山岡有紀子の日記(3) 六月十三日 (日)
今日もたくさんの人がやってきた。おみまいに来てくれる人は何人もいるし、お母さんなんて、わたしのアパートで生活してるみたい。こんなことになるなら、部屋の掃除をしておけばよかったな。きっと、わたしが元気になったらグチグチ言われちゃう。『そんなんだからお嫁に行けないのよ!』って。でも、いい人がいないんだからしょうがないじゃん。適当な相手を連れて行けば反対されるのは目に見えてる。お母さんのせいでわたしの婚期が遅れているということに、なんにも気づいてくれない。
中村さんというのが、アピタでお世話になっていた人だということはわかってきた。頭ではわかっているんだけど、思い出せないから落ち着かないというだけかも。でも、わたしとは売り場が違うのに、どうしてこんなにおみまいに来てくれるんだろう。そんなに親しくしてもらっていたのかな。もしかして・・、そういうこと? 独身なのかな。相手のことを覚えてないのに尋ねるなんて、失礼すぎるか。
それと、成田さんって人。あの人も、アピタで働いている人みたい。中村さんと顔を合わせて、ちょっと気まずそうにしてた。知り合い同士って感じだったし、二人ともわたしのこと知ってるんだ。申し訳ないけど、わたしは二人ともわかりません。成田さんから『いつ頃退院できそうですか?』ってきかれた。それはわたしが知りたいくらいですー。頭がボンヤリして思い出せないこと以外は、体に問題はないんだもん。早く家に帰って寝たいし、色んなことを思い出したい。それに、絵本だって書かなきゃ。いつまでも病室のベッドでってわけにもいかないよ。
わたしがこんなことになっちゃった原因はタクシーの事故だけど、その運転手さんは死んじゃったって、刑事さんが言ってた。顔も名前も覚えてない。それでもやっぱり悲しいって思いもある。わたしは生き残ってて、その人だけ死んじゃったんだもん。そういえば、成田さんが一番元気だ。座る場所の問題? 乗っていたのが三人なら、わたしと成田さんは隣り合ってたはず。それってやっぱりデート? アピタで働いている人だから、仕事が関係しているのかな。飲み会の帰りだったとはきかないし、そもそも時間が合わないか。
全然わかんないままだなぁ。状況を教えてもらえないのに、思い出せとか言われてもムリー。