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#8 魔術師さまの作戦


 ふたりで出かけてから数日後。オズヴァルドさまは何やら画策しているようだけれど、相変わらずお客さんは来ない。と、いうことで今日は店の奥で魔道具の開発をしていた。

 オズヴァルドさまの前には、ごちゃごちゃと色々な道具が広げられていた。余談だが、彼の部屋ははじめて会った時ほどの惨状ではないにしても物が増えている。まだ足の踏み場もないという程には至ってないけれど、近いうちに整理しないといけないなあと思っている。


「料理が美味しくなる魔道具、というのは作れないんじゃないかと思うんだ」

「作れない?どうしてですか?」

「まず、料理といっても様々な種類がある。その全てを美味しくするというのは、まあ出来ないことは無いかもしれないが幻術の類になる」


 確かに。それに、何もかもを美味しくする道具なんてあったら悪用されてしまいそうだ。例えば毒とか。


「料理を美味しく感じるのは味だけが理由ではないと分かったしな。作る過程を思い返したり、ともに食事をする人も関係している」


 ああなるほど。私も家族で食事をとっていても父さんと母さんが喧嘩中でぴりぴりした雰囲気が漂っている時は味がしないしなあ。

そういう事ですか?と聞くと、オズヴァルドさまはにっこりと綺麗に笑んだ。


「まあ、大体そんな感じだ。そこで、食事そのものに魔術を掛けると言うよりは調理過程で手助けになるものが良いんじゃないかと思ったんだ」

「例えば、どんなものを?」

「これだ」


 そう言って、彼が取り出したのは両手鍋だ。見かけにはその辺の金物屋で売っているものと何ら変わりは見つからない。


「これには保温の魔術が掛かっているんだ。細かい調節は出来ないから、炒めたり揚げたりするのには向かないが、あなたが煮込み料理の時に長時間火をかけたままにするのは薪が勿体ないと言っていたからな」

「便利そうですね。あの、今日使ってみても良いですか?」


 「もちろん」と彼が頷いたので、私は嬉しくなった。今夜はハンバーグにしようと思っていたのだけれど、これがあれば煮込みハンバーグが出来そうだ。前にオズヴァルドさまはロールキャベツを美味しいと言っていたから、煮込みハンバーグもきっと気に入ってもらえるだろう。


「その他にもいくつか作ってみたから、また試してみて感想をくれないか」

「はい。あ、これもですか?」

「いや、それは違う」


 私が手に取ったのは手のひらに収まるほどのサイズの丸いボールだ。オズヴァルドさまも、そのボールを手に持って言う。


「これは護身用の道具だ」

「どうするんですか?あ、投げたり?」

「ああ。この球に強い衝撃が当たると、鼻の捥げるような臭いの液体が出てくる仕掛けだ」

「…………」


 私は、手の中でもてあそんでいたボールをそっと床に置いた。


「遠くからも攻撃できる上に襲った相手はひるむだろうし、ひどい臭いがつくので駆け付けた官憲も後を追いやすくなる。それに、これには音声感知装置がついている」

「音声感知装置?」


 聞き返すと、オズヴァルドさまは説明してくれる。


「この前誤作動は困ると言う話をしていただろう?だから、それを避けるためにあらかじめ決めておいた発動の言葉と衝撃が合わさることで術が放たれる仕組みになっているんだ。もともと俺の魔術が掛かっているから実際に術が展開されるまでに時間がかかると言うこともない」

「すごい!軽いですし、女性も簡単に投げられますね。役立ちそうです」

「そうか。あなたにそう言ってもらえて良かった」


 オズヴァルドさまがふわりと笑った。


「まだ前の護身用の道具は改良が必要なんだが、これはもう店に出しても良いかと思っている」

「はい、きっと売れると思います。……まあお客さんが来れば、ですが」


 私はがらんとした店舗の方を振り返って言った。今日は店の方は閉めているが、開いている日でも開いたばかりのお店の客足はさっぱりだ。


「心配しないでくれ。それについては、俺に考えがある」


 ぱちんと片目を瞑ったオズヴァルドさまはウインクもお上手なんだなあと考えつつ、私は首を捻った。




「それで、考えというのはこれですか?」

「そうだ」


 翌日。オズヴァルドさまは店の前に台を広げていた。


「この前の広場でレストランが屋台を出しているとあなたが言っていたことから、思いついたんだ。まずは魔道具のことを知ってもらうことから始めることにした」

「私も初めは魔道具と言われても何か分からなかったですし、その方が良いですね」


 魔道具を使ってなにか実演してみせるということらしい。オズヴァルドさまのお店は大通りに面しているから、人通りも多い。ちらちらと視線が集まっているから、きっと注目を集めるだろう。

が、しかし。


「君たち、何をしているのだね?」


 鋭い目つきで、そう訪ねてきたのは紺色の制服を着た見回り中の官憲だ。私が誘拐犯に襲われそうなときは現れないのに、こういうときだけは目敏い。


「ここは店の前でしょう。問題ありますか?」

「ああ。私有地の外で何かする場合は許可が必要だ」


 官憲は偉そうに頷いた。外といってもほんの少しのスペースなのに。


「許可ならある。これだ」


 オズヴァルドさまが懐から取り出したその紙を、官憲はじろじろと眺めた。しかし、初めは侮りきっていたその目が驚きに変わり、次いで媚びた笑みに変わった。


「これは、失礼しました!許可状はしっかりと拝見しました。ご商売の成功をお祈りしております」


 それだけ言うと、その官憲は足早に立ち去っていた。何だか、様子が変だったな。


「話が分かる男で良かった」

「官憲に許可を取っておいたんですか?」

「いや、官憲ではなくそのもう少し上に知り合いが居てな。頼んでおいたんだ」


 官憲の上部組織、というと王子殿下率いる騎士団か。オズヴァルドさまは宮廷魔術師さまなのだから、騎士に知り合いが居ても別に不思議ではない。

 話していると、小さい女の子がこちらを興味津々の様子で見ていることに気が付いたオズヴァルドさまが、その子を手招きした。


「これを持ってごらん」

「お母さん、良い?」


 女の子が手を引いている母親の顔色を見た。彼女は少し躊躇ったようだが、彼がにこりと笑ったことで安心したのか、女の子に許可を出した。今日のオズヴァルドさまはいかにも魔術師らしい黒いローブではなく、街の男の人がよく来ているようなシャツにズボン姿だ。その綺麗な顔と相まって好青年オーラを醸し出している。実際、こちらに集まっている視線は多分に美男子のオズヴァルドさまに向けるものが混じっていた。

 それはともかく、オズヴァルドさまは女の子に細いペンほどのサイズの棒を渡した。


「言ってみて。『咲け』と」

「うん。……えっと、咲け」


 そう言った瞬間、その棒がふわりと膨らみいくつかの白い花の蕾に姿を変える。それは女の子の頭の上までふわふわと浮かびあがり静止した。そうしてゆっくりとその蕾を開いて、女の子が不思議な現象に言葉を失っている周りに花びらを静かに舞い散らせた。小さな女の子の周りにちらちらと淡い色の花びらがおちていく光景は、まるで季節外れの雪の様に見えるほど幻想的で、傍で見ている私も暫しその世界に浸ってしまった。

 最後の花びらが地面に着いたとき、我に返った女の子がわあっと歓声を上げた。


「すごいっ!すごいね、お母さん!」

「ええ、本当に。あなたたちは手品師さん?」

「いえ、俺は手品師ではなく魔術師なんです」

「魔術師……ああ、そうなの。素敵なものを見せて下さってどうもありがとう」


 にこにこと笑うお母さんは、どうやらオズヴァルドさまの言葉を冗談と受け取ったらしい。彼も特にそれを意に介した様子はなく、手で台の上を指差した。


「今見せたような余興で使うもの以外に、実用的なものもあるんです。例えばこれは……」


 オズヴァルドさまの説明に、周りで遠巻きにしていた人もどれどれと近寄ってきた。


「ユリアさん、店の中を案内してもらえるか」

「はいっ」


 店の前に人が大分増えてきたことで、彼は私に言った。

店の中に入ってきた人は「おおっ」と声を上げる。

 開店時に棚の上のものは綺麗に陳列して、商品の前に魔道具の効果と値段が書いてある。値段は私とオズヴァルドさまで話し合って決めた。彼によると、道具に魔法をかけるのは大した手間ではないらしい。術のイメージさえ出来ればあとは同じ工程を繰り返せばよいだけだからだ、と。そのために、魔道具の値段は巷で売っている普通の道具に毛が生えた程度だ。オズヴァルドさまが特にお金に困っていないことも大きいが。


「店員さん、これを下さい」

「はい!」

「すみませーん、この効果っていうのは……」

「ちょっと待っててくださいね!」


 オズヴァルドさまの策というのは大当たりで、店の前の実演で興味を持った人が中へと入ってきて私はその日一日中メモを片手に大わらわだった。


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