初デート
報告会が終わってから、俺は少しずつ旅に出る準備を始めた。
アレン公爵から頂いた副賞のお金のおかげで、何とか最低限の物は一通り揃えられそうだ。
今も、昨日買ってきた荷物を部屋で確認している。
「歯ブラシに歯磨き粉、タオルと毛布と、えーとあとは」
こうして並べてみると結構な大荷物だ。
目的地のダンジョンはアルタ村と言う村の近くにある新人向けの簡単なダンジョンだ。
移動の大半は馬車を予定している。片道分ならギリギリ予算内で済む。
帰りの分の代金はダンジョンで稼ぐつもりだ。もっと余裕をもって旅をしたいところだが、貧乏は辛いな。
「ソーマさん、ちょっといいですか?」
「ん? 何、リンカちゃん?」
並べた荷物を片付けていると、リンカちゃんが俺を訪ねてきた。
何だか不安そうな顔をしているな。何かあったのか?
「ソーマさん、どこかに行っちゃうんですか?」
「え?」
俺がダンジョンに向かおうとしていることはまだ誰にも話してはいない。
準備を整えてから言おうと思っていたのだが、リンカちゃんにはバレちゃったかな?
「うん。実は近いうちにダンジョンに挑戦してみようと思ってるんだ」
「ダンジョン、ですか? と言うことはアルタ村まで行くんですか?」
「そうだよ。アルタ村のダンジョンの事、リンカちゃんも知ってたんだね」
「お父さんに教えてもらったことがあったので。お父さんも若い頃にアルタ村のダンジョンで経験を積んだって言ってましたから」
「そうだったんだ」
元Aランクガーディアンの師匠もアルタ村のダンジョンで腕を磨いたのか。
ますますダンジョンに行きたくなってきたな。
でも、リンカちゃんの表情は先ほどより険しくなっていた。
「ダンジョンでやりたいことを終えたら、ソーマさんは帰ってきてくれますか?」
「え? もちろん帰ってくるよ。ここが俺の家なんだから」
ダンジョンには腕を上げるために行くだけだから、もちろん用が済んだらファウードに帰ってくるつもりだ。
そのことを伝えるとリンカちゃんは一安心したようだ。
俺が出て行ったっきり帰ってこないんじゃないかと心配してたみたいだね。
「ちゃんと帰ってきてくださいね。待ってますから」
「もちろん! ちゃんと帰ってくるよ、この家に」
俺の言葉に安心したリンカちゃんはいつもの様に明るい笑顔を見せてくれた。
するとリンカちゃんは今度はモジモジし始めた。
「あの、1つお願いがあるのですが」
「なに?」
「私とデートしてください!」
「・・・・・デート?」
俺は一瞬何を言われたのか、わからなかった。
デート? 俺とリンカちゃんが?
俺とリンカちゃんがデート=例のあの人が修羅化する。
あの人が修羅化する=俺が殺される。
やばい! 早く逃げなくちゃ!
「待ってくださいソーマさん!」
「離してリンカちゃん! 早く逃げないと殺されちゃう!」
「お父さんは今薬の配達に行っているので大丈夫です! 今のは聞かれてません!」
「え? そうなの?」
「はい、ですから窓から飛び降りようとしないでください」
もー、それならそうと早く言ってよリンカちゃん。
修羅が襲ってこないと分かって冷静さを取り戻した俺は、リンカちゃんの話をちゃんと聞くことにした。
「ソーマさんが固有魔法を使った反動で寝込んでいた3日間、看病していた分のお礼をしてもらうって前に言いましたよね? そのお礼として今日1日、私とデートしてください」
あー、そう言えばそんなこと前に言っていたような気がするな。
でもデートか。デートなんてしたことないや。何をすればいいんだろう?
「難しく考えなくていいですよ。最近ソーマさんと一緒に居る時間が減ってたから、久しぶりに2人で図書館とか散歩に行きたいなって思って」
「ああ、そういうことか。ごめんね、寂しい思いをさせちゃったかな?」
「大丈夫ですよ、今日デートしてくれるのなら」
そう言うことなら喜んでデートしよう。確かに最近リンカちゃんと一緒に出歩くってあまりしてなかったしね。
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その頃、ハドルのいる診療所では、ドクがハドルに薬を渡していた。
「む!? 何やら嫌な予感がする。俺のリンカセンサーが最大限の警報を鳴らしている」
「どうかしたのかい?」
「ハドル先生、薬のお代はまた後で取りに来ます」
「え? いや、お金ならすぐに持ってくるよ?」
ハドルの話を聞かずに、ドクはどこかへ猛スピードで駆け出して行った。
「待ってろリンカ! すぐ行くぞ!」
困惑しているハドルをその場に残し、ドクはあっという間にどこかへと走り去ってしまった。
「すぐ持ってくるのに」
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「う!」
「どうかしましたか、ソーマさん?」
「今なんか背筋がゾクッとして」
「風邪ですか?」
「いや、大丈夫だよ。もう図書館は目の前だしね」
最近は図書館にもあまり来てなかったからな。
司書さんにも挨拶しておこう。
リンカちゃんと2人で図書館に入ると、受付にいた司書さんがこっちへ慌てて走ってきた。
「ソーマさん! お久しぶりですね!」
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「私は元気です。でも、ソーマさん最近図書館に来て下さらないから心配してたんですよ?」
「すみません。最近は忙しかったもので」
「ソーマさんはガーディアンですものね。確かに最近は忙しかったでしょう。命がけの仕事であるガーディアンを務めるソーマさんの事、私尊敬してます!」
「あ、ありがとうございます」
尊敬していると言ってもらえるのは嬉しいが、ちょっと顔が近すぎじゃないですかね?
司書さんって結構胸が大きいから、そんなに近づかれると胸が俺に当たりそうになるんだよね。
あとちょっと。もう少しで司書さんの大きな胸が俺に当たりそう。
「はい、そこまでです。ソーマさんが困ってますから離れてください」
ああ! あと少しだったのに。
俺と司書さんの間にリンカちゃんが割って入ってきて、司書さんを遠ざけてしまった。
「あら? リンカちゃんいたんですか。気づきませんでした。今お着きに?」
「さっきからここに居ましたよ? ソーマさんの隣に」
「そうでしたか。・・・ソーマさんの隣に」
「ええ。隣に」
何だか2人から不穏な空気が漂い始めたぞ。
この2人、合うといつも険悪な雰囲気になるんだよな。
触らぬ神に祟りなしってことで俺は2人をスルーして図書館の中に入っていった。
俺の後ろでは、まだ2人が何やら話していたが、話の内容までは聞こえなかった。
「今日はソーマさんと一緒なんですね? 最近はお1人が多かったようですが」
「ええ。今日はソーマさんとデートしているんです」
「デート!? ソーマさんと!? いつの間にそんな関係に!?」
「いつの間にと言うか、自然とそうなったと言いますか」
「自然と!? そんな、そんなあ」
今日はダンジョンに関する本でも読もうかな。
確かもっと奥の棚によさそうな本があったような。
「ソーマさん」
「あれ? リンカちゃん、司書さんとのお話はもう終わったの?」
「はい、無事に終わりました。それより、次はダリアさんのお店に行きましょう」
「え? いや、今来たばっかりだよね?」
「まあまあ、図書館の次はダリアさんのお店に行きましょう」
「ちょ、ちょっとリンカちゃん!?」
リンカちゃんに強引に引っ張られて結局図書館を出ることになってしまった。
なんか司書さんが落ち込んでいるように見えたんだけど、大丈夫かな?
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その頃ドクは家に帰りついていた。
「リンカー! 無事か!」
ドクが家の中に入ると、中にいたのは店番をしていたリンダだけだった。
「リンダ、リンカを見なかったか?」
「もううるさいわね。リンカならさっきソーマ君と一緒に図書館に行ったわよ」
「なに!? ソーマと一緒だと!?」
「別に珍しい組み合わせじゃないでしょ?」
「今回はなんだか胸騒ぎがするんだ。リンカは図書館に行ったんだな?」
「そうよ?」
「うおおおおおおおお!! 待ってろよ、リンカアアアアア!」
ドクは大急ぎで図書館のある方角へと走っていった。
「よくわかんないけど、いってらっしゃーい」
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リンカちゃんに引っ張られて着いたのはダリアさんが経営しているお店、ブティックダリアだ。
俺とリンカちゃんがお店に近づくと、馴染みの店員さんがお店から出てきて出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! お待ちしておりましたよ」
「お久しぶりです。最近は来れなくてすみませんでした」
「いえいえ! オーナーからソーマさんの事は聞いていましたから。何でもノラの森で大活躍して、その反動で3日も寝込んでいたとか?」
「いやあ、大活躍と言うほどの事はしていませんが、ちょっと無理をし過ぎて寝込んでしまいましてね」
「ご謙遜を。オーナーもソーマさんのことをよく誉めていますよ。あとついでにリンカちゃんのことも誉めてますよ」
「あら? てっきり私に気づいていないのかと思ってました」
「一応お客様ですからね。ちゃんと気づいておりましたよ」
「一応?」
「一度もお店で服をお買い求めになったことのない方でも一応お客様ですから」
「すみません。あまり裕福ではないものですから」
「いえいえ、構いませんよ。これからもぜひいらしてください。ソーマさんも連れて」
険悪な雰囲気を出す両者。
よ、よーし。旅に出る前にちょっといい服でも買おうかな。
さあ、お買い物お買い物。
俺は2人を店先に置いたまま1人でお店の中に入った。
「オーナーでしたら、今は出かけてますよ?」
「いえ、今日はあなたに用があって来たんです」
「私にですか? 珍しいですね」
「今日は私とソーマさんの初デートなんです。なのであなたにデートに似合う服を見繕ってもらいたくて」
「デデデデ、デート!? ソーマさんとデート!? 初デート!?」
「はい、そうなんです。初! デートなんです」
「そんな。ソーマさんとデートだなんて。初デートだなんて! 羨ましい!」
旅に出るんだから動きやすさ重視の服にすべきか、それとも頑丈さを優先すべきか。
お、これなんかモンスターの革で出来ててかなりよさそう。
「ソーマさん」
「あ、リンカちゃん。どう? この服似合うかな?」
「ソーマさん、これから旅に出るんですから、お金は取っておいた方がいいのでは?」
「あ、確かにそうだね。あれ? でも、それじゃあ何しにこの店に来たの?」
「この店に来た用事はもう済みました。それよりソーマさん、お腹すきませんか? ソーマさんの好きなマンガニクを食べに行きましょう」
「用事は済んだの? じゃあ別にいいけど。・・・用事って何?」
「ご報告しておきたいことがありまして。でももう済ませましたので大丈夫です」
「そう」
まあ、リンカちゃんがそう言うんなら別にいいけど。
なんか司書さんに続いて店員さんまで店先で落ち込んでいたようだけど、話しかけようとしたらリンカちゃんに「そっとしといてあげてください」て言われたから話しかけないでおいた。
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「いい加減にしてください! ドクさん、図書館では静かにしてください!」
図書館にたどり着いたドクは、図書館の中を走り回ってリンカを探していたため、怒った司書長に図書館から追い出されていた。
「けどリンカが、リンカが見つからねえんだよ!」
「リンカちゃんならさっきソーマ君と一緒に北区の方に歩いて行きましたよ! ここにはいません!」
「北区に行っただと!? さてはダリアの店か! 待ってろよー、リンカ!!」
ドクは、ブティックダリア目掛けて走り去って行った。
それを見届けた司書長はぶつくさと文句を言いながら図書館に戻っていった。
「全く、司書の子が突然倒れたかと思ったら今度は迷惑な利用客が来るなんて、今日はとんだ厄日だ」
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以前より少し活気がなくなった、屋台が乱立している北区のメインストリート。
人込みが少なくていつもより見通しが良い。そのおかげで漫画肉を売っている屋台のお姉さんが遠目に見えた。
何だか元気がないようだったから近くに行く前に声をかけて手を振った。
俺の声に気づいたお姉さんは、手を振っている俺に気づき手を振り返してくれた。
なんか急にお姉さんが元気になったように見えるけど、なんでだろ。まあ、客の前で顔を暗くしているわけにはいかないか。
「ソーマ君!」
「お久しぶりです」
「ホントだよ! ソーマ君全然来てくれないんだもん。お姉さん寂しかったよ?」
「はは、すみません」
可愛らしく拗ねるお姉さんにいつもの様に漫画肉を注文した。
大きな骨付き肉が、豪快に焼かれていく光景は何度見ても食欲をそそられる。
「はい、出来たよ。お口開けて。あーん」
「あーんってやめてくださいよ! 恥ずかしいじゃないですか!」
「ええー。もっとお姉さんに甘えてもいいんだよ?」
屋台だから周りに人の目が沢山あるんだから、恥ずかしい真似ができるわけないでしょうに。
リンカちゃんの注文した料理はまだ出来ていないが、このままここにいるとお姉さんにまたからかわれそうなので、俺だけ先に噴水近くのベンチに移動していることにした。
「あーあ。ソーマ君行っちゃった」
「あまりソーマさんをからかわないであげてください」
「えー、だってソーマ君可愛いんだもん」
「デート中に彼氏をナンパするのは行儀が悪いですよ?」
「・・・デート? 彼氏? 誰の事かしら?」
「私とソーマさんですよ。今デート中なんです」
「う、うそでしょ?」
「嘘じゃありませんよ? 本当の事です」
「いやあああああ! 聞きたくない。聞きたくないいいい!」
ん? なんか今お姉さんの屋台の方から悲鳴が聞こえたような?
あ、リンカちゃんが来た。
「お待たせしました」
「大丈夫だよ。それより、向こうで何かあったの? 今悲鳴が聞こえたような気がしたんだけど?」
「ああ、虫が出たみたいです。それで近くにいた女性が悲鳴をあげたみたいです」
「なんだそうか」
ゴ○ブリでも出たのかな? まあ、虫が苦手な人が悲鳴をあげるのは仕方ないよね。
俺とリンカちゃんはベンチに座って食事を済ませた。このベンチは噴水から来る冷たい風が気持ちいいんだよね。
それからは、リンカちゃんはもう特に行きたいところはないと言うので、2人でベンチに座ったままずっとおしゃべりをしていた。
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ブティックダリアに突撃したドクは、店の中で大声を出していた。
「ダリア! ダリアいるか!」
「ちょっとなんなのよあんたまで。今度は何よもう」
「リンカを見なかったか!?」
「リンカちゃん? えーと、誰かリンカちゃんを見た人いる?」
ブティックダリアのオーナーであるダリアの問いかけに、店の店長が答えた。
「リンカちゃんならさっきソーマ君と一緒に屋台に行くって言ってましたよ」
「屋台だな!? 屋台で間違いないんだな!?」
店長の胸倉を掴んで激しく揺さぶりながら、情報に間違いがないか確認するドク。
店長は吐き気を催しながらも、「間違いありません」となんとか答えた。
「屋台なら近いな。今度こそ間に合えええええ!!」
風のごとく去っていくドクの後ろ姿をみて、ダリアはため息を漏らしていた。
「もう! 店員の子が倒れたって言うから急いで来てみれば、なんなのよあいつまで!」
憤慨するダリアの後ろには、ドクに振り回されて限界に達した店長も倒れていた。
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リンカちゃんと話に夢中になっていると、いつの間にか夕方になっていた。
風も冷たくなってきて、さっきまで心地よかった噴水の近くが寒く感じるようになってきた。
「今日はもう帰ろうか、リンカちゃん」
「はい! 今日はとっても楽しかったです」
「そう? なんか慌ただしく移動ばっかりしていた気がするけど、リンカちゃんが楽しめたのなら良かったよ」
「はい。とても楽しめました。久しぶりにソーマさんと沢山お話出来ましたし、ソーマさんが街を出る前に邪魔な人たちに釘を刺すことも出来ましたしね」
「釘を刺す?」
「なんでもありませんよ。さあ、帰りましょう」
そう言ってリンカちゃんは俺に手を差し出した。
俺はリンカちゃんの手を握って、2人で家まで帰った。
家に帰ると店番をしていたリンダさんに師匠のことを尋ねられたが、今日は師匠とは会っていないと伝えるとリンダさんは首をひねっていた。
その後、いつまで経っても師匠が帰ってこないので3人だけで夕飯を食べた。
夕飯の片づけを終えた後は、俺とリンカちゃんとリンダさんの3人でカードゲームをして遊んだ。
終始笑顔のリンカちゃんを見て、俺とリンダさんも自然と笑顔になった。
俺がお風呂から上がって自室に戻ろうとしていたら、俺より先にお風呂を済ませていたリンカちゃんが部屋の前に立っていた。
「どうかした? リンカちゃん?」
「ソーマさん。今日は本当に楽しかったです。ありがとうございます。また、遊んでくれますか?」
「ああ、もちろん! ダンジョンから帰ってきたらまた遊ぼうね?」
「はい!」
リンカちゃんは俺に抱き着いた後、リンダさんの待つ寝室へと戻っていった。
最初はちょっと慌ただしかったけど、俺にとっても今日は楽しい1日になったよ。
まだ旅立ってすらいないけど、ダンジョンから帰ってくるのが楽しみだ。
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蒼真もリンカも寝静まった深夜、家の1階には怒っているリンダがいた。
リンダの手前には正座したドクと、ドクをつれてきた兵士たちがいた。
「あんた何やらかしたのよ!」
「いや、そのう」
答えずらそうにしているドクに代わって、兵士がリンダの質問に答えた。
「夜遅くに大声で町中を走り回り、苦情が殺到したのでここまで連れてきました」
「だってリンカが! リンガが見つからねえんだよ!」
「リンカもソーマ君ももうとっくに帰ってきてるわよ!」
「ええ!?」
「周りの迷惑も省みずにリンカリンカって。あんたには説教が必要みたいね!」
「そんなあ、リンダ許してくれ!」
「問答無用!」
リンダによる説教は、肉体言語を交えながら朝方まで続いた。
「リンカアアア! 助けてくれえ!」




