取引
エクス・クウォード王国第5指定都市、豊食メルグ
周辺の森や川から取れる豊富な食料と、美食家の貴族が数多く住んでいることからこの名で呼ばれるようになった、エクス・クウォード王国で第5位の規模を誇る大都市だ。
俺たちの目指すダンジョンから一番近いアルタ村も、メルグの領主である二ドル伯爵の領地の中に入っている。
俺たち3人は、現在メルグに入るための検問所で順番待ちをしているところだ。
御者を務めているのはリザ。
俺は馬車の傍でリザと馬車の護衛。
馬車の中にはキャロスティが待機している。
列が進み、俺たちの順番が回って来た。
門番の衛兵がリザへと近づいていく。
「どうも。身分証を見せてもらえますか?」
「ええ。もちろんです。どうぞ」
リザは衛兵に満面の笑みで身分証を見せた。
「はい、確認しました。商人のニルシャさんですね。馬車の積み荷は商品ですか?」
「ええ。防具と剣を積んでいます。後ろにいる男性と、あと馬車の中にも1人いるのですが、この2人は私の護衛のガーディアンです」
リザに紹介され、俺は衛兵に自分のギルドカードを見せた。
俺に続いてキャロスティも馬車から顔を出してギルドカードを見せた。
3人の身分を確認した衛兵は最後に馬車の積み荷を軽くチャックした後、特に問題もなく門を通してくれた。
俺は門を通過する前に、御者台にいるリザの隣に座った。
俺は少し気になったことをリザに質問したのだが、リザはさっきの衛兵の時みたいに演技をせずに、素の状態で俺の質問に答えた。
「お前商人ギルドに所属してたの?」
「そんなわけねえだろ。さっき衛兵に見せたのは偽造したギルドカードだよ」
「そんなのどこで手に入れんだよ」
「何だ、欲しいのか? メルグにいる私の知り合いの詐欺師を紹介してやろうか?」
「結構だ。んー、にしても街に入った途端にいい匂いがするなあ。流石は豊食メルグ。お! あれうまそう」
「浮かれんのはいいが、本番はこれからだってこと忘れんじゃねえぞ? 街に入ったことで第一関門は突破したが、これから二ドル伯爵の所まで一気に行くからな? 本当に伯爵に会える手段を持ってんだろうな? ソーマ」
「大丈夫大丈夫。任せとけって。俺のとっておきの切り札を使ってやるからさ」
「本当だな? 信用するかなら?」
門を過ぎてすぐの所にあった馬小屋に馬車と馬を預けて、俺たち3人は真っすぐに二ドル伯爵家へと向かった。
鼻孔をくすぐるおいしそうな香りを嗅ぎながら、俺はリザと交わした取引のことを思い出していた。
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メルグに着く数時間前
「リザだ。よろしくな、ソーマ」
突然現れた騎士もどきたちを倒した後、突如協力的になった赤ローブの正体は女性だった。
太陽の光を反射してキラキラと輝く銀髪に一瞬目を奪われ、改めて赤ローブの顔をよく見ると、カツラが取れて髪形が変わっただけなのに、もう女性にしか見えなかった。
「お前、女だったのか!?」
「ああそうだ。男のふりをしていたんだ」
「なんでそんな真似をしてたんだよ?」
「今回の仕事は盗賊どもを利用する必要があったからな。ああいう連中は相手が女ってだけでこっちを下に見て来るからな。男だと思われていた方が何かと都合が良かったんだよ」
「なんか声音も変わってないか?」
「変えてたからな。今の声が地声だ」
結構可愛い声してたんだな。
と、今はそれどころじゃなかった。
まずは冷静に状況を整理しないとな。
「とりあえず、リザ。お前はこいつらの正体を知っているんだな?」
俺は気絶している騎士もどきどもを指さしてリザに尋ねた。
「ああ、そうだ。こいつらはカスカロフ子飼いのチンピラどもだ。こいつらが身に着けている鎧や剣もカスカロフが支給したものだ」
「カスカロフってのは?」
「詳し話は後にしろ。まずはここを離れるぞ」
「こいつらを放置するのか?」
「どうせこれだけの数を馬車に収容することは出来ねえし、拘束する縄もない。殺すと後後面倒なことになりそうだしな」
リザの助言に従い、とりあえず俺たちは街道を離れた。
ある程度進んだところで馬車を止め、馬車の中でリザの話をみんなで聞くことになった。
「まず、私とあのチンピラどもの雇い主であるカスカロフについて話すぞ? フルネームはカスカロフ・シュミットナー。メルグに住んでいる貴族の1人で、シュミットナー子爵家の当主。メルグの貴族の中でもあちこちに顔の効く権力者だ。昔から黒い噂の絶えない奴だったが、実際は噂以上のクソ野郎だよ。とにかく金と女が大好きな奴でな。私は表向きは奴の屋敷でメイドとして働いてるんだが」
「え!? メイド!? お前が!?」
いやー、こんな口調の奴にメイドなんが務まんないだろう?
愛想の欠片もないぞ?
「おい。今失礼なこと考えただろう?」
「すみまふぇん。口引っ張らないれください」
「と・に・か・く! 私はメイドとして働いていたんだ。表向きはな。裏では奴の帳簿の偽造や情報収集を主に担当していたんだ」
「それで? その貴族が今回の事件の主犯だとして、なんでブエナ村を襲ったんだ?」
「そうだそうだ! なんで俺たちの村が襲われなくちゃならねえんだ!」
俺の質問を聞いた村人たちが声を荒げてリザに問いただした。
狭い馬車の中で暴れないでもらいたいんだが。
「事の発端は帝国から来た奴隷商どもだよ。あいつら急に羽振りがよくなって、今までよりも高額で奴隷を買いまくってんだ。カスカロフは以前から奴隷商と裏で取引をして奴隷の購入をしていたから、盗賊のせいにして村の若い女を奴隷商に売りつけて、その金で好みの女奴隷を購入しようと企んだんだ」
「なんだその話!? 身勝手にもほどがあんだろうが!」
「そいつ1人のために俺たちの村が襲われたのかよ!」
リザの話を聞いた村人たちは当然激怒した。ついでにキャロスティも激怒していた。
にしても、帝国の奴隷商が裏で絡んでいたのか。
俺がいるこのウォルディス大陸には大きく分けて6つの大きな勢力が存在する。
1つは、大陸のほぼ中央にそびえるエクス・クウォード王国。
エクス・クウォード王国の西側にあるのが、女神アルテイシア様を崇拝するアルテイシア教を国教としている神聖国メーシェン。
反対の東側にあるのがオーノウス帝国。
年中雪で覆われている大陸北部には、四つの小国が同盟を組んだ北ウォルディス連合国がある。
南にはエルフが住む巨大な森、カルディラ大森林があり、3つのエルフの部族がそれぞれ森を3分割して管理しているらしい。
その森を抜けたさらに南側には海があるのだが、その海の向こうにフジ島という島がある。
初代勇者リョーガ・マサキが名付けたとされるその島にはドワーフと巨人たちが住んでおり、大陸からは海を挟んで少し離れているが、このフジ島もウォルディス大陸の勢力の1つになっている。
この6つの勢力の中でも一番危険なのがオーノウス帝国だ。
元々は5000年前、2代目勇者アズサ・アマシロが神滅教に勝利した後、戦後のドタバタの最中に出来上がった国で、武力による大陸の完全支配を掲げて大陸中の国々に宣戦布告した国なのだ。
戦後の弱り切った所を攻めてきた帝国に当時の各国は相当手を焼いたそうだが、対帝国ための同盟を各国で組み、何とか帝国を大陸の東側まで追い込み、そこで休戦協定を結んだらしい。
5000年経った今でも休戦状態で、各国との繋がりも薄く、未だにいつ戦争を吹っかけて来るか分からないと危険視されている国なのだ。
その帝国国内では奴隷制が認められており、国民の階級には奴隷と言う階級が存在するらしい。
帝国に関する本はあまり読んでいないのでよくわからないが、エクス・クウォード王国では奴隷制は採用されていない。
ただし、大罪を犯した犯罪者を犯罪者奴隷として、帝国から来る奴隷商に引き渡すと言う刑法がある。
なので、帝国から奴隷商が王国内に来るのはそれ程珍しくないらしい。
ただし、奴隷制が認められていない王国では、奴隷をこき使う奴隷商があまりよく思われていないため、帝国領に近い場所でしか基本奴隷商を見ることはない。
メルグからさらに東に進むと、王国と帝国の国境線があり、その近くには王国最東端の都市ガドムがある。そこからメルグまで奴隷商が来ているのだろう。
俺が頭の中で情報を整理している間、リザが村人たちとキャロスティをなだめていた。
村人たちとキャロスティがようやく落ち着いたところでやっと話を再開出来た。
「帝国で何が起きているのかまでは知らないが、今王国各地で奴隷商どもが奴隷集めに必死になっているみたいなんだよ。まあそれは今は関係ない。肝心なのはこれからどう行動するかだ」
「ちょっとまて。お前と騎士もどきたちの雇い主が貴族なのは分かったが、それは別にお前を常駐軍に引き渡さない理由にはならないだろう?」
「甘いな。いいか? このまま私を軍に渡せば、カスカロフの息のかかっている連中が私の存在をもみ消すだろう。そうなればカスカロフの有罪を証明する物がなくなる。それに、狙われるのは私だけじゃない。お前らもだ」
「わたくしたちまで狙われるのですか!?」
「お、俺たちもか? また村が襲われるってのか?」
「もちろんだ。ソーマとキャロスティは計画を邪魔した上に、子飼いのチンピラも倒した。口止めも兼ねてしつこく命を狙われるだろうな。村の連中もだ。カスカロフは私が村人に余計な情報を与えていないか心配になるはずだ。それに、村人を奴隷商に売りつける事をそう簡単には諦めないだろうから、口封じと金稼ぎを兼ねて、近い内にまた村が襲われるだろうな」
「そんな、せっかくキャロスティ様が助けて下さったのに」
「うーむ。俺たちも狙われるか」
カスカロフとやらの人脈がどれほどのものかは知らないが、リザの言うことが本当ならリザを軍に渡しても何の解決にもならないな。
実際、常駐軍が動くよりも先に、カスカロフは自分の手下をブエナ村に向かわせてたわけだし、リザの話を嘘と決めつけるのは危険だな。
「つまり、リザは自分がカスカロフに殺されるのを阻止したい。俺たちもカスカロフに殺されるのを阻止したい。利害は一致しているわけだな?」
「話が早いなソーマ。お前とならいい取引が出来そうだ。私がお前たちに求めるのは私への協力。報酬はお前ら2人とブエナ村の安全だ」
「協力の具体的な内容は?」
「まずは領主に協力を仰ぐ。ただし、メルグの中にはカスカロフの息のかかった者が多い。そいつらにバレない様に直接領主に面会したい」
「出来るのか?」
「難しいな。領主は多忙だから急に会いたいと言っても合わせてなんかもらえるはずはないし。どうにか領主の二ドル伯爵と面会して事情を説明して協力を仰ぎたいが」
大都市の市長に一市民が突然押しかけて合わせてくれってお願いしても無理に決まってる。
ま、普通ならな。
「どうにかできるぞ?」
「なに! 本当か?」
「ああ。多分すぐに面会させてもらえると思う」
「何をする気だ?」
「俺には秘密兵器があるんだよ」
「信用していいんだな?」
「任せとけ」
「なら取引成立だな?」
「いや、まだだ」
「ん? まだ何かあるのか?」
「今回の一件が無事に終わった後、お前はどうするつもりだ? カスカロフを捕まえれば命を狙われることはなくなるかもしれないが、お前の罪が消えるわけじゃないだろう?」
「私がどさくさに紛れて逃げると心配してるのか? 安心しろ、逃げる気はない」
「その言葉を信用しろと?」
「私は今回の件をきっかけに、罪を償って真っ当な生活を送りたいんだよ。カスカロフの所ではもう働けないし、お日様の元を堂々と歩けない生活はもううんざりなんだよ」
「悪いがその言葉だけでお前を信用することは出来ない。取引の内容に条件を付けさせてもらう」
「・・・・・言ってみな」
「無事に二ドル伯爵に面会出来たら、伯爵に頼んでお前に奴隷紋を付ける」
「そう来たか」
奴隷紋とは、奴隷に刻む紋章のことで、奴隷の体に刻まれた奴隷紋に血を垂らすことで、その血の持ち主がその奴隷の主になるのだ。
奴隷は主の命令には逆らえない。逆らえば全身に電流が流れて最悪死ぬ。
奴隷制のない王国には奴隷紋を刻める人はほとんどいないだろうが、王国第5位の大都市を預かる伯爵様なら、犯罪者奴隷に奴隷紋を刻める人を知っているはずだ。
その人に奴隷紋をリザに付けてもらう。そうすればリザはもう逆らえなくなる。
「私がその話を飲む理由がない」
「俺とキャロスティの協力が得られなくなるぞ?」
「最悪の場合はそうするつもりだったから問題ない」
「いいのか? 俺ならスムーズに伯爵と面会出来るぞ?」
「その話もどこまで信用できるか分からないだろう?」
「だから、無事伯爵と面会出来たらって言ってるんだろう?」
「・・・・・無事に今回の件が片付いたら、奴隷紋を消すと約束できるのか?」
「奴隷紋の中には拘束力の弱いものもあったはずだ。奴隷側の条件を飲んだ場合のみ主として認めるっていう奴隷紋も中にはあるって本で読んだことがある。カスカロフを捕えて、お前が軍に拘束されたら条件を満たしたってことで奴隷紋が勝手に消えるように設定すれば問題ないだろう?」
「ソーマは博識だな。この国で奴隷紋についての知識を持っている奴なんてそうはいないだろうに」
実は、女奴隷を沢山持てば簡単にハーレムが作れるんじゃないかと思って詳しく調べていたとは言えない。
そもそも俺には奴隷を買えるだけの経済力がないことに気づいて途中で調べるのはやめたんだけどね。
俺の話を聞いたリザは、少し考えた後口を開いた。
「分かった。その条件を飲もう。裏切るなよ?」
「こっちのセリフだ」
俺とリザが握手して、取引が成立した。
その後、ここまで一緒に来てくれていた村人たちには歩いて村まで帰ってもらった。
また村が襲われるかもしれないと言う話も早く知らせたいし、とりあえず出来るだけ村の守りを固めて俺たちからの連絡を待っていてくれるように伝えた。
で、現在メルグに無事入れた俺たちは二ドル伯爵家の前まで来ていた。
さーて、俺の切り札が上手く使えるといいんだけどな。




