?
なんか今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だ。
感謝している人の雰囲気じゃない。
「リンカ、こいつと話があるから外の警戒を頼む」
「うん。わかった」
リンカちゃんはドクさんに言われて少し離れたとこまで移動して周りの警戒を始めた。
リンカちゃんが離れるとドクさんは俺の首に手を回してリンカちゃんに聞こえなように小声で話しかけてきた。
「おまえ、俺のエンジェルに変な下心抱いてねえだろうな?」
底冷えするような声でドクさんは俺にそう囁いた。
「いいか? リンカに手をだしたらこの首へし折るからな?」
あれ? なんか首が締め付けられてるような。気のせいだよね?
「返事は?」
「一切手など出しません!」
俺は大声ではっきりとそう言った。その時、この人は殺ると言ったら殺る人だと俺は確信した。
「今の言葉忘れるなよ? おいリンカ! そろそろ出るぞ」
「はあーい!」
助かったー。
ドクさんは俺の首から手を離すとリンカちゃんの方に向かっていった。
「こえー。何あの人。初対面でいきなり脅してきたよ。本当にリンカちゃんのお父さんかよ」
俺の中の怖い体験ランキングでミノタウロスとの戦いよりも上位にランクインするほどの恐怖体験だった。
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目を覚ましていきなり濃い体験をしたせいでなかなか頭がすっきりしない。
周りを見渡すと俺の周りに色んな草や木の実が落ちていた。
そのほとんどがすりつぶされていたり千切れていた。
そういえば頭がそんなに痛くないな。
自分の頭を触ってみるとゴブリンに殴られて血が出ていた所になにかが塗られていた。
「あ! 頭触っちゃだめだよ、ソーマさん。傷が開いちゃう」
ドクさんと一緒に戻ってきたリンカちゃんが頭を触っている俺を見て駆け寄ってきた。
「頭に何か塗ってあるんだけど、これは?」
「お父さんの作った薬だよ」
「森で採れたものを使った応急処置だがな」
「ドクさんが?」
「言ってませんでしたっけ? お父さんは薬剤師なんです。この森には薬に使う材料を採りに来てるの」
意外だな。
てっきりドクさん熊でも殺しに来てるのかと思ってたよ。
だって素手でも熊殺せそうだもんドクさん。
でも治療してくれたのなら感謝しないとな。
「ありがとうございます。ドクさん」
「おう。気にするな。リンカを守ってくれた礼だ」
「リンカちゃんのお父さんはすごいね」
「うん。自慢のお父さんだもん!」
リンカちゃんの誉め言葉にドクさんは嬉しくて顔を赤く染めていた。
強面のおっさんが顔赤くしても怖いだけだったが。
「よし。さっさと森から出るぞ」
ドクさんは上機嫌で出発を促した。
ただの照れ隠しかもしれないが。
「ソーマさん。もう動いても大丈夫なの?」
「うん。大丈夫だと思うよ」
「本当はもう少し安静にしていた方がいいんだが、今は森から早く出た方がいい」
「ゴブリンが出るからですか?」
「そうだ。どうも森の様子が変だ。お前が寝てる間もゴブリンが2回も襲撃してきた。この森でこんなにゴブリンに遭遇するのは初めてだ」
襲撃されたという割には特にゴブリンの死体などはどこにもないようだが?
俺はドクさんにゴブリンの死体をどうしたのか聞いてみた。
「ああ? 寝ぼけてんのかてめえ?」
「お父さん! さっき説明したでしょ」
「記憶喪失だっけ? めんどくせえな。モンスターは死ぬと体が消滅すんだよ。たまに魔石を落とすこともあるが」
「消滅?」
「モンスターは体の大半が魔力で構成されているから、死んじゃうと魔力に還元されて消滅するんだって。魔力が結晶化した魔石だけは残るそうだけど。そうだよね? お父さん」
「ちゃんと覚えてたのか。えらいぞリンカ」
「えへへー」
異世界は本当不思議だな。
生き物が死んだら消滅するなんて、日本じゃ考えられないな。
それはそうとお腹が減ったな。
「出発の前にお菓子食べていいですか?」
「お菓子? お前が持ってたやつか。・・・・・・・全部食ったぞ」
「え?」
「食った。全部。うまかったからよ。つい」
「俺のお菓子ー!」
「男が菓子ぐらいで騒ぐんじゃねえよ」
「全部食った人に言われたくないわ!」
「あれだよ。ほら。けがの治療費だ」
「うぬぬー」
そう言われてしまうと強く文句が言えない。
俺のお菓子が。もう2度と食べられない日本のお菓子だったのに。
結局ドクさんの採ってきた木の実を食べてから出発した。
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「ギギャー!」
「おらあ!」
最後のゴブリンをドクさんが鉈で真っ二つにして本日2度目の戦闘は終了した。
森を出るために出発してまだ一時間ほどだがゴブリンが頻繁に出てくる。
この世界のゴブリンは体臭がひどいので近づかれると、すぐ匂いでゴブリンに気づくことができるので奇襲は受けずに済んでいるが、こうも頻繁だとうんざりしてくる。
俺も昨日のようにゴブリンを直接つかんでファイヤーの魔法で燃やしたり、リンカちゃんの護衛をしたりして多少はゴブリンを仕留めている。
これも魔導書様様だな。
昨日の戦闘でようやくわかった魔導書の使い方は大きく分けて3つだ。
1・魔導書は本の形態と指輪の形態の2種類に変化できる
2・モンスターを倒すと魔導書にポイントがたまる
3・そのポイントを使って取得可能状態の魔法やスキルを習得できる
とこんな感じだ。
モンスターを倒して手に入るポイント。俺は魔道ポイント。略してMDと呼ぶことにした。
このMDの合計数で魔法が手に入る。
例えば100MDで魔法が1つ習得可能状態になったり、500MDでまた新しい魔法が習得可能状態になったりする。
あとは習得可能状態になった魔法にMDを割り振るとその魔法が習得できる。
昨日は最初に倒したゴブリンから手に入ったMDでファイヤーの魔法が習得可能状態になったので、そのままMDを消費してファイヤーの魔法を習得したのだ。
MDを消費しても今までに獲得したMDの合計数によって魔法が手に入るようなので、MDを消費しても新しい魔法を習得出来る。
だがスキルの方は俺が体験しないと習得可能にならない。
例えば、剣士スキルの人と何回か戦ったり、鍛えて貰ったりして自分でスキルを体験しないといけない。
まあ、剣士スキルと言うスキルがあるのかすらまだ分からないが。
後は魔法と同じで、習得可能状態のスキルをMDを消費して習得する。
要するにモンスターを倒せば倒すほどこの魔導書は強くなる。
ちなみに魔法を発動するには魔導書が吸気中の魔力を吸収してため込んだ魔力を使う。魔導書の中の魔力が尽きたら魔法は使えない。
魔導書が蓄えた魔力。こっちはMPと呼ぼう。
このMPもMDの合計数が増えると蓄えられるMPの上限が上がるようだ。
この一時間で俺もゴブリンを3体ほど倒してMDが少しだけ溜まった。
まだ新しい魔法は出ていないけどね。
「にしてもファイヤーでゴブリンを倒す奴は初めて見たな」
「そうなんですか?」
「ファイヤーなんて野営の時に火をつけるぐらいにしか使い道がないと思ってたぜ。直接つかんで火をつけるなんて発想のやつはいなかったな」
「そうだよね! すごいよね、ソーマさん。まさか魔法が使えたなんてね」
「その指輪が魔力触媒になってんのか。そんな小せえのじゃ初級魔法がギリギリ使える程度だろうがな」
「魔力触媒?」
「なんだ。魔法使ってんのに魔力触媒のことは思い出してねえのか?」
「魔力触媒は魔法を発動するのに使う触媒だよ。魔石を使うの」
「魔石の純度にも寄るが、おまえの付けてる指輪程度の大きさの魔石じゃ初級が限界だろう。魔石の大きさや純度、あとは数によって触媒としての能力を上げねえと強力な魔法は使えねえ。まあ本人が強力な魔法を習得してなきゃ意味ねえがよ」
「でもソーマさんの指輪は特別製だから強い魔法も使えるんじゃないかな」
「うん? 特別? なんのことだリンカ?」
リンカちゃんは昨日、俺の持っていた本が指輪に変化したことをドクさんに話してしまった。
話を聞いたドクさんは半信半疑だったが、娘の言うことならと信じたみたいだ。
本当親ばかだなこの人。
「指輪に変化する本なんて聞いたことがねえな。おまえ、その本のことも覚えてねえのか?」
「魔導書って名前と使い方だけは覚えてます」
「使い方?」
「さすがにそこまでは教えられませんよ。どうせ俺にしか使えない代物ですし」
「使用者を登録する類のものか。とんでもなく強力なマジックアイテムかも知んねえな」
マジックアイテムとは魔力を流すことで込められている効果が発動するアイテムらしい。よくわからなかったがそれ以上の説明はめんどくさいとドクさんに断られた。
ドクさんの話では使用者を登録する機能のあるマジックアイテムには強力なものが多いらしく。王族が管理している場合もあるらしい。
「その魔導書ってのはあまり人には話すなよ? 使えるのがおまえだけでも希少性だけで高値が付くこともある。金目当てに襲われるかもしんねえからな。リンカも、この話は誰にもするなよ? 俺たちだけの秘密だ」
「うん。わかった」
「ありがとうございます」
「勘違いすんな。面倒ごとに巻き込まれたくないだけだ」
口ではそう言いながらもドクさんの顔は、俺に感謝されてまんざらでもない様子だ。
まだ出会ったばかりだが、ドクさんのことは信用してもいいかもしれない。
なんだか頼れる兄貴分って感じの人なんだよね。
俺は地球にいたころには薄れかかっていた人との出会いのありがたさと、異世界で最初に会ったのがこの人たちで良かったと、この世界の管理神であるアルテイシア様に感謝した。