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ロストメモリー  作者: 島山 平
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藤田剛の記述(6)

 ようやく、ある程度は整理することができた。それらをまとめるために、再び書き込んでいくことにする。現在、七月十日、昼の十一時七分。最後まで書き終える頃には、何時になっていることだろう。それまで、私の体力が持つだろうか。


 六月八日、山岡有紀子によって書かれた内容は、私にとっても衝撃的だった。彼女は、成田賢太郎の容姿のみを好きになり、内面には全く魅力を感じないとハッキリ宣言していたのである。また、成田賢太郎には整形手術を受けた過去があり、それを知った山岡有紀子は、交際に終止符を打った。その中で、私が最も驚いたのは、彼女の本性である。その他の日記とは全く違い、自己愛の激しい、自分のメリットだけを優先するような人物像が浮かび上がってきた。

 六月八日のページが見つかったのは、山岡有紀子のアパートである。破ったページなどではなく、書いたページを印刷したものが発見された。山岡有紀子が書いた六月八日の日記の本物がいったいどこにあるのか、それは特定できていない。おそらくは、成田賢太郎の手によって処分されているはずだ。


 まず、六月八日の日記について、一考する必要がある。山岡有紀子の書いた内容は、一冊目の日記には残されていなかった。これは、誰かが意図的に六月八日の日記が書かれたページを破り取ったということだろう。

 正直、改めて確認してみるまで、ノートの一ページだけが破られているとは気づかなかった。几帳面に破り取ってあったため、わざわざ探さなければ、ページが抜けているとは気づけなかったのだ。また、六月八日に書かれた日記 (成田賢太郎が書いた日記) も、前日の内容を踏まえていて、矛盾が感じられなかった。

 だが、山岡有紀子の部屋から存在するはずのない、日記のコピーが見つかり、事態は大きく変化した。彼女が日記のコピーを取っていた理由はわからない。証拠として残しておきたかったのかもしれない。

 一応、ここで一つ、考えておくべきことがある。彼女の部屋にあったコピーが、偽物である可能性だ。一冊目の日記に書かれていた六月八日 (成田賢太郎によって書かれたもの) が本物 (原本) で、彼女のコピーは後から作成したもの、ということだ。

 だが、山岡有紀子がそんなものを用意するメリットがない。成田賢太郎への悪口を綴ったところで、彼に被害はないように思えるからだ。整形の過去は暴かれたわけだが、成田賢太郎にはそれほど害はない。山岡有紀子を恨んでいる、そう思わせることができるが、そもそもそんなことをするのは、山岡有紀子にうらがある場合だけだ。つまり、その場合、成田賢太郎はシロということになる。山岡有紀子には、何のメリットもないということだ。

 また、彼女が意図的にあの日記を書いた可能性もある。本心とは異なる、悪女のような内容を書いたという可能性だ。だが、私の結論としては、それは真実ではないと考えている。そんなことをするメリットが彼女にはないこと、それに加え、六月八日の日記には成田健太郎の整形の過去についても触れられていたからだ。彼女がそれを偶然思いつくとは考えづらい。となると、成田健太郎から伝えられたと考えるべきだ。つまりあの日の内容は彼女の空想ではなく、本心なのだろう。そして成田健太郎が書いた日記が存在し、その内容が彼女に受け入れられたことを喜ぶものだった。これらの矛盾を踏まえると、やはり山岡有紀子の書いたものこそが、あの日の本当の日記だったと思えて仕方がない。


 では、彼女の書いた六月八日の日記を破ったのは誰か。・・成田賢太郎しか考えられないだろう。


 ここで考えるべきは、そもそも、六月九日の事故の際、日記はどちらが持っていたのかということだ。私は、六月八日の内容 (山岡有紀子が書いた) を踏まえると、成田賢太郎ではないかと考えている。

 以下にその理由を述べる。


 彼から整形に関する内容を伝えられ、おそらく、山岡有紀子は日記を持ったまま帰宅した。ショックで逃げ去ったのかもしれない。その夜 (八日) にあの日記を書き、彼に対して別れを宣言した。翌日 (九日) 、成田賢太郎にその日記を渡し、デートなどせずに帰るつもりだったはずだ。その時点で、彼女は別れを決意していたのだから。

 つまり、六月九日の時点で、交換日記は成田賢太郎が持っていなければならない。そのままタクシーに乗り、偶然事故に遭ったのだろう。タクシーで帰ろうとする山岡有紀子を追い、彼も同乗したと思われる。

 その時点では、なぜフラれたのか、成田賢太郎は理解できなかったはずだ。山岡有紀子が八日に書いた日記を、彼が読んだのはいつか。タクシーの中で日記を読んだのか、事故の後なのか。それは想像するしかないが、少なくとも、彼が新たに日記 (三冊目) を書き始める前であることは確かだ。というのも、山岡有紀子の書いた本音を読み、彼女に復讐することを決意したはずだからだ。


 そして、事故の後、彼はまず何をしたのか。

 山岡有紀子の書いた八日の日記を破り捨て、自分が新たに八日の日記を書き加えた。山岡有紀子に伝えた『秘密』の内容を変え、まるで受け入れてもらえたような振りをして。成田賢太郎の両親が施設育ちなのかどうか、まだ調べられていない。時間がなかったためだ。今日にでも、捜査員が結論に到達するだろう。

 とにかく、このように日記を入れ替えると、どこにも山岡有紀子の本音は登場しなくなる。その後の彼の日記はもちろん、山岡有紀子が書き始めた二冊目にも。二冊目の内容については、成田賢太郎の知るところではなかったはずだが。

 それでも、彼には自分の計画が成功するという自信があった。結果だけを見れば、彼は山岡有紀子を完全に操ることに成功している。

 こうして六月八日の日記を書き換えた成田賢太郎は、その後の行動に移していく。


 ここまで、成田賢太郎が狂者であると決めつけて書いてきた。私はそれを確信しているわけだが、その理由をまとめておくことにする。


 まず、重要となるのは、山岡有紀子が書いた六月八日の日記を成田賢太郎が読んだのか否か、ということだ。それ次第で、この一連の事件及び日記の内容の意味が大きく変化することになる。また、先に述べておきたいのは、成田賢太郎が整形手術を受けたというのは真実である、ということだ。調べた結果、彼が十五歳、つまり高校へ入学する直前に手術を受けていた。彼自身は、そのことを日記の中では明かさなかった。明かす必要がなかったというのと、わざわざ書きたくなかったという理由を推測できた。

 彼の整形が事実だという前提で、ここからの考察に入らなければならない。


 まず、成田賢太郎がその日記を読んだと仮定した場合について考察する。

 彼は、山岡有紀子の本性を知ったはずである。自分に対する愛は、魅力的な外見のみが対象であること。整形の事実を伝えたせいで、彼女から交際を拒否されてしまったという事実を。

 その場合、成田賢太郎はどう考えるのだろう。山岡有紀子を恨むのか。恨みはするものの、彼女への愛は失われなかったのか。実際、彼の書いた三冊目の日記を読むと、彼が山岡有紀子を愛して書いていたと受け取れる。では、たとえ厳しい言葉を浴びせられても、成田賢太郎は、山岡有紀子を愛していたのだろうか。


 次に、彼が六月八日の日記を読んでいない場合。山岡有紀子の正体には気づかず、三冊目の日記の通り、彼女を愛し続けていたことになる。山岡有紀子が記憶を失ってしまったものの、彼は元の関係に戻ることを期待していた。実際にはそんなことは起こらず、途中から直接的な関係は諦め、山岡有紀子を見守る存在になる覚悟をした。

 はたしてそうだろうか。この場合、私は大きな疑問を抱かざるを得ない。

 病室で意識を取り戻した山岡有紀子に対し、彼はなぜ、自分の正体を明かさなかったのか。正直に伝えれば、山岡有紀子との関係を復元できる可能性が高いにも関わらず、だ。

 一応、三冊目の日記を参考にすると、彼女に負担を掛けたくない、元の関係に戻りにくくなってしまうのではないか、といった不安が記述されている。だが、現実的に、山岡有紀子との関係は修復不可能になり、中村修平との交際が始まった。それだけでなく、彼女の母親や中村修平の死という事件が発生し、最後には、山岡有紀子までもが死亡してしまった。こうなる前に、正体を明かすタイミングはいくらでもあったのにも関わらず、である。

 私にはとても、彼が山岡有紀子を見守ることにしたというのは信じられない。これは、三冊目を読んでいる途中から気になっていた点である。


 では、どのように考えればよいのか。

 彼は、山岡有紀子の書いた六月八日の日記を読み、そのページを破り、読まなかったことにしたのか。そうして、自分の心にしまっておくことにしたのか。だが、その場合、記憶を失った山岡有紀子を見守る理由がわからない。彼女から拒否された事実を受け入れ、それでも彼女を心から愛せるものだろうか。

 やはり、それは疑問に感じてならない。

 なぜなら、記憶を失っている山岡有紀子に再び接近すれば、恋は成就するはずだからである。六月八日の日記に山岡有紀子が書いているように、優れた容姿を持った成田賢太郎のことを、山岡有紀子はまがいなりにも好きになったのだ。二冊目の日記を文字通り信じれば、事故により、幸か不幸か、山岡有紀子は成田賢太郎が整形したという過去を知らない (記憶を失ってしまっている) 状態になっている。成田賢太郎が今後その事実を伝えなければ、二人の恋は成就していたはずなのだ。確かに、成田賢太郎は、彼女からの愛情は自分の容姿だけに向いていることは知ってしまっている。それが嫌であれば、山岡有紀子のことを忘れてしまえばいい。見守るなどという、彼女のために自分を犠牲にする必要などなかったはずなのだ。

 だが、成田賢太郎はそうしなかった。日記にあるように、彼女の幸せを願ったのである。ここには、矛盾が生じているように思えて仕方がない。

 では、彼は日記を読んで山岡有紀子の本性を知り、何をしたのか。彼女の幸せを願っているわけではない。だが、実際に、山岡有紀子の周囲に現れている。これはどのような意志によるものなのか。

 答えは単純である。

 成田賢太郎は、山岡有紀子を恨み、復讐しようとしていたのだ。日記 (三冊目) の内容は、我々を騙すためのカムフラージュが目的だった。しかしながら、現時点でこれは仮定にすぎず、この考えに固執するのは危険であるようにも思える。したがって、一度、保留しておくことにする。


 ここからは、山岡有紀子について考察していくことにする。

 彼女に対して考えるべき点は、成田賢太郎に関する記憶を失っているのか否か、ということだ。日記 (二冊目) の中にも、病室へやってきた成田賢太郎を見て、その外見に惹かれている描写がある。このように、二冊目の日記の内容を鵜呑みすれば記憶がないわけだが、私は、安易にそうは信じにくい。文字を読んだだけでは、どこまでが彼女の本心なのか確信が持てないのだ。

 そこで、次のように仮定して考えてみることにする。

 山岡有紀子は成田賢太郎に関する記憶を失っている、と。

 日記に書かれている通り、交際相手だった男のことはわからず、単純に今後の心配をしていたことになる。お見舞いにきてくれた中村修平に恋をし、退院してからも関係は続いた。彼女の実家のある静岡まで二人で向かい、母親である山岡杏子との顔合わせを予定していた。実際、二人が共に静岡へ行ったのは事実であった。同日、彼女は母親である山岡杏子が殺害されているのを、中村修平と共に発見する。

 その後、恋人である中村修平が転落死し、彼女は精神錯乱に至ってしまった。その結果、成田賢太郎が二人を殺害したのだと思い込み、彼を殺害しようとした。実際、成田賢太郎の二の腕には斬りつけられた傷跡があり、彼女に襲われたことは事実であるようだ。その現場は山岡有紀子の自宅付近の公園であり、成田賢太郎は彼女から呼び出されていた。成田賢太郎から真実、及び、中村修平に関する話を伝えられ、全てに絶望した彼女は、自ら死を選んだ。

 ・・はたして、こんなことが起きていたのだろうか。私にはとても、このパターンを受け入れることはできない。納得など到底できない。

 以下にその理由を述べる。


 六月八日に山岡有紀子が書いた日記を思い出してみればいい。彼女は、成田賢太郎の容姿だけを欲し、彼に近づいた。その後、彼に整形の過去があることを知ると、その関係をバッサリと切り離した。非情に思えるほど、自分にメリットがあるかどうかだけを判断基準にしていた。

 そんな彼女が、記憶を失ったとはいえ、あのような日記を書くのだろうか。二冊目の日記の内容は、外見やステータスのみを重視する彼女の気配がなかったのだ。ましてや、お見舞いにきてくれた成田賢太郎に目を向けることなく、中村修平との恋愛を発展させていくのか。

 答えは、否だ。

 まず、記憶を失っているとしても、性格まで変貌するはずはない。具体的に表現すれば、外見やステータスのみを重視していた彼女が、成田賢太郎に興味を示さないはずがない。病室へ見舞いにきてくれる者の中に、非常に容姿の優れた男性がいる。その人物は、自分のことを知っているような素振りで話し掛けてくる。

 本来の山岡有紀子であれば、次のように考えるはずである。『覚えていないけど、もしかすると、この人は私の彼氏なのかもしれない。そうじゃなくても、この出会いを利用しない手はない!』と。

 そのように考えるはずの彼女が、実際には、成田賢太郎に近づこうともしていなかった。彼女の日記の中でも、外見を褒める描写はあっても、それ以上の関係になろうなどという言葉はなかった。これは、六月八日の彼女とは性格が一致しないのである。

 この食い違いを説明するには、次のように考えるべきだろう。

 山岡有紀子は、成田賢太郎に関する記憶を失ってはいない、と。彼に整形の過去があることを覚えているため、成田賢太郎には一切の興味を示していないのだ、と。


 このように考えると、彼女の書いた二冊目の日記について、どう捉えるべきなのか。

 日記からは、新しい恋人となる中村修平に惹かれていく様子が伝わってくる。誠実で、仕事に全力で取り組んできた男性。仕事が恋人だったが、自分が支えてあげられるかもしれない。

 こんなことを、本来の山岡有紀子が考えるはずがない。つまり、意図的に、成田賢太郎に対して振る舞っていたのと同じく、心の綺麗な女性を演じていたことになる。二冊目の日記だけを読めば、彼女が外見やステータスのみを重視する人物だと想像もできない。しかし、それこそが彼女の目的だったのであろう。


 次に考えるべき点は、なぜ、彼女がこのような日記を書いたのか、である。先述したように、二冊目の日記は、山岡有紀子が意図的に作り出した人格とも呼べる彼女が書いた。最初から最後まで一貫して。それは、何のためなのだろう。

 私が辿り着いた答えは、その日記を誰かに見せつけたかったのではないか、というものだ。その相手にふさわしい人物として、二人の人物が考えられる。成田賢太郎と、中村修平だ。どちらか特定しようと考えていたところ、前半と後半で、それぞれ読ませたい相手が違っているのではないか、という考えに至った。


 まず、前半部分 (具体的には六月十六日まで) は、成田賢太郎に読ませる前提で書かれていたはずだ。そう考えた根拠の一つとして、彼女が退院を拒んでいる様子があった。事故によって怪我をしたものの、退院できるレベルに達した。だが、彼女は退院するわけにはいかなかった。なぜなら、自分の書いている日記 (二冊目) を、成田賢太郎に読ませる必要があったからだ。実際、成田賢太郎の書いた日記 (三冊目) にも、病室で山岡有紀子の日記をコッソリ読んだという描写がある。

 だが、それは山岡有紀子の仕組んだ作戦だったのではないか。それを成田賢太郎に読ませることで、彼に対し、自分は一ミリの愛情も残っていないと示すことができるからである。


 そう考えると、退院した後、山岡有紀子は何のために日記を書いたのか。

 彼女の部屋からは、数冊の日記が発見されている。おそらく、成田賢太郎と出会う前から日記を書くのが習慣だったというのは事実なのだろう。だが、彼女の書いた日記 (二冊目) の前半は、成田賢太郎に見せるためのものだった。それだけが目的だった。その後、その日記に書き続ける必要はなかったのだ。見せつける必要がなくなったからである。

 それにも関わらず、彼女は同じ日記に続きを書いていく。その内容は、中村修平に惹かれ、彼との交際を望んでいるものだった。その後も、中村修平との恋愛について書かれている。しかしながら、その内容には違和感を覚える。中村修平という人物が素敵であり、彼のことが好きだ、という内容に。

 本来の山岡有紀子は、男性の内面を恋人に求めてはいない。外見であったり、ステータスを重視する。それだけが判断基準ともいえる。そんな彼女が、中村修平の内面を重視するはずがない。つまり、ここでもまた、山岡有紀子が意図的に人格を作り出したのではないかと考えられる。この後半の日記も、誰かに読ませることが前提なのではないか、と。

 その対象は、成田賢太郎であるはずがない。彼には山岡有紀子の日記を読むことができないし、彼女の方もそんなことを想定しているとは思えない。

 となれば、これは中村修平に読まれることを前提として書かれている、と考えることができる。それは、彼に自分のことをよく見てもらおう、という狙いに基づいているはずだ。以前 (事故直後) から、密かに中村修平に惹かれていた、と思わせることが目的だった。

 おそらく、彼をアパートへ招いた際、日記を見つけさせる手筈だったはずだ。こっそり書いていたものが見つかった、とでもいう様子で。そうすることで、二人の交際はより運命的なものになる。中村修平からすれば、最初から自分のことを好きでいてくれたのか、と喜ぶはずだ。男心を深く理解し、利用していた魔女性が伺える。


 以上より、成田賢太郎は山岡有紀子が六月八日に書いた日記を読んでいることになる。そして一方で、山岡有紀子は成田賢太郎に関する記憶を失ってなどいない。三冊の日記を読み、それぞれの存在意義を考えれば、このように結論づけることができるだろう。

 二人とも、別の人格を演じていたのだ。成田賢太郎は山岡有紀子を愛し続けているふりを、山岡有紀子は他人の内面を重視するような人格者のふりをしていた。そうした演技を続けながら、成田賢太郎は一連の事件を起こしていったのだろう。

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