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#18 魔術師の欠陥・魔道具の利点

 オズヴァルドさまが父親の名を騙る何者かに呼び出されたことに気が付いたバルデュールさまは、即座に私に指示を出した。


「悪いが、君はここで待っておいてくれ。ここは私の屋敷だ。後ほど使用人に君の家まで送らせる」

「バルデュールさまはどうされるんですか?」

「私は王宮に行く。あれが転移ではなく徒歩や馬車で出かけたのならまだ間に合う可能性がある」

「私も連れて行って下さいませんか」

「駄目だ。あれを誘き出したのはほぼ間違いなく魔術師だ。危険すぎる」

「それでも、お願いします!」


 オズヴァルドさまに危険が迫っていることが分かっていてのうのうと安全な所に居るなんて耐えられない。それに、私はオズヴァルドさまの言葉を覚えていた。


「――ひとつ、策があります」


 渋い顔をしていたバルデュールさまは、その言葉に眉を上げた。



 それから数分後。場所から場所へ瞬きのうちに移動できる転移の魔術によって、私とバルデュールさまは王宮に来ていた。歩いているとは思えない程の速さでバルデュールさまが城の廊下を突っ切っていくのに遅れないように、私も荷物をガチャガチャ言わせながらその背についていく。魔術師の詰め所に行くのだと言う道すがら、バルデュールさまは状況を説明してくれた。


「君がどこまで魔術師の背景を理解しているのか知らないが、今の城にはあれにとっての敵しか居ない。殿下が隣国に行っておられる今、誰もあれを守れないからな」

「殿下はいつっ、帰って来られるんですかっ?」


 日頃の運動不足がたたって、もう息が上がってしまっている。それに対して私の父よりも年上であろうバルデュールさまは全く息も乱れず歩調も変わらず目の回るような速さだ。


「三日の日程らしい。昨日出国されたから、お帰りは明日だと聞いている」


 そう言葉を終えた丁度その時、ひとつの大きな扉の前でバルデュールさまの足がぴたりと止まった。その睨むような視線から察するに、ここが魔術師の詰め所なのだろう。外からは特に異変は窺えない。そうして、彼はそのままドアノブに手を掛けたものの扉が開かないことに気が付いて舌打ちをした。しかし、そこは流石の魔術師さまだ。


「主と魔術師バルデュール・ブランドルの名の下に。この扉を開錠せよ」


 開錠の呪文を唱え一呼吸置くと、大きな音を立てて扉が開いた。

 目に入ったのは五、六人の真っ黒な人々だった。私は行ったことが無いけれど、邪教の黒ミサとかがあるのなら多分こんな感じだ。

 そして、その黒い集団の中に……オズヴァルドさまが居た!ローブはあちこち引き裂かれ頬にも赤い傷が走っているけれどぐったりしている様子はない。安堵で体の力が抜けそうになるけれど、そんな暇はない。

 私は袋の中からそれを取り出して、思いっきり床に叩き付けた。その瞬間手の平ほどの大きさの球から大量の黒い煙が発生する。あっという間に部屋中を覆ってしまった黒い靄に、叫び声や呪文をがなる声が上がった。しかし、完全に視界を奪ってしまうこの煙のなかでは魔術を行使するのに重要なイメージなんて出来るはずもない。つまりいくら偉大な魔術師さまと言ってもこの空間の中では魔術を使うことは出来ないのだ、多分。そして私はその間にオズヴァルドさまを助け出してここから脱出しなければならない。 ――と、ここで痛恨の失敗に気が付いた。この厚い靄の中では私まで前が見えない!オズヴァルドさまを探すことが出来ないのだ。けれどとにかく踏み出してみようと厚い絨毯を踏みしめたその時、何かに腕を掴まれた。


「ユリアさん、俺だ」

「オズヴァルドさま⁉」


 顔を近付けてみると、黒いローブの下にいつもの金色の髪が揺れていた。


「あなたがあれを使うのが見えたからな。煙が充満する前に近付いておいたんだ」

「良かった……。早く逃げましょう!」

「あっ、ユリアさん!」


 すぐ後ろにあった扉を開けて外に出ようとすると、私の体にびりっとした電流が走った。


「いたっ」

「大丈夫か⁉」


 すぐにオズヴァルドさまが痺れを軽減する呪文を唱えた。するとすっと体が楽になり、お礼を言うと彼は申し訳なさそうな顔をして扉を差した。


「この扉には内側から三重の呪文が掛けられている。だから、入ることは出来ても出ることは出来ないんだ。痛い思いをさせて済まないな」


 そうなのか。気が急いてしまって性急な行動をとってしまったのは私なのだから、オズヴァルドさまが謝らなくても良いのに。というか、誤るべき人は他にいるでしょう。話しているうちに誰かが窓を開けたのか煙が晴れてきて、他の魔術師さまも体を起こした。


「ブランドル家のご当主さまもお越しですか。僕たちの加勢に?」


 真っ先にこちらに向かって声を掛けたのは眼鏡を掛けた細身の男性だった。その視線はバルデュールさまを捉えている。


「馬鹿なことは止めろ、エッティンガー。只でさえ数を減らしている魔術師同士で殺しあって何になる?」

「賢明なバルデュール・ブランドルさまらしくありませんね。あなたのご子息が行なっていることは魔術師の面汚しですよ。殺しておかなければ、魔術が下賤の者共に奪われかねない」 

「馬鹿馬鹿しい。もともと魔術は特定の人間のためのものではない。君も魔術師が存亡のはざまにあることは理解しているだろう。今私の息子を殺しても近いうちに魔術師だけではなく魔術も永遠に消えてしまうだけだ」

「おやおや、残念だねえ。あなたはこちら側だと思っていたのに」


 エッティンガーと呼ばれた魔術師さまの後ろから、のそりとふたりの会話に割り込んできたのは小太りの男性だ。背も低いから、さっきは見えなかったみたい。何というか、あれだ。そののんびりとした話し方も相まって狸の様な印象を受ける人だ。


「良いか?ハール殿下は明日の今頃にはこの国の最高権力者となる。若き独裁者の暴走を止めるには今しかないのだよ」

「クラウス宰相殿の言う通りです。何、僕たちも貴重な魔術師を殺したいわけではない。ご子息が殿下への協力をやめると言えば即解放するつもりですよ」

「お言葉ですがクラウス宰相。あなたは魔術の有用性を理解されているのか」


 眼鏡の男性やバルデュールさまの言葉に寄ると、この狸の様な男性はクラウス宰相さまらしい。……うん、この数日で国の中枢の偉い方々に会い過ぎて感覚が麻痺してるんだと思う。そこまで驚きはしなかった。

 私が三人の会話に圧倒されていると、オズヴァルドさまが私の服の裾を引いた。目で「静かに」と合図されて、小さく頷くと彼は私が持っていた袋を指差した。この袋は、城に来る前に一度店に転移してもらって持ってきたものだ。中にはオズヴァルドさまが開発した対魔術師さま用の魔道具が入っている。私がバルデュールさまに無理を言って連れてきてもらったのはこれが理由だ。オズヴァルドさまはただ父親に会うだけだと思って準備していなかったようだったからね。

 他の魔術師さまにばれないよう、後ろ手で袋を渡すとオズヴァルドさまはそれをローブの中に仕込んだ。おお、魔術を掛ける時の小道具だけでなくものを隠せる機能もあるとは。意外と便利だなあ、ローブ。私も買おうかな、と思ったけれどいくらオズヴァルドさまとお揃いと言えど街中で着るにはさすがに怪しすぎると冷静になってやめておくことにした。


「オズヴァルド・ブランドル。最後にもう一度だけ聞こう。君は、私たちに協力する気はあるか?」


 いけない、思考が逸れてしまっていた。かなり刺々しい会話のキャッチボールをしていたクラウス宰相がこちらを振り返った。


「いいえ、クラウス宰相。俺はハール殿下に協力します」

「そうか。では、仕方ないねえ。――やれ、エッティンガー」

「はっ」


 やはりのんびりとしていた宰相さまの声は、その一瞬鋭いものに変わった。扉側に追い詰められている私たち三人に対して、相手方の魔術師さまは六人だ。とても敵わない。

 詠唱するために眼鏡の魔術師さまが口を開いたその時――、オズヴァルドさまが投げた!ぺらりと風に舞う小さな紙が一番左端に居た魔術師さまのローブに当たったと同時に、青い炎が見えた。


「主と魔術師――、っ何だこれ⁉」


 慌てる魔術師さまを無視して、炎は勢いを増してその黒いローブを焦がしていく。魔術師さまたちが呆気に取られている間に、オズヴァルドさまが短く詠唱して紙を他の魔術師さまにも飛ばしていく。次々に炎が上がって、魔術師さまたちは慌てて鎮火の魔術を唱えているが、魔術を発動させるには少なくとも数秒の時間がかかる。その隙に捲り上がったローブの下にある肌に魔道具がくっついて、金属の刃が魔術師さまたちを蝕んだ。

 あちこちから男性の悲鳴が上がる。こんな状況なら、きちんと集中しなければ発動しない魔術はとてもじゃないが使えないだろう。すっかり先ほどまでの余裕を失った眼鏡の魔術師さまが叫んだ。


「何をした、ブランドル!魔術を唱える暇は無かったはずだ!」

「その詠唱をする時間が魔術師の欠点だ。どうだ、魔道具は便利だと身を持って体験出来たんじゃないか?」


 オズヴァルドさまがにっこりと微笑んだ。その笑顔に、味方であるはずの私も少し鳥肌が立った。魔術師さまではない宰相さまも自分にとって拙い状況であることは理解出来たらしく、出来るだけ炎に寄らないよう部屋の隅に移動しながら指示を出す。


「な、何をやっているんだエッティンガー!早くあいつらを……」

「『何をやっているんだ』はこちらの台詞だ、叔父上」


 凛とした声とともに私の後ろの扉が開いた。すっかり阿鼻叫喚と化した部屋中を射貫く視線は、有無を言わせない威圧感があった。


「ハール王子殿下……」


 誰かが落とした呟きとともに、殿下が廊下に居た近衛兵に魔術師さまたちに縄をかけるよう命令をした。


「ハール殿下、お帰りは明日のはずじゃ」

「お前たちが行動を起こすことは予測していたからな。態と事実とは異なる日程を流布させておいた。それで、誰かこの状況の説明を出来る者は居るか?」


 もちろん、ハール殿下の問いに手を挙げる人は居ない。オズヴァルドさまとバルデュールさま以外の魔術師さまは皆捕縛されて、その顔は真っ青になってしまっていた。流石に王弟である宰相さまを捕縛することは出来ない様だが、しかし数十人の近衛兵が居るこの状況で逃げ出せるはずもない。宰相さまも先ほどまでの威勢はどこへやら色を失って所在なさげに立ち竦んでいた。ハール殿下はぐるりと部屋を見渡した。


「ふむ、誰も説明は出来ぬようだな。しかし魔術師を管理する権限を持つ私の意を無視した勝手な行動を起こし、事もあろうに城内で魔術師オズヴァルド・ブランドルを殺そうとしたのは明白。今この時を以て全員宮廷魔術師としての任を解く」

「な……っ!任を解く⁉それで困るのは僕たちではなくあなたですよ、殿下!」


 眼鏡の魔術師さまが声を上げた。その目は殿下の仰った言葉の意味が分からないと言うように大きく見開かれていた。


「僕たち魔術師は王家の権力の象徴としてこの三百年間国を支えてきた!僕たちなしでどうやって王家の力を誇示するんと言うです⁉」

「それはこれまでの話だろう。――これからは、私の時代だ」


 殿下はきっぱりと宣言した。その言葉にこれ以上口を挟めないことを理解したようで、魔術師さまはがっくりと首を落とした。殿下の合図に合わせて、近衛兵が彼らを連れて行く。


「さて、叔父上。お味方は皆居なくなってしまったな」

「は、ハール……。聞いてくれ、これはあいつらが勝手に起こしたことで私は何も関与していない」

「聞こえなかったのか、叔父上・・・。あなたの宰相の任を解く。表向きは陛下の崩御を契機とする引退とする。ご安心を、領地奪うことまではしないつもりだ。誰か、叔父上を屋敷までお送りしろ」

 

 殿下が顎で示すと、項垂れた宰相さまを近衛兵が丁重に、しかしその目は鋭く誘導していった。部屋に残ったのはオズヴァルドさまとバルデュールさまと殿下、そして私だ。今に始まったことではないけれど、それでも場違い感はひしひしと身に迫る。


「大儀であった、ブランドル」


 殿下がオズヴァルドさまに声を掛けると、彼は跪いて礼を取った。


「ああ、それとバルデュール・ブランドル。お前もだ。後で褒美を遣わす」

「お言葉ですが、王子殿下。私は今に至るまで息子を守ることも出来ず見て見ぬ振りをしていた人間です。どうか、私も他の魔術師と同様に任を解いて下さい」

「いや、許さぬ。私が使える魔術師は随分と減ってしまったからな。今後はお前も私に協力しろ」

「……はっ」


 バルデュールさまも同様に頭を下げた。


「ユリア・ディールス。お前もよく私の命に従いブランドルを助けたな。結婚の際には王家からも祝いの品を送ろう」

「へっ⁉あのっ、ええと、ありがとうございます」


 殿下はニヤリと口角を上げた。そうしていると王者の風格もどこかに行ってしまって、年相応の美形に見えるから不思議だ。まさか殿下がそんな冗談のような事を仰るとは思わず、一瞬惚けてしまったが何とか言葉を返した。


「明日には私の即位式が執り行われる。良いか、私の在位中に必ず魔術を平民にも手の届くものにして見せる。励めよ」


 ガラリと雰囲気が変わり威圧を籠めた口調できっぱりと言い切った殿下は近衛兵を連れて部屋から出て行った。ああ、緊張した。




「――ありがとうございました」


 三人になり一気に広さが増したような部屋の中で、オズヴァルドさまがバルデュールさまに向けて言った。バルデュールさまはその言葉を聞くと、彼の顔を見てぐっと眉根を寄せて顔を歪めた。


「お前に感謝されるようなことなど私は何もしていない」

「俺がユリアさんから魔道具を受け取る間、エッティンガー達の気を逸らしてくれたでしょう。そのお蔭で隙をついてこちらから仕掛けることが出来ました」

「私は今までお前に何もしてやれなかった。これくらいでは何にもならん。礼を言うのならユリアさんに言え」


 何もしてやれなかったという言葉通り、ふたりの間には父子同士の親密さなど一欠けらもない。


「オズヴァルド、今更私を許してくれとは言わない。ただ、いつか私の謝罪を受けても良いと思う日がくれば顔を見せてくれ」

「…………」


 バルデュールさまが扉を開けるその前に言った言葉にも、オズヴァルドさまは何も答えなかった。ただ、いつもの様に完璧な笑顔を浮かべるだけだ。それを見てバルデュールさまはまた苦虫を嚙み潰した様な表情をして出て行った。


 扉が閉まった次の瞬間、オズヴァルドさまからは表情が消えた。けれど、それは父親の前にあったきらきらしい笑みよりも、痛々しさはずっと少なかった。バルデュールさまはオズヴァルドさまとほとんど話をしてこなかったと言っていた。だから、恐らく私が聞いた彼の母親の話もしたことはないのではないだろうか。


「オズヴァルドさま」


 私が声を掛けると、オズヴァルドさまはぱっと笑顔を作った。


「ユリアさん、大丈夫だったか」

「オズヴァルドさま。『後悔』です」

「え?」

「バルデュールさまが顔を歪めるのは、お母さまを愛していながら助けられなかった後悔が理由です。何も知らない私が生意気なことを言ってしまってすみません。けれどバルデュールさまはきっと、あなたを苦々しく思って何ていないと思います」

「……」

「話をしろとは言いません。でも、どうか笑顔で覆い隠してしまわないで下さい」


 オズヴァルドさまの完璧な笑みの下に何があっても良い。それを私が知ることが出来なくても良い。ただ彼自身がそれを握りつぶしてしまうのはとても悲しいことだと、そう思った。

 オズヴァルドさまは黙り込んでしまったあと、ふわりと笑みを落として私の手を引いた。


「あなたに気を遣わせてしまって済まない。父のことは、……きちんと考えるよ」

「オズヴァルドさま……」

「帰ろう、ユリアさん」

「……はい」


 多分、これ以上は私が踏み込んで良い場所ではないのだ。オズヴァルドさまの言葉に頷くと、私たちは一瞬で王城から転移して店に戻った。


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