前途多難な出発
「そう、ダンジョンに行くの」
「はい。明日朝の馬車で街を出ます」
「気を付けてね。まあ、あのダンジョンは結構簡単なダンジョンだからソーマ君なら問題ないと思うけどね」
「それじゃあ、まだ他にも回るところがありますのでこれで」
「ええ。明日は見送りに行くわね」
旅に出る準備を整えた俺は、ファウードでお世話になった人たちに、街を出る前のあいさつ回りをしている。
修理が終わったクーティ先生のお店を後にした俺は、次にガンズさんの家に向かった。
ガンズさんとはよくガーディアンギルドで一緒に居ることが多いが、家に行くのは初めてだ。
正直ガンズさんへのあいさつはギルドで済ませればいいかと思っていたのだが、ガンズさんの方から俺に渡したいものがあるから家に来いと呼ばれたのだ。
大分人が減ってしまった東区のスラム街の近くにガンズさんの家はあった。
ガンズさんは元最高ランクのSランクガーディアンであり、結構な額のお金を持っているらしいのだが、意外と住んでいる家はふつうだった。
ガンズさんの家は、木造二階建ての割と標準的なデザインだ。
もっと豪華な家に住んでいると思っていたのだが、ちょっと拍子抜けした。
が、家に近づくにつれどんどん強くなっていく酒の香り。やっぱり家でも酒を飲みまくっているようだ。
そういうところは裏切らないんだよな、あの人。
玄関をノックすると、家の中から女性の声が聞こえてきた。
ドタドタと足音を立てながら走ってきて玄関を開けてくれたのは、10代前半ぐらいに見える少女だった。
「どなたですか?」
「初めまして。ガーディアンの蒼真と申します」
「ああ、お父さんから話は聞いてます。どうぞ中へ入ってください」
この人はガンズさんの娘さんなのかな?
ガンズさんと同じくらいの背丈の低さだが、ガンズさんのようなビア樽体形ではなく、細い体をしている。当然髭も生えていない。ドワーフの女性は人間の女性と似たような見た目なのかな?
俺は娘さんに案内されて、家のリビングに通された。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
娘さんが俺に飲み物を持ってきてくれた。
早速飲もうと口に近づけると、ほのかにアルコールの匂いがした。
流石ガンズ家、客に出す飲み物もお酒とは。
まあ、アルコール度数は結構低めのお酒みたいだけどね。
この後もあいさつ回りが残っているので、チビチビと少しずつお酒を飲んでいると、家の二階からガンズさんが降りてきた。
「おう、ソーマ! 悪いな、わざわざ来てもらって。探すのに少し手間取ってな」
「大丈夫ですよ。ガンズさんにはお世話になってますから、これぐらい構いませんよ」
ガンズさんは俺の対面の席に座り、ガンズさんの隣に娘さんも座った。
別に娘さんが同席する必要はないと思うのだが?
俺の視線に気づいたガンズさんが、娘さんのことを紹介してくれた。
「ソーマは合うのは初めてだったな。俺の妻のメルルだ」
「初めまして。ガンズの妻、メルルです」
「え!? 奥さん!?」
娘じゃなくて奥さん!?
おいおい、どんだけ年の差がある夫婦だよ!
「あっはっはっは! どうだ驚いたか? 俺の自慢の美人妻に」
「犯罪じゃないでしょうね、ガンズさん?」
「当たり前だ! 言っとくがな、メルルは俺より年上だぞ」
「ええ!? ガンズさんより年上!?」
てことはメルルさんも300歳越え!?
うそでしょ!? どう見ても10代前半、中学生ぐらいの年にしか見えないぞ!?
驚いた俺はつい無遠慮にメルルさんのことをじっと見てしまった。
「ソーマさん? あまり女性の年齢を詮索するものではありませんよ?」
「はい!」
花のような笑顔を俺に向けて来るメルルさんからは、それ以上詮索するなと言う圧力を感じた。
「済まねえなソーマ。こいつ年の話になるといつもこうでよ」
「あなた? 私の年齢についてはあまり言いふらさないようにって約束したわよね?」
「あ、いや、えっと」
「後で説教が必要みたいね。フフフフ」
楽しそうに笑うメルルさんとは対照的に、ガンズさんの顔は真っ青に染まっていた。
こんなガンズさん初めて見た。あのガンズさんも奥さんには頭が上がらないようだね。
ガンズさんは急いで話題を変えようと、手に持っていた本をテーブルの上に置いた。
「今日はこいつを渡そうと思って来てもらったんだ」
「なんの本ですか?」
「こいつは俺が書いた本だ」
「ガンズさんが? 意外ですね。本の出版をしていたとは」
「そういうのとはちょっと違うな。こいつは俺の日記みたいなものだ」
「日記ですか?」
「これはダイアリーブック。俺が昔遺跡で見つけた物でな。こんな薄い本の形をしているが、マジックアイテムの一種だ」
「これが」
見た目は手帳の様にしか見えない。表紙に魔法陣が描かれているが、大した厚みもない。これじゃあページも数ページぐらいしかないんじゃないか?
「開けてみろ」
「はい」
ガンズさんに促されて、ダイアリーブックを開いてみると、最初のページ以外は全部白紙だった。
唯一文字が書かれている最初のページには、記帳、閲覧、削除などの文字が書かれているだけだ。
一体どう使うのか全く分からない。
「いいか? 例えばこの閲覧の文字を指で触るとだな」
ガンズさんが閲覧の文字を指で触ると、書かれていた文字がページに染み込むように消えてゆき、先ほどとは違う文字が大量に浮かんできた。
「え? これ、どうなってるんですか?」
「詳しい仕組みは俺も知らねえ。専門外だからな。今浮かんできたのは過去に俺が書いた日記の日付だ。例えはこの部分を触ると、次のページに今触った日に書いた俺に日記の内容が表示される」
ガンズさんからダイアリーブックの説明を一通り聞き終えると、ガンズさんはダイアリーブックを俺に投げ渡してきた。
「このダイアリーブックには、俺が若いころに書いた日記が全部収まっている。要するにこの一冊に俺の今までの冒険の記録が全部載っている。これをお前にやる。旅の合間にでも暇つぶしに読んでみろ」
「そ、そんなもの受け取れませんよ! これはガンズさんの思い出の品ってことじゃないですか!」
「いいんだよ。どうせ部屋の隅っこに放置していたものだしな。誰かの役に立つように使ってもらう方が適当に放置しておくより断然いい」
この本にはガンズさんの200年以上に渡る冒険の数々が収められている。
そんな貴重なものを俺なんかが貰ってしまって本当にいいのだろうか?
俺は受け取れないと拒否したが、ガンズさんだけでなくメルルさんまで俺にこの本を受け取ってくれと言ってきた。
「もう俺は冒険をするつもりはねえ。この本の続きをお前に書いてもらいたいんだ。俺の日記を見るだけじゃなく、お前もこの本に日記を付けてくれ。Sランクをやめて、この街に腰を据えるようになってから、ずっとこの本を誰かに受け継いでもらいたいと思ってたんだ。ソーマ、お前にこの本を受け継いでもらいたい」
ガンズさんのこの一言がとどめとなり、俺はこの本を頂くことにした。
ちょっとダンジョンに行くだけのつもりだったのだが、なんかすごいものを託されてしまったな。
旅に出れば、きっとこの本が役に立つ日が来るだろう。
先人の知恵が詰まったこの本は、俺が大事に受け継ごう。そして、ガンズさんの大冒険に負けないぐらいの冒険を、俺もこの日記に記していきたい。
ガンズ家を後にした俺は、あいさつ回り最後の目的地であるオリガンさんの屋敷へ向かった。
ファウードの北門を出てオリガンさんの屋敷を目指して歩いていると、以前よりも警戒に当たる兵士の数が多いのが目につく。
あんな事件が起こったばかりなのだから警戒を強めるのは当然だが、ファウードから避難した元スラムの住人による窃盗などの事件が最近多発しているのも原因の一つだ。
ファウードでまた元の生活に戻るくらいならと、盗賊や山賊などに身を窶す人が大勢出てしまったらしく、治安が急激に悪化してしまったのだ。
すれ違う兵士たちに挨拶しながら俺はオリガンさんの屋敷へとたどり着いた。
屋敷の近くでは今日もツヴェイト師匠が弟子たちに稽古をつけていた。
ちなみに俺は稽古にはもう参加しない。ノラの森での戦いの後、ツヴェイト師匠に後は実戦で腕を磨けと言われたのだ。
ノラの森でツヴェイト師匠がウッドゴーレムを次々に倒していく姿に感銘を受けた者たちが大勢オリガンさんの屋敷を訪れ、現在ツヴェイト師匠の弟子の数は3桁に上る。
以前とは桁違いの数の弟子たちが稽古をしている脇を通り過ぎて、俺は屋敷の中へと入っていった。
応接室でシャンティと遊んでいるとすぐにオリガンさんが来た。
使用人のメイドさんが入れてくれた紅茶を一口飲んでから、本題に入った。
「そう、私が以前言ったダンジョンに行くのね?」
「はい。そこで経験を積んで腕を上げてこようと思います」
「そうね、若いうちは色々と経験してみるといいわ。でも、実はソーマさんがダンジョンに行くと言うのはもう知っていたの」
「え? そうなんですか? いつ頃から知っていたんですか?」
「私が初めてダンジョンの話をソーマさんにした時よ。あの時のあなたの目を見て、この人は近いうちに必ずダンジョンへ行くと言い出すと思っていたの」
俺ってそんなに顔に出やすいのかな?
オリガンさんは俺が近いうちにダンジョンへ行くと言い出すと確信してから、その時が来たら俺に渡そうとプレゼントを準日していたらしい。
オリガンさんが呼び鈴を鳴らすと、メイドさんがすぐに部屋へ入って来た。
その手にはボディバックが握られていた。
「これはストレージバックと言って、バックの中が異次元空間になっていて物を大量に収納することが出来る便利なマジックアイテムなの」
異次元空間に物を収納出来るバック?
これがあれば旅のために用意した荷物を全部このバック一つにまとめられるんじゃないか?
これから旅に出るにあたってこんなに便利なものはない。
「いいんですか? 本当に頂いて? ストレージバックって現存する物が少ないって以前読んだ本に書かれていたのですが」
「あら、それを知っているなんて勤勉ね。確かにこのアイテムは少し貴重な物だけど、私はこれを4つ持っているから1つあげるぐらい大したことじゃないわ」
4つ! 貴重な物のはずなのに4つも所持しているとか、やっぱりオリガンさんはすごいな。
頂いたストレージバックの中には、オリガンさんが既に幾つか物を入れてくれていたようで、後で見てみるように言われた。
シャンティと遊びながら、その後もオリガンさんとお話ししていると稽古を終えたツヴェイト師匠が部屋に入って来た。
「パピィー!」
「おぶ!」
いきなり俺の顔に抱き着いてくるツヴェイト師匠。
稽古の間は厳しいツヴェイト師匠だが、プライベートでは結構人に甘えてくることが多い。
ツヴェイト師匠も交えて一緒に遊んで、夕方まで楽しい時間を過ごせた。
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翌日、ファウードの南門近くにある馬車の停留所には頂いたストレージバックを背中に担いだ俺と、見送りに来てくれた人たちが集まっていた。
ちょっとの間旅に出るだけで、数か月後には戻ってくる予定なのだが、結構な人数が集まってしまった。
謹慎処分が終わったミランダさんと、その彼氏のケイン。フォレストハンターのメンバーや、ギルドで徹夜で酒を飲んでいた酒飲み仲間のおっさんどもも酔い覚ましを兼ねて見送りに来てくれた。
アレン公爵まで来てくれたのには驚いたけどね。
アレン公爵曰く、「私の街を守ってくれた英雄を見送りに行かないわけには行かない」と言われた。
俺のことを持ち上げすぎでしょ。
まだまだみんなと話したいことはあるが、馬車の出発の時間になってしまった。
俺が馬車の前まで行くと、そこでキャロスティが待っていた。
「随分荷物が少ないようですが、それで大丈夫ですの?」
「ああ。必要なものは全部持ったよ」
「ならいいですけど。少しの間とはいえ、この街と離れるのは寂しいですわね」
「そうだね」
そう言って馬車に乗ろうとするキャロスティ。両手には大きなバックを持っている。
俺もキャロスティに続いて馬車に乗ろうと。・・・・キャロスティに続いて? 馬車に乗る?
「ちょっと待とうかキャロスティ」
俺は前を歩くキャロスティの肩を掴んで、キャロスティが馬車に乗るのを阻止した。
「何ですの、ソーマ? 早く馬車に乗りませんと」
「何で当たり前のように同じ馬車に乗ろうとしてんだよ!?」
「何でって。同じ場所に行くのですから同じ馬車に乗るのは当たり前でしょう?」
「初耳なんですけど!? お前もダンジョン行くのかよ!?」
「ええ。以前から興味がありましたの。ソーマが行くと言うのなら、わたくしもこの機会にダンジョンに挑んでみようと思いましたの」
「聞いてねえよ!? そういうことは事前に伝えてくれよ!」
「そうしようとしたのですが。みんなに止められて」
「みんな?」
俺は嫌な予感がして後ろを振り向いた。
そこにはニヤニヤと笑うガーディアンたちの姿があった。ガンズさんとアルネロさんも笑ってるし。
「お前ら図ったな!?」
「いやーキャロスティのことを伝えるのをすっかり忘れてたぜ」
「最近物忘れが酷くてなあ。悪かったなソーマ」
「良かったなソーマ。美人と旅に出られて」
こいつら、俺を罠に嵌めやがったな!?
キャロスティと二人旅とか、どれだけ面倒ごとに巻き込まれるか分かったもんじゃない!
「何だ? ソーマの他にも一緒に行くやつがいたのか?」
師匠やダリアさん、キャロスティのことを知らないメンバーは「2人で旅に出るなら最初にそう説明しろよ」「かわいい子じゃない。ソーマ君も隅に置けないわね」など好き勝手にしゃべっている。
リンカちゃんに至っては「その手があったか」とか「先を越される」などと言い出し、最終的に自分も旅についてくるとまで言い出した。
ちゃんとリンダさんが取り押さえてくれたけどね。
「さあ行きますわよソーマ! ダンジョンがわたくしたちを待っていますわ!」
「いやだああ。誰か助けてくれええええ!」
こうして俺1人で行くはずだった旅にキャロスティも付いてくることになった。
いきなり前途多難な出発になってしまったよ。トホホ。
祝! 総PV数一万達成!
この作品の総PV数が先日一万人を超えました!
この作品を初投稿してから約2か月、ここまで大勢の人に見てもらえるとは思っておりませんでした。
皆様のおかげで一万人突破出来ました! ありがとうございます!
あと、投稿遅れてすみませんでした!




