森の異変
ファウードから歩いて半日ほどの距離にあるノラの森。
蒼真が初めてこの世界に降り立った場所である。
広大な森に対して、生息しているモンスターの数は少なく、ゴブリンが20~30匹ほど生息しているだけだ。
数が少ない理由は、この森には木の実やキノコなどの、食料となるものが少ないのだ。
体の大半が魔力で構成されているモンスターにも、食料は必須なのだ。
人間の体も、大半が水で出来ているが、だからと言って水だけ飲んでいれば生きられるわけではないのと同じだ。
モンスターも生きるためには魔力以外の栄養が必要になってくる。
その栄養が少ないこのノラの森で、ゴブリンがたくさん繁殖できないのは分かり切ったことであった。
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特筆するものがないノラの森にはあまり人は寄り付かない。
以前はドクとリンカが森に来ていたが、それは薬の材料を取るためだ。
特に珍しい薬草の類が手に入るわけではないが、より新鮮な薬草を手に入れるために森に来ていたのだ。
蒼真と出会ったあの日、ノラの森でゴブリンが繁殖していることに気づいたドクは、知り合いのガーディアンギルドのギルドマスターアルネロに一応報告をしていた。
報告を受けたアルネロは、ひと月ほど様子を見てみることにした。
なぜなら、ゴブリンの繁殖は自然鎮火することが多いからだ。
ゴブリンが繁殖するのは食料が豊富な時だ。今回の場合は、ノラの森でキノコや木の実が例年よりも豊作だったために、それを食べて栄養が満たされたゴブリンたちが子作りに励んだのが原因だとアルネロは予想した。
その場合、いずれ数が増えすぎたゴブリンたちが、量の減った食料を求めて仲間割れを起こし、結果数が繁殖する以前と同じになるのだ。
仲間割れを起こして数が減るのが大体ひと月。ゴブリンのメスは人間とは比べ物にならない速度で子供を産むのだ。
そのためアルネロは、ひと月ほど様子を見れば、いつもの様に自然と数が減るだろうと予想していた。
しかし、ひと月ほど経ったころには、数が減るどころかゴブリンによる被害報告が多発し始めた。
ノラの森で異変が起きている可能性があると判断したアルネロは、すぐさまDランクガーディアン数名を森へ派遣した。
意気揚々とギルドを出発した彼らは、1人を除いて全滅した。
唯一生き残ったガーディアンは、重体で倒れている所を、たまたま通りかかった商人に拾われてファウードまで運ばれた。
アルネロはすぐさま生き残ったガーディアンの元に向かった。
そのガーディアンは、駆け付けたアルネロに、自分以外のメンバーが全滅したこと、通常の繁殖の域を遥かに超えた数のゴブリンがノラの森にいることを伝えた後、息を引き取った。
ノラの森で異常が起きているのはもはや確定であった。
しかし、行動を起こすには情報が少なすぎる。
大勢のゴブリンを討伐するには当然、大勢のガーディアンを投入せねばならない。情報が不足している状態でそれだけの数のガーディアンを動かすのは危険が大きい。
少しでもリスクを減らすためにアルネロは、自身が信頼しているパーティを招集した。
メンバー全員が、元森の狩人、元木こり、森に囲まれた村出身という、森のエキスパートで構成されているCランクパーティ・フォレストハンター。
森関連のクエストを専門的に扱っているフォレストハンターなら、ノラの森に入って正確な情報を持ってきてくれると信じ、アルネロは彼らにノラの森の調査を依頼した。
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「ゴブリンは近くにいるか?」
「いや、今はいないようだ」
アルネロからの依頼で、ノラの森の調査に来ていたCランクパーティ・フォレストハンターは、周囲に気を配りながら、ゴブリンの異常繁殖の原因を探っていた。
「くそ。森全体がゴブリンの異臭に包まれてやがる。これじゃあ、いつもみたいに匂いでゴブリンの接近に気づくのは無理だな」
「慎重に進もう。今はそれしかない」
森のエキスパートを名乗る彼らは、現在森の中腹ほどまで進んでいた。
ここまでゴブリンには一度も発見されていない。それは、彼らの実力が本物である証だ。
いたるところにゴブリンがいる今のノラの森で、ゴブリンたちの警戒網のわずかなスキを突きながら、彼らは進んでいた。
「ジィル、ガスパー、ヘイス。少しでも異常を感じたら報告しろよ」
「「了解」」
感知スキルに特化している元狩人の弓使いジィルを先頭に、ジィルの幼馴染で、同じく元狩人のフォレストハンターリーダーのベン。元きこりの経歴を持つ、戦士ガスパー、この中では一人だけランクが低い、Dランクの魔法使いヘイス。
フォレストハンターのメンバーは、決して焦ることなく、ゆっくりと確実に森の中を進んでいた。
「とまれ」
先頭のジィルからの指示に従い、後続の3人はすぐにその場で停止し、物音を立てないように息をひそめた。
ジィルは目を閉じ、周りの音に耳を澄ませた。
これはエコーロケーションスキルと言われる感知系スキルの一種で、音の反響から、敵の位置、数や大きさなどを図ることが出来るのだ。
「前方30m付近をゴブリンの群れが通過中、その数およそ50」
「・・・ふざけた数だ」
一匹一匹が弱いゴブリンは、足りない戦力を補うために群れで行動する。
しかし、通常なら狩りに出かけるときは多くても5~6匹で行動する。
それが、今自分たちの前方には50匹で狩りに出ているゴブリンたちがいる。
普通ならあり得ない数だ。
ゴブリンは狩りに出るときは複数のチームに分かれる。
つまり、前方を通過中の50匹は、複数存在するチームの1つに過ぎないということだ。
いったい総数が何匹になるのか、考えるのも恐ろしい状況である。
「・・・行ったみたいだ」
「ふう。冷や冷やするぜ」
「ゴブリン相手にこんなに肝を冷やす日が来るとはな」
「あの、少し休憩しませんか? もう集中力が持ちません」
パーティ最年少で、最近このパーティに加入した新人のヘイスには、この針の目を通るような神経の磨り減る行軍は体にかかる負担が大きい。
しかし、ヘイスたちがいるのは敵地。気を緩める暇などない。
「ヘイスにはきついだろうが、何とか踏ん張ってくれ。せめて異常繁殖の原因のヒントだけでも手に入れたいんだ」
「はい。・・・頑張ります」
「少しペースを落とそう。それで、我慢してくれ」
ヘイスに合わせて少しペースを落としたベンたちは、時折接近するゴブリンの大群から身を隠しながら、進軍を続けた。
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「少し、周りの様子が変じゃないか?」
「この辺の木だけ、一際葉が生い茂っているな」
進軍を続けたベンたちは、周りとは違う雰囲気を放つ場所を見つけた。
これまでの木々と比べて、明らかに緑の濃い葉っぱが生い茂っている。
「ゴブリンの足跡がたくさんある。ここを何度も行き来しているようだ」
「間違いないな。この先に奴らの巣がある」
ここまで慎重に慎重を重ねて進み続け、ついにゴブリンたちの巣の在りかを突き止めた。
ベンたちは、緑生い茂るその怪しい場所を進んだ。
30分ほどで、ゴブリンの巣を見つけた。
しかし、そこにはあり得ない光景があった。
「なんだよ。あの木の実の山は」
「この森のどこにあんな大量の木の実があるんだ」
「異常繁殖の原因はあの木の実だ。食料の木の実が異常に手に入ったせいで、ゴブリンどもは数を増やしたんだ」
ベンたちの進んだ先には、大きな巨木を中心にした広間があり、そのいたるところに木の実が山積みにされていた。
これだけ潤沢な食料があれば、ゴブリンたちはどんどん数を増やし、食料を巡って仲間割れをすることもない。
しかし、元々食料の乏しいこの森で、これだけの木の実を収穫できる場所がどこにあるのか?
その答えはすぐそばにあった。
「この木々だ。ゴブリンどもはこの緑の生い茂っている木々から木の実を回収してやがる」
広間にいた数千近い数のゴブリンたちが、広間を囲うように生えている葉っぱの生い茂った木々から、次々と木の実を回収していっていた。
命がけで。
ゴブリンが木に近づくと、地面から木の根っこが飛び出し、次々とゴブリンを捕えては地面の中へ引きずり込んでいる。
ゴブリンたちは、仲間のゴブリンが地下に引きずり込まれていても、助けるそぶりもなく、ただ木の実を目指して進み続けている。
「なんなんだあの木は? モンスターの類か?」
「これだけの数の木の実を実らせているのもおかしい」
「あれ、もしかしてトレントですかね?」
植物型モンスタートレント。
普段はただの木だが、獲物が近づくと、地下に張り巡らせた根っこで獲物を捕らえ、地下に引きずり込んで自分の養分にしてしまうCランク指定のモンスターだ。
しかし、この辺りにトレントは存在しないはずだ。
寒さに強いトレントは、もっと北の方に生息している。この辺りでトレントが発見されたと言う話は、フォレストハンターのメンバーは誰一人聞いたことがなかった。
「トレントは、栄養さえ補給できれば次々と木の実を実らせることが出来ると聞いたことがある」
「ゴブリンがその栄養になっているのか。見えて来たな、ゴブリンの繁殖の仕組みが」
ゴブリンはトレントに成る木の実を集めて、その木の実を食べることで栄養を養い、繁殖したのだ。
また、トレントから木の実を回収するときに、何匹かのゴブリンがトレントに捕まり、トレントの栄養にされてしまうため、その栄養を元にまたすぐ木の実が出来るのだ。
ゴブリンとトレントによる奇妙な共存関係が出来上がっていたのが、繁殖の原因だった。
お互いに相手に食料を提供し合っているのだ。
それでも、トレントに捕食されるゴブリンの数は、ゴブリンの繁殖速度に比べれば誤差の範囲であった。
結果、ゴブリンの無限繁殖の式が出来上がる。
「まずいぞ。これじゃあいつまで経ってもゴブリンの数は減らない」
「むしろ増殖を続ける一方だ。このままでは森に収まりきらなくなったゴブリンどもが、街道に沿ってファウードまで攻め込む可能性もある」
原因は突き止めた。後はこの情報をファウードまで持ち帰るだけだ。
しかし、それは簡単な話ではない。彼らの周りにある緑の生い茂った木々がトレントなら、彼らは敵のど真ん中にいることになる。
敵察知能力の低いトレントは、まだベンたちに気が付いていない。
先ほどのゴブリンの様に集団で、正面から木の実を取ろうとすれば流石にトレントも気が付くが、ここまでゴブリンに見つからないように隠れて進んできたベンたちには、まだ気が付いていないのだ。
「いいか。ゆっくり、慎重に、来た道を戻るぞ」
ジィルを先頭に、はやる気持ちを抑えてゆっくりとベンたちは引き返し始めた。
しかし、そんなベンたちの存在にすでに気が付いている者がいた。
「フフフフ」
「なんだ? 笑い声? 子供の声に聞こえるが」
「こんなところまで子供が来れるはずがない」
突然、森のどこからか子供の笑い声が響いてきた。
周りの木々に反射して、音の出所が分かりづらくなっていたが、エコーロケーションスキルで、ジィルが音の出所を突き止めた。
「上だ!」
ジィルの声に反応して、全員が上空に視線を向けた。
その視線の先には、全身が蔦で出来ている木製の少女がいた。
「なんだあのモンスターは。 あんな見た目のモンスターなんて聞いたこともない」
「この異常事態を引き起こした張本人か?」
蔦が絡まって少女の形を成しているそのモンスターは、楽しそうな表情で、上空からベンたちを見下ろしていた。
絶えず笑い声をあげているその少女型のモンスターは、ゆっくりとベンたちを指さした。
ベンたちが指さされた瞬間、周りの木々に一斉に顔が浮かび上がった。
先程まで何の変哲もなかった木の幹に、突然目と口と鼻が浮かび上がったのだ。
浮かび上がったその複数の目は、ベンたちを捕らえている。
少女型のモンスターが、ベンたちの存在をトレントに教えたのだ。
360度、全方位をトレントに囲まれたベンたちに、もはや逃げ道はなかった。
地面からは数えきれない数の木の根が飛び出して、ベンたちを地面に引きずり込もうとしてきた。
ベンたちは必死に応戦したが、接近戦が苦手な魔法使いのヘイスが木の根に捕まってしまった。
「うわああああーーーー!!」
「ヘイスー!!」
足を絡めとられたヘイスは、地面に引きずり込まれ出した。
「うおおおおお! 待ってろヘイス! 今行くぞ!!」
力自慢の戦士ガスパーが、ヘイスを助けようと周りの木の根を力ずくで引きちぎりながらヘイスの救援に向かった。
ガスパーの背中を守るようにジィルとベンも後に続いた。
「ぐおおおおお!!」
体の半分を地面に引きずり込まれていたヘイスを、ガスパーは必死に引き上げようとした。
ヘイスを引き上げるために無防備な状態になったガスパーを守るため、ジィルとベンは次々と迫りくる木の根をさばき続けた。
「おらあ! もう大丈夫だぞヘイス」
「ありがとうございます! ガスパーさん」
「感謝するのはまだ早いぞ。見ろ。騒ぎを聞きつけてゴブリンまで来やがった」
無事ヘイスを引き上げることは出来たが、気が付けばトレントたちの間をすり抜けてゴブリンたちまで迫ってきた。
なぜかゴブリンとトレントたちは互いに争そわず、ベンたちだけを標的にしていた。
「フフフフフ」
絶体絶命のベンたちを、少女型のモンスターは楽しそうに上空から眺めていた。
地面と繋がっている蔦で、自身の体を浮かばせて、まるで空を飛んでいるような軽やかさで上空を移動し、様々な角度から窮地に陥っているベンたちを鑑賞していた。
「右側の方はモンスターの数が少ない。そこを突破しよう」
「こうなりゃあ、イチかバチかだ! お前ら、しっかりついてこいよ」
感知スキルを使って、比較的モンスターの少ない方角を探り当てたジィルの助言に従い、ベンたちはモンスターの包囲網からの脱出を試みた。
「先頭は任せろ! ショックバースト!」
鋼鉄製の斧を装備したガスパーが、武器を振り下ろした方向に衝撃波を放つアーツ、ショックバーストで前方のゴブリンをまとめて吹き飛ばした。
トレントの間を走り抜け、ベンたちは包囲網を抜けた。
しかし、抜けた先にもトレントとゴブリンが待ち受けていた。
終わりの見えない戦いに、絶望感を感じながらも、ベンたちの目から闘志が消えることはなかった。
何としてでもファウードまで情報を持ち帰る。
そのために、ベンたちは己の限界まで体を行使して戦い続けた。
「トレントの縄張りを抜けるぞ!」
モンスターと戦いながら走り続けたベンたちの前方に、緑の薄い普通の木々が立ち並んでいる光景が見えた。
「やった。あと少しです」
「いや待て! ゴブリンの団体が来たぞ!」
トレントの縄張りを抜けた先には、数百匹近い数のゴブリンたちが待ち構えていた。
後ろからはトレントとゴブリンの大群。
前方には数百匹のゴブリン。
ベンたちは挟み撃ちにされてしまった。
「あんなの突破できない! もう無理だ」
「諦めんなヘイス! まだ手はある」
「どんな手があるって言うんですか!」
「ガスパー!」
「分かってる!」
「え? ガスパーさん何を。うわあああ!」
突然ガスパーがヘイスを持ち上げて、前方のゴブリンの方へと、ヘイスを投げた。
投げられたヘイスはゴブリンの大群の上空を通り過ぎて、ゴブリンたちの後ろまで飛んで行った。
落下したヘイスに、ベンたちがゴブリン越しに声を飛ばしてきた。
「ヘイスー! お前は逃げろ! このくそどもは俺たちが引き付ける」
「後は頼んだぞ! ヘマするなよ!」
「行け、ヘイス! 逃げ切れよ!」
ベンたちは、全員で逃げ切るのは無理だと判断して、ヘイス1人だけでも逃がそうとしたのだ。
そのことを理解したヘイスは、仲間を置き去りにするなんて出来るはずがないと、声を上げた。
「俺だけ逃げるなんて出来ないよ! 仲間だろう!」
「気にすんな! 俺たちだって死ぬ気はない」
「お前だけ先に街に帰れって言ってるんだ。あとから俺たちも行く」
「俺たちはモンスターの数を減らしてから帰る!」
気丈に振舞っているが、それがただの強がりなのはヘイスにも分かっている。
それでも、自分だけでも逃がそうとしてくれている仲間の気持ちを裏切るわけにはいかない。
「約束だよ! 絶対死なないでね!」
「当たり前だろう!」
「当然だ」
「任せとけ!」
ヘイスは目に涙を貯めながらも、決して後ろを振り向かずに走り出した。




