使い方
「完全に夜になったね」
「おいひーです」
「まだ食べてるの?」
辺りはもう完全に真っ暗闇。
これじゃあリンカちゃんのお父さんも朝までは動けないだろうな。
リンカちゃんの焚いてくれた火のおかげで夜の寒さには耐えられてるけど、夜の間も見張りは必要だよな。
現にリンカちゃんはゴブリンに今日襲われているんだし。
今日は徹夜かな?
「そう言えばソーマさんは身分を証明するものとかは持ってないんですか? それを見ればなにか思い出せるかもしれませんよ?」
「身分を証明するもの?持ってないな」
財布も携帯もリュックサックに入れていたけどメルティオール様の空間にいた時にはなくなってたしな。
まあそもそも異世界に持ってきてもしょうがないもんな。
「身分を証明するものってどんなものがあるの?」
「例えばギルドカードです。薬剤師ギルドや裁縫ギルド、ガーディアンギルドなどの様々なギルドがありますが、どこかのギルドに所属すると所属を証明するギルドカードがもらえます。それが身分証の代わりにもなります。あとは住民票を取得すればその町ごとに身分証明書を発行してもらえますよ。小さい村などでは無理ですが。他には貴族の方だけが発行できる貴族カードもあるって聞いたことあります。」
「色々あるんだけね。やっぱり身分証がないと困るかな?」
「そうですね。例えば薬剤師ギルドのギルドカードを持ってないのに街の中で薬の販売なんかをすると捕まることもあるってお父さんがいってました。それと大きな街なんかだと入るときに身分を証明するものを出すように言われますね」
「え! まじで? どうしよう。俺街の中に入れない?」
「お金を払えば入れますよ。銀貨2枚だったと思います。ソーマさんお金持ってます?」
「貸してもらえませんかね?」
「私じゃなくてお父さんに聞いてみてください。私はお金持ってないので」
「そっかー。貸してもらえるといいけど」
リンカちゃんの話だと入るのに検査などがいるのは大きい街だけらしいから最悪の場合は近くの村で働いてお金を稼ぐしかないかな。
もしくはその村でギルドに登録するか。
「ギルドの登録に必要なものってあるの?」
「それはギルドごとに異なりますね。薬剤師ギルドだと筆記テストと実地テスト、それとほかの薬剤師からの推薦状などが必要だったかな?でもガーディアンギルドは基本的に健康な体と15歳以上であれば誰でも入れるそうですよ?」
どこのギルドに入るのかも慎重に選ぶ必要があるな。
ギルドごとに受けられる恩恵とかデメリットをしっかり調べないとな。
でもその前に魔導書が使えなきゃどこのギルドからも門前払いされそうだな。
本当にしっかりしてくれよ魔導書さんよ。いつまで自分の使い方を伝え忘れるつもりだよ。
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多分今は夜中くらいかな?
リンカちゃんはもうお休みだ。俺の服を布団代わりにかけてある。
どっちが見張るかで少し揉めたがさすがにリンカちゃんに夜中の見張りを頼むのは申し訳ない。
それに、夜の落ち着いた雰囲気を感じると自分の今後のこととか考えちゃって落ち着かないから眠れる気がしないんだよね。
これからこの世界でやっていけるのかな、俺。
勇者でも賢者でもない俺だけど、生き延びるぐらいのことは出来ないとな。
じゃないとアイギス様にも迷惑がかかるしね。異世界に行ってすぐに死んだから転生させてくださいなんて情けないからな。
俺が今後のことを考えて少しナイーブな気持ちになっていると、なんだかくさいにおいがしてきた。
「何の匂いだ? 焚火は大丈夫だよな。なんか生ごみみたいな腐ったような匂いだな。森の中で生ごみ? 動物の死骸の匂いでも風に乗って流れてきたかな?」
俺が周りの警戒を強めているとリンカちゃんが目を覚ました。
「うーん。何か匂いますね。ソーマさん何かしましたか?」
「おはようリンカちゃん。匂いは俺のせいじゃないよ。突然香りだしてきてね」
「うーん」
リンカちゃんはまだ完全に目が覚めていないようで何度も目をこすって意識をはっきりさせようとしている。
「なんだっけこの匂い。最近嗅いだような?」
「覚えがあるの?」
「うーん。あっ!」
いつ匂いを嗅いだのか思い出したのか、リンカちゃんが急に立ち上がった。
「この匂いはゴブリンです」
「ゴブリン? ゴブリンって臭いの?」
「ゴブリンは不衛生なんですよ。川で体を洗ったりもしないからひどい匂いがするんです。今日襲ってきたゴブリンは一際匂いがきつかったから思い出しました」
まずいな。じゃあ近くにゴブリンがいるのか。
「目立つから火を消そうか?」
「たぶん手遅れです。匂いが段々濃くなってきました。ゴブリンがこっちに向かってます」
リンカちゃんに言われて気づいたが確かに最初の頃より匂いがきつくなってきた。
「逃げますか? ソーマさん」
「この暗闇で動くのは危険だな。ゴブリンってどのぐらいの強さなの?」
「そんなに強くはないです。武器がなくても素手で殴って倒したりできます。ただゴブリンの恐ろしい所は数が多いことです。数で蹂躙してくるんです。向かって来ているゴブリンの数が少ないといいんですが」
リンカちゃんはゴブリンに襲われた時のことを思い出したのか体が少し震えている。
「大丈夫だよリンカちゃん。リンカちゃんのことは俺が絶対に守って見せるから」
「ソーマさん。ありがとうございます」
ここは男を見せる時だな。
俺はミノタウロスを素手で倒した男だ。相打ちだけど。
ゴブリンごときにやられるもんか。
「ソーマさんは格闘系のスキルとか持ってるんですか?」
「いんや? 何にも持ってない」
これから魔導書を使って取得する予定です。
「え? 大丈夫ですか? 一応ゴブリンも木製のこん棒ぐらいの武器なら持ってますよ?」
「大丈夫さ」
「何か勝てる見込みがあるんですか?」
「リンカちゃん。人間必死になれば意外とスキルとかなくても強くなれるもんだよ」
「?」
リンカちゃんはよくわかんないという顔をしているが、先ほどより体の震えは収まったみたいだ。
少しは頼りになりそうに見えたかな?
「ギャギャー」
「あっ!来ましたよゴブリンです」
背の高い草をかき分けて130㎝くらいの小さな影が3つ出てきた。
影がこっちに近づくと焚火の明かりで全体像が見えてきた。
土色の皮膚をした醜い顔の小鬼のような生物が木製のこん棒をもって現れた。
「数は多くはないみたいですね」
「リンカちゃん。下がってて」
「はい。ソーマさん無理はしないでくださいね?」
俺はゴブリンがリンカちゃんに近づきすぎないように自分からゆっくりとゴブリンに近づいた。
「ギゲゲ」
「ギャゲゲ」
何を言ってるのかはわからないが、たぶん殺すぞとか言ってんだろうな。
こんな状況でも魔導書からはなにも反応がない。
まあこんな小さい奴ら、頑張れば倒せるだろう。
まずは先手必勝だ。
「おらあ!」
俺は勢いよくゴブリンに向かって突っ込んだ。
まずは3匹いる内の、俺の正面にいる真ん中のゴブリンを勢いよく蹴り飛ばす。
「ゲギャー!」
体が小さいだけあって思ったより勢いよく飛んで行った。
飛んで行ったゴブリンが戻ってくる前に続けて右側のゴブリンに向かって裏拳を放った。
だがこれはこん棒でガードされた。手の甲が痛てぇ。
すると左側にいたゴブリンがこん棒を振り上げて飛びかかってきた。
「おわっと!」
飛びかかってきたゴブリンの腕を掴んでなんとかガードに成功した。
しかし、飛びかかってきたゴブリンの相手をしたため、右側にいたゴブリンに背中を見せる形になってしまった。
「グギャー!」
「ぐは!」
「ソーマさん!」
「だ、大丈夫まだまだこれからだよ」
背中にゴブリンのこん棒を思いっきり食らってしまった。
意外と力は強いようだ。
遠くからさっき蹴り飛ばしたゴブリンがこっちに向かっているのがうっすらと見える。
合流されるとまずいな。
ここは一体一体潰していこう。
「グギャー!」
先ほどと同じように飛びかかってきたゴブリンを、今度はしっかりとキャッチして思いっきり投げ飛ばした。
これで一時的に敵の数は一体になった。
「グッグギャ」
さっき俺に一撃お見舞いしたゴブリンは、一対一の状況に持ち込まれたことに気づいて怯み出した。
チャンスだ。
俺は一気に近づきゴブリンの腕をつかんだ。
「グギャギャギャギャー!」
俺はゴブリンの腕を掴んだままその場で勢いよく回転した。
ジャイアントスイングの要領で岩に向かってゴブリンを思いっきり投げつけた。
「ハギャアアアー!」
勢いよく岩に投げつけられたゴブリンはそのまま立ち上がることはなかった。
「まずは一体!」
「がんばってください。ソーマさん」
リンカちゃんの声援を聞いていると最初に蹴り飛ばしたゴブリンが戻ってきた。
仲間の一体が倒れているのをみて驚いた表情をしていたが、すぐにその醜悪な顔を怒りに染めて俺に襲い掛かってきた。
だがこいつらの攻撃はワンパターンだ。
また俺の顔面目掛けて飛びかかってきたのだ。
さすがに2度も見ればタイミングが掴める。
こん棒を両手で振り上げているせいでがら空きの腹に蹴りを入れてやった。
「オゲエー!」
ゴブリンは汚い体液を口から吐きながらまた飛んで行った。
あのゴブリンは飛ばされてばっかりだな。やってるのは俺だけどさ。
「きゃあああー!」
「リンカちゃん!?」
岩の隙間に隠れているはずのリンカちゃんの悲鳴が聞こえた。
俺がリンカちゃんの方に振り向くと、さっき投げ飛ばしたゴブリンと思われる奴がリンカちゃんの腕を強く握っていた。
「痛いいいー! 離してー!」
「リンカちゃん待ってて今行く」
「ソーマさん後ろに!」
「え?」
リンカちゃんの声に反応して俺が正面に向き直そうとすると頭に強い衝撃を受けた。
「あああー!」
「ソーマさん!」
俺は痛みのあまりその場に倒れた。
若干霞む目で正面を見ると2度目の蹴りで飛んで行ったゴブリンが俺の血の付いたこん棒を持って笑っていた。
どうやら2度目の蹴りではあまり飛ばずにすぐ戻ってきたようだ。
「離して! 離して! いやあー! ソーマさん!」
「ゲゲゲゲゲ」
俺の後ろではリンカちゃんが腕をつかむゴブリンに必死に抵抗しているようだ。
俺はリンカちゃんを助けるため、立ち上がろうとしたが。
「ギゲー!」
「おぶ!」
さっきの仕返しとばかりに頭を殴ってきたゴブリンが今度は俺の腹をこん棒げ殴ってきた。
「がはああ!」
痛みで呼吸が出来ない。
頭から血も流れてきた。
動けない俺にゴブリンが近づいてくる。
「ソーマさん! 大丈夫ですか! 離して!」
リンカちゃんは必死にゴブリンに抵抗しながらも俺の心配をしてくれている。
立たないと。リンカちゃんを守らないと。
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霞んでいた目がはっきりしだしてきて、俺の目には最初に倒したゴブリンの死体が見えた。
俺の目の前でゴブリンの死体が徐々に半透明になってき、やがて完全に消えてしまった。
「なにが起こったんだ?」
突然の謎の現象に俺が驚いているとそれは来た。
ゴブリンが消えた直後、俺の脳内に待ちに待った反応が来た。
「これは! 来た! 来た来た来た来たああああーーー!」
「ソ、ソーマさん」
「グゲ?」
突然叫びだした俺にその場の全員が驚いている。
だが別に頭がおかしくなったわけではない。
やっと寝坊助が起きたのだ。
お前の使い方がようやくわかった。
「来い! 相棒!」
俺の声に反応して、リンカちゃんの近くに置いてあった魔導書が白銀色に光りだし、宙を飛んで俺のもとに来た。
俺は飛んできた魔導書を右手で受け止めた。その瞬間魔導書が俺の右手から消えた。
消えた魔導書の代わりに俺の右手の人差し指には白銀色の宝石の様なものがついた細かい装飾の施された指輪が嵌められていた。
俺は先ほど消えたゴブリンから手に入ったポイントを使って習得可能状態になっていた魔法を一つ習得した。
俺は散々殴ってくれたゴブリンに一気に近づきゴブリンの顔を右手でわしづかみにした。
「グゲエ?」
「くたばれくそ野郎!ファイヤー!」
俺の右手の平からでた炎でゴブリンの頭は勢いよく燃え出した。
「ギゲ!ギエ!」
俺が手を離すとゴブリンは辺りを走り回り、やがて力尽きてその場に倒れた。
ゴブリンの頭は真っ黒こげだ。
「リンカちゃん! 俺と同じようにやるんだ!」
俺の言葉の意味を即座に理解したリンカちゃんは、何が起きたのかまだ理解できず呆けているゴブリンの肩に手を置いて魔法を発動した。
「くらえ! ファイヤー!」
「ゲー!」
肩を燃やされたゴブリンは痛みのあまりリンカちゃんを掴んでいた手を放し俺の方に走ってきた。
肩が燃える痛みで俺がいることを考える余裕がないのだろう。
俺は肩を抑えながらこっちに走ってくるゴブリンの顔面を思いっきり殴りつけ、最初に倒したゴブリンと同じように岩に叩きつけた。
そのまま最後のゴブリンも倒れて、戦闘が終わった。
「ソーマさん! 大丈夫ですか?」
「おう! まだ生きてるよ。あれ?」
戦闘が終わったと思うと急に体がふらつきだした。
血を流しすぎたかな。
「ソーマさん! しっかりしてください!」
「ごめん。ちょっと寝るわ」
「ソーマさーん!」
静かになった森の中にリンカちゃんの悲鳴だけが響き渡った。