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夢・デジャブ  ―あの日見た夢―

作者: 新山 公


昨日見た夢と今日見た夢は同じだったりそうでなかったりするものであり、夢を見る日もあれば見ない日もある。夢を見ることが幸せなことなのかそうでないのかは誰にも分らない。                 

 


目の前に一人の男が立っている。眼鏡をかけた小柄な男で蝶ネクタイを付けてこちらを向いて笑いかけている。男が少し甲高い声で言った。

「どうされます?」

「あ、バーボンをロックで」と答えると

「ガツンとくる方がいいですか?呑み易い方が?」と聞かれ私は

「じゃあ、ガツンとくる方で」と答えると男はニヤリと笑い背を向けた。そう、ここはBARだ。つまり、男はこのBARのマスターである。 

 この店はとあるビルの地下に降りる階段の先にあり、看板も小さく普通に通り過ぎるくらい分りづらい。しかし、店に入ると何故だか適度にお客さんがいる。常連さんなのか通りすがりなのかは分らないが常に誰かしらいるのである。何かしら魅力があるのだろう。という自分も何度か来ているのだからそうだろう、いや、そうだと思う。自分でも何でここへ通うようになったか分らないが何故だか魅力があるのか落ち着くのか。たぶん、みんなそんな感じで集まってきているのだろう。BARといえば薄暗い感じを思い浮かべるが、この店は地下にある店なのに何故だか妙に明るい。逆にこの明るさが変な不安さを消してくれているのかもしれない。      

 初めて彼女に出会ったのもこの店だった。あの頃、酒やカクテルについて興味があり、本やなんかでも調べたりしていた。で、詳しい人と話したく色んなものを実際に味わいたいと思っていて一人でも気楽に行ける穴場的なショットバーなんかがあればいいな、と思い探していた。そんな中、会社の上司に連れられ扉を開けたのがこのBARだ。その日はカウンターの一番左端の席に中年の男が一人でロックグラスを傾けていた。カウンターは十人くらい座れる感じでカウンターの向かい側に四人掛けのテーブルが二つある。いい感じのキャパである。

僕らは先客の反対側の右端のカウンター席に落ち着いた。ボトル棚には多数のボトルが並んでおり見たことのないボトルばかりだった。僕は一目でこの店を気に入った。隣で上司が僕の耳に顔を近づけこう言った。

「この店にはちゃんとしたメニューは無いから」とウインクした。

それを聞いて僕は驚いたのと同時に緊張してしまった。

それじゃあ、いくらにわか仕込みで調べたり少し勉強したからといってもメニューがなければ分るものしかオーダーできないじゃないか・・・。と思ったその時に

「何呑まれますか?」

と聞かれ、ドギマギしながら棚のボトルに目を泳がせたが全然わからない。このままでは格好がつかないと思い、いつも呑み慣れているジャック・ダニエルの12年ものをロックでオーダーした。勿論本意ではないが。だが、隣にいた上司は

「んー、バーボンを」とだけマスターに告げマスターは

「どんな感じで?」と聞き上司は

「香りのいいやつで」と答え、

「呑み方は?」とマスターが聞くと上司は

「ロックで」と答え、マスターは

「かしこまりました」と答えロックグラスを二つ取り出した。その瞬間、僕は上司を尊敬の眼差しで見ていた。いや、見ていただろうと思う。まさに目から鱗が飛び出たという表現が適切だろうか。

僕は一体何に気を使って誰に格好をつけようとしていたのか。自分が恥ずかしくてしょうがなかった、と同時にとんでもない感動に包まれていた。

格好いい。

こういうオーダーのやり方があるんだ。何を恥ずかしがっていたのか僕は・・・。

そこにマスターが僕の気持ちを見抜いたかのように

「いいんですよ、ここは誰も人を見下したり笑いものになんかしませんから。美味しものを楽しくいただいてほしいだけですから」

僕は驚いた。

何だ、この安心感。僕の心が完全に見透かされている。僕はその時の安心感に任せてマスターにお酒に興味があること、色々知りたいと思ってる事を話すると、

「お酒は楽しむものです、ウンチク聞くより美味しいものを出される方がいいでしょ? ウンチクは私も話せますがお客さんの呑んだ感覚とは人によっても気分によっても変わるものです。そういうのでせっかくの美味しいものも美味しくなくなるのが残念なのです。なので私はそういう人にも美味しいものをと思ってやっています。ま、そんなに上手くはいきませんけどね。まだまだ勉強です。」

とはにかんで笑った。

その後、僕は鎖が解けたようにいい時間を過ごした。楽しすぎて覚えていないほど。僕はこの店が好きになった。

 頻度はさほどではないが、暫く通っていたある日、僕がいつものカウンターの右端の席で一人でマスターお勧めのスコッチをロックで呑んでいると一人の女性が入ってきて僕の隣を一つ空けた席に座った。

何度か来ているが初めて見る顔だった。穴の開いたジーンズにロングTシャツというラフな感じでちょっと小汚い大きめのバックを持ち、年は二十代半ばというところか、髪は手入れしているわけではないが最近よく見る感じの無造作ヘアーというのだろうか、毛先が跳ねていた。今どきのちょっとだらしない、というかそんな感じである。たぶん、僕の苦手なタイプである。と何となく思いながらいつも通りマスターの仕事ぶりを見ながらチビチビと呑んでいると何か視線を感じ僕は気づかない振りをしていた。隣の女性がこっちを見ていると感じた。たぶん何故だか分らないが馬鹿にしているか憐れんでいるのか、大方そんな所だろうと僕は素知らぬ振りをしていると隣の席に置いてあったバックを取り、立ち上がったと思ったその女性が何故だか僕の隣の席に座り彼女のバックを彼女の今まで座った席に置いたのだ。僕は

「ん?」

と思ったが、後で分ったことだが三人組の予約が入りカウンターの席を空けたのだそうだ。

やっぱりショットバーはカウンター席が人気である。でも、なかなか予約でくる客は珍しいらしい。だが、その珍しい客のおかげで不思議な出会いになった。

 隣の女性はまだ何もオーダーしていないようだった。彼女の前には何も置かれていない。この店は初めてなのか?あ、メニューがないから頼めないのか?等と考えているとマスターが女性の前に来た。

「何を呑まれます?」と優しくマスターは話しかけた。しかし、女性は

「えっとー・・・」とちょっと困ったようだった。やっぱり初めてなんだなと思っていたら僕のグラスを指さして

「これと同じのをください」

と言った。僕は

「えっ?」

と思いその女性を見た。この時彼女と初めて目が合った。少し垂れた猫のような目だった。マスターは疑いもなく

「同じものですね、かしこまりました。」と言い奥へ歩いて行ってしまった。僕は

「ちょっと・・・」

とマスターを呼び止めようとしたが聞こえなかったみたいだ。ま、いいかと思った時、

「あのー・・」

と耳元で声がして横を見ると女性が僕の方を見ていた。僕は

「はい?」

と答えると

「それは何ですか?」

と僕のグラスを指さして聞いてきた。やっぱりこの人は何か分らずに注文したのだと思い

「えっ、分らないで頼んだんですか?」

と聞くと

「はい・・」

とちょっとはにかんだ様に答えた。

「銘柄は覚えてませんがスコッチです。なんかマスターのお勧めらしいですよ。」

と答えると

「そうなんですかー、良かったです。」

と笑って言った。

「スコッチ、好きなんですか?」

と聞いてみた。

「あ、はい。 あ、いえ、・・呑んだことないです・・・。」

「えっ、だ、大丈夫ですか?」

「だ、だめですか?」

「いや、だめではないですけど、結構強いですよ。」

と女性の一人客で酔っ払ったら危険だと思い普通に心配して言ってみた。せっかく頼んで呑めなかったら可哀想なので

「よかったら一口呑んでみます?もし口に合わないようなら君の頼んだのを僕が代わりに貰うんで別のを頼めばいい。」

と提案すると彼女は

「いいんですか?」

と手を伸ばし僕の返事も待たずに僕のグラスを取り上げ一気に呑んでしまった。僕はちょっと呆気にとられて

「あっ」

と口を開けてみていると彼女は

「美味しいです。」

と無邪気に笑って答えた。僕はいやいやそんな呑み方しても味なんかわかんないやろ、と心の中で一人で突っ込みを入れた。同時に、何なんだ?この変わった人はと思い可笑しくなって笑ってしまった。その僕を見て彼女も笑っていた。

そこにマスターが戻ってきて彼女のオーダーした僕と同じスコッチを持ち彼女の前にセットして

「お待ちどう様でした。ご機嫌ですね、お二人さん。」

と僕らを見てほほ笑んだ。その笑顔を見て僕らもまた顔を見合わせ大笑いした。僕はマスターに

「あっ、マスター、僕にも同じものをもう一杯。」 

それからは何故だか不思議と二人は打ち解けくだらない話で盛り上がった。彼女の話し方は舌が長いのか短いのか、なんかちょっと抜けたような話し方をしていた。普段の僕ならバカっぽいなって思う感じなのだが何故だか彼女にはそういう感情は沸かなかった。彼女はリナという名前らしい。年は23才、僕の8つ下らしい。ちなみに僕は31才である。彼女は近くの居酒屋で18時から22時までアルバイトをしているらしく、今日はバイト帰りにここへ寄ったという。

友達と飲みに行くことはあるらしいが一人で飲み屋さんへ来たのは初めてで注文しようにもメニューもないのでどうしようかパニックになって全然知らない隣に座っていた僕のと同じものを頼んだのだと言う。僕の思った通りだった。僕も初めてこのお店に来た時の事を思い出した。たぶんみんな最初はそうなんだろうと思いちょっと安心した。僕だけじゃないんだと。

その時の話をリナにしたらまた大笑いされた。たぶんこの店のマスターはそういうのを楽しんでて裏で喜んでるんだぜって、いつしかマスターの話で盛り上がっていた。

ふと気づくと時計も1時に近づいていた。そろそろ出ようかとリナに聞いたらリナも出るというので一緒に店を出た。店を出てから気づいたが、不思議な出会いになったきっかけの3人の予約客は結局来ていないなって気が付いた。結構二人とも酔っていたがリナがカラオケ行こうと言うので少し考えたが明日は仕事休みだしリナの方も夕方からバイトなので大丈夫と言うのでリナがたまに行くというカラオケ屋さんに二人で行くことにした。

僕は音楽を聴くことが好きで最近の音楽もチェックしていたりして年の割には今どきの音楽にも割と精通していた。リナもさすがに若いからか最近の歌をよく知っていた。しかも、結構僕の好みの曲だ。好きな音楽の趣味が合うっていうのは人と人とを引き付ける磁石のようなところがあるのかもしれない。二人はお互いの選曲にこの曲好きだのこの人のこの歌もいいよねとか言いながら声をからしながら盛り上がった。曲と曲との間に

「ちょっと休憩―」

と言いながら色々二人で話しついでに連絡先を交換した。何度かカラオケと休憩というお喋りを繰り返し満足して店を出るともう外は明るくなっていた。朝だ。

リナは腕を空に向け体を伸ばしていた。朝日を浴びてとても輝いて見えて影が長く伸びていた。リナはバスで帰るというのでバス停まで見送った。

「タクシーででも送ろうか?」

と言うと

「勿体ない」

と言うので

「案外しっかりしてんだな」

とちょっと褒めると

「当たり前でしょ」

ってすぐに真に受け

「単純やな」

というと膨れて見せた。別れ際にリナは、

「電話するねー」

と言ってバスに乗って窓から手を振って笑っていた。遠ざかっていく彼女を見ると何故だか急に寂しくなった。

 帰りの道すがら僕は自分で自分に驚いていた。何故だか清々しく何故だか楽しく何故だか高揚していた。幸福感なのだろうか?この感情は何なんだろう?

しかし、今は間違いなく空虚感である。何故か?間違いなく原因はリナだ。今、近くにリナはいない。リナがいないだけで後は普通の僕の日常の世界なのだ。

 昨日会ったばかりの8つ下の女性。舌足らずなのか舌が長いのかわからない女性。何か分らないが突飛な行動をする女性。そんな女性に魅かれている僕。ほんの数時間前に初めて会った女性に魅かれている自分がいることに驚いた。

自分の経験でも一目ぼれの経験はある。しかし、これは一目ぼれではない。じゃあ何だ?二目ぼれ?なんだそれ(笑)

 家に着き僕はすぐにベッドに倒れこんだ。10代以来の朝帰りに体はかなり疲れていた。夢も見る余裕もなく明るい時に寝たせいか明るいうちに目が覚めた。時計を見ると午後の2時を過ぎていた。明るかった。勿論そうである。真昼間の2時なのだから。案外酒は残ってなくスッキリと起きた。起きてまず水を飲んだ。

「水うめー」

と心の中で思った。ついでに顔を洗ってまたベッドに倒れた。横を見るとスマホが裏返しになってた。スマホを手に取り電源を入れると着信が2件入ってた。2件ともリナだった。夢ではなかったんだ、と息を吐いた。

「よかった。」

 歯を磨いて煙草を1本吸ってからリナに電話をかけた。何故だか分らないがエチケットと緊張を解きたかったのだろう。

スマホのリナの名前をタップした。

「もしもし」

「起きたー?」

リナの声だった。

「あっ、うん、今起きた」

とちょっと嘘をついた。

「寝すぎやろー」

「成長期やから」

「オッサンのくせにー」

「誰がオッサンや」

「今夜もあの店行く?」

「ん?何で?」

「んー、行きたいなーっと思って」

「気に入ったんだ、あの店?」

「うん、気に入った。っていうか確かめたくて」

「ん?確かめるって何を?」       

「んー、で、どうするの?行くの?行かないの?」

「特に予定はないから行けるのは行けるけど?」

「あー、もうー、煮え切らないなー、行かないのね?」

「い、いや、行く行く」

「なら、勿体ぶらないですぐ言う。」

「は、はい」

「よろしい。ならバイト終わってから行くから待っててー」

「分った」

「なら、まったねー」

ツー・ツー

あれ?なんか完全に支配されてる感じ・・・。

俺、かなり年上のはずなんだけど・・・。

と、考えもまとまらないまま時間近くになったのであの店に行ってみた。リナはまだ来ていなかった。さすがにバイトの拘束時間中なので来ていたら説教してやるわ・・・と思ったがさっきの電話で立場が逆転している感があり考えるのをやめた。

リナを待っている間、バーボンを呑んで待つことにした。昨日はスコッチだったので今日はバーボン。大した意味はない。

呑みながら昨夜のことを思い出していた。勿論リナと出会ってからの事だ。たぶん周りの人が見ていたら気持ち悪がられるんじゃないかと思われるくらい僕は一人でニヤニヤしていたと思う。ちょっと心配になりチラッとマスターの方に目をやってみた。マスターは見ていない。それを確認してちょっと安心した。ん?確認?そういえばさっきの電話でリナは確認したいことがあると言っていた。確認したいこと・・・?何だろう?

 そうこう考えている間に隣の席に影が見えた。

「おつかれー」

リナだ。

「おつかれーって、俺、今日休みだから疲れてないよ。」

「もう、細かいなー、挨拶じゃん。」

と、ちょっとほっぺを膨らませて見せた。

「はは、そっかそっか、リナこそバイトご苦労様」

「うん、ありがと。確かに今日は疲れたわ。団体客でいっぱいやったしー」

と片肘ついて顔を僕に向け言った。ほんとに忙しかったのだろう、首元にうっすら汗が浮いている。

「何呑む?」

と聞くとまた僕のグラスを見た。

「それは?」

と僕のグラスに指さして聞いた。

何か昨夜のデジャブーみたいだなって僕は思った。

「これはバーボンだよ、昨日のスコッチよりはちょっと甘い感じで呑み易いかな。」

「へぇー」

と言いながらまた僕のグラスに手を伸ばそうとした。

「こらっ」

と言って僕はリナの伸ばした手を軽く握った。

「いいけど味見やぞ」

と言って手を放すとリナは

「あは、バレたか」

と言い舌を出した。ちょっと可愛かった。リナは僕のグラスを取り今度は一口だけ呑んで

「あっ、リナ、こっちの方が好きかもー」

と目を大きくして言った。

リナは、普段自分のことを「私」とか「うち」とかではなく「リナ」と呼んでいるんだなってこの時気が付いた。何か少しずつリナのことを発見していることが楽しくて仕方がなかった。

リナは僕と同じバーボンをオーダーした。お酒がくるまでの間にリナは今日のバイトでの文句やらバイト仲間の失敗話を面白おかしく話した。いや話しているつもりだが、リナのトーク力は正直下手くそだった。でも、絶対リナには言えない。

お酒が来てからもなんでもない話で時間は過ぎていた。トーク力がなくてもリナの顔を見ながらリナの声を聞くだけで僕は笑っていられた。昨夜会ったばかりの彼女に恋してしまったようだ。でも、僕は僕の気持ちを彼女に悟られないようにしていた。ただ僕の演技力はかなりの大根役者だと思うのでもうすでにバレているかもしれないが・・・。リナが僕のことをどう思っているか、まあ、嫌いに思っているなら昨夜の時間はないと思うし・・・、なら、どういう対象で見ているのか?それを聞くのも昨夜会ったばかりで今、それを聞くのも時期尚早だと思ったし、勿論言うのもさすがに違うだろと思っている。もし言ってしまってリナと今のように仲良く、隣でお酒を呑んだりカラオケしたり(まだそれくらいしか共有していないのだが)できなくなる方が今は確実に嫌だったし、考えたくなかったし、考えられなかった。リナとの時間が無くなるのが怖かった。と言うのが正直な気持ちだと思う。僕はかなりのマイナス思考なのである。

マスターは一人客には何かと話しかけてくれるのだが二人以上のお客さんに対しては自分から話に入ろうとしないらしく僕とリナの前にはあまり立たなかった。彼なりにお客さんに楽しんでもらおうという美学なのだろう。この店の良いところはこういうところなのだと思う。あんまり素っ気ないのも寂しいし、かといって若者ばかり集まるガヤガヤした感じは落ち着かないし、高級なお店にはなかなか僕らじゃ敷居が高いし。何だろ?丁度いい感じなのである。

馬鹿にしたり見下したりしているわけでなく、居心地がいいのである。まさに、穴場的なのである。だから、これ以上人気にならないことを願っているのが本心である。何よりリナと初めて出逢った場所なのだから。

そんな風にぼんやり思っていた時、隣から

「ねぇ」

と声がした。

「ん、ん?」

不意打ちを打たれ、そう答えるのが精いっぱいだった。

「この後って時間ある?」

とリナに聞かれ

「ん?いいけどどうしたん?どっか行きたいとこあるん?」

「行きたいとこというか二人で話したいんだけど」

「え、どうしたん?そんな急に改まって?」と言いながら僕は体が震えるくらい緊張していた。まさか、自分の気持ちがすでにバレていて確かめようとしているのか?いやいや、気持ち悪がられてもう会いたくないと告げられたらどうしよう?いや、確認したいことって言っていたから・・・確認したいことってその系?いや、まだあるはずだ、仕事の事?将来の事?などとあることないこと考えている時、リナが

「忙しいですか?帰りたい?」

と僕が心の準備をしようとしている途中に答えを求めてきたので僕は困惑しているのを悟られたくなかったので

「いいよ、どこ行く?」

と動揺していないように構えて答えたが、たぶん、誰から見ても動揺は隠しきれてないだろうと思う。

「じゃあ、ちょっとだけまたカラオケ行こうか?」

僕は、えっ、またカラオケ?と思ったが、なるほど、カラオケなら音を鳴らさなければゆっくり話せるし二人きりだな。

ん?ってことは昨夜もリナと二人きりやったんや。と今更気が付き嬉しくなった。

「いいよ、じゃあ、行くか、カラオケ」

と言うと、リナは、

「うん」

と笑って頷いた。僕らは目の前のグラスを飲み干すとチェックを済ませ店を出た。店を出て通りに出ようと歩き出した時、リナの手と僕の手が偶然ぶつかった。その瞬間、お互いの目が合い何故だか二人とも

「プッ」

っと噴き出して笑った。

「なんで笑うのー?」

と笑いながらリナが言うので

「リナだって笑ってるやん」

と僕が言うとまた二人で笑い合った。笑いながら歩き出そうとした時、リナが

「もうー」

と、言って僕の手を握った。僕はあまりにも自然にリナが僕の手を握ってくれたことに僕も自然に受け入れることができた。普段の僕ならこんなことされたらビックリして緊張して右手と右足を同時に出して歩くくらいドギマギしているはずだ。

「遼の手、温かいね。」

とリナは繋いだ手を振りながら言った。チラッとリナの横顔を見ると頬のあたりがちょっとピンクになっていた。お酒のせいなのかもしれないが、可愛かった。たぶん僕の方は耳まで赤くなっているに違いないが気にならなかった。そのまま手を繋ぎながらカラオケ屋の前まで来たがリナはそのままそのカラオケ屋の前を通り過ぎた。僕は、あ、このカラオケ屋じゃないんだ?と思いながら、さすがに同じカラオケ屋に二日連続では行かないよな。と思いながらも、いや、カラオケはカラオケやん、どこも同じやろとも思ったが、リナについて行く事にした。と言うか結果的には手を繋がれていて引っ張られてるってのが一番表現としては合っているのかもしれない。

しばらくリナに引っ張られるまま歩いていると何か明るく個性的な建物が沢山ある通りに出た。ん?ここって?だよな?えーっ?そうか、そうだよな。うん、確かにカラオケもあるし二人きりになれる。うん、間違いない。って、勝手に想像したけどそんな訳ないでしょ、たぶん、この近くのカラオケ屋さんに行くんだ。僕だってラブホテルに行ったことは何度がある。でも、女性の方から積極的にってのはないと思うし今まではなかった。今まではそれこそドギマギしながらド緊張して僕から誘って行くものだと思っている。つまり、男が誘って行くものだと思っている。そう、僕は、古い考えの人間なのかもしれない。でも、今の僕はカラオケだろうとホテルだろうとどこであろうとリナと一緒にいるだけでなんの迷いもない。リナも同じ気持ちでいてくれるなら尚更である。リナにそんな軽率な行動をとらせてはいけない。なら、僕の方からきっかけを与えないと、このままホテルへ入ってしまえば、今の状況だとリナが僕をホテルへ連れ込んだことになるわけで・・・。できれば最初からリナにそういうリスクを負ってほしくなかった。でも、リナは、本当に違うカラオケ屋さんを目指しているのかもし、どうしたものか考えていた。しかし、いくら考えてもこれは一方的に僕の考えだけであってリナの考えに行きつくはずがないと思い、リナに探りを入れてみることにした。

「リナ、カラオケ屋さんって遠いん?」

「んー、何か嬉しくなって気が付いたらカラオケ屋さんとっくに通り過ぎちゃってたんだよねー。」

と、リナはペロッと舌を出した。僕は、なーんだ、そういうことか。あ、今、嬉しかったからってリナは確かに言った。嬉しいのと照れ臭いのを必死に隠しててカラオケ屋さんを通り過ぎたのに気が付かなかったのである。

ほんとに可愛いな、リナって。僕はちょっと軽く見ていた自分を恥じた。そこで僕は勇気を振り絞って自分で口火を切ることをきめた。

「リナ、もしよかったらコンビニでなんか買ってどこか入らない?」

と下心なく、いや、ないつもりで僕なりに自然を装い、できるだけ自然に聞いてみた。すると、

「んー、リナもちょっと考えてたんだけど・・・、絶対襲わない?」

と聞かれ

「神に誓って」

と胸に手を当て答えると

「どの神様?」

と、リナに聞かれ

「ん?イエス様?仏様?仏教だから仏様か」と予想していなかった質問にちょっとしどろもどろで答えるとリナは、ちょっと変な顔をしながら

「あー、あやしー、ま、遼君を信じるよ。結構歩いたし疲れたもんね。」

「でも、俺も男やで」

と軽く舌を出してみた。

「だよねー、やっぱり止めようかなー?」

と言われ

「すぐそこにセブンあるから買い物しよ」

っとすぐ斜め前にあるセブンイレブンを指さして言ってみると

「絶対襲うなよ。」

と釘を刺された。

コンビニに入り僕はお酒を選んでいるとリナは別のコーナーに消えた。適当にお酒を選んでリナを探すとすぐにリナを見つけた。リナはよくわからないスィーツを両手いっぱいに抱え、更におつまみを選んでいた。

「おいおい、どんだけ買うんだよ。」

とリナに言うと

「えー、食べない?あ、おにぎりとか?あ、アイスも食べたいー」

と、僕は何日分だよ、とちょっと呆れながら笑っていた。お酒を呑んだ後、アイスが食べたくなるのは僕も同じだった。なので、アイスとリナの手にあったスィーツを適当にセレクトしてレジカゴに入れた。てか、「リナ、手じゃなくてカゴに入れなさい」って言おうと思ったがやめた。リナが楽しそうにしてたからそれを壊したくなかったからだ。コンビニを出て僕はコンビニ袋を二つ抱えて

「どこにする?」

とリナに聞くと

「あそこ綺麗じゃない?」

とコンビニに面した側の左側を指さしリナが言ったので僕もそっちを見た。確かに青っぽくライトアップされていて幻想的な建物が建っていた。

「あそこでいいんじゃない?」

と言うとリナは

「もうー、適当になってるしー」

と呆れた顔をしたので

「早く呑みなおしたいし、話あるんでしょ?」と言うとリナは

「あ、そうだ、忘れてた。」

とちょっと神妙な顔をした。僕は、ほんとにリナは悩んでることがあるんだと思い決して襲ったりしないと心に決めた。

ホテルまで歩き、中に入ると明るいフロントがあった。フロントには人はいなく部屋の内装が映し出されたタッチパネルが配置されている。ここはタッチパネルから部屋を選ぶタイプのところらしい。20部屋くらいある中で半分くらいタッチパネルの電気が消えていた。消えているところは既に入室済みということなのだろう。僕とリナは残りの半分くらいの中から割と落ち着いた感じの部屋を選ぶことにした。部屋を選ぶと天井の案内板が点滅して案内してくれていた。案内板の矢印はエレベーターを指していたので僕らはエレベーターに乗った。エレベーターに乗ると4階までの表示があった。この建物は4階建てなんだと初めて知った。僕らが選んだ部屋は2階だったので②のボタンを押した。エレベーターが止まり扉が開くとちょうどエレベーターの前の部屋の上が点滅していたのでその部屋の扉を開き二人で入った。中はとても清潔感があり綺麗だった。とりあえずコンビニで買ってきたものをテーブルに並べようとしているとリナが

「何呑む?」

と聞いたので

「ハイボールにしようかな。」

と答えると

「じゃあ、とりあえず他のは冷蔵庫に入れておくね。」

とリナが冷蔵庫を開け入れていた。ほんとに案外しっかりしているのかもって?って改めて思った。

「リナもハイボールにしーよう」

と冷蔵庫からハイボールを取り出し三人掛けソファーの僕の隣に座った。僕は

「とりあえず乾杯しようか?」

と言うとリナは

「いいねー、何に?」

と聞かれ僕はしばらく考えて

「二人の出会いに」

と言うと

「なんだそれー」

と笑われたので

「なら、二人のラブホ記念に」

と言うとリナはちょっと身を引きながら軽く睨まれた。僕はなんか気不味い雰囲気を作ってしまったと思っていると

「かんぱーい」

といきなりリナが横からハイボールの缶を出してきたので僕も

「乾杯―」

と言いリナの缶と僕の缶を合わせた。その後二人でハイボール缶に口を付けた。缶を下すとリナは

「プハーッ」

と言ったので

「オッサンか」

と突っ込むと

「オッサンにオッサン言われたー」

とケラケラ笑っている。

「誰がオッサンやねん」

と抵抗してみたが、ま、確かにオッサンである。笑いが落ち着いて僕が二本目のハイボールを開けた時、リナが

「ねぇ」

と言ったので

「ん?」

とリナの方に顔を向けると目の前にリナの顔があり驚いて

「ど、どうしたん?」

と再び聞き直すと

「遼は病気したことある?」

と唐突に聞いてきた。僕は

「病気?あんまり風邪とかもひかないけど、なんで?」

と答えると

「んー、リナもそうだったんだけど・・・なんかリナ病気らしいんだ。」

と言うので

「え?病気ってなんの?風邪でもこじらしたん?」

と冗談を返すように聞くと

「風邪ならいいんだけど、なんか脳が・・・」

「ん?脳?」

と思いもしなかった単語が飛び出しビックリして聞き直した。

「脳って脳みその脳の事?」

「脳みその脳ってー」

とまたケラケラと笑った。

「ほかに例え方なかったのー?」

と笑いながら突っ込んできたので

「だから、その脳がどうしたんだよ。」

とちょっとキレ気味に言うと

「あ、ごめん、あのね、なんかその脳みその脳が委縮していってるらしいんだ」

「脳が委縮?」

「うん、委縮」

とリナは冷静に答えた。

「委縮っていうとー、小さくなるとか縮むとかってこと?」

「うん、そうだと思う。」

と自信なさげに答えた。

「委縮が進んでるってこと?ほかの人よりも?」

「うん」

「その委縮が進むとどうなるの?」

「分らない」

「えーっ、なんだよそれ」

と呆れながら

「病院は行ってるんだろ?」

「うん、行ってるよ。血液検査とかはしているけど詳しくは分らないらしいの」

「分らないって、でもちゃんと治るんだよな?」

「んー、治らないっていうか35才までちゃんと生きられるかどうかって言われた。」

僕は頭が真っ白になった。35才って、今リナは23才だからあと12年ってこと?なんで?なんでそういうことになるんだ。いや、まだ間に合うはずだ、まだやれることはあるはずだ。絶対、絶対に。

「今度一緒に病院行っていい?」

とリナに聞くと

「うん、来てほしい。私も知りたいし」

と了承してくれた。

「リナもよくわからないし怖くて不安でどうしていいかわかんないの。」

と涙を浮かべていた。

初めてリナの涙を見た。

その瞬間、自然に僕はリナを抱きしめていた。この話だったんだな、リナのしたかった話は。その話を誰にもできなくて僕に話してくれたんだ。守ってやりたい、いや、守ってやらなければと思った。それから自覚症状はあるのか、どこの病院で診てもらってるのか、家族にはどう言っているんだとか色々質問攻めにしていた。さすがに疲れたのかリナはベットでシーツにくるまってしまった。ちょっと一気に聞きすぎたかなっと思って反省した。なので今日はもう色々聞くのはやめとこうと思った。その中で知ったことだが、リナは僕と同じで母子家庭で育ち親父さんは彼女がまだ小さい時に亡くなったということ、兄弟はいないということ、つまり、一人っ子、いわゆる一人娘だということ。診てもらっている病院は県でも最も有名で先進的な治療をしていると聞いている大きな病院で、診察までの時間が長すぎて疲れるとリナは文句を言っている。それを聞いても僕にはどうしようもできないので大変だなと言うしかない。でも、そんな病院で診てもらってるのにそういう診断なのか?やっぱり難病ってことなのか?現時点での自覚症状と言えるかどうかは分らないが昔から夜型なので夜なかなか寝付けないとか頭悪いからか物忘れがあるけどどうでもいいことなんかは結構覚えているとリナは言う。それは、僕にもあったりする。だから、特に疑問にも気にもしなかった。そんなことを考えながら呑んでいるとベットから寝息が聞こえるようになった。リナは寝てしまったようだ。起こすべきか、泊まっても大丈夫なのか迷ったが、さっき、夜寝付けないって聞いていたので無理に起こさないで自然に起きるのを待っていようと思い呑んで待っていようと思った。しかし、知らない間に僕は寝てしまったようだ。

ソファーで寄りかかって寝ている僕にピタッと体を寄り添ってリナが寝ていた。

リナの寝顔を初めて見た。今日は色んなリナの顔を見たような気がする。僕はその後寝れなかったがリナを起こさないようにそのままの姿勢でいることにした。

やがてカーテンの間から光が差し込み朝が来たことを教えてくれた。リナはまだ寝ている。僕はこれだけ寝てるんなら案外リナの病気は大丈夫かなと思った。ま、大丈夫に越したことはないし大丈夫であってほしい。少し体勢がきつくなってきたのでゆっくりとリナを起こさないようにリナの体を支えながら自分の体をソファーから降ろそうとした時リナが僕に抱きついてきた。最初は寝ぼけてるんかなと思ったが、耳元で、

「おはよ、遼」

と聞こえた。僕は

「あ、おはよう。ごめん、起こしちゃったか?」

「ううん、なんか久しぶりにぐっすり寝れた感じ」

「お前、俺の事男と思ってないやろ?」とちょっと嫌味を言うと

「そうなんかなー?」

と言いながらまた抱きついてきた。なんなんだよと思いながらリナの方に顔を向けるとリナの目が目の前にあった。しかも、だんだん近づいてきている気がした。ん?僕が近づいているのか?と思っているとリナの息を感じる距離になっていた。キス?と思った瞬間リナが

「あっ」

と言ってソファーから飛び降りた。

「どうしたん?」

と驚いてリナに聞くと

「歯磨かないとー」

と言って洗面所に走っていった。僕は

「何だよそれ」

と心の中で思ったが、女の子は気にするわなとも思ったが冷静過ぎない?とも思った。そういうのを気にするところも感心するけどタイミングやろー、やっぱりそういうのは、とちょっと寂しくもあった。僕は仕方なくソファーから立ち上がり何故だか洗面所へ向かっていた。リナは楽しそうに歯を磨いていた。洗面台の前に行くとリナが歯ブラシに歯磨き粉を付けて、

「はい、どうぞ」

と言って歯ブラシをくわえながら僕の前に差し出した。僕は

「ありがと」

と言って歯ブラシを受け取って口に入れると、リナは口の周りを少し白くしながらニコッと笑った。歯を磨き終わり部屋へ戻ろうと部屋の入口に向かって歩いて行くといきなり入口の影からリナが飛びついてきた。驚かそうと思ったんだな、ほんと子供っぽいな。無邪気でいいなーって思っていた。ま、確かにちょっと驚いたのは確かだけれど。リナは僕の腰に両手をまわし僕の胸に顔をうずめていた。しばらくそのままにしていたが、僕は、もしかして泣いてる?と思ってリナの両肩に手をかけた。するとリナは顔を上げた。リナは目を閉じて顔を上げていた。僕はキスをした。リナにキスをした。キスをした後リナを抱きしめていた。

「俺と付き合ってくれないか?」

自然と言葉が出ていた。

「リナ、35才で死んじゃうよ。」

「死なねぇーよ。」

と僕は笑った。

「だってお医者さんにそう言われたもん。」

とリナはちょっと涙声になっていた。

「なら、死ぬまで一緒にいよう。」

「ほんとにいてくれる?」

「どうしようかなー?」

と僕は照れ隠しで言うと

「えーっ?」

っと言ってリナは僕の顔を見た。

「一緒にいるよ、リナとずっと」

僕は言った。リナは

「ありがとう。」

と言ってまた抱きついてきたので僕もリナをしっかりと抱きしめた。そして二回目のキスをした。唇を離すとリナは目に涙を浮かべていたので僕は優しくリナの頭を撫でるとリナはゆっくり笑うと

「遼、大好きー」

って言って僕に抱きついた。

今日から僕らは恋人になった。












 朝帰りになったがリナはバス、僕は電車で家に戻った。帰る間際に次に通院する日を聞いたのでまずスマホにメモした。会社に休みを申請するためだ。

そして、パソコンを立ち上げリナの病気について調べてみた。


『脳の萎縮』

調べても認知症関係のことくらいしか大した情報はなかった。年齢が進むと少しづつ人間の脳は小さくなるらしい。なんだ、普通じゃないか。と、僕は思った。そんな感じでちょっと安心し、安心したと同時にベットに横になった。横になるとすぐに僕は夢を見た。勿論リナの夢だ。夢の中でリナは料理を作っていた。まだ後ろ姿しか見えなかったが確かにリナだった。リナはキッチンの中にいた。僕はゆっくりとリナに近寄り、リナの背中越しに覗き込んだ。ネギをきざんでいた。僕は、あ、味噌汁だなと思った。だが違っていた。牛すじの煮込みだった。きざんだネギをまさに今乗っけようとしている時だった。そこに僕がいることに気付いたリナは

「はい」

と言って煮ていた牛すじを一つまみ僕の口に入れた。

「どう?」

とリナは聞いたので僕は

「う、うん、美味しいよ」

と言うと

「よかったー、リナ味見してなかったからー」と言った。僕は、

「えっ、味見してないのを食わしたんかよ。」と思い

「味見くらいしろよー」

と言うと

「だって、初めて作ったからわかんないもーん」

と言った。

「え、初めて作ったん?」

「うん、牛すじ煮は食べたことなかったし、初めて作る」

と言って笑った。僕は驚いて

「えっ、牛すじ食ったことないの?」

「うん、ないよ」

「えっ、何で食ったこともないもの作ってんの?」

と僕は素朴な疑問を自然に聞いてみた。すると、

「えー、覚えてないのー?」

と意外な返しが来た。

「えっ、何?」

と僕は普通に返すと

「だって、遼好きだって言ってたでしょ?ほんとに覚えてないの?」

とリナはちょっと呆れた感じで言った。僕には全くそんな話をした記憶がなかった。ただ、牛すじの煮込みは好きなことは好きだが・・・。

「言ったっけ?なんで俺の好きなもの知ってるんやろ?ってビックリしてたんやけど」

と言うと

「言ってたよ、でも、言わなかった方が感動したんかな?」

「ん?そうかも。」

「だって忘れてると思ってないしー」

「ごめん。」

「いいよ、で、こんな味?」

「うん、めっちゃ美味しい」

「ちょっと嘘くさーい」

「ほんとに美味しいよ。リナは天才かもな。」

「そんなこと言いながらごまかすしー」

「そういうつもりではないよ」

と言いながら僕には全然思い出せなかった。たぶん、酔っ払ってる時にそういう話しをしたんだろう。ただ、リナといるときにそこまで酔ったことはなかったのだが。

「はい、どうぞ」

と言って僕をテーブルに座らせ牛すじ煮が盛り付けられた小鉢を僕の前に置いた。牛すじ煮の上にはさっききざんでいたネギがのせられていた。一緒に食べるのかと思って待っていたがリナは鼻歌を歌いながらキッチンでまた何か作っているのか全然テーブルにつく気配がなかった。仕方がないのでリナに聞こえるように

「いただきます」

と言って牛すじ煮をネギと一緒に食べた。お世辞抜きにして美味いと思った。人って食べたことないものをこんなに美味しく作れるもんなのか?と本気で感動した。しかし、僕はいつ牛すじ煮が好きだって言ったんだろう?とまた思い出そうとしていた。考えていたところに隣で何かが震えた。スマホが震えたのだ、僕はそこで目を覚ました。なんかよくわからん夢やったな-と思いながら起き上がった。

ま、そもそも夢なんてそういうもんかと自分に納得させてスマホを取った。

リナからのLINEだった。

「起きてる?ダーリン♡」

ダ、ダーリンって・・・ちょっと胸のあたりがくすぐったくなった。僕は

「今起きた。」

と返した。するとすぐ電話がかかってきた。

「やっぱり寝てたんだー、もうお昼だよ。」

「あ、ほんとだな。知らないうちに結構寝てたんだな。」

「ねぇ、ランチしようよー?」

「そうやな、そういえば腹減ったわ、何食べたい?」

「リナ、気になってるお店があるの。まだ行ったことないんだけど、すっごーい美味しいらしいの。」

「なら、そこにしよう。どこにあるの?」

と聞くと二つ先の駅のちょっと離れた場所にあるイタリアンらしいので僕の車で行くことにした。リナの家の近くの公園で待っててもらうことにして僕は急いでシャワーを浴び身支度をして僕の愛車、シルバーのプジョー407に乗り込んだ。僕が中古車屋で一年前に一目ぼれして購入した車だ。待ち合わせの公園の中にある駐車場に入り車を停めるとリナが近づいてきた。

「これ、遼君の車?カッコいいじゃん」

「そやろー、俺の彼女」

と小指を立てると

「でたよ、もう浮気されてるしー」

「アホか、なんで浮気やねん」

「だって、彼女ってー」

「あ、彼女じゃなくて相棒や相棒」

「あー、言い訳してるしー」

「いいから早く乗りな」

「はーい、お邪魔しまーす。あ、中も綺麗だね」

とちょっと機嫌が直ったようでまたいつものケラケラ笑いが始まった。

「遼、運転できるんだねー」

「そりゃあできるさ、リナも免許持ってるんやろ?」

と聞くと

「持ってなーい」

「えっ、持ってないの?」

と意外に思って僕が聞くと

「行こう行こうと思ってはいるけど行けてないんだよねー」

「そうなんや、でもなくてもいいかもな、リナの運転危なさそうやし」

「えー、そんなことないしー、でも否定はできないかもー」

と舌を出した。こんな感じの話をしながら目的のお店に無事着いた。とりあえずリナとの初めてのドライブだった。お店の外観はなんかオシャレな別荘っぽい感じで駐車場は10台停めれるかどうかって感じかな。扉を開けると白いシャツに黒のパンツ黒のエプロンという若い女性が迎えてくれた。清潔感のある服装と店員さんと雰囲気だった。

案内された席は窓側で緑の木々が見れて癒された。席に着くと、店員さんからメニューについて丁寧に説明を受けた。この店はコース料理だけでメインをパスタ、ピザ、グラタンから選べるらしい。僕らは事前にリナの情報でグラタンが美味しいらしいと聞いていたので二人ともグラタンをチョイスした。料理を待つ間、リナは落ち着かないのかキョロキョロして周りを見回していた。

「違うの頼んでシェアすればよかったね。」

とリナが言ったので

「そうやな、そういうのもアリやな。今度はそうしよう」

とちょっともそんなことを考えなかった自分に反省した。

そして、まず前菜が来た。サラダとキッシュだった。どれも思った以上の美味さだった。サラダはあまり見たことのない野菜もあり、店員さんに説明されたが覚えてないが次来た時にでも聞いてみよう。キッシュもあんまり馴染みのないものだが僕の中では全然ありだった。この店は当たりだなと僕は思った。次に来たメインのグラタンは更に驚いた。僕の中にはそんなにグラタンを食べる習慣はなかったが食べていると中から半熟の卵が現れた。美味かった、と思ったし、これどうやって作るんだろって思った。リナなら作れるんかなって思ったが、よくよく考えてみるとあれは夢の話でリナが料理できるかどうかも知らないのに気付いた。僕は今聞こうかと思ったが後でいいかと思い美味しくいただいた。

メインの後はデザートとコーヒーだった。デザートも普段なら絶対頼まないようなイチゴのタルトだった。タルトは食べにくいので好んで頼まない。たぶん一般的に男性は頼まないと思う。あくまでも僕の個人的な見解ではあるが。しかし、食べてみるとこれがまた美味かった。しかもコーヒーまでも。

絶対また来ようと思ったし夜はまた美味しいもの出るんやろうなってワクワクした。なんだかリナと行くとこははずれがないのかもって初めてのランチなのにそう思ったし、こんな感じなら絶対太るな。とも思った。結構ボリュームもありお互い

「お腹いっぱいだね」

「うん、パンパンだわ、美味かったし」

と満足して席を立って会計を済まし店を出るときに僕は

「ごちそうさまー」

と店員さんに言うと

「ご馳走様です。美味しかったです。」

とリナが続けて言うと、店員さんが

「ありがとうございました。また来てくださいね。」と笑顔で答えた。

「絶対また来ますね、ねっ?」

と僕を見て言ったので僕は

「はい、また来ます」

と言って店を出た。ちゃんと挨拶できるリナのおかげでなんか爽やかな気分になった。車に乗りこみエンジンをかけたとき

「ほんとにお腹いっぱい。見て、このお腹」と言われリナのお腹を見ると細い体にお腹だけポッコリ出ていた。

「なに、そのお腹―?」

と僕はほんとに驚いて聞くと

「すごいでしょー、普段は大丈夫なんだけどいっぱい食べるとこうなるんだよねー。」

とケラケラ笑った。

「胃が下がってるんかもな。」

「そうなのかなー」

「ちょっと触ってもいい?」

と聞きながら手を伸ばした

「うん、いいよ」

とリナはお腹を差し出した。お腹に触るとほんとに丸くパンパンに張っていた。するとリナが

「パパですよー。」

と笑いながら言ったので

「なんでやねん」

と言って手を離した。

まあ、僕でもこんだけ腹いっぱいなのだから女性のリナも僕と同じだけ食べたのだからこうなるわなと思った。こういう開けっ広げな性格と割とセンスのいい冗談が言えるリナと一緒にいると楽しくて時間を忘れる。リナにはなかなか恥ずかしくて言えないが。

車を走らせながらリナに

「どこか行きたいとこある?」と聞くと海に行きたいと言うので僕のプジョーは海へ向かった。春先だったのでちょっとまだ肌寒かったが天気が良かったので心地よかった。リナも同じように感じたようで

「気持ちいいねー」

と言って両手を挙げて伸びをした。ちょっと日差しが強かったので日陰を探し二人で隣り合わせで腰を下ろしてしばらくボーっと海を見ていた。

「ご飯食べてこんだけ天気いいと眠くなるね。」

「いいよ、眠っても、置いて行くから」

と言うと

「もうー、意地悪なんだからー、そんなこと言ったらほんとに寝ちゃうよー。」

「どうぞどうぞ」

と僕も寝転がった。するとほんとに少しの間寝てしまったようだ。たぶん五分くらいだと思うが。隣を見るとリナも寝てしまっている。僕は

「ほんとに寝てるしー」

と思ったが言葉にはしなかった。しばらくそのまま寝かせておいたが少し肌寒くなってきたので風邪ひかせたらまずいと思い起こすことにした。

「リナ、リナ」

と顔を腕で隠しながら寝ている腕を揺すって呼びかけるとリナはビクッとして目を覚まし

「あはっ、ほんとに寝ちゃったー」

って涎が出てないかを気にする仕草をした。ふと、お腹を見るとポッコリなっていたお腹が普通に戻っていた。戻ってよかったなって心で思った。二人は立ち上がりお互いの背中やお尻についた砂を落としあった。僕がリナのお尻をはたくと

「エッチー」

と言うので強めにはたいてやった。すると今度は

「痛いしー、優しくしてよー」

と言われ

「優しくしたらまたエッチって言うやろ」

と言うと

「うふふ」

と笑った。

二人は車に乗り込み、僕らのプジョーは海を離れた。帰りの車の中で今度、桜を見に行こうという話になりどこの桜を見に行こうか話し、最終的に県内でも有名な川べりにある桜の名所に行くことを決めた。丁度場所を決めたころリナと待ち合わせていた公園に着き、周りに人がいないのを確認してリナにキスをした。

プジョーがやきもち妬かないか心配した。リナを下ろして僕も自分の家に着いた。家に入り缶ビールを持ってソファーに腰かけた。今日も楽しかった。一人で乾杯した。ここにリナがいたらいいのになって漠然と思った。僕は一人の時間も全然嫌いじゃない方である。一人で好きな酒を呑んだり好きな本を読んだり好きな音楽を聴いたり。でも、やっぱりそれは今の僕には寂しいの言葉しかなかった。そういう風に思わせてくれたのが誰あろうリナなわけで自分自身もこんな風になるとは考えもしなかった。いい年した男が寂しいと思った時、何をするのだろう。やっぱり酒である。僕は今一番好きなアーチストのアルバムをiPodでかけながら芋焼酎を呑んだ。選曲をミスしたようだ、寂しくなってきた。

基本的に僕は悲しい曲を好む。騒がしいのも気分では受け入れるが何故だかいわゆるバラードとかアップテンポでも歌詞が悲しかったり女々しかったりするものに魅かれるのである。僕は本来寂しい人間なのかもしれない。人と言うのは寂しいと深酒するものなのかもしれない。寂しいなら寂しいとリナに声が聞きたいだの、何してるかだのと電話かメールすればいいと思うのだが、僕は基本的に電話は苦手である。メールならとは思うがそれも自分発信ではなく返信タイプである。

そうこう考えている間に焼酎も一本空けていた。明日ヤバいかなと思いながら、あと一杯だけバーボンを呑んで寝ようとグラスにバーボンを注ぎ一口口をつけた時、スマホが鳴った。LINEだった。僕は電話じゃなくてよかったと思った。通話だとちゃんと喋れる自信がなかった。単に呂律が回らないからである。LINEを確認すると

「呑んでるやろー?笑」

僕は周りを見渡した。リナはいない。何で分ったんやろ?俺はもうすでに見透かされているのかも。僕は

「軽くな。」と返事をした。勿論軽くではない。言ってみればベロベロくらいだ。

「次の通院日、お母さんが一緒に行きたいっていうから今回はお母さんと行くね。だから、遼は仕事休まなくていいよ。」

と返事が来た。僕は、そうだよな、お母さんも心配だわな、と思いながらちょっと寂しかった。仕事を休んでリナに会うっていうのが結構自分の中に大きく占めていたからだと思う。でも、そこは大人の振りをして

「分った、でも、ちゃんと聞いて来いよ、自分の病状」

と返した。

「うん、わかった。っていうかわかるかわかんないけど。笑」

「ちゃんとしっかり聞いてきなさい。」

「はーい、努力します。」

と言う返事が来て、あっ、リナが一番不安なんだよなって気づいた。俺は何を偉そうに言ってるんだって後悔した。でも、それを言葉にすることができなかった、と言うか気が付いたらスマホを握りしめ寝むってしまっていた。

 リナの報告を気にしつつ僕は普段通りに会社に行き普段通りに仕事をこなした。気にはしていたが自分から連絡は取らないでいた。今の自分に気の利いたことを言える自信がなかったからだ。しかし、リナが病院に行くと言っていたその日の朝は仕事をしていてもほぼリナのことを考えていた。こんなことではいけないとは思っていながら仕事に集中できていない。相変わらず不器用な男だな、僕は。と情けなくなったくらいだ。何とか仕事を終わらせ家に帰る道すがらスマホをチェックしたがリナからの連絡はまで来ていない。

「メールくらいよこせよ」

と思いながら家に帰った。家に帰ってシャワーを浴びた。シャワーを浴び終わってもリナからの連絡はまだなかった。連絡したかったが一応飯時を避けようと心の準備も兼ねて時間を待った。後から思ったがメールぐらい入れときゃよかったんだよなって思った。待ってても連絡は来ないのでしびれを切らしてスマホを手に取りリナの名前をタップした。しかし、どれだけ呼び出し音を鳴らしても繋がらなかった。僕は風呂でも入ってるんかなと思い再び連絡を待つことにした。手持無沙汰なので音楽をかけバーボンを呑んで待つことにした。返事が遅く、もしかして入院?と思った時スマホが鳴った。出ると

「おつかれー」

なんてノー天気なんだろとちょっと呆れ気味に

「お疲れはいいけどどうやったん?病院。」

「あ、うん、今帰ってきたばかりやからお風呂入ってから電話して良い?」と聞かれ

「えっ、今まで病院にいたん?」

と聞くと

「ううん、バイトだよ」

「えっ、今日バイトって言ってたっけ?」

「今日ほんとはバイトの日じゃなかったんだけど同じバイトの子が来れなくなったって連絡あって急きょ代打で入ったんよ。今日は一日中バタバタやったわ。」

「そうなんだ、お疲れさんやったな、わかった、ちょっとゆっくりして落ち着いたら電話して。待ってるわ。」

「うん、ありがと。お風呂入ったらすぐ電話するー」

と言って一旦電話を切って待っていた。なんだかわかんないが何故かちょっと安心している自分がいた。たぶんリナの声を聞いたのもあるがバイト行けるくらいなら心配することないレベルなんだと思った。結果が悪ければ僕ならショックでバイトどころではないと思うし。と安心してまたバーボンを呑みながら待っていた。しばらくして、待っていたリナからの呼び出し音が鳴った。

「お待たせー」

「おう、めちゃくちゃ待ってたわ。」

「もうー、そんなにリナの事好きなのー?」

「好きやよ」

「きゃー、恥ずかしい。」

「で、どうやったん?病院。」

「んー、それがねー」

とリナはちょっと返事を濁そうとしたので

「ん?どうした?」

「実は聞いてないんだよねー。」

「ん?どういうこと?」

「話を聞いたのはお母さんだけでリナは外で待ってたからわかんないの。」

「マジかよ。なら、お母さんは何か言ってた?」

「んー、特に何も」

「何だよそれ。ちゃんとお母さんに聞いといてくれよ。」

「ごめーん、ちゃんと聞いとくね」

と、これ以上リナに聞いても分んないなと思い追及するのを諦め週末の花見の打ち合わせをして電話を切った。ま、今すぐどうのこうのなる訳じゃないからと軽く思いまた次の時に聞けばいいかと考えていた。

週末、僕らはいつもの公園で待ち合わせをして、僕のプジョーで花見に出かけた。リナはいつもと同じ笑顔だった。目的の場所は二人とも全く馴染みのない場所だったので何度か迷いながら、その度にリナに突っ込まれたり突っ込み返しながらそれはそれで楽しい時間を過ごした。そうこう言いながら目的の場所に近づくと僕らは目を見開いてしばらく口を開けたままだった。リナの顔をその時は見ていなかったがたぶんそうだと思う。間違いなく僕はそうしていた。その光景はまるで絵葉書のようだった。川べりには何百、いや何千という桜が川を覆い続いていて川べりの下には色とりどりのチューリップ畑が広がっていた。そして、奥には薄っすらと雪をかぶった山々が見えるのである。

「すごいね、ここ、めちゃくちゃ綺麗―」

とリナもかなり満足してくれたようだ。

「俺もここまですごいと思ってなかったわ。来てよかった。」

と素直に言葉が出た。しばらく写真を撮りながら桜並木を散歩した。散歩しながらリナを盗み撮りしていたらリナに見つかり

「もうー、盗撮してるー、ちょっと見せて」と言われ見せると

「ほらー、変な顔してるじゃん、消してよ」

と言われたが僕は

「わかったわかった」

と返事をしたが消さずにいた。ちょっと変な顔で写っちゃったリナでもリナはリナだしそういうリナも僕には愛おしく思うのである。河原の方で地元のボランティアだろうか、豚汁の炊き出しをやっていたので僕らは一杯ずつ貰って河原の腰掛になるような石に座って二人で食べた。美味しかった。リナは何故だか味噌汁とか汁ものが好きらしくほんとに美味しそうに食べるので見ている方も幸せに感じるくらいである。

「ほんとに美味しいね。」

とリナは言う。僕も

「うん、落ち着く」

と言うと

「あっ、それいいー、リナも落ち着くーって言おう」

と言った。それからは2人の中で美味しいは落ち着くっていう風に自然となった。

「ここ、毎年来たいね。」

「うん、来よう、毎年ここの豚汁食べに来よう」

「えー、豚汁じゃなくて桜じゃないのー?でも、豚汁も食べたいからいいかっ」

とリナはいつものようにケラケラ笑った。

「ほら、結局豚汁やんけ」と言うと二人で笑いながら手を繋いで歩いた。

「ねぇー、今度お弁当作ってくるからハイキング?ピクニックしようよー」

とリナが言った。

「えっ?ピクニック?どこで?てか、弁当なんて作れるんかー?」

とちょっと小馬鹿にして聞いたら

「大したものは作れないけど景色のいいとこで食べたらなんでも美味しく感じるでしょ」

「うん、確かにそうだな」

と言うと

「あー、絶対不味いって思ってるしー、やっぱり止めとこうかな。」

っと言うので僕は

「いいじゃん、ピクニック。リナのお弁当食べたいし。」

「ほんとにー?んー、なら、頑張る。でも、美味しくなかったらごめんね。」

「大丈夫、景色がカバーしてくれるから」

「えー、それって美味しくないの前提じゃん。」

「違う違う、リナのお弁当、ほんとに楽しみなんだよ。ピクニックよりもな」

「えー、それって桜よりも豚汁っていうのとおんなじやーん。」

と言われ

「あれ?ほんまやな。」

とちょっとおかしくなった。すると、リナは

「もうー、しょうがないなー、ならお楽しみに。」

と言ったので

「ヨッシャー。」

とガッツポーズをしてしまっていた。ちょっと恥ずかしかった。そういえば前にリナの料理食べたような・・・?と思ったがすぐに気が付いた。

そうだ、前に見た夢だった。そうだ、何故だか分らないがあの美味かった牛すじ煮だ。いや、実際には食べていないのだからホントに美味いかどうかは分らないが・・・何故ならあれは夢なのだから・・・。


その後、週末は天気が悪く雨の日が続き楽しみにしていたピクニックの予定が流れてしまっていた。残念だが自然には逆らえないと週末晴れるのを待っていた。平日休みを取ってもよかったのだがその時期たまたま忙しい時期も重なってリナに会う時間が取れなかった。

しかし、たまたま運命のいたずらか週間天気予報が一日早まって週末に晴れマークを見つけ、すかさずリナに連絡してその晴れマークの日にピクニックしようと計画した。

その日は予報通り少し曇っていたが晴れていた。天気予報ありがとう、って天気予報士に感謝した。僕はいつも通り相棒プジョーでリナを迎えに行き夜景が綺麗に見える小高い丘を昼間に向かった。すると、リナが

「ここから歩いて登ろうよ、せっかくのピクニックなんだから。」

と言ったので僕は、

「ピクニックって外でご飯食べることじゃないの?」

と聞くと

「ピクニックとハイキング一緒にしたら二倍楽しめるでしょ?」

と言われ僕は、なるほど、確かに折角ならイベントは多い方が楽しいわなと思った。ほんとポジティブなんだな、と感心して僕はその提案に乗ってプジョーを駐車場に停め二人で軽い山登りをした。いや、ハイキングです。リナを見ると荷物を持っていたので

「持ってあげるよ」

と言うと

「いい、大丈夫」

と言うのでしばらく歩いていたが、リナが

「遼―、やっぱりちょっと持ってくれる?」と言うので

「だから持つって言ってるやん」

と言うと

「だって、これは持って上がりたかったんだもん」

と言った。僕は荷物を受け取ると思ってたよりも重かった。これはしんどかったやろなっと思ってこっそりカバンの中を見ると白い皿が見えた。僕は

「えっ、皿?」

と心の中で思ったが言葉には出さずに途中途中リナの顔を見ながら山頂を目指しながら歩いた。山頂に近づいたところにベンチがあったのでリナに

「少し座るか?」

と聞くと

「うん、ちょっと休もうか」

とベンチに座ると

「ここで食べる?」

と言うとリナはすぐに

「ダメ!ちゃんと一番景色のいいところで食べたほうが美味しいでしょ、せっかくなんだからね。」

と僕の顔を見てニコリと笑った。そんな笑顔を見せられたら仕方ないなと思ったのと同時にどっちが年上なんだか、と情けなくなった。

少し休んでベンチを立ち上がり再び山頂に向かって歩き出した。しばらくするとだんだん視界が広がっていき、目的の山頂が見えてきた。僕は

「あそこかー」

と言うと

「あ、ほんとだー、あれだね。やっと着いたー。」

とリナが走って行った。車だとあっという間だが歩くと結構あるんだなと改めて思った。見晴らし台からの景色は夜とは違い空が青くとても広く感じた。また、少し風があり心地よかった。

「気持ちいいなー。」

と僕は景色を見ながらリナに言うと

「ほんとー、気持ちいいー。」

と満足そうだった。

「さあ、食べようか。」

と言うと

「もうー、我慢できない人だねー、ま、リナもお腹減ったし」

とリナは僕が持っていたカバンを僕の手から奪い屋根のあるテーブル席に向かって

「あそこで食べようよ。」

と僕の手を引っ張った。テーブルにカバンを置いてリナが準備をしている間、僕はベンチに座ってリナを見ていた。僕は、あ、サンドイッチだとカバンから出てきたものを見て思った。リナは水筒を取り出し

「アイスティー持ってきたけど先に飲む?」と聞かれ

「うん、飲む飲む。」

とコップを持つと水筒からアイスティーをついでくれた。冷たくて美味しかった。

「生き返るー」

「大げさなんだからー」

とちょっとリナは呆れ顔だった。

「準備できたよ、どうぞ。リナスペシャルサンドイッチです」

と前に出されて見たらたまごサンドとハムとチーズのサンドイッチとポテトサラダのサンドイッチだった。僕はコイツすげーと思った。何で分ったんだろって思った。僕は定番のたまごサンドも好きだがポテサラのサンドイッチが一番好きなのである。

僕はつい

「なんでわかったん?」

と素直に聞いていた。

リナはキョトンとして

「ん?何が?」

と何を聞かれたのかわからない表情で答えていた。僕もそれを察知して

「俺、ポテトサラダ大好きなんだ」

と答えると

「ほんとにー?実はー」

と別のタッパーを出した。

「余ったから持ってきたの」

とタッパーを開けるとまさにポテトサラダだった。僕はいやいやポテサラサンドにポテトサラダないやろ?とは思ったが、まず第一にそもそも美味しいかどうかはまだ分らないのでとりあえずまずポテトサラダを食べてみることにした。

「なら、いただくね。いただきまーす。」

と一口食べてみた。

「美味い」

と素直に言葉に出た。僕はちょっとコショーの効いたポテトサラダが好きだった。まさに、今、口にしたものだった。

「なんでわかった?」

また同じ言葉で聞いてしまっていた。

「ん?美味しくなかった?」

「いや、逆。めちゃくちゃ俺の大好きな味。何で分ったん?」

と言うと

「よかったー。でもたまたまだよ。リナ味見してないから」

と言った。

「えっ、味見してないの?」

と聞くと

「へへっ」

って笑った。

「味見くらいしなよ」

と僕もちょっと呆れながら笑った。と笑いながら、あれ?この会話前にもあってよな?って思いながらいた。

また夢の話だと思い困惑した。そんな話をしてもリナにバカにされると思い言わなかった。リナの作ってくれたサンドイッチはどれも美味しかった。味見しないでよく人に出せるなってちょっと思ったがそれが美味しいのであれば文句を言うのは筋違いだ。もしかしたらリナはすごい人なのかもしれない。と素直にそう思った。

「あー、美味かった。次は何作ってくれるん?」

と聞くと

「何がいい?てか、遼もたまには作ってよね。あ、もしかして料理作ったことないとか?だったりする?」

「あるよ。てか、大体自分で作ってるよ。」

と答えると

「え、自分で?お母さんは?」

「あ、俺まだ言ってなかったっけ?今は俺、部屋借りて一人で暮らしてるんだよ。もう一年くらいになるかな。」

と、そういえばまだリナに言ってなかったなと思ったが聞かれてもなかったし自分から言うのも何かタイミングがなく言えずにいた。

「えっー、聞いてないしー」

「あは、言ってないしー。」

と突っ込むとリナは頬を膨らませて怒った。

「なんで言ってくれないの?」

と悲しそうな声で聞かれ、僕は慌てて

「ごめん、ワザとじゃないよ。ただ言うタイミングがなかっただけだよ。ごめんごめん。」

と謝った。しばらく黙っていたリナが

「うちらまだ全然お互いの事知らないね・・・。」

と言われ、確かにそうだと思った。友達なら何だけど僕らは付き合ってるのに全然お互いの事を知らなかった。どこかまだお互いに気を使っていて何か遠慮しているような感じだった。でも、お互いが好きで大事に思ってるのは間違いない。少なくとも僕は間違いなくリナを好きで大事に思っている。それは確実である。

「なあ、リナ。」

と僕はリナに話しかけた

「俺、リナの事もっと知りたい。」

と言うと

「リナも遼の事もっともっと知りたい。」

と言って僕を見た。僕は

「うん、リナに俺の事もっと、もーっと知ってもらいたい」

と言うとリナは顔一杯の笑顔になり

「遼の事、教えて」

とリナに聞かれ僕は思いつく限り自分の事をリナに話した。話を聞いている途中途中でリナの情報も話してくれたので話も盛り上がったし少しづつだがお互いの事を知ることができた。だが、さすがに全てを話すのも無理だし聞くのも難しいので僕はリナに

「なんかあったら何でも聞いていいよ。全然まだ言い切れないこと沢山あると思うから。」と言うと

「遼もね」

と言ってくれた。僕は嬉しくなった。

「ねぇ、遼」

とリナが

「今度遼のとこ行っていい?」

と言われ

「もちろんいいよ。なんなら今から行く?」と言うと

「えーっ、行きたいけど今日はやめとくー。」と言われちょっと拍子抜けしたが全然掃除もしてないし片づけてもないので内心よかったと思った。折角ならもうちょっと綺麗にしてから来てもらった方が。

「でも、嬉しい。」

とリナは僕の胸におでこを付けた。そして僕の顔を見上げて笑った。僕はリナが笑顔になってくれて嬉しかった。その日はリナの言う通りリナを送って帰った。

僕は自分の部屋へ戻ると何故だか掃除と片づけを始めた。今日リナが来るはずもないのに。完璧ではないがそこそこ片付いたところでシャワーを浴び缶ビールを開けた。ビールを呑みながら今日のリナとの時間と話を思い出していた。僕が小学校のころからずっと野球をしていると話した時リナは中学でバスケットボールの部活に入っていたが高校では帰宅部で短大では服飾系の短大で料理サークルに入っていたらしいがあまり出席率は高くなかったらしい。スィーツの時だけ食べに行っていたという。てか、作ってないんかよ、と、その時は突っ込んだ。と同時に僕は高卒だからリナの方が学歴高いんだってちょっと負けた気がした。二人とも音楽は好きだったが二人ともコンサートやらライブには行ったことがないということ。今度一緒に行こうと約束したこと。映画の趣味はリナはホラー映画が好きらしく僕はそれを聞いたとき、うわーマジかよ。と思った。僕はお化け屋敷もできれば避けるくらいそういう系は苦手だった。僕はどっちかと言うと本来女子が好きであろうラブストーリーとか感動作とかが好きだった。ちょっとリナとは映画の趣味は合わないな、映画は行かない方がいいかな、と思った。まだまだ二人の間に知らないことが沢山あるはずだ。いきなり全部を詰め込もうとしても無理だし一夜漬けのテスト勉強みたいなことをしても仕方ない。やっぱりこういうことは少しづつ分っていった方が楽しいし盛り上がるし絆が強まる。でも、さっきまでの僕たちはお互いの事を知らな過ぎたからちょっと帳尻合わせして、やっとスタートラインって感じかな。たまにはゆっくりそういう時間作った方がいいなと思った。

今日はぐっすり寝れそうだ。リナもちゃんと寝れるかな?と考えながらいつしか眠りに落ちていた。

翌朝、目が覚めるとスマホにリナからLINEが入っていた。

「次の週末、バイト終わってから遼のとこ行っていいかなー?」

とあった。僕は昨夜寝てしまってすぐに返事返せなかったことを詫びて

「週末、オッケーです。バイト終わるころに迎えに行くわ。」

と返すとすぐに

「えー、迎えに来てくれるの?なんか悪いなー、でも遼のとこわかんないから甘えちゃう。また連絡するー。」

と来た。

僕は、部屋を見渡してまたちょっと片づけた。時計を見ると仕事に出かける時間だったので帰ってきてからやろうと家を出た。会社までの道すがら僕は、リナがバイト終わるのが22時だからご飯じゃないな、いや、そういえばリナはバイト前にご飯食べて行ってるんかな?迎えには車で行った方がいいのかな?電車で行って自分もどこかで呑みながら待ってようか?22時から来るってことは日付が変わるくらいまでいるのかな?あ、それだと帰れないか。ん?ってことは泊まり?俺の家でお泊り?と思ったら帰ったらちゃんと掃除しとこうと改めて決めた。それにしても、どれをどこまでリナに確認していいんだろう?こういうのって聞いていいのかな?と頭を巡らせながら会社まで行った。

当然仕事中も考えたが何とかミスなく仕事をこなせることができてよかった。仕事が終わり帰りに週末のために少し買い物をして帰った。家に帰り僕はすぐに掃除機をかけ、出しっぱなしの洗濯物を片づけ台所の洗い物を片づけた。少し綺麗になったかな?と思いながら缶ビールを開けて一気に呑んだ。

「あー、落ち着いたー」、

かなりやり切った感一杯でソファーに腰かけた。なんか静かだなと思って音楽プレーヤーをシャッフルにして流した。ヒルクライムの「大丈夫」が一曲目だった。僕の好きな曲の一つだった。すげーな、こいつ、何で分ったんだと音楽プレーヤーに褒めていた。二曲目はバックナンバーの「花束」だった。僕は、こいつホンマにすげーなって思った。なんで俺の好きな曲が分るんだ?ヤバい、こいつリナより俺の事分ってるんじゃないか?とちょっと怖くなってプレーヤーを停止した。そんな訳ないけどそんな気がした。なんか見透かされているようで怖かった。まぁ、自分の好きな曲ばかり入れてるんだから当たり前か、でも、中にはそんなに好きじゃないのもあるはずだ。考えるとぼぼ好きな曲ならシャッフルにすると高確率でそういう曲になる訳だ。僕は、なぁーんだそうだわな。と勘違いを反省した。

 そして、リナと約束した当日になり僕は車で迎えに行くことにした。ちょっと早めだったがゆっくり行けばいい時間だろうと思ったがさすがに早すぎたみたいだ。30分以上約束の時間より早く着いてしまった。着いてしまったものは仕方がない。僕は車を停めてとりあえずリナのバイト先の居酒屋さんへ向かった。その居酒屋さんはこのエリアでは有名な居酒屋さんで僕も何度か訪れたことがある。勿論リナがバイトで入っている期間には利用したことはない。少し歩くとその居酒屋さんの赤ちょうちんが見えてきた。店の前に来た時ちょうど店から出てくるお客さんが扉を開けたので開いた隙間から中の様子を覗うと奥にリナの顔が見えた。丁度お客さんのオーダーを伺ってるようだった。僕は

「お、ちゃんと仕事してるじゃん。」

と一人でニヤついていた。まだ時間があるので近くのカフェでコーヒーでも飲みながら待つことにした。リナの居酒屋の中で待とうかとも思ったが、逆の立場で考えると僕なら恥ずかしく普段通りにできない気がしたので迷惑をかけないように他のお店で待つことにしたのだった。コーヒーを飲みながら一応リナにLINEを入れておいた。入れ違いにならないためだ。コーヒーを飲み終え、店を出た。今度はすぐなのでゆっくりめに行動した。店の前にリナが待っていた。リナは僕を見つけると

「遼―っ、」

と僕に向かって笑って手を振った。僕は嬉しかったが、リナのバイト先の前なので従業員やお客さんに見られたら恥ずかしいでしょ、と思いながら手を振り返してリナに近づいた。リナも近づいてきたと思ったら急にスピードを上げて僕に抱きつき

「ほんとに迎えに来てくれてありがとう。」

と言った。

「えっ、来ないって思たの?」

と言うと

「ううん、でも、遼の顔を見たら嬉しくなって走ってた。」

と笑った。

「来ないわけないやろ、約束したし楽しみにしてたし。」

と言うと

「ほんと?ありがとー。あー、疲れたー、おんぶー。」

と急に甘えてきたので

「なんでやねん。さ、いくぞ。」

と照れ隠しで突き放すと

「えーっ、おんぶ、おんぶ」

とまだ言っているので僕はリナの腰のあたりをくすぐってやるとケラケラ笑い

「もうー」

とやっと歩き出し僕の腕に絡ませ一緒に車まで歩いた。

車まで行く間にご飯食べたか聞くとちょっと食べたけどちょっとお腹減ったかもって言うんで車で帰る道すがら少し買い物して行こうということになった。さすがにスーパーはやっていないのでコンビニでいいかってことで通りにあったコンビニに入った。僕は買い物かごを取り、リナに食べたいもの呑みたいものなんでも入れていいよ。と言うとリナは僕にも何食べる?つまみ?何呑む?と聞いてきたので、じゃあ、今日はワインでも呑んじゃおっか?と言うと、最初はビールがいいとリナが言うので、ならビール呑んでからワインな。と言ってワインを選んでいたが全然わからないので適当に赤ワインをカゴに入れチーズをいくつか選んだ。リナはカップアイスを二個持ってきて

「遼、アイス好き?」

とバニラと抹茶のアイスを持ってきた。

「いいねー、バニラも抹茶も好き。」

「じゃあ、じゃんけんね。」

と僕にグーを見せた。あっ、こいつ絶対グー出すなって思った。

買い物を終えて再び車に乗って僕のアパートに着いた。

「へぇー、ここなんだ。結構綺麗じゃん。」

とリナが言ったので、何で上目線なんだよって思ったが心に閉まった。部屋に入ると

「お邪魔しまーす、あれー、中も片付いてるー。もしかして、リナが来るから片づけたなー」

と言うので

「そりゃあ、片づけるわ。一応、お客さんやからな。家族以外でここに入るのはリナが初めてかな。」

「それは光栄です。入れてくれてありがとうね。」

「苦しゅうない。」

「お代官様か。」

とリナが突っ込んだ。こういう言葉のやり取りの感じが僕は好きだった。

「バイトで汗かいたろ?シャワー浴びてきなよ。その間にワイン冷やしとくから。」

と言うと

「そうさせてもらおうかなー。あ、覗かないでよ。」

「覗くか。」

と強がったがちょっと見てみたい気もした。僕は、バスタオルと軽い着替えを用意してあげた。着替えと言ってもTシャツとショートパンツだが。リナがシャワーを浴びている間に僕はワインを冷蔵庫に入れ、簡単な食事、と言っても正確にはツマミと言うやつだが。買ってきたチーズを皿に並べ同じ皿にトマトをスライスして並べた。リナを迎えに行く前に処理しておいたセロリスティックを氷水の入ったグラスに入れて小皿にマヨネーズを出した。セロリが好きかどうか聞いていなかったが、これは完全に僕の好みである。子供の頃には食べれなかったが大人になってから、いや、お酒を呑むようになってからか、好きになった。いいツマミである。

リナがシャワーから上がったようだ。脱衣所から鼻歌が聞こえる。それを聞いて僕も、あっ、音楽でも流そうかって思い音楽プレーヤーをシャッフルにして流した。一曲目は何かな?と思っていると一曲目はDragon AshのGrateful Daysが流れてきた。僕は、懐かしーと思って聴いているとリナが頭にタオルを巻いて出てきた。

「あっ、これ知ってるー、リナの中学か高校時代だー、これ好きだったんだよねー。」と鼻歌はGrateful Daysに変わっていた。

「遼も浴びる?シャワー?」と聞くと同時にテーブルの料理に気がつき、

「えー、何これー、オシャレー、てか美味しそうー」

「俺はさっき浴びたからいいよ。」

「じゃなくて、これ、遼が作ったの?」

「作ったってほどじゃないよ。並べただけ」

「意外―、すごいね、遼」

「そんなことないよ、あ、セロリ嫌い?今更やけど。」

「んー、あんまり食べたことないけど食べてみたい。」

「なら、座って。とりあえずビールで乾杯だ。」

と言うとリナは素直に座り僕は缶ビールを開けてリナに渡した。

「じゃあ、乾杯だ。」

「何に乾杯?」

「んー、初めてリナがこの部屋に来てくれたことに」

と言うとリナは嬉しそうに

「ありがと。」

と言って、乾杯をした。

「食べてみて良い?」

とセロリスティックを指さした。僕は

「いいよ。マヨネーズつけて食べてみ。案外いけるよ。」

と言うとリナはセロリスティックを取りマヨネーズをつけて口に入れた。シャキっといい音がした。

「あっ、美味しいかもー。リナ、大人になったんかもー。」

とケラケラ喜んだ。自分が好きなものを好きと言ってくれるのはなんか嬉しいものである。ビールの後、ワインを呑みながらリナはいっぱい食べてくれた。お酒の力もあり、いっぱい食べていっぱい話をした。新しいお互いの知らない情報も少しづつ解消されていた。

ふと気がついて時計を見ると午前1時を過ぎていた。僕はもっと早く聞かなきゃと思っていたが楽し過ぎて忘れてしまっていた。

「リナ、今日泊まっていく?」

と僕なりに自然を装い聞いてみた。

「ホント!もうこんな時間なんだ。まあ、来たのも遅かったもんね。」

と舌を出した。

「泊まってもいい?」

とちょっと小さい声で聞いてきた。僕はもちろん

「いいよ、でも布団一組しかないけどそれでも良ければ。」

と言うと

「布団、久しぶりー。」

と何故だか違うところで喜んでいた。

「なら、もう少し呑もうか?」

とまた楽しい時間を過ごした。しばらくするとリナがウトウトしだしたのでテーブルを片づけ、布団を敷いた。敷いたとたんリナは布団に潜り込んだ。僕は疲れてたんだなと思い軽く片付けて電気を消した。僕らはその夜、一つになった。朝起きると裸のリナが寝ていた。しばらくリナの寝顔を見ていたが、視線に気づいたらしくこちらに体を向けて目を開けた。

「おはよう」

「おはよう、よく眠れた?」

「うん、グッスリ。」

と満足気だった。チラリと布団の隙間からリナの胸が見えた。自然と僕はそこに目を向けると昨夜は暗かったのでよく見えなかったが明るいところで見るととても白く小ぶりだがとても綺麗だった。たぶん、見惚れていたのだろう。リナが僕の視線の先に気づき、

「もうー、エッチー。巨乳でしょう?」

と言うので

「背中かと思ったよ。」

と言うと

「もうー、好きなくせにー」

と、正直に言葉にできない自分の事が嫌になった。僕はこういう風に接してくれるリナの事をホントに憎めないやつだな。と改めて愛おしく思った。僕は寝ているリナの肩を抱きキスをした。そして、

「好きだよ、リナ。」

と言った。

「リナも大好き、大―好き、遼。」

と僕らはしばらく抱き合った。

 二人ともお腹が減ったのでリナが

「なんか作るよ」

と言うので

「冷蔵庫あんまり何もないかも?」

と言うと

「任せて」

と言ってキッチンに向かって行った。

「なら、俺はコーヒー淹れるよ。」

最近、豆から淹れるコーヒーメーカーを買ったので毎朝それで飲むコーヒーが楽しみだった。ただ、未だにどの豆が美味しいのか分らないでいるが。

リナは何やらテキパキと動いている。僕はただコーヒーメーカーの前でドリップしているコーヒーを眺めていると

「トーストでいい?」

と聞かれ

「うん、トーストしかないやろ。今からご飯炊くと餓死しちゃうよ。」

と言うと

「しないしー。」

とまたケラケラと笑った。コーヒーを淹れ終わり僕はカップを二つ持ってテーブルに持って行った。コーヒーに一口つけながらリナの後姿を見ていた。するとオーブントースターから

「チン」

と聞こえ、トーストを取り出しカットしたなと思ったらもう皿に盛られたサラダとスクランブルエッグ、ウインナー二本が盛られたものを持ってテーブルに持ってきた。僕は

「早っ」

とビックリして言うと

「遼に餓死してほしくないから」

とまたケラケラと笑った。そして、テーブルにトーストも揃い準備が整った。

「リナ、手際いいな。ホテルのモーニングみたいやん」

と言うと

「それ、褒めてる?」

と聞かれ

「もちろん褒めてるよ。ん?変?」

と聞くと

「味見してないけど、食べてみて」

と言った。僕は、ん?味見してない?またどこかで聞いた気がしながら

「なら、いただきます。」

と言うとリナも

「いただきます」

と言って食べ始めた。メニュー的にはシンプルだが美味しかった。しかも、味見してないし・・・。

「美味いよ。何か健康的な感じ。」

と言うと

「健康的?もしかして、もっとガッツリの方がよかった?フレンチトーストとか?」

「いやいや、単純に美味しかったってこと。フレンチトーストも好きだけどね。」

「なら、今度フレンチトースト作るね。牛乳なかったから今度来るときに買ってくるね。」

と聞き、あっ、牛乳いるんや。と初めて知った。

「昨日、アイス食べるの忘れてたね。」

と言われ、そういえば忘れてたなって思い

「食後に食べる?」

と聞くと

「うん、食べよう、遼はバニラと抹茶どっちがいい?」

と聞くので

「あれ?昨日はジャンケンだって言ってたよ。」

と言うと、リナはニヤリと笑いグーを作った。僕は、やっぱりこいつはグーを出すなって確信した。

「勝ったな」

と思いジャンケンをした。僕の予想通りリナはグーを出し僕はパーを出し見事僕は勝った。ジャンケンに勝ったがバニラと抹茶どっちを選ぶかは決めていなかった。どっちも好きだからである。僕が悩んでいるとリナがバニラを取って蓋を取って食べようとした。僕は

「あっ」

と言うとリナが

「バニラにする?」

と聞かれ

「抹茶にする。」

と答えると

「悩みすぎー」

と言ってバニラをスプーンで一すくいして僕の口に入れた。

「美味しい?」

「うん、美味しい。」

と子供の受け答えのようだなと感じながら答え、僕も抹茶を同じようにリナにスプーン一すくい口に入れた。

僕は、今度、リナに合鍵を渡す約束をした。


 それからの僕らは、週末に限らず会うようになった。平日に僕が仕事から帰ってくるとリナが晩飯を用意していてくれていたり、僕のいない間に部屋の掃除や洗濯なんかもしてくれていたようだ。世間でいう半同棲とはこういうことを言うのだろうか。僕はリナとの時間が好きだし、いつしかリナがいるのが当たり前になっていた。僕は幸せだった。あまりにも幸せすぎて大事なことがすっかり頭から抜けていたことに全然気づいていなかった。

 

 ある朝、目覚めると隣にリナが寝ていた。何気なくリナにくっつくとリナの体が熱くなっていた。僕はリナのおでこに手を当てるとやっぱり熱があるようだ。よく見ると結構寝汗をかいている。

「リナ」

と呼びかけたが、しんどいのか

「んー、んー」

という感じのリアクションしか返ってこない。

「リナ、大丈夫か?熱あるみたいやぞ。ちょっと熱測ろう。」

とリナの反応も聞かず体温計を取り出してリナの脇に入れた。しばらくして呼び出しのアラーム音がしたのでリナの脇から体温計を取ると、38.2℃と表示されていた。僕は

「リナ、8℃超えてるぞ。ちょっと着替えよう。」

と返事も聞かず着替えを準備し寝ているリナを着替えさせた。そして、おでこに冷やしたタオルを乗っけた。

「ちょっと落ち着いたら病院行こうな。」

とリナに言い、熱が下がるようにタオルを交換した。僕は会社に電話し、今日休ませてもらえるか連絡をしたが昼から大事な会議が入っていたのを思い出し、昼から出社すると伝えた。

何度かタオルを交換していると、リナが目を開けた。

「リナ、少しは楽になった?」

と聞くと

「うん、少し。ありがと、遼。」

とやっとちゃんと喋ってくれた。もう一度熱を測ると38.1℃だった。あんまり変わってなかったが

「病院行けるか?」

と聞くと

「すっぴんやし。」

と言うので

「いつもほぼすっぴんやんけ。」

と言うとちょっと笑った。僕は着替えさせてリナを車に乗せ病院へ向かった。病院と言っても大きい病院だとかなり待たされるので僕が行きつけにしている町医者に連れて行った。患者さんは少しいたが思っていたよりも早く診てもらえたので安心した。注射をうってもらい薬の処方箋をもらい近くの処方箋薬局で薬をもらい家に戻った。部屋に戻るとリナがすぐ布団に横になろうとしたのでまず着替えをさせて寝かせた。

「なんか食べるか?」

と聞くと

「今はいらない」

と言うので、とりあえず冷やしたタオルをリナのおでこに乗せた。食欲はないと言うが一応食べたくなったらすぐに食べれるように胃に優しいおかゆを作り、僕もおかゆを食べた。寝込んでるリナを置いて行くのは心配だったが会社に行く準備をしてリナに

「リナ、おかゆ作ったから少しでもあとで食べなよ。俺、ちょっと仕事行ってくるから。すぐ帰ってくるから。」

と言うと

「うん、ありがと。いってらっしゃーい。」

と寝ながら手を振った。僕は後ろ髪をひかれながら会社に向かった。会議は無難にこなせたが頭にはリナの事が心配で仕方なかった。仕事が終わると僕は大急ぎで家に帰った。家のドアを開けると部屋は電気が点いていなく薄暗かった。僕は

「リナー、ただいまー、生きてる?」

と確認もせず入って行くと奥から

「生きてるよー。」

と返事が来た。電気を点けて奥に目をやると布団の中からリナが僕を見ていた。僕はリナの顔を見て安心した。朝よりも少し元気に見えたからだ。

「よかった、少しは良くなったみたいやな。」

「うん、お腹減ったー。」

と僕はキッチンを見た、おかゆの器がまだ出たときのままだった。

「何だ、おかゆ食べてないやん。そりゃあ、腹減るわな。」

「うん、ごめん、せっかく作ってくれたのに起きるのしんどくてー」

「でも、食欲出てきたってことは良くなった証拠だ。」

と言って僕はキッチンに向かった。朝から何も食べてないリナにできるだけ胃に重くないものをと思ったが僕にはおかゆしか思い浮かばずとりあえずおかゆを作る準備をして

「おかゆ作るけど他に食べたいものある?」と聞くと

「だし巻き食べたーい」

「えっ、だし巻き?」

「うん、だし巻き。変?」

「いや、結構重たくないかなーと思って。」

と言うと

「だし巻き食べたーい」

と駄々っ子みたいに言うので

「分った分った、だし巻きね。」

と言うと

「わーい」

と喜んだ。で、僕は、おかゆとだし巻きをリナのとこに運んであげた。

「まずはおかゆから食べろよ、胃がビックリしたら困るから。」

と言うと

「はーぃ」

と言っておかゆを一口食べて

「美味しいー」

と喜んだ。だし巻きはあんまり自信はなかったがリナは

「うめー。」

と言って喜んでくれた。

「食べたらちゃんと薬飲めよ。」

と言うと

「はーい」

と少しトーンを下げて返事をした。今、気がついたけど僕もそういえば味見してなかった。食べたら落ち着いたようで

「お腹いっぱいー、また眠くなってきたー。」と言うので

「薬―」

と言うと

「あー、忘れてた。」

と言ってペロッと舌を出した。薬を飲ませてすぐにまた布団に横になろうとするので

「今日も泊まってく?俺は全然構わないけどお母さん大丈夫?寂しがってるかもしれないから連絡しといたほうがいいんじゃないかなって。何なら俺から連絡しとこうか?」

と言うと

「んー、そうだよねー、今日は帰ろうかなー、遼も疲れてるしね」

「ん?俺は全然大丈夫やよ。」

「やっぱり今日は帰るね。風邪うつしたくないし。」

「うつってたらもうとっくにうつってると思うけどな。」

「風邪って治り際が一番うつりやすいって言ってたよ。」

「まぁ、よく聞くけど・・・。」

「だから、今日は帰るね。で、良かったら送ってくれないかな?」

「送るのは全然構わないけど。」

「やったー。」

と言ってリナは身支度を始めた。僕はちょっと寂しかったが実家でゆっくりした方がゆっくりできるやろと思いリナを車で送って行った。近くの公園でいいというので公園でリナを降ろし

「ありがと、風邪よくなったら連絡するね。」

と言うので僕は

「よくなる前にも連絡しなさい。」

と言うと

「ふふっ、わかったー。」

と言って手を振った。

 それから僕はリナからの連絡を待ちながら数日が経ち、心配しながらも仕事も忙しく、連絡できないでいた。いや、連絡は一応していた。LINEは入れていたが電話まではしていなかった。しかし、LINE入れても返事がないことにしばらく気がついていなかった。気がつかないまま何気なくリナに電話をかけていた。長い呼び出し音の後繋がった。

「もしもし?」

「もしもーし、あ、遼の声だ。風邪やっと治ったよ。」

「えらい時間かかったな。大丈夫やったん?」と聞くと

「うん、大丈夫。と言うかあんまり覚えてないんだよね。」

と言うので

「あれからまた熱出たとか?」

と聞くと

「んー、正直言うと遼に送ってもらったまでは記憶にあるんだけど・・・」

「えっ、あれからもう一週間くらい経つぞ?」

「えっ、そんなに経つんだ?」

「明日、バイトだろ?帰り迎えに行こうか?」

「あっ、忘れてた。お願いしようかな?いい?」

「いいよ。ちゃんと顔見たいし、泊まっていっても。」

「なら、お願いしちゃおうかなー。明日は大丈夫だと思うし。」

「分った、なら迎えに行くよ。もし、体調悪くなって休むとき連絡して。」

「うん、わかった。お願いしまーす。」と、久しぶりにリナの声を聞いてすごく安心した自分がいた。

 次の日、リナから連絡がなかったので、僕は予定通り迎えに出かけた。僕はいつもながら早めに出かけていた。たぶん、これは性格なのだろう。何故か時間前に動く性格なのである。少し時間を潰しながらリナのバイト先の前で待っていると

「お待たせー。」

とリナがニコニコと笑いながら出てきた。

「バイト、遅刻しちゃった。」

って舌を出して笑った。

「体調悪かったん?」

と聞くと

「ううん、いつも通りに出たんだけど歩くの遅くなったみたいでバスに乗り遅れたの。」

と言った。僕は、病明けやから少し体力落ちたんやろくらいに思って

「いいリハビリになったやん。でも、あんまり迷惑かけるなよ。クビになるぞ。」

と言うと

「うん、気を付けるー」

と素直だった。車まで行くと

「今日はどうする?病明けやからすぐ家まで送ろうか?」

と言うと

「もう元気だよ。ちゃんと仕事もできたし。」

「なら、俺んとこ来る?」

「うん、久しぶりに遼のとこ行きたい。」

「了解!」

と言って僕は僕の家に車を走らせた。そして、いつも通り僕らは楽しい時間を過ごした。いや、いつも通り過ごしていたと思っていた。今思うと何か一つ足らないというか何か手際が悪いというか・・・何か少し違和感があったのを思い感じていた自分がいた。


 それからの僕たちは少しづつ一緒にいる時間が減っていった。リナの体調が悪くなることがしばしばあり、次第にリナはあまり自由に家から出れないことが続いたりした。その間はあまり無理させてもいけないので僕も自嘲し、電話かメールで連絡を取っていた。だが、電話していてもリナは分っているのか分っていないのか分らないが同じ話を繰り返すようになった。今までの僕なら

「その話、聞いたし。」

とか言いながらリナに突っ込んでいたところだが、いつしか僕は、初めて聞いた話のように相槌を打つようになっていた。そんな中でも体調のいい時には外に連れ出しドライブしたり体力をつけるためにちょっとしたハイキングしたり公園とか景色の綺麗なところで散歩したりした。行けるかどうか分らないがリナの好きなアーティストのライブのチケットを取りリナに報告するととても喜んでくれた。「ちゃんと行けるように体調管理と体力づくりしときなよ」

と言うとリナは、

「わかったー」、

と顔をくしゃくしゃにした。僕は少しづつでも目標を持たせて元気になってくれたらいいと思っていた。しかし、僕の思いとは逆にリナの体調はあまり良くならなかった。と言うか悪くなっていた。たまに会うと体重もかなり減っていた。話しても、やはり電話と同じように同じ話を繰り返していた。それでも、笑うと僕の好きなリナになった。その日によって体調がいい時悪い時があり、楽しみにしていたライブ当日、ギリギリまでリナの体調が戻るのを待ったが、とても行けるような感じではなかった。本人は行きたがったが、無理させてもっと体調を悪化させたくなかった。座ってならとも思ったが本人がそれを嫌がった。

「一人で座ってるのが恥ずかしいなら俺も一緒に座ってるよ」

と言うと、

「遼と一緒にはしゃぎたい。」

と言うので僕は納得し、リナにも

「また今度取るから今回は止めとこう、今度は行けるようにな、またチケット取るから一緒にはしゃごう。」

と言ってリナを納得させ行けなかったライブのチケットをリナに一枚渡し、

「俺たちの初めてのライブの記念とお守りだ。」

「うん、ごめんね、遼。ホントにごめん。」

とリナは泣いた。僕は何も言えずに抱きしめた。

 それから僕はリナの負担にならないように連絡もできるだけ控えるようになった。無理をさせると余計に負担をかけると思ったからだ。その間、僕は仕事に打ち込んだ。リナの事を考えない日はなかったが、それがリナのためだと・・・。しかし、リナから来るメールからは良くなってる兆しは全く見られなかった。というより逆に悪くなっていると感じた。僕はリナに久しぶりに電話をかけた。

数回呼び出し音が鳴ったが出る兆しがなかったので一度切り再度かけ直したがやはり出なかった。その日はリナからの返信はなかった。翌日の夜、やっとリナからメールが来た。

「家の階段から落ちちゃって打撲?捻挫?したみたい。」と写真付きで送られてきた。写真を見ると赤い痣のついた足の写真だった。僕は話すのがしんどいかも?と思いメールで返事を返した。

「足?大丈夫なんか?ちゃんと病院行ったんか?」

「うん、大丈夫。病院行ったというかお母さんが救急車呼んで(^^;)」

「救急車?」

「うん、なんかちょっと頭も打ったみたいで気を失ってたんだって」

「もしかして、入院してたん?」

「うん、一日だけ」

「言えよー」

「だから、今言った( ´艸`)」

「とりあえず、今は大丈夫なんやな?」

「うん、大丈夫。」

「ならよかった。気をつけろよ、体力思った以上に落ちてるんやから。」

「うん、でもちゃんと歩いてるし電車使わないで自転車で買い物とか行くようにしてるから」、

僕は、それはそれで危ないなと思い、

「買い物とかあるんなら連絡しー、付き合うから」

「ありがとー。」

僕は、このやり取りの中で苛立っていた。全然良くならないリナの体調、危機感を感じているのか感じていないのか分らないリナののほほんとしたとこ、そういうのを分っていながら何もできない自分。たぶん、何より誰よりもリナ自身が一番イラつき、一番不安で、一番どうすればいいか分らなくて苦しんでいるはずなのに。分っているはずなのに、いや、分っていたつもりでいただけかも知らない。たぶん、僕はリナの中の闇を本当の意味で分かっていなかったのだと思う。だからこそ僕は苛立ちリナとの絡みもめんどくさくなっていたのである。

その夜、僕の中のジレンマをかき消すように家で浴びるように酒を呑んだ。そんなことでは消えないのは分っていたが、そうでもしないと自分の不甲斐無さに対して向かい合う自信がなかった。僕はこうして逃げるようにこの後知らない間に眠りについていた。




 目の前に川があり川の両岸には沢山の人が団扇を片手に夜店で買ったたこ焼き等を頬張り笑っている。とても賑やかで独特な雰囲気だ。

「何時から花火?」

と隣にいたリナが夜店で買ったどんどん焼きを食べながら聞いてきた。

「確か20時からかな。その30分前に火流しってのがあるみたいだよ。」

「火流し?」

とリナは不思議そうな顔をしていた。

「とりあえず場所取りしないとな」

と言うと

「そだね、座ろう座ろう。」

と場所を探してしばらく歩くと丁度ガードレールがいい背もたれになるようないい場所を見つけたので、持ってきていた敷物を敷いて二人で座った。

「花火ってワクワクするね。」

とリナは今度はかき氷を食べていた。辺りも少し薄暗くなって川の上流から何かが流れてくるのが見えた。

「遼、あれ何?」

とリナが指をさして聞いた。

「たぶん、あれが火流しっていうやつじゃない?火の点いた灯篭を流してるんだよ」と言いながら僕も初めて見る光景にワクワクしていた。少しずつ少しずつゆっくりゆっくり火が近づいてくる。気がつくと日は完全に暮れていてそのせいか、真っ暗な中に灯篭の火がゆらゆらと浮かび上がり幻想的に見えた。調べてみると火流しというと戦没者の慰霊の意味が一般的であるが、ここの火流しはこの川にかかる橋を作るときに様々な苦労があり材料もなかった時代だったらしく、この地域のご神木と言われる木を使って橋を作ったということでこのご神木の供養のために火流しを行っているということだった。

一番最初の灯篭が僕らの下に着いた頃にはもう川一面が灯篭の火に埋め尽くされていて

「すごーい。すごいよ、遼。綺麗―。」

とリナは目を輝かせていた。僕も返事をしたかったが、ただただ頷いていた。すると、リナが

「なんか、神聖な気持ちになった気がするー。」

今までにこんなに綺麗で幻想的な風景を見たことがなかった。そんな風景をリナと一緒に見られたことを神様に、いや、ここではご神木様に感謝した。

圧倒された光景の後、少しの静けさの後、一つ目の花火が夜空に向かって打ち上げられ、夜空が明るく彩られ、それを見ていた観衆から意図せずとも歓声が上がった。花火も火流しの感動の後なので期待していなかったが、変わり種の花火あり、音楽に合わせての水中花火やらで趣向を凝らした素晴らしいものだった。リナも満足したようで

「すごくよかったね。また来年も遼と来たいなー。」

「うん、来年も絶対二人で来よう。」

「絶対だよー、約束ね。」

とリナは笑った。その瞬間、リナの笑顔が揺れながら消えていった。

僕は目を覚ました。えらく鮮明な夢だった。



 リナからの連絡は忘れたころにポツポツとくるくらいになっていたがメールにせよ電話にせよ僕が寝てしまっている夜中に来るようになっていた。勿論僕は寝てしまっているのでメールにせよ電話にせよ出ることはできなかった。僕からも電話やメールをしていたがその時間は寝ているのか全然メールの返事はなく、電話も出てくれなかった。リナの体調は余程悪いのか完全に昼夜逆転の生活になっているようだった。

僕はどうすればいいのか全然わからなくなっていた。僕は知らず知らずのうちに少しずつ逃げていたのかもしれない。僕らは完全にすれ違っていた。しかし、すれ違っている中でも僕はたびたび夢を見た。もちろんリナの夢だ。夢の中でのリナは元気で、出会ったあの頃のようにいつも可愛く愛おしく素敵な笑顔のリナだった。

 そんな中、朝起きるとリナからメールが入っていた。

 


「遼、ごめん。リナがこんな調子でいっぱい迷惑かけてるよね。このままだとこれからも遼にもっと迷惑かけちゃうと思うのね。だから・・・だから好きな人できたらその人と幸せになって下さい。遼にはもっと元気で可愛い人がいいと思うの。だから、私の事は気にしないでください。リナは遼に出会ってホントに幸せだったよ。だから、他の人にも遼の事を知ってもらいたいの。こんなに優しくていい人過ぎてちょっと心配になるお人好しな素敵な人。幸せになって下さい。

PS 35才になったら一度連絡します。でも、気にしないで下さい。」

 


リナには珍しい長文メールだった。体調悪いのにこれだけの長文を打つのも大変だったやろな。ってメールの内容よりもそっちの方が重く思った。気がつくとメールの内容を何度も読み返していた。僕は何をしているんだろう?何で何もしてあげられないんだろう?何でリナにこんなことを言わせてるんだろう?悲しくなった。自分の不甲斐無さ、無力さ、何よりリナの優しさ。十分わかっていたつもりだった。リナの優しさ、リナの思い、そして、リナの愛情。受け止めてあげられなかったのが誰あろう僕である。

僕は、仕事に出る前にメールを返した。



「リナ、俺の事は気にするな。リナは自分が元気になることだけ考えればいい。俺はリナこそ幸せになってほしいと思ってる。だから、今まで通りメールでも電話でもしてほしい。俺はリナを守るから」



言いたいことを全部打てる時間がなかったので仕事から帰ってから改めてちゃんとメールか電話しようと思って家を出た。

 その日は、ちょうど昨日、この地方で梅雨明けが発表されてちょっと風はスッキリとしていたが気温は高く夏らしく暑い日だった。そういう日に限って仕事は忙しくバタバタだった。朝から仕事の段取りを組み立てる前に突発の仕事が入ったり、なんだかんだで計画通りに仕事が進まない状況であった。落ち着いてコーヒーを飲む時間がないくらいだった。

やっとの思いで仕事が一段落した時、のどがカラカラになっていた。同僚も忙しかったらしく、誰からともなく帰りに一杯やっていこうという雰囲気になり仕事を片づけ同僚と合流し呑みに出かけた。

チェーン店の居酒屋だったがさすがに一杯目のビールは最高に美味かった。仕事で汗をかいたせいか酒のピッチが速くいつもより酔うペースが速かった。一軒で帰ろうと思っていたが流れに付き合ってしまい二軒目のスナックまで行ってしまっていた。僕はこのお店は初めて来たが、同僚によるとママが一人でやっているお店みたいでかなり良心的な料金で呑ませてくれるところらしい。ウイスキーをしこたま頂いたせいか楽しかったのだが途中の記憶が曖昧だ。スナックを出てちょっとフラフラしながら家路についた。

家に着き、僕はシャワーも浴びずに寝てしまったようだ。かなり酔っていたせいか深く眠りにつき夢を見ることはなかった。

翌朝は二度寝してしまったが何とか仕事時間に間に合った、かなり頭が痛かった。完全に二日酔いだ。さすがに同僚たちも何人かは僕と同じくダルそうだった。少し仕事が落ち着き休憩をとっていたところに昨夜一緒に呑んでいた同僚もちょうど休憩をとっていた。

「落ち着いた?」

「おう、ちょっとな」

と僕は答えると

「昨夜はちょっと呑みすぎたな。やっぱ平日にガッツリ呑むとキツイわ」

「確かに。また週末にでも行こう。」

と言うと

「そういえば、リナ・・だっけ?彼女?」

と聞かれ僕は

「えっ?」

と一瞬何を聞かれたのか分らなかった。会社の人間にはまだリナの事を話したことがなかったからだ。

「もしかして昨日の事覚えてない?」

「あ、少し抜けてるかも?なんかあった?」

「やっぱ覚えてないか。昨夜途中からリナ、リナって言って泣いてたぞ、お前。」

と聞いて僕は覚えてないが、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。

「えっ、マジで?」

と聞くと

「おう、マジで」

とワザとゆっくりな口調で答えた。

それを見て僕はやっちまったと確信した。いたたまれなくなって僕は早々に休憩を切り上げ早々に仕事に戻った。

普段乱れないように、あんまり感情を表に出さないでやり過ごすようになっていた。子供の頃に親父をなくしてからだろうか、母子家庭になり、周りからも親父替わりで僕がしっかりしておふくろと妹を支えていかないといけないと何度も言われ知らず知らずにそういう対応が染みついたのだと思う。それがいいことなのか悪いことなのかは分らないが、どこか自分の気持ちや感情に無理をしてきたのはいがめない。そういう感情をある程度溜めてしまって酒の力も借りてスイッチが入り、その時は感情が堰を切ったように溢れ出したのだろう。

確かに僕はリナとどう接していけばいいか、どうすればいいか分らなくなっていた。リナの事は大好きである。リナとの将来の事も考えていたし少し前の元気なリナと一緒にいることが大好きだった。その証拠にその頃の夢をよく見るし、その度に今とのギャップに考え込んでしまう。今のリナはあの頃のリナではなくなっている。だんだん壊れていっているというのが悲しいが現実として認めざるを得ない。

約束してもその時間通り来たことはないし、長期的な計画立てても調整できないでいた。そうなってくると例え近々の予定でも誘えなく自分だけの考えで無理だよなって提案すらしなくなっていた。

気がつくともう何か月も、いや、何年もリアルタイムの電話やメールをしなくなっていた。ちょっと前でいう文通の感じかな。でも、文通なら前の文との会話が成り立つがリナとの時差のあるメールは全然話が噛み合っていなかった。例えば去年のクリスマスに

「メリークリスマス」

ってメールすると、年が明けてから

「あけおめー」

って来たり、リナの誕生日に

「誕生日おめでとー」

って送ったら、何日か後に来た返事が

「もうすぐ連休だね」

って来る。全然何のどの返事なのか分らないやり取りになっていた。その度に僕はどうすればいいか分らなくなっていたたまれなくなるのである。

そういう感じなのでリナとは全然会えていない。会えないのは寂しいが、会って現実を受け止めるのが怖かったのかもしれない。これだけ会わなくても好きでいられて時間だけが過ぎていっている。もしかして僕は夢か幻、妄想と恋をしていたのか?もしかしたら二次元の人と恋をしていたのかも?と思うこともあった。


そんな中、ふと、リナにメールを送ると、すぐにメールの返信音が鳴った。僕は、珍しく返事早いな。と思ったがさすがに早すぎるよなと思いながらメールを開くと自分が送ったメールがそのまま送られ、そのアドレスには送れないとリナのアドレスが表示されていた。僕は、心配になり、すぐにリナに電話をかけた。すると、

「お客さもの都合でなんたらかんたら・・・」と言う感情のない声がスマホの向こうで繰り返されるだけだった。

とうとう電話が繋がらなくなったのである。僕はまだ

「電話代払い忘れたんかな?」と思い、入金されたらまた連絡あるだろうと安直に考えその時は大して考えていなかった。頭ではリナの事を考えながら僕は普段通り仕事をこなし普段通り生活を続けていた。

 ある夜、仕事を終えて20時ごろ家に着くと珍しくスマホが鳴った。リナが体調良かったときは頻繁になっていた着信音もリナが体調を崩すようになってからはほとんどなった記憶がないくらいだった。スマホを見ると画面に公衆電話とあったので僕は出ようかどうしようか迷ったが取りあえず出ることにした。

僕は、恐る恐る

「もしもし?」

と出ると

「遼?」

と小さめの声がした。久しぶりに聞いたリナの声だった。

「リナか?大丈夫か?電話も通じないから心配したんやぞ。」

と言うと

「ごめん、連絡しようと思ってたんだけどね。今、大学病院に入院してて」

「大学病院?どこの?」

「なんかね、お母さんが調べてきて東京の大学病院。」

「えっ、東京?」

「うん、で、携帯代払ってなくて気がついたら使えなくなってたの。」

「いつから入院してんだ?体調は?」

「一か月くらいかな。体調は・・・どうだろ?変わらないけど太ったかも。」

「太るのは全然いいことやけどいつまで入院?」

「えー、ブクブクになってもいいのー?」

リナの精一杯の冗談なのだろうが痛々しかった。

「で、いつまで入院って言われてるん?」

と話を進めた。

「まだわからないの。」

「そっか。でも、久しぶりに声聞いて安心したわ。」

「遼は元気?」

「俺は元気だよ。俺の事は心配しなくていいから、リナは自分が元気になることだけ考えればいいからな」

「ありがとう、また連絡してもいい?」

「当たり前やろ、いつでも連絡してくれればいい。待ってるから」

「うん、ありがとう。おやすみなさい。」

「うん、おやすみ」

と言って電話を切った。

僕はホントにリナの声を聞いて安心した。久しぶりのリナの声、しかも、いつ以来だろう、会話が成り立つ電話に僕はあの頃の元気なリナと同じ感覚を覚えていた。リナは必ず前の元気なリナに戻る。僕は少し諦めかけていた明るい兆しに安堵し、誰もいない部屋で一人グラスに酒を注ぎ乾杯した。




 いつしか月日は過ぎていっていた。雪が解け少しずつ桜の季節が近づいてきたことを知らせるように心地よい風が気持ちよく吹いていた。

リナからはあの病院からの電話以来連絡はなかった。連絡するべきなのはわかっているのだが何かを恐れているのか自分でもどうすればいいのか分らなく迷っているうちにかなり時間が経っていることに気づき、自分でも何してるんだろうと分らなくなっていた。

いつものように自分の部屋で何となく酒を呑んでいた時、何気なく、ふと、自分の好きな本を並べていた本棚に目をやると見慣れない背表紙の薄い本が混ざっていることに気がついた。背表紙には何も書かれていない。いつから置いてあったのだろう?

全然気がつかなかった。気になってその本を手に取ると、表紙になんだかわからないシールが貼ってある。何だろこれ?と思いながら表紙をめくってみた。見たことがある字だった。リナの字だった。そういえば、いつ記憶が曖昧になるか分らなくなるか分らないからお医者さんに日記つけなさいって言われてるって言ってたっけ?と思い出した。ちょっと悪い気はしたが書いてある字を追った。


 200X/2/ⅩⅩ

初めて一人で呑みに行ってみたよ。(大人~)( ´艸`)

緊張したけど隣の人が親切で仲良くなったよ。

そのあと、その人と、あ、その人は遼っていうんだって。カラオケでオール。


 200Ⅹ/2/ⅩⅩ

今日も行ったよ、あのお店。今度は待ち合わせ、遼と。昨日会ったばっかりなのにそんな感じしないって言われた(笑)リナもそうだけど(笑)

そして、告白されたー。ホントにこんなリナでいいのか心配・・・。


 200Ⅹ/2/ⅩⅩ

初デート♡

イタリアンレストランでランチ。美味しかったね。その後、海へドライブしてお昼寝。遼の車、カッコいいね。ヒュー、ヒュー。


 200Ⅹ/3/Ⅹ

行ってみたかったオシャレな居酒屋さん行った。イロイロ話聞いたぁ。お酒の話、性格の話・・・とか。いっぱい話して欲しかったから聞くの楽しいにゃん♪カッコよく見えた(^_-)-☆大人みたいなこと言うから( ´艸`)


 200Ⅹ/3/ⅩⅩ

TSUTAYAでシュリ借りて一緒に観た。遼のお勧めの映画。面白かったよ。


 200Ⅹ/3/ⅩⅩ

オシャレなカクテルバー行った。

プードルのバルーン作ってもらったよ♪わんわん♡


200Ⅹ/3/ⅩⅩ

うどん屋さんでランチ。その後、リサイクルショップとイオン行った。おソロのネックレス買った。遼、ありがと。大切にするね♡


 200Ⅹ/3/ⅩⅩ

本屋さん行ってTSUTAYAで戦場のピアニスト借りて一緒に観た。

遼眠そう・・・zzz。


 200Ⅹ/3/ⅩⅩ

今日はバイトさぼっちゃいました。

店長ごめんね(^^;)

で、遼とボーリング。遼、笑い過ぎー。

ヽ(`Д´)ノプンプン


 200Ⅹ/4/ⅩⅩ

今日は約束してた花見に行った。めちゃくちゃ綺麗。遼、写真撮りまくってた。豚汁うめー。


 200Ⅹ/4/ⅩⅩ

バイトの帰り遼に迎えに来てもらった。空港の駐車場で飛行機見ながら爆睡 ゴォー


200Ⅹ/4/ⅩⅩ

寿司屋さん行ったよ。勿論廻ってるの(笑)

遼、えんがわ好きなんだってー。リナは何食べたっけ?バイ、甘海老、アジ、カニ、トロ、アナゴ、ウニ???満腹ナリー。


 200Ⅹ/4/ⅩⅩ

遼が機嫌悪くて えーん

お家まで送ってもらった。


 200Ⅹ/5/ⅩⅩ

今日はハイキング。サンドイッチ作った。遼全部食べてくれた。(笑)お腹壊さないかな?( ´艸`)ポテサラ好きって言ってた。

てか、一人暮らししてたん知らんし

ヽ(`Д´)ノプンプン


 200Ⅹ/5/ⅩⅩ

バイト終わりに迎えに来てもらって買い出しして初めて遼の家―。ちょっと緊張ドキドキ。そして、初めて遼と一つになった。キャー((ノェ`*)っ))タシタシ


 200Ⅹ/5/ⅩⅩ

旅行会社に行って温泉旅館の予約してきた。

初めて遼と温泉だー。ワクワク


 200Ⅹ/5/ⅩⅩ

初温泉旅行―♪


 200Ⅹ/5/ⅩⅩ

帰り道、超雨ひどくてコワかった(´;ω;`)高速恐怖だー。帰ってきて映画観た。“世界の中心で愛を叫ぶ”チョー感動!えーん


 200Ⅹ/5/ⅩⅩ

遼が倒産市?破産市?みたいなのでヌーブラとプレイボーイのキャミとTシャツ買ってきてプレゼントしてくれた。ホントにありがとう。


200Ⅹ/6/ⅩⅩ

初めてバッテングセンター行った♪。難ちぃーのね(汗)


200Ⅹ/6/ⅩⅩ

今日は・・・病院行ってきました。

バイト終わってから遼に報告したくてとりあえずファミレス行って話そうと思ったんだけどポテト食べてただけで話せなかった・・・


 200Ⅹ/6/ⅩⅩ

久しぶりにホテルでお泊り。

モーニングは和or洋選べるのらー♡

お笑いのDVD見ながら。


 200Ⅹ/6/ⅩⅩ

雑貨屋さん付き合ってもらってピアスGET。一緒に選んでくれてありがちょ(笑)

ランチはうどん。ぶっかけうどんとトロ丼パクパク。ぶっかけって→麺にブッカケ?つゆに麺つける派?

美味しければどちらでもいいのらーぁ(笑)


 200Ⅹ/7/ⅩⅩ

AM9:00~手術。

ぶっちゃけ超不安。。。怖いよぉ。

意識戻ったのは夜中だった。。。


200Ⅹ/7/ⅩⅩ

今日は花火大会。

久しぶりに遼に会えるー(嬉)

あんまり調子良くなかったけど会いたかった。一番いい時にトイレ行きたくなっちゃってごめんね。また遼に迷惑かけちゃったかなm(__)m


 200Ⅹ/7/ⅩⅩ

バイトの帰り、泣きながら遼にTELしながら歩いて帰ったんだ。。。えーん。

かなり落ちてて・・・

ずっと話聞いてくれてありがとぉぅ!!

嬉しかった(涙)


 200Ⅹ/7/ⅩⅩ

ショッピングセンターでスカート買ってくれてありがとう!

雷で停電ばっかで怖かったl涙

でも、なんか面白かったかも(笑)


 200Ⅹ/8/ⅩⅩ

ペットセンターでデート♪

いろいろな子達いて楽しかったネ。

“オカキ”発見!! (オカキはハコフグなんだって。だってオカキにしか見えないモーン。だからオカキ(笑))


 200Ⅹ/8/ⅩⅩ

バイト終わりに店を出たら遼がいてビックリ。


 200Ⅹ/9/ⅩⅩ

“オカキ”見に行った。


 200Ⅹ/10/ⅩⅩ

色々お世話になりました。

ありがとう(^^)/

今度イツ会えるか分らナイけど早く会えるとイイなぁ♪


 僕は愛おしかった。と同時に愕然とした。しかし、何より自分の知らないことがあり過ぎた。何より手術って何?全然知らないんだけど?

なんでも話して欲しかった、何でも。言えなかったのは俺のせいかも・・・俺が察して言える雰囲気を作ってやればよかったのに俺には全然わからなかった。ごめんな、リナ。

短い時間だと思っていたがリナの日記を見て改めて色々な事あったな。文面だけ見ると決していい大人が書く文章とは言えなかったがそれはそれでリナらしいというか何故かほっこりした気持ちにしてくれる温かい文章に。

結局、俺はリナの事を何もわかってやれなかったんだなって深く反省した。



 そんな中、仕事関係の飲み会があり、あまり気が進まなかったが顔出し程度に参加して頃合いを見計らって抜け出し、少し散歩がてら街を歩いているといつの間にかあの店の前に立っていた。あのBARである。考えてみるとリナが体調を悪くしてから全然顔を出していなかった。一番好きな空間、リナと初めて出会った場所。マスターは僕の事を覚えていてくれているのだろうか?

少し迷いながらBARの扉を開けた。中に入ると珍しく他のお客さんは誰もいなかった。僕がこのBARに来るようになってからこういう風景は初めてだった。しかも、お客さんどころかマスターさえも顔が見えない。電気は点いているので店は営業しているはずだが僕の認識できているのはこの空間に今いるのは僕だけの様だ。どうしたんだろ?と思いながらいつも座っていたカウンターの一番右端の席に腰を落ち着けた。すると、店の奥からマスターが出てきて

「いらっしゃいませ。お久しぶりですね。」

とほほ笑んだ。僕は

「ご無沙汰しています。すいません、なかなか来れなくて。」

と少し畏まって答えた。

「お忙しそうですね。」

「あ、はい。い、いや、まあ・・・。それより、珍しいですね、他のお客さんが誰もいないって?」

と聞くと

マスターは何も言わず口角を少し上げ目を細めた。僕は、言わない方がよかったかな?とちょっと気不味かった。ちょっと居たたまれなくなり、煙草に火をつけた。すると、まだオーダーしていないのにマスターが僕の前にコースターを置き、その上にグラスを置いた。

「これは?」

とマスターに聞くと

「ここでお友達ができた時にお出ししたスコッチです。」

と言われ、すぐに走馬灯のようにあの時の事が頭に描かれた。

そうだ、あの時、リナに初めて出会ったあの時、味見と言って僕のグラスを一気に空けたあの時のスコッチか。と思い出し、僕は少し懐かしみながら少し笑っていた。そのスコッチの入ったグラスを見つめながら。

僕はスコッチの入ったグラスを手に取り傾けるとグラスの中で丸く削られた氷がグラスに当たりカランと音がした。その音を楽しみながら一口呑んだ。確かにこの味だ。何か今の僕には特別な味に感じられた。もう一口と思いグラスに口をつけたが何を思ったか残りの酒を一気に呑んでいた。空になったグラスを見てやっぱりリナはバカだなと思い可笑しくなってきた。

「もう一杯もらえますか?」

とマスターに言うと

「かしこまりました」

と言って僕の前のグラスを片づけ次のお酒の準備をしてくれた。

しばらくマスターのお酒を作る小気味良い動作を見ていると僕の前にグラスが置かれた。と同時に僕の隣の席にコースターをセットしグラスを置いたのである。すると

「こちらは私からのサービスです。同じものを」

とマスターは恥ずかしそうに言った。

僕は、マスターの顔を見た後、隣に置かれたグラスを横目で見た時、涙が溢れてきた。前を向けないくらいどんどんどんどん溢れてきて止まらなくなりついにはカウンターテーブルに顔を伏せシャックリあげて泣いていた。

僕は何をしているんだ、今まで何をしていたんだ。俺はリナに言ったじゃないか、死ぬまで一緒にいると。なのに俺は一体何をしているんだ。リナから逃げてるだけじゃないか。リナの辛い時に逃げてるだけじゃないか。俺はやっと気がついた。自分がどんだけバカなのかを。心が決まった。

僕はカウンターテーブルから顔を上げ、マスターの顔を見た。マスターは全てを見透かしたように微笑んだ。僕はテーブルにお金を置き

「マスター、ありがとう。」

と一言言って走り出した。

夜の街を、リナとの約束を守るために。



 部屋に戻りまずリナが入院している東京の病院を調べ電話してみた。すると、もう退院したとのことだった。どこに行ったか?家に戻ったのか?と聞いてみたが患者さんのプライベートの事は答えられないとのことだった。夜も遅かったので夜間窓口の方に電話したので翌日再度病院の方へ電話することにして翌日を待つことにした。全然眠気が来ないので酒を煽った。眠れない。また酒。

知らないうちに寝てしまったようだ。窓のカーテンの隙間から光の線が目に入る。外は明るくなっていた。ちょっとアルコールが残っているせいか頭がボーっとしていた。目覚ましついでにコーヒーを淹れ軽く朝食をとり、病院の受付時間を待った。そろそろいい頃かと電話をしてみる。電話に出たのは女の人の声だった。昨日は年配の男の人の声だったので少し期待して対応してくれるかと思ったがやはり昨夜と同じ返答だった。手がかりがなくなり、僕はリナの家を探した。不覚にも僕はリナの家を知らなかったのだ。今までリナを送ったり迎えに行くのもリナの家の近くの公園の駐車場だったりリナのバイト先のお店の前だったし、あとは大体リナが僕の部屋に来てくれていたからだ。N社の電話帳を調べてもリナのおふくろさんの名前も知らなかったので見当もつかないが取りあえずメモって、僕は取りあえず車でいつもリナを迎えに行っていた公園の駐車場に向かうことにした。

駐車場に車を停め、できる限り歩き回り一軒一軒表札を確認した。が、リナの名字の表札は電話帳に載っている他には無いようだった。4軒見つけそのうち2軒は留守で後の2軒に話を聞いたのだが手がかりになるものはなかった。かなり歩き回ったせいか何も成果が上がらない精神的なものもあってかかなり疲れていたので一度家に戻って考えることにした。家に着き少し横になったが頭の中ではグルグルとあることないこと考えていてあまり休んだ気がしなかった。体のダルさを思いながら次にできることを考えた。ダルさの残る中で考えれたのは留守宅の隣又は周囲の人に話を聞くしかないという結論に至った。

僕は重い体を持ち上げ行動を起こした。

僕は車に乗り込み又あの公園の駐車場に向かった。駐車場に車を停め、まず、二軒のうち一番離れた家から調べてみることにした。一度訪ねたところだったが少し迷いながらなんとか到着した。とりあえず、一度呼び鈴を鳴らしてみた。しかし、前と同様応答はなかった。

そこで、ご近所さんに何か情報はないか聞いてみることにした。まずは隣の家の呼び鈴を鳴らしてみた。しかし、何度呼び鈴を鳴らしても応答がなく生憎留守のようだった。そこで、その隣の家の呼び鈴を鳴らしてみるとドアが開き、中から40代半ばくらいの女性が顔を出した。

「突然すいません。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど。この隣の隣のお宅にリナさんと言う名前の娘さんっていますか?」

「あ、そこのお宅は老夫婦だけで娘さんはいませんよ。今、旅行中で留守だと思いますけど。」

と突然の訪問者にも気さくに答えてくれた。僕は突然の訪問を詫びながらお礼を言ってそのお宅を後にした。

いよいよ最後の手掛かりはあと一軒となってしまった。その一軒が違っていれば又振り出しに戻って探さなければいけなくなる。僕は縋るような思いでその家に向かった。

目的の家、リナの家かもしれない場所に向かう道すがら、角を曲がるたびに清々しい風が僕には感じられた。。何故だかわからないが根拠のないワクワク感を感じている不思議な感じだった。

リナに近づいている、そう思っていた。

そう思いながら歩ているとあと一つ角を曲がると目的の家の辺りまで来ていた。僕は足早にその角を曲がり家の前で止まった。

ふぅーっと大きく息を吐き、僕は目の前の家、リナの家かもしれない呼び鈴を押した。

しかし、願いもむなしく打ち砕かれ応答はなかった。少しショックはあったがそんなに都合よく簡単に見つかるとも思っていなかったのですぐに次の行動に移ることにした。

右隣のお宅の前に移動し呼び鈴を押した。すると、ドアが開く音がしたのでそちらに目をやると

「はーい」

と声がすると同時に女の人の顔が見えた。その女性はわりと短めの髪に軽くパーマがかかっていてなんとなく上品な感じがした。僕は

「こんにちは、突然すいません。あのー、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど大丈夫ですか?」

と聞くと

「え、あ、いいですけど何ですか?」

と、玄関から出てきてくれた。

「実は、ちょっと人を探してまして、お隣さんの家族にリナっていう名前の娘さんはいますか?」と聞くと

「あー、お隣に一人娘さんいらしたと思いますよ。ちょっとお名前まではわかりませんけど。」

と聞き、僕は間違いない。ここがリナの家だと確信した。

「そうですか。二十代前半くらいの娘さんですか?」

と聞くと

「あ、はい、それくらいだと思いますけど」

「そうですか、その人を探してるんですが何度訪ねても留守みたいなんですけどどうされたかご存じありませんか?」

と聞くと

「なんか娘さんの調子がよくないみたいで入院するとかって言ってましたけど、それからは全然見ないですね。たぶんこちらには戻られてないと思いますよ。」

「そうですか、どこの病院に入院されたか聞いていますか?」

「いえ、そこまでは・・・、この辺りは新しい家ばかりであんまりご近所さん付き合いないものでねぇー。」

「そうですか、ありがとうございました。たぶん僕が探している人で間違いないと思います。助かりました。また探してみます。」

と言って一応何かわかったら連絡してもらえるように自分の名前と携帯番号をメモ書きしたものを渡してその家を後にした。

戻りながら僕は考えていた。リナは確かに入院していた。そう、東京の病院だ。しかし電話で問い合わせたがもうすでにいなかった。しかし、隣の人が言っているのを信じるならばそれ以降も家には帰っていない。何故だ?何処へ行った?ほかの病院に転院??それは病状が悪くなったから?それとも逆に良くなったから?いや、後者であれば一時退院っていうこともあるはずだから家にずっと帰らないってことはないのではないか??

などと考えているうちにまたどうすればいいのか分からなくなってきた。


 家に戻ってからも何も手につかず落ち着かないでいた。これから何をすべきかどう進めばいいのか。考えていても何も変わらないので僕は気分を変えるために出かけることにした。

特にどこへ行こうとも考えていなかったが、自然と足はあるところへ向かっていた。そう、あのBARに向かっていた。何故だかマスターが何かヒントかアドバイスをくれて背中を押してくれるような気がした。というか、こちらの勝手だが淡い期待をしていたというのが実際である。マスターが何かを知っているはずもないのに・・・。



BARのドアを開けるとなんだか懐かしいような空気と明るさが僕を迎えてくれた。しかし、何か違和感?みたいな感覚が一瞬僕の歩みを鈍らせた。少し戸惑ったが、僕は構わず中に入りカウンターに向かった。

そして、右手にあるカウンターを目にしたとき、僕は今目にしている光景が呑み込めないでいた。

これは夢なのか?

僕はいつの間にかずっと夢を見ていたのか??

僕の目の前にはリナが立っていた。軽く口角を上げて微笑んでいるリナが目の前にいるのである。それも、カウンター席に座っているわけではなくカウンター内にいてこちらを向いて立っているのである。

その光景を呑み込めないまま僕は何も言えず立ち尽くしていた。すると、カウンター内のリナが

「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

と僕がいつも座っている右端の席を手で示して招き入れてくれた。僕は、戸惑いながら

「あ、はい」

と答えるのがやっとで、とりあえず席にむかい腰を下ろした。店内はそこそこお客さんがいてマスターはテーブル席のお客さんにお酒を運んでいた。僕は席に着き、しばらくの間リナをずっと目で追っていた。たぶん、リナからしたら気持ち悪がられるくらいだったかもしれない。

ハッと正気に戻り、声をかけようとしたその時、リナから

「何吞まれます?」

と聞かれたので

「あっ、じゃあ、バーボンをロックで」

「銘柄は?」

「あ、お任せします」

「ジャックダニエルズでいいですか?」

「はい」

と言うとリナはグラスを用意しようとしたので僕は

「リ・・ナだよね?」

と聞いてみた。すると、リナはビックリしたように

「はい、そうですけど、お客さん、どうして知ってるんですか?」

と聞かれ僕はどういうことか分からず戸惑っていると奥からマスターが出てきてリナと持ち場を変わり僕の前についた。そして、僕に小声で

「忘れちゃってるみたいなんです、ある時間のところがすっぽり。」

と言った。僕はそれを聞き

「ある時間?」

と聞きなおすとマスターが

「はい。今日は遅くまで大丈夫ですか?」と聞かれ僕は

「大丈夫ですけど・・」と答えるとマスターは

「お客さんがいなくなったらゆっくり説明しますね。」

と言って仕事に戻っていった。



 待っている間、リナのことを見ていたが自分の知っているリナと何も変わらない風に思えた。話し方も笑い方も立ち振る舞いも自分の知っているリナとどこも変わっていない。そう思えた。しかし、間違いなく今自分の目の前にいるリナは僕のことを知らないようだった。ということは、マスターの言うリナが忘れてしまっているある時間というのは僕といる時間も含まれているということなのか?

探して探して予想はしていなかったがやっと見つけたのに僕のことを忘れてしまっているって・・・悲しすぎるじゃないか。いったいどうなってるんだ・・・。


少しづつお客さんも減ってきた。

待っている間も吞んでいたが全然酔えなかった。その時間が今の自分には無性に長く感じられた。

そして、いよいよその長い時間も終わりを告げた。最後のお客さんが支払いを済ませ出ていこうとした頃、マスターがやってきた。リナは、店を閉める前の掃除でテーブルを拭いていた。

マスターが僕の前にきて

「お待ちいただいてすいません。」とグラスを磨きながら言った。僕は

「いえ、で、聞かせてください、リナの話」と言うとマスターはゆっくりと話してくれた。

「病気のことはご存知ですよね?」

「脳の萎縮?のことですか?」

「そうです。私にも病気のことはよくわかりませんが、そのことによって色々治療とかもしたみたいなんですが完治とかというよりも症状を抑えるということしかできないらしいです。症状といっても今すぐどうなるとか命に係わるということではないみたいです。でも、少しづつはやはり進むというか、その一つが今の」

「ある時間のところを忘れるということですか?」と咄嗟に聞いた。するとマスターは続けた。

「そうです。ある時間。何故だかあなたと過ごした前後の記憶だけがすっぽりと抜けているんです。正確に言うと十年近くが抜けてしまっているのです。しかし、不思議なことに幼少期のことは鮮明に残っているようで、しかも、普通の人は覚えていない二歳から四歳ぐらいの時期のことを。そのおかげで私のことも覚えていてくれていたんですが」とマスターは恥ずかしそうに笑った。一瞬聞き流しそうになったが、僕は最後の一行の意味が分からず聞き返した。

「え?マスターのことを覚えていた??って言いました? どういうことですか?マスターとはこのお店で初めて会ったんじゃないんですか?僕と一緒に・・・」とちょっと取り乱しながら尻つぼみになっていると

「そうなんです。実は、私とリナは親子なんです。本人は母親に、私は死んだって聞かされていたみたいなんですけど。実は私は事業で失敗しまして大きな借金を抱えてしまいまして家族を巻き込みたくなくて離婚を申し出て了承してもらい姿を消したのです。それがちょうどリナが三才になって少し経った頃です。なのでリナはそれまで記憶になかった私の存在を思い出すことになったんです。不思議なものですね。母親は絶対覚えていないと思い私を死んだことにしたはずなのに病気のせいというかおかげで思い出しちゃったんですからさぞビックリしたと思いますよ。」と聞き僕は

「リナとマスターが親子・・・」とつぶやきのような声を出した。マスターは話を続け

「リナの病気で色々調べてもらっていた頃、ちょうど東京の病院で入院して少ししたくらいですか、リナが急に私の話をし始めたそうです、母親に。その話は離婚する前の三人でご飯を食べたり遊んだりっていうホントに普通の何ともない話だったんですけど、あまりにその話ばかりするリナに少しでも良くなればと思い母親は私に連絡してきたのです。最初に連絡が来たときは私もビックリしましたけど娘が病気と聞いた時には何も考えずにただ助けてやりたいという思いから三人で会うことを提案しました。するとどうでしょう、十年以上振りに会ったリナは私の店にも来ていたリナさんだったのです。私も驚きましたがそれ以上に驚いたことはリナは私をマスターとしての私のことを全く把握していなかったのです。パパとしての私という認識しかなかったのです。」それを聞いて僕は

「それで僕のことも認識していないと?」

「はい、たぶん。高い確率でそうではないかと思いました。」

「確認は?」

「いえ、していません。ですが、断片的にですが海に行って浜辺で眠ったとか山にピクニックに行ったとか何かカッコイイ車に乗ってドライブしたとか、私との思い出ではないものもたまに話すことがあるんです。ただ、残念ですがあなたの名前は出てきませんが・・・曖昧ではありますが間違いなくあなたとの記憶はあるとは思います。私もお店の中でしかあなたのことは知りませんがあなたとリナの関係は分かります。私も色々な人を見てきているのでわかります。自分の娘とは気づきませんでしたが・・・私から見てもいいカップルだなって思ってましたから。」

と聞き、僕は思い出したことがあった。それは、僕が初めてこの店でリナに出会った時のこと、いや、その日店を出て一緒にカラオケへ行き、そこで次の日にまた呑みに行く約束をした時だ。その時確かリナは「確認したいことがある」と言っていたのを思い出した。確認したいこと・・・あの時は特に気にならなかったが、今思うとこのことだったのではないか。リナがどういう経緯で調べたのかはわからないがこの店のマスターが自分の父親だと気づいていたのではないか。死んだと聞かされていた父親のことを生きていると聞き、自分から会いに行った。たぶん自分から名乗りマスターに聞いてみようと思っていたのではないか。実際はそこまではできなかったが。それがあの時に言っていた確認したいことだったのだと僕は思った。と、懐かしいリナの一つの疑問を紐解けて少し暗闇から抜けた気分になった。今思えばあの時にちゃんと聞いていれば今の状況も変わっていたのかもしれない。いや、何も変わっていないかもしれないが・・。リナとの思い出は沢山あるけれどリナのことをわかっているかと言われると分かっていたつもりでいたということなのかもしれない。


 僕とマスターの今のリナの状態についての話が少し落ち着いた時に片づけを終えたリナがマスターの隣に戻ってきた。

「ふぅー、終わったよー」とリナが言った。

「お疲れ様」とマスターがニコリと微笑んで返した。

「あ、こちら遼さん、リナも会ったことあるんだけど覚えてるかな?」といきなり僕の一番気にしているデリケートな質問をマスターはリナにぶつけた。僕はドキドキしながらリナに顔を向け答えを待っていると

「んー、ごめんなさい。なんか会ったことがあるような・・ないような・・」とちょっと困り顔で答えた。ただ、僕は答えを濁してくれたことに少し救われたように感じた。全然覚えてないと言われるのが内心怖かったからである。

「僕はリナさんのこと覚えてますよ。」と平静を装い始めて話しかけた。

「そうなんですね・・ごめんなさい。最近リナ忘れっぽくて」とペロッと舌を出しながら答えた。前はよく見たリナの表情だった。変わってない、表情、仕草、やはり僕の知っているリナだった。ただ一つ僕のことを覚えていないだけだった。

「大丈夫ですよ、僕も忘れっぽいんで。年なのかなー」と言うと

「またまたー、じゃあ、リナも年のせいかー」とおどけて見せた。僕は知らず知らずのうちに自分の顔が笑顔になっていることに気が付いた。なんかこういう感じ、こういう掛け合いを求めていたのだったことに気が付き胸が温かくなった。

「リナさん、この後ちょっとだけカラオケ付き合ってくれませんか?」と、つい言葉が出ていた。言った後、少し後悔した。いきなり誘われても困るよなって思ったからだ。

しかし、リナは、マスターの顔を見てマスターの了解を求めているようだった。

「ちゃんと家まで送りますので安心してください。」と僕が言うとマスターは

「最近全然出かけてもいないからたまには少し羽でも伸ばしてきなさい。でも、体力もちょっと落ちてるから遅くならないようにね。」と言うとリナは手を上げて

「はーい。」とまたおどけた。

「遼さんってカラオケ好きなんですか?」と聞かれ

「好きだよ、そんなに上手じゃないけど。」と答えると

「上手じゃないんだー。」と言われたので

「歌は心やからなー。」と言うと

「演歌か(笑)」と突っ込まれた。僕は

「違うわ」と返していた。前にもよくあったやり取りだった。これをデジャブと言うのだろうか・・。

 デジャブかー、デジャブ、結構じゃないか。僕にとってはデジャブでもリナにとっては新鮮なリアクションなのだ。つまり、リアルなリナなのだ。僕には例えデジャブでも心地よいことに間違いない訳で、毎回リナの新鮮なリナのリアクションに出会えるのである。今は僕のことを憶えていなく前のリナとの色々な思い出は僕だけが覚えている思い出になってしまった。

だとしたらまた作ればいいじゃないか。また始めればいいじゃないか。またあの頃と同じように同じところに行って同じものを食べてまた作ればいい、思い出を。

というか取り戻せばいい。

例えその時のリナのリアクションが前のリアクションと違っていてもそれはそれで新鮮で嬉しく感じるはずだ。

さあ、行こう、リナ。

抜けた時間を取り戻すため、新しい時間を作るために。


 そして、何度自分のことを忘れても何度も何度も出逢おう


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