ゴブリンとコボルトと少年と少女
ダンジョンには、いまだ解明されていない謎が多数存在する。
ダンジョンの要であるダンジョンコアはどうやって生まれるのか?
どうしてダンジョンは魔力だまりにしか発生しないのか?
どうしてダンジョン毎に個性があり、1つとして同じ構造のダンジョンが存在しないのか?
一説にはダンジョンは、女神がこの世界を維持するために作った装置という説もあるが、それも定かではない。
だが、全てのダンジョンに共通する一番の謎はダンジョンはどこに存在するのかと言うことだ。
ダンジョンへの入り口は存在するが、ダンジョンそのものはこの世界には存在しない。
ダンジョンへの入り口は異空間に繋がっており、ダンジョン内部へは入り口以外の方法で侵入することが絶対にできない。
物理法則に従わない異空間に存在するダンジョンは、多種多様な姿になる。
蒼真が挑むダンジョンもそんな摩訶不思議な空間の1つである。
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巨大な扉の中に広がる白い靄。その中へと進むと、一瞬体が浮いたような感覚に襲われ、気が付くと俺は見知らぬ場所へと転移していた。
石レンガで舗装された縦横10mほどの正方形の通路。それが迷路のように入り組んでどこまでも続いている。
人工的に作られたように見えるこの通路がダンジョンの内部のようだ。
ロウソクなどの明かりは見当たらないが、通路の中は結構明るい。
よく見ると壁や床自体がうっすらと発光しているようだ。
「ここがダンジョンの中か。確かこのダンジョンの1階から4階にはゴブリンとコボルトしか出ないはずだったよな。まあ今日はダンジョン初日だし、ゆっくりと進むとするか」
そう言えば昔、友人から迷路の攻略法を教えてもらったことがあったな。
確か右側の壁に沿って進み続ければいつかゴールにたどり着けるんだったかな?
闇雲に進んでもしょうがないし、とりあえず右側の壁に沿って進んで行ってみるか。
ダンジョンの中は今のところ驚くほど静かだ。俺以外にも大勢のガーディアンがいるはずなんだがなあ。
この階層がとてつもなく広いのか。それともこの壁には防音効果でもあるのか? まあ、俺がたまたま人のいない辺りに転移した可能性もあるか。
なんてことを考えながら壁伝いに進んでいると、角を曲がったところでゴブリンを見つけた。
運よく、ゴブリンは俺に背中を向けていたのでとっさに引き返して角に身を隠した。
そーっと覗いてみると、ゴブリンは俺に気づいていないようだ。よしよし。
見つけたゴブリンは2体。しかも俺に気づいていない。
ここは先手必勝。こっちから一気に仕掛けよう。
俺は勢いよく角から飛び出してゴブリンたちの方に迫った。
「ギギャアア!?」
「ギャアア!?」
自分たちの方へと走ってくる俺に気づいて驚くゴブリンたち。
まずは手前のゴブリンから仕留める!
「フレイムウェアー!」
俺は両手に炎を宿し、手前にいたゴブリンを右手のアッパーで吹き飛ばした。
「キギャアアァ!」
腹にやけどを負いながら吹き飛ぶゴブリン。背中から勢いよく地面に落下してそのまま消滅した。
仲間がやられたことに怒ったもう1体のゴブリンは、こん棒を構えて突っ込んできた。
勢いそのままに、俺目掛けてこん棒を振り下ろすゴブリン。
しかし、そんな単調な動きを避けるのは造作もない。
俺は少し右にずれてゴブリンの攻撃を回避した。
攻撃が空ぶったゴブリンは途中で止まることが出来ず俺の隣を通り過ぎた。
俺は通り過ぎて行ったゴブリンの後ろに回り、頭を撫でてあげた。
「おー、よしよし」
「ギギャアアアアア!!」
フレイムウェアーで炎を纏っている腕で頭を撫でられたゴブリンは、頭を抱えて床を転げまわり消滅した。
ふむ。余裕だな。
とりあえず一階にいるゴブリンは俺がこれまでに倒してきたゴブリンと強さは特に変わらないようだ。
ダンジョン産のゴブリンだからと言って野生のゴブリンより強いと言うことはないようだな。
勿論倒したときに手に入るMDの量も同じく少ない。
この調子なら4階までは余裕で行けるかも知れないな。
その後も壁沿いに進み続け、出会ったモンスターは片っ端から仕留めて行った。
途中初めてコボルトにも出会ったが、強さはゴブリンより少し強いぐらいであまり脅威には感じなかった。
犬のような頭にゴブリンと同じぐらいの背の低い体をしているコボルトは、攻撃方法が爪による引っかきで、動きもゴブリンよりは少し早いが、十分対応できる範囲だ。
余談だが、コボルトの頭は目つきの悪い柴犬のような見た目だった。友人が飼っていた犬に少し似ていて、最初にコボルトに遭遇して倒したときは少し罪悪感を覚えた。
戦闘に若干の物足りなさを感じながら進んでいると、遠くから戦闘の音がしてきた。
他のガーディアンが近くにいるようだ。
とは言え、別に馴れ合う必要はないし俺はこのまま進もう。
3分ほど進んだが、まだ戦闘音は続いている。ゴブリンやコボルト相手に随分苦戦しているな。
と言うかその戦闘音が結構近くから聞こえてくるようになった。壁伝いに進んでいたら近づいたようだ。
とは言え相手はゴブリンやコボルトだ。手を貸すこともないだろう。
ダンジョン内にもガーディアンギルドが定めた一定のルールがある。他のガーディアンの戦闘の邪魔をしないことや、獲物を横取りしない。関係ないガーディアンを戦闘に巻き込まないなど、ルールと言うよりマナーに近いものが存在する。
今俺の近くで戦っているであろうガーディアンの戦闘に俺が勝手に介入したらこのルールに抵触してしまう。
するとどうなるか? 戦闘を邪魔されたガーディアンが俺のことをギルドに報告すれば俺は要注意人物としてマークされてしまうかもしれない。
それがさらに悪化すればギルドからの追放もあり得るし、そこまで行かなくても、悪評が広まれば肩身が狭くなる。
そんなのはごめんだ。
助けを求められたりすれば流石に話は違うが、ゴブリンやコボルト相手にそこまで追い詰めらることはないだろう。
そう思い俺が素通りすることを決めていると、前方から叫び声が聞こえてきた。
「誰か! 誰か近くに居ませんか! 助けてください!」
「ぶっ!」
マジかよ! 本当に助けを求めて来たよ。
あまりにタイミングが良いから思わず吹いてしまったが、聞こえてきた声には本気で焦っている様子が感じられた。
俺は急いで声のした方へと走った。すると前方に少し開けた、部屋のような空間が見えてきた。
中には頭を抱えてうずくまる男の子と、その子を守ろうと必死に杖を構えている少女がいた。
少女の前には3体のコボルトがいる。ここからではまだ少し距離がある。
ならここは。
「サーペントフレイム!」
燃え盛る炎の蛇が空中を泳ぐように進み、3体いたコボルトの1体に命中した。
中級魔法であるサーペントフレイムをくらったコボルトはすぐに消滅し、残った2体は俺の存在に気づいて構えた。
2体の内の1体が、本物の犬のように4足歩行で一気に距離を縮めてきた。
勢いよく飛び上がり右手で俺を引っかこうとしてくるコボルト。
俺は左腕のガントレットでそれを防ぎ、右手をコボルトの腹に当てて魔法を発動した。
「サンダーショック!」
「ギャウウウーン!」
腹を雷で焼かれてそのコボルトは消滅した。
さて、残りはあと1体。
俺が最後のコボルトに視線を向けると。
「えい!」
「ギャウン!」
俺を警戒するあまり、少女への警戒を疎かにしていた最後のコボルトは、後ろから少女に杖で殴られて消滅した。
敵ながら情けない終わり方だったな。
軽く周囲を見回して他にモンスターがいないのを確認した俺は2人に近づいた。
少女の方は特に怪我をしている様には見えないが、問題は頭を抱えてうずくまっている男の子のほうだな。
「大丈夫か!?」
「私は大丈夫です! でもダグがゴブリンに頭を殴られて!」
うずくまっている男の子、ダグの頭からは血が出ていた。
俺はストレージバッグから包帯を取り出し応急処置をした。回復ポーションでもあればよかったのだが生憎手持ちにはない。
メルグでは食料とかばっかり買ってポーションを買ってなかったからな。失敗したな。
「とりあえず今出来る手当はここまでだ。一応止血はしておいたが、頭の怪我だからな。すぐにちゃんとした手当を受けた方がいいだろう」
俺が包帯を巻き終えると、少女がお礼を言ってきた。
「ありがとうございます! ありがとうございます! ほら! ダグもお礼言いなさい!」
そう言ってダグの頭をはたく少女。
おい! 今包帯巻いたのにはたくなよ!
「いってええ!!」
「あ! ごめんダグ! つい」
「頼むから今は頭だけは勘弁してくれ」
はたかれた所を痛そうにさするダグ。
なかなか苦労してそうだな。ダグ君は。
「えっと、改めて助けてくれてありがとうございます。俺の名前はダグ。こっちはパーティを組んでいる仲間の」
「シエルです。先ほどは助けていただきありがとうございます」
「俺の名前は蒼真だ。よろしく」
2人と握手をして自己紹介を終えた所で、どうしてこうなったのか事情を聴いてみた。
「この部屋の中にゴブリンが2体と、コボルトが3体いまして。最初は来た道を引き返そうとしたんですけど、気づかれてしまいまして」
「ダグがゴブリンを1体仕留めたんですけど、2体目のゴブリンを倒そうとしたときに頭をこん棒で殴られてしまって。ダグを守りながら戦って何とかゴブリンは倒したんですけど、残り3体のコボルトとにらみ合いになった時にソーマさんが助けに来てくれたんです」
なるほど。コボルトの他にゴブリンも2体いたのか。
つまり合計5体のモンスターとの戦闘になってしまってやられたわけだ。
まあ流石に俺も5体同時は少しきついしな。何とか助けが間に合って良かった。
「それで、2人はこれからどうする? 今日はもうダンジョンはやめておいた方がいいと思うが」
「はい。今日はもうダンジョンから出ます」
「これからセーフエリアまで行ってダンジョンから出ます」
その方がいいだろうな。
でも、ダグの顔色は少し青ざめている。足取りも少しおぼつかないし、戦闘は無理だろう。
となると、魔法使いのシエル1人でダグを守りながらダンジョン内を移動しなければならなくなる。
さっきの様子を見るに、シエルはキャロスティのように杖術が使えるわけではなさそうだし。近接戦闘が出来る人がいない状態での戦闘は厳しいだろう。
しょうがない。ここは俺がひと肌脱ぐか。
「セーフエリアに着くまで俺が護衛するよ」
「え? 良いんですか!? 正直、そうしていただけるとありがたいですけど」
「ソーマさんはもっと下の階に向かっているんじゃないですか? お邪魔になってしまいませんか?」
「別にいいよ。今日はどうせ様子見のつもりで来ただけで特に目的もないし」
「じゃ、じゃあお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「ああ。よろしく」
こうして俺は成り行きで、2人と臨時パーティを組むことになった。
そう言えばキャロスティ以外の人とパーティ組むのは初めてかもしれないな。
2人とも俺より年下だし、年上としてかっこ悪い所は見せられないな。




