ギルドマスター アヴァル
二ドル伯爵家の敷地には2つの建物が立っている。
1つは二ドル伯爵の私邸、もう1つは役所のような役目を果たしている建物だ。
当然俺たちは役所の建物の方に入った。
中に入って、受付のお姉さんに早速話しかけた。
「すみません」
「はい。どのようなご用件でしょうか?」
「伯爵様にお会いしたいのですが」
「申し訳ありませんが、事前の面会申し込みなどは行っておりますか?」
「していません」
「では面会は出来ません。お引き取り下さい」
あっさりと面会を断られる俺。
後ろからリザの殺気を感じる。ここまで来て出来ませんでしたじゃリザに殺されそうだ。
俺は背中に背負っているストレージバックの中から一枚の封筒を取り出し、受付のお姉さんに見せた。
「すみません。こちらの封筒を見てもらえますか?」
「こちらの封筒が何か?」
俺から封筒を渡されたお姉さんは、封筒の裏側の焼き印を見た瞬間顔色を変えておどろいた。
「しょ、少々お待ちください。すぐに伯爵様へ連絡いたします!」
そう言ってお姉さんは受付の奥へと慌てて消えていった。
やっぱりあの焼き印は効果抜群だったか。
そのまま受付で待っていると、先ほどのお姉さんが男性を連れて俺たちの所へとやってきた。
「お待たせしました。伯爵様に確認いたしました所、今すぐにでも面会は可能とのことでした」
「ではお願いできますか?」
「はい、もちろんです。ではこちらへ」
男性の案内で二ドル伯爵のいる部屋へ向かっている途中、後ろからリザが小声で俺に話かけてきた。
「おい、ソーマ。お前どんな手品を使ったんだ。多忙な伯爵が事前の面会申し込みもなしにすぐに会うなんて、余程の大物でも来ない限り早々あることじゃないぞ?」
「俺にはその余程の大物から預かった紹介状があるんだよ」
「紹介状?」
そう、俺がオリガンさんから頂いたストレージバックの中には、オリガンさん直筆の俺の紹介状が入っていたのだ。
各地の大物貴族やオリガンさんの知り合いなどへ向けて書いてくれたもので、困ったときに使ってくれとオリガンさんが用意していてくれたのだ。
その中に、メルグ領主二ドル伯爵宛ての物もあり、受付のお姉さんに見せたのはその紹介状だ。
流石にこんなに早く面会できるとは思ってなかったけどね。元王国筆頭魔法使いのネームバリューはすごいな。
「こちらに二ドル伯爵様が居ります。どうぞごゆっくり」
長い廊下を歩き、1つの部屋の前まで来たところで、男性はそそくさと去って行ってしまった。
代わりに、部屋の前にいた眼鏡をかけた知的な女性が話しかけてきた。
「初めまして。私は二ドル伯爵様の秘書を務めております、二フレと申します。では、早速部屋の中へと案内いたします」
二フレと名乗った女性は部屋のドアを開けて、俺たちを中へと入れてくれた。
部屋の中には応接用のソファと壁一面に書類の詰まった棚が並んでいた。
部屋の奥にある執務机の後ろの壁が大きな窓になっており、そこから日差しが入り込み、執務机で作業している人物が逆行で見えづらくなっていた。
「やあ。君たちがオリガン様の紹介状を持ってきた人たちか。初めまして、メルグの領主を務めている二ドル・シュトーレンだ」
執務机に座っていた二ドル伯爵が立ちあがり、ゆっくりと俺たちの方へと歩いてきた。
逆光の中から姿を現した二ドル伯爵は思っていたよりも若い人物だった。
見た目は20代後半から30代前半ほどの年齢に見える。
腰まで届きそうな茶髪のロングヘアが印象的な二ドル伯爵は、俺たちにソファへと座るよう促し、楽しそうな笑みを浮かべながら対面の席に座った。
秘書を名乗っていた二フレさんは二ドル伯爵の後ろに静かに立っている。
「さて、オリガン様が直々に紹介状を書くほどの人物が、私にどのような御用かな?」
二ドル伯爵に促されて、俺はこれまでのことを包み隠さず話した。
リザが盗賊団を率いてブエナ村を襲った犯人だと伝えた時は、後ろに控えていた二フレさんが素早く二ドル伯爵をかばうように前に出てきたが、二ドル伯爵はそんな二フレさんに問題ないと伝えて二フレさんは再び二ドル伯爵の後ろに控えた。
リザの正体を明かしても特に動揺することもなく、堂々としているその様には大貴族としての貫禄のようなものを感じた。
俺の話が一通り終わると、二ドル伯爵は先ほどまで浮かべていた笑顔を険しい表情へと変えていた。
「頭の痛い話ですね。シュミットナー子爵の黒い噂は私も何度か耳にしていましたが、よもや奴隷商と裏取引までしていたとは。流石にこれは看過できませんね」
「俺たちはこのままではシュミットナー子爵に命を狙われることになります。どうかシュミットナー子爵の捕縛に協力していただけませんか?」
「ええ、もちろんです。元々は私が領主としてシュミットナー子爵の手綱をしっかりと握っておけなかったのが原因ですからね。協力は惜しみませんよ」
二ドル伯爵のその言葉に俺たちは安堵の溜息をついた。
二ドル伯爵はずっと後ろに控えていた二フレさんに何か指示を出すと、二フレさんは一礼して部屋から出て行った。
「さて、では具体的な作戦の内容を考えるとしましょう。そちらのリザさんには持ちうる情報の全てを提供していただきたい」
「もちろんですわ。伯爵様への協力は惜しみませんとも」
門番の時と同じように猫を被ったリザが二ドル伯爵に愛想を振りまいている。
たぶん、カスカロフの屋敷でメイドとして働いていた時もこうやって猫を被って仕事していたんだろうな。
素の時の口調や態度とのキャップが凄まじい。
「まず優先しなければいけないのはこれ以上の被害の拡大を防ぐことです。リザさんには当面、この屋敷に客人として滞在していただきます。その間の身の安全は私が保証いたします。念のため、ブエナ村の方には常駐軍から2個小隊を派遣しておきましょう。それと、ソーマさんとキャロスティさんには囮と情報収集をお願いしたい」
「囮ですか?」
「ええ。と言っても普通に生活していただければそれで構いませんよ。護衛はこっそり付けさせてもらいます。あなたたちを狙う怪しいものがいれば、シュミットナー子爵の手のものである可能性が高いですから、上手くその者を捕えて情報を入手したい」
「なるほど。では情報収集と言うのは?」
「この街のガーディアンギルドのギルドマスターのアヴァルはシュミットナー子爵と親しい。現役のガーディアンであるあなたたちにはアヴェルに関する情報を集めてもらいたいのです」
ギルドマスターまでカスカロフの息がかかっているのか。
大陸中に支部を持つガーディアンギルドは、1つの勢力に加担することのないように中立の立場を保っており、ガーディアンギルドの中は言わゆる治外法権になるのだ。
そのため、大都市を預かる領主様と言えど、ガーディアンギルドには迂闊に手は出せない。
「要はギルドマスターに関する情報をそれとなく集めながら、あとは普通に過ごしていればいいんですね?」
「ええ。その間にこちらのほうでリザさんからの情報を元に証拠を集めますので、ソーマさんたちはのんびりとしていただいていて構いませんよ」
こっちとしては楽なのは助かるから、全然異論はないね。
どうせ怪我をしているキャロスティはあまり無茶出来ないし、俺たちはゆっくりと過ごして二ドル伯爵からの朗報を待つとしますか。
「それと、ブエナ村を救っていただいた件で、領主としてお2人には報酬を用意いたします。ソーマさんには金貨20枚。キャロスティさんには怪我の治療費も含めて金貨30枚をお支払いいたします」
「おお!」
「まあ! よろしいんですの?」
「勿論です。お帰りの際に1階の受付へと寄ってください。その際に報酬をお支払いいたしますので」
よっしゃあ! 思わぬ臨時収入ゲットだぜ!
金貨20枚もあればファウードに帰る旅費には十分だ。メルグに滞在している間の宿代や食費にもこれで困らずに済むぞ。
伯爵様様だな。
俺とキャロスティが報酬に喜んでいると、先ほど部屋を出て行った二フレさんが男性と一緒に部屋に戻ってきた。
「お待たせいたしました。奴隷紋を施す準備が整いました」
「ありがとう、二フレ。では、リザさんにこれから奴隷紋を施させていただきますね?」
二フレさんと一緒に来た男性が、メルグで犯罪者奴隷に奴隷紋を施している人物らしく、俺たちのいる部屋の隣の部屋に奴隷紋を施すための準備が整ったとのことだった。
ちょっと不安そうな顔のリザと一緒に隣の部屋へと移動し、無事リザの背中に奴隷紋を施した。
奴隷紋には二ドル伯爵の血を垂らしたので、これでリザは一時的に二ドル伯爵の奴隷になる。
といっても扱いは客人扱いだし、リザが二ドル伯爵の奴隷になったという話は一切口外禁止だから、このことを知っているのはこの部屋にいる人物だけだけどね。
その後、リザは二ドル伯爵の屋敷に残り、俺とキャロスティは受付でさっきのお姉さんから報酬の金貨を受け取り、二フレさんから教えてもらった宿に宿泊した。
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次の日
とりあえず俺とキャロスティはこの街でのんびり過ごしていればいいとのことなので、俺はさっそくガーディアンギルドへと向かった。
キャロスティは昨日二フレさんに教えてもらった医者の所へと向かったので別行動だ。
メルグのガーディアン支部も建物の構造はファウードとほぼ同じだった。
中に入ってとりあえず受ける気はないが、クエストを適当に見てみた。
豊食都市らしく、食材の調達依頼が全体的に多いみたいだ。
DランクとEランクの依頼がやたらと少ない気がするが、メルグではランクの低いクエストは少ないのかな?
あと、ファウードと比べると報酬が少し少なめだ。俺とキャロスティが以前受けたニードルビーからのハチミツ採取のクエストもあったのだが、同じDランクのクエストだがこちらの方が若干報酬が少ない。
ギルドの中も人が少なく、ガーディアンの姿は俺を含めて10人ほどしかいない。
ファウードならこの時間帯は軽く30人ぐらいはいるんだがな。みんなクエストで出払っているのだろうか?
俺はおっさん4人組が飲み食いしているテーブルの隣に座って酒を注文した。
チビチビと酒を飲みながら、4人組の会話をこっそり盗み聞きしてみたが、ギルドマスターのアヴァルへの愚痴が大半だった。よっぱど不満が溜まっているようで、4人組のアヴァルへの愚痴は一向に止まる気配がない。
俺はアヴァルのことをよく知らないから、愚痴を言い合っている所には入りづらいな。
俺が情報収集のために4人組に話しかけるタイミングを伺っていると、別のテーブルで飲み食いしていた男が俺の方に来た。
「ようあんちゃん。見ない顔だな。最近メルグに来たのかい?」
酒の入ったジョッキ片手に話しかけてきたのは、前髪が大きく後退して剥げかかっているベテランっぽいおっさんだった。
「ああ、昨日来たんだ。それよりここはいつもこうなのか? 思っていたよりも人数が結構少ないんだが?」
「あんちゃん、最近のメルグのガーディアンギルドの実態を知らないのか。じゃあ俺が教えてやるよ」
そう言ってそのおっさんは酒を飲みながら俺にギルドの現状を教え始めた。
「人数が少ないのはここ最近の話だ。新しいギルドマスターになってからみんな他所に移動しちまったからな」
「その新しいギルドマスターが何かしたのか?」
「おうよ。そいつは元貴族のボンボンでよ。俺たちガーディアンを下に見ては高圧的な態度を取ってくんだよ。自分に反抗的な奴にはギルドマスターの権限で圧力をかけてきたりしてよ。いけ好かない奴だよ」
どうやらアヴァルって奴は、ギルドマスターの立場を利用して好き勝手しているようだな。
自分たちを見下してくるギルドマスターに愛想を尽かしてメルグを出て行くガーディアンが後を絶たないらしい。
「よくそんな奴がギルドマスターになれたな?」
「コネだよ、コネ。この街で領主の二ドル伯爵の次に影響力を持つカスカロフ子爵に上手く取り入って今の地位に着いたんだよ。カスカロフ子爵が、前任のギルドマスターに冤罪をかけて辞任に追い込んで、開いたギルドマスターの地位に金や権力を使って今のギルドマスターをねじ込んだのさ」
その後も出るわ出るわ。アヴァルの嫌な話。
気が付けば隣のテーブルで飲んでいたおっさんたちやほかの連中も集まって、みんなでアヴァルの愚痴大会を開いていた。
まだギルドに残っているガーディアンたちは、メルグやメルグ周辺の村々などに家族がいるためメルグから動けないという人が大半だった。
すっかり盛り上がって、テーブルの上が空のジョッキでいっぱいになって来た時、治療を終えたキャロスティがギルドにやってきた。
突然の美少女の登場におっさんどもは大興奮。キャロスティを交えて愚痴大会は盛り上がり続けた。
キャロスティは怪我が治るまで毎日医者の元に通院することになったらしい。
怪我に触るといけないので、そろそろキャロスティと一緒に宿に戻ろうかと思っていたその時、件のアヴァルがギルドに入ってきた。
高そうな服で身を包み、ドレスやアクセサリーで着飾った女性数人を連れてギルドに入ってきたアヴァルは、実に嫌そうな顔で俺たちを睨みつけた後、俺たちの方へと歩いてきた。
「こんな昼間から酒を飲んでいるとは。貴様らガーディアンは本当に社会に不要なゴミだな」
「んだとてめえ!」
酒に酔っている数人がアヴァルに言い返そうとしたが、最初に俺に話しかけてきたおっさん、ハバキさんがそいつらをどうにかなだめている。
「落ち着けお前ら」
「でもよお。ハバキ」
「酔った勢いで人生棒に振る気か?」
「・・・分かったよ」
ハバキさんのおかげで酔っていたおっさんたちも、どうにか落ち着いたのだが、空気を読まずにアヴァルがまた嫌味を言ってきた。
「いい年して暴力を振るう以外に取り柄のない野蛮人どもに、仕事をくれてやっている俺に本来なら感謝すべき所を、反抗的な態度を取って来るとは。貴様らが仕事をしないせいで、最近メルグ周辺の治安が悪化していると問題になってきているのだぞ?」
「それはてめえが依頼金の少ないクエストを全部断っているせいだろうが!」
おっさんたちの話では、アヴァルはクエストを依頼するときに支払う依頼金の額が少ないクエストは一切受け付けずに断っているらしい。
そのせいで、あまり金のない周辺の村々からのクエストが激減しているらしい。
ガーディアンはギルドを通さずに勝手に個人でクエストを受注することを禁じられている。そのため、ギルドがクエストを発行してくれなければガーディアンは動けないのだ。
報酬を受け取らないタダ働きなら問題にならないが、それではガーディアンたちの生活がもたない。
俺がガーディアンだと名乗ったとき、ブエナ村の入り口を守っていた村人たちが怒っていたのはそのためらしい。
ついでに、ガーディアンへ支払われる報酬の一部もアヴァルがピンハネしてるみたいだ。
治安の悪化など、本当は気にも留めていないのだろう。
金にならない依頼は断り、報酬も減らして、自分の懐に金を入れることしか考えていない。それがこのアヴァルと言う男らしい。
「アヴァル様。こんな奴らほっといて、早く行きましょう?」
「そうだな。こいつらに時間を割いても無駄だな」
アヴァルの取り巻きの女の1人が、アヴァルに腕を絡めながら俺たちの目の前で見せつけるようにアヴァルにキスした。
アヴァルは勝ち誇った顔で取り巻きの女たちを連れてギルドの奥に歩いて行った。
アヴァルのせいで盛り上がっていた空気は台無し。
みんな顔を伏せながら、怒りで肩を震わせていた。
当然、俺だってはらわたが煮えくり返る思いだ。
これ以上ここに居ても気分が悪くなるだけだ。
そう思って俺はキャロスティと宿に帰ろうとした。
が、さっきまで俺に隣にいたはずのキャロスティの姿がどこにもない。
俺は嫌な予感がしてアヴァルがいる方に視線を向けた。
案の定、そこにキャロスティの姿があった。
キャロスティはアヴァルたちの前に立ち、アヴァルの事を睨みつけていた。
「あなた! それでもガーディアンギルドのマスターですの!」
「なんだ貴様は!」
キャロスティーー!! なにギルドマスターに喧嘩売ってんの!?
やっぱり怪我をしたぐらいで、キャロスティが大人しくなんてしているはずがなかったか。
どーしよー!?




