初めての出会い
「ふぉうちゃーく」
(とうちゃーく)
メルティオール様たちと別れた後、俺は異世界に降り立った。
頂いたお菓子を両手いっぱいに抱えて、口にどら焼きをくわえた状態で。
「ふぉりのなふぁか」
(森の中か)
緑生い茂る森の中が転移場所だった。
しまったなぁ、アルテイシア様に転移場所聞いておくんだった。
どこにいけばいいのかわからない。
とりあえず食料(お菓子)はあるから森から脱出するか。
口にくわえたどら焼きをを食べきり、俺は森の探索に出発した。
ところ狭しと生い茂った枝と葉っぱが日の光を遮り、森の中は少し薄暗い。
まあお陰で涼しくて快適だけど。
3時間後
なかなか広い森だな。まだ出られない。
涼しいお陰でまだ体力はあるけど段々不安になってきた。
今のところ特に危険な目にはあってないが、この森にモンスターがいない保証なんて無いんだよなぁ。
聞こえるのは風で葉がすれる音と小鳥のさえずりだけだ。
そう言えば今だに魔道書の使い方が分からない。魔道書の中は何も書かれていない白紙だったし。
モンスターと遭遇する前に使い方が分かるといいんだが。
5時間後
その後もしばらく歩き続けたがまだ森から出られない。
それに時々謎の叫び声などが聞こえてくるようになった。
喉が潰れたようながらがら声の奇声が聞こえてくるのだ。
俺は周囲に気を配りながら森を進んだ。
少しすると森の中に少し開けた所を見つけた。
大きな岩が2つ重なりあっている。
岩の隙間には枯れ落ちた葉っぱが溜まっている。
俺は何か音がしていることに気づき耳を澄ませた。
音は岩の隙間からだ。何かが隙間に溜まった葉っぱを踏んでいる。
さっきから聞こえていた声の主がいるのかもしれない。
無視しても問題ないが、もしかしたらモンスターがいるかもしれないと思うと危険だと分かっていても一目見てみたいという好奇心を抑えきれない。
俺は足音を立てないように隙間に近づいた。
そして、そっと隙間を覗くと。
「えーい!」
「危な!」
覗き込んだ俺の顔面めがけて木の枝が降り下ろされた。
モンスターか! っと一瞬思ったがよく見ると小さな女の子だった。
赤い髪をおさげに編んだ妖精のようにかわいらしい女の子がそこにいた。
手にしている木の枝を震える両手で握り締め、目に涙をためながらもしっかりと俺を見据えていた。
「落ち着いて。なにもしないよ」
「にっ人間ですか? ゴブリンじゃないですよね」
「ゴブリンを見たことないからよく違いがわからないけど俺は人間だよ」
俺は両手を挙げて危害を加えるつもりがないことをアピールした。
すると女の子はその場にへたり込んだ。
俺がゴブリンじゃないとわかって一安心したようだ。
「よかったです。この辺ではあまり人を見ないのでゴブリンが来たかと思ったです」
「ごめんね。怖い思いをさせてしまったね」
「ううん。こっちこそ攻撃してごめんなさいです」
誤解の解けた俺と女の子は岩の隙間で互いに自己紹介をした。
「わたしはリンカです。この森にはお父さんと一緒によく来るんです。ここはモンスターがあまりいないので結構安全なんです」
「へー、そうなんだ。確かにここに来るまでモンスターに一度も会わなかったな。俺は天上蒼真っていうんだ。よろしく」
「はうぇ! 貴族様ですか!? すっすみません。気軽に話しかけてしまって」
女の子、リンカちゃんは俺の名前を聞くとなぜか俺を貴族と思ったらしくその場で土下座して謝ろうとしてきた。
俺は慌ててリンカちゃんを止めた。
「落ち着いてリンカちゃん。俺は貴族なんて大層な者じゃないよ」
「でっでも苗字がある人は大体貴族様だってお父さんが言ってたんです」
「あーそうなんだ。わかった。天上ってのは忘れて。俺の名前は蒼真。ただの一般人蒼真だよ」
「イッパンジンソーマさんですね? わかりました」
「なんかイントネーションが違う気がするけどいいや。それでリンカちゃん。お父さんとは一緒じゃないの?」
「そのう。実はさっきゴブリンと遭遇したんです。こんなこと滅多にないことなのですが。お父さんがゴブリンと戦っている間近くの木の後ろに隠れてたんですけど、ゴブリンが一匹私の方に来て、それでとっさに逃げたんですけど、めちゃくちゃに走って逃げたからお父さんの所に帰れなくて。それでこの隙間に隠れてました」
「そうか。ゴブリンに襲われたのか。お父さんは大丈夫なの? ゴブリンを倒せるくらい強いの?」
「はい! お父さんは元ガーディアンのAランクですから。ゴブリンにやられたりしません」
ガーディアンっていうのはよくわかんないけど腕の立つお父さんみたいだね。
ならそのお父さんが見つけ出してくれるまでここでおとなしくしていたリンカちゃんの判断は正しいだろう。
「あの? ソーマさんはどうしてこの森に? この森に来る人なんて私とお父さん以外に初めて見ました」
答え辛い質問だな。別に好きでこの森にいるわけじゃないんだけどね。
んー。なんて言おうかな?
こういう状況でぼろが出ないようにうまくごまかすには、そうだなぁ。
よし、記憶喪失と言い張ろう。
「実は覚えていないんだよ」
「覚えていない? 森にいた理由を、ですか?」
「そうなんだよ。ほかにも色々思い出せなくてね。記憶喪失ってやつかな?」
「でも自分の名前は憶えてたんですね?」
「・・・・・・・・」
何この子! 鋭い! 俺が嘘ついて3秒ぐらいで矛盾を突いてきた。
どうしよう。いまから主張を変えたら余計に怪しまれる。
ええい。こうなったら嘘を貫いてやる。
「じっ自分の名前だけは覚えてたんだよ」
「そうなんですか?よかったですね」
くっ。リンカちゃんの笑顔を直視できない。
俺はこんな幼気な子に嘘をついてしまった。
まあこのまま記憶喪失設定は続けるけどね。
「じゃあソーマさんはその服のことも覚えていないんですか?」
「服?」
リンカちゃんに言われて自分の服装を見てみたが普通の登山用の動きやすい服装だ。別にこの服で森の中を歩いていても違和感ないと思うけどな?
「見たことない服です。刺繍もとても細かいです。それにとっても動きやすそうです。どこの国で買った服なのか覚えてないんですか?」
「・・・・・・日本の登山用品店で買いました」
「にほん? とざんよーひんてん? 私聞いたことないです」
つい素で答えてしまった。やばい。ごまかさないと。
というかリンカちゃんの言う通りだよ。異世界で日本の服が違和感ないわけないよ。
改めてリンカちゃんの服を見てみると、素人の俺から見てもわかるくらい生地が荒い。すごくごわごわしてそう。
俺の服と比べたら天と地ほどの差があるわ。
「あー、そのね。すごく遠い所にある国だよ。・・・・・すいません。それ以上質問しないでください」
「服買ったところ覚えてるんですか?」
「・・・・・・」
「ソーマさん?」
「すみません! もう許してください! これ以上詮索しないでください!」
(これ以上リンカちゃんに嘘を重ねたら俺が良心の呵責に耐えられない!)
「ふぇ!? わっわかりました。そうですよね。人間だれでも聞かれたくないことはありますよね」
「ありがとうリンカちゃん。わかってくれて」
「ソーマさんの素性や本当に記憶喪失なのかこれ以上詮索しません」
「ありがとうリンカちゃん」
(記憶喪失なのか疑ってたのか)
俺とリンカちゃんは無事?仲良くなっていった。・・・たぶん。
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リンカちゃんと話しているうちに日が暮れ始めた。
薄暗かった森の中が完全な暗闇に染まり始めた。
「うーん。まずいね。こりゃあ今日はここで野宿かな?」
「そうですね。暗くなったら森の中は動いちゃだめだってお父さんにも言われたことがあります」
「ちなみにだけどこの森って夜行性の危険なモンスターとかいるか知ってる?」
「この森の動物やモンスターはお父さんから沢山聞いてます。でも夜に活発になる危険なモンスターとかの話は聞いたことないので大丈夫だと思います」
「そっか。じゃ、一安心かな」
お菓子はまだあるから一晩くらいならこれで飢えを凌げるだろう。
それよりも寒くなって来たな。
「リンカちゃん寒くない ?俺の服貸そうか?」
「大丈夫です。落ち葉を集めて火を焚きます」
「火を付ける道具持ってるの?」
「いえ。でも大丈夫です」
よくわからないがリンカちゃんに言われた通りに周りの落ち葉を一か所に集めてみた。
「できたよリンカちゃん」
「ありがとうございます。では、ファイヤー」
「うお!」
リンカちゃんが俺の集めた落ち葉に手を近づけると突然リンカちゃんの手から火が出た。
「そんな驚かなくも。ただの火属性の初級魔法ですから。こんなの火属性に適正があれば誰でもできますよ」
「い、今のが魔法? 初めて見た」
「魔法を始めて見たんですか?」
「うん」
「あ、そっか記憶喪失で忘れたんですね?」
「そうそうそんな感じ」
(記憶喪失便利だな)
「今のは火属性の初級魔法ファイヤー。手のひらから小さな炎が出る魔法です。私はまだ3秒ぐらいしか維持出来ませんけど」
「さっき適正って言ってたよね? 適正があればだれでも魔法が使えるの」
「えっとですね。基本的には適正があればその適正に応じた属性の魔法が使えます。勿論練習は必要ですけどね」
「俺にも使えるかな?」
「街に戻ったら魔法の適性検査を受けてみては? 私は5歳の時に検査して火属性と風属性の適性があることがわかりました」
「そっか調べられるんだ」
直に魔法を見たことで魔法に興味が出てわきたが俺はそのままでは魔法は使えないと言われているから検査してもダメだろうな。
早く魔導書の使い方が知りたい。
「その本大事なものなんですか?」
俺が魔導書を見つめているのが気になったのかリンカちゃんが魔導書について聞いてきた。
「そうだねー。俺の命の次、いや命と同じぐらい大事だね」
「そうなんですか。そんなに大事なんですか」
イマイチ実感がないけど命を共有してるらしいからね。
でも魔導書との繋がりのようなものは感じるけどそれ以外なにも感じないんだよなあ。
メルティオール様は魔導書が使い方を伝えてくれるって言ってたんだけどなあ。
「それよりお腹すいてない? お菓子あるよ? 食べる?」
「なんで森の中にお菓子を持ってきているんですか。いや覚えていないんですよね?」
リンカちゃんが疑いの目で俺を見ている。
さっき俺の素性を詮索しないと言ってくれたのであまりしつこく聞いては来ないが、俺ってそんなに怪しいかね?
・・・はい、怪しいですよね。わかってます、わかってます。
「おいひーですー!」
「このどら焼きってお菓子もおいしいよ」
「おいひーですー!」
「このカステラも「おいひーですー!」手出すの早いな!」
リンカちゃんはお菓子を気に入ってくれたようだ。
リスのようにほっぺたがパンパンに膨らむまで口の中にお菓子を詰め込んでいる。
幸せそうな笑顔でお菓子を頬張るリンカちゃんを見ているとこっちまで笑顔になってしまう。
しかし、そんな幸せタイムを邪魔する者が森の中からこっちを覗いていることに俺たちはまだ気が付いていなかった。