アルタ村 ギルドマスター・ルミナリア
ダンジョン内で魔集香が使われるという大事件が起きてから数時間後。アルタ村のガーディアンギルドのギルドマスター・ルミナリアは、急いでダンジョンへと駆けつけた。
「つまり、そこの3人が今回の事件の首謀者ということね」
ダンジョン入り口前に建てられているガーディアンギルドの簡易支部の会議室中では、ルミナリア・ダグ・シエル・リリル。そして魔集香を焚いた2人と数人のギルド職員が集まり、今回の事件に関する事情聴取が行われていた。
猫系の獣人であるルリナリアは、自慢の白い尻尾を逆立て目の前で床に正座しているリリル達3人を厳しい目で睨んでいた。
今回起きた事件によって、今現在10人のガーディアンが行方不明になっており、既に1人の死亡が確認されていた。
ダンジョン内での生死は基本的に自己責任とされているが、今回は明らかに人為的な要因が原因となっている。
これは、いくら新人とは言え限度を超えていた。
「今回彼らが起こした罪は重い。ギルドとしては、彼らを永久追放した後、領主である二ドル伯爵様にその後の沙汰を決めていただくべきかと」
同席しているベテランのギルド職員がそう話を切り出し、これにダグとシエルが食いついた。
ダグとシエルは、何とかリリルの罪を減らそうと必死に弁護をするも、状況は思わしくない。
「リリルは巻き込まれただけです! そこまで重い罰を課さなくても!」
「しかし、魔集香を焚いた現場に居合わせながらそれを止められなかった罪は重い」
「でも、今聞いた話ではリリルは反対したって言うじゃないですか!」
「だが現に魔集香は使われてしまい、死者まで出ているんだぞ。それ相応の罰に処さなければ他のガーディアンたちにけじめがつかん!」
ギルド職員たちとダグたちの話は平行線のまま、一向に終わりが見えない。
すると、ずっとリリルたちを睨んでいたルミナリアがダグたちに顔を向けて口を開いた。
「正直に言えばこっちだって事を大きくはしたくないよ。ファウードの方でも最近事件があったらしくて、二ドル伯爵はその後始末で忙しいらしいからお手を煩わせたくはないし。でもね、死人が出たとなってはどうしようもないよ。今行方不明になっているガーディアンたちに関しては、今回の事件に巻き込まれて死んだという証拠はないし、場所がダンジョンの中だからどうとでも誤魔化せるけどね。この3人を助けようとしたガーディアンが死んだところは、複数のガーディアンに目撃されているんだ。誤魔化しようがないさ」
「ソーマさんは死んでません! きっとまだダンジョンの中で生きています!」
「無理よ。あり得ないわ。大勢のモンスターに襲われるところを貴方たちも見たんでしょう?」
「はっきりとは見てません。モンスターたちに覆われて、ソーマさんの姿は見えませんでしたから。それに、死体だってまだ見つかっていないんでしょう?」
「大勢のモンスターに襲われたのよ? 骨も残らず食べられていてる可能性が高い。残念だけどそのソーマって子は死んでるでしょうね」
そう。今回の事件で唯一死亡が確認されているのは蒼真であった。
リリルたちを助けようとして力尽きた蒼真がモンスターの群れに襲われた瞬間は、ダグたちだけでなく逃げ遅れていた他のガーディアンたちも見ていた。
ダンジョン内に調査に向かったガーディアンたちの報告では死体は見つかっていないそうだが、状況的に見て、生存は絶望的であろう。
「せめて死人が1人も出ていなければ、その子だけなら罪を軽くすることも出来たんだけどね」
そう言って泣きそうな顔をしているリリルの頭をそっと撫でるルミナリア。
しかし、短い時間とは言え蒼真と一緒に行動していたダグとシエルには蒼真が死んだというのは受け入れがたい出来事であった。
「きっと。きっとソーマさんは生きています!」
「気持ちは分かるけどね。ガーディアンを続けていれば、人の生き死にに携わることなんていくらでもあるのよ。現実を受け入れなさい。それが出来ないならガーディアンを続けていくのは厳しいわよ」
「そんな・・・」
ルミナリアの言葉にうなだれるダグたち。
ルミナリア自身、これまでに何人ものガーディアンたちとの別れを経験しているため、今のダグたちの気持ちは痛いほどわかる。
しかし、今のルミナリアに出来ることは、せめてダグたちが気持ちの整理をつけられるよう多少時間を稼ぐことだけだった。
「さっきも言ったように、今は二ドル伯爵も忙しいそうだから、この3人はアルタ村のガーディアンギルドで2~3日ほど拘束してからメルグに移送するわ。貴方たち2人には、特別にリリルちゃんへの面会を許可しておくわ」
「ありがとう、ございます」
これがルミナリアに出来る最大限の譲歩だと言うことはダグたちも理解していた。
ダグとシエルは己の無力さを噛み締めながら面会を許可してくれたルミナリアに感謝して、会議室を後にした。
-----
ダグとシエルが退出した後、リリルたちもアルタ村へ向かう馬車へと連行され、会議室にはルミナリアと数人のギルド職員だけが残っていた。
「さて。分かっているとは思うけど、あのおバカ2人に魔集香を売った商人を探すわよ」
今回の事件のきっかけは、新人のガーディアンに魔集香という危険なアイテムを売った商人にある。
そもそも魔集香はその危険性から個人での所有を禁止されており、非常時に備えてガーディアンギルドや一部の貴族だけが厳重な管理の元保管している。
魔集香の取り締まりは主にガーディアンギルドが担当しており、大陸中に支部を持つガーディアンギルドの監視網を潜り抜けて魔集香を販売している商人がいるとなれば、ギルドとしては断じて見逃すわけにはいかない。
ルミナリアの言葉にうなずく職員たち。しかしその内の1人、ベテランのギルド職員が手を上げた。
「1つ質問があるのですが、ギルドマスター」
「何?」
「どうにも今回使われた魔集香は、ギルドが保管している魔集香と比べて煙の出ている時間は短いように感じます。それに対してモンスターの興奮状態が長時間続いていることを考えるに、ギルドが保管している通常の魔集香との違いが目立ちます」
「それはつまり、どういうこと?」
「何者かが魔集香を独自に作ろうとしている可能性があるかと。恐らく今回使われた物は失敗作か試作品かと思われます」
魔集香はその危険性から製造法がガーディアンギルドによって秘匿されており、ギルドに認められた極わずかな職人のみが製造法を知っている。
過去にも独自に魔集香に似たアイテムを製造しようとした組織は存在し、魔集香の粗悪品レベルのアイテムが裏で出回った時代もある。
今回使われた物も、そんなコピーアイテムの1つではないかと、ギルド職員は思っていた。
「確かに。私もずっと疑問だったのよね。魔集香のような貴重なアイテムを、まがい物とはいえ新人の子に二束三文で売るなんて真似、商人がするかって思っていたのよね。でもそのアイテムが失敗作なら安く売られてもおかしくないわね」
「おまけに売った相手が警戒心ゼロの新人ガーディアンですからね。恐らく丁度いいカモだと思ったのでしょうね」
ルミナリアたちは知るよしもないが、リリルたちがモンスターに追われていたのも、実はこのまがい物の魔集香のせいであった。
本来なら少しずつ煙が出るはずが、一気に煙が噴出してしまったために近くにいた2人組に成分が付着してしまい、2人組から魔集香と同じ香りが出ていたのだ。
「そうなると、相手は1商人ではなくどこかしらの組織からのバックアップを受けている者になるでしょうから、先ほどの2人から得た乏しい情報を頼りに逮捕するのはまず不可能でしょうね」
「それでも、動かないわけにはいかないわ」
「勿論。ちゃんと逮捕のために動いたという実績は必要ですからね」
「はあ」
ルミナリアは深いため息をついて天を仰いだ。
「最近は王国内での奴隷商の動きが活発で、警戒するようにって王都の本部から通知が来たのよね。今回の事にも絡んでそうねえ。はあ。一応後で二ドル伯爵にも伝えておきますか」
王都から通知が来た直後に起きた今回の事件。ルミナリアはこれから何か不吉なことが起きそうだというギルドマスターとしての感と、事後処理の事を考えて憂鬱な気分になった。
「はあ。せめてダグ君が言ってたみたいに本当にソーマって子が生きていれば少しは楽になれるんだけどねえ」
そう言いながらルミナリアはアルタ村行きの馬車へと向かって行った。




