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#17 攫われた先で

 夢を見ていた。オズヴァルドさまと対立している魔術師さま皆が仲良くなって、私は身分の壁を乗り越えてオズヴァルドさまの唯一の妻となり結婚しても彼の仕事を手伝っている。そんな、私に都合の良い夢。ただの、夢だ。


 夢から覚めることを拒否する頭を無視して、無理やり目をこじ開けると白っぽい天井が見えた。……えーっと?私はオズヴァルドさまの店に突然現れた魔術師さま(不確定)に昏睡の呪文を掛けられてどこかに連れてこられたのだ。オズヴァルドさまと初めて会ったときには目が覚めたら私の部屋だった。

 しかし、もちろんここは私の部屋ではない。体を起こしてみると、私の部屋の数倍の広さがある豪華な部屋だった。寝かせられていたのはゆっくりと体が沈んでいくふわふわの大きな寝台で、部屋に置いてある箪笥や机なんかは明らかに高級品と分かるものだ。家の宿屋の最高ランクの更に上の部屋、有力貴族さま専用の一夜泊まるだけで家族が優に一か月は暮らせる代金を支払わねばならないあの部屋と同じくらいお金が掛かっているはず。


 私はどうしてここに連れて来られたんだろう。誘拐するにしても、普通は攫ってきた人間は饐えた匂いのする裏路地の一室何かに押し込める。だって、誘拐をする人は大抵お金に困った末に決行するからだ。間違ってもこんな良い部屋を持っているか借りられるかする人は金銭目的の誘拐なんてしない。つまり、私を攫った犯人は金銭目的ではない。

 ……うん、まあそりゃあそうだろう。暇つぶしに推理もどきをしてみたは良いものの、魔術師さまのローブを着用した人に魔術を掛けられたのだからどう考えても犯人は魔術師さまだ。魔術師さまがお金に困っているわけないもんね。と、なるとオズヴァルドさま関連かなあ。


 ああ、オズヴァルドさまに危険は迫っていないだろうか。いや、彼が大丈夫だと言ったのだから大丈夫なはず。いつもの笑顔で帰ってきてくれた時に私も笑顔で迎えられるようにしよう。そのためには、このやたらと豪奢な部屋から脱出しなければならない。もしや手首に手錠が掛けられていて……と、見たものの私自身に特に拘束をされている様子はない。ならば重い扉に強固な錠が……と、ドアノブに手を掛けてみると何の抵抗もなくするりと扉は開いた。あれ?


「あのー……。すみません、誰かいますか」


 これまたやたらと長い廊下に向けて呼びかけてみた。誰も居ない。何というか、誘拐する気あるのかなと心配になるくらいの警備の緩さなのだけれど、まあ私にとっては好都合。恐らく王都からそう離れてはいないだろうし今のうちに店に戻ってしまおうと赤い絨毯の引かれた廊下に一歩踏み出したその時――、どんっと何かに突き当たった。その拍子に少しよろめいて、しかし大きな手が私の腕を支えてくれたことで踏みとどまった。


「ありがとうございます……え?」


 条件反射でお礼を言ったその時に、気が付いた。先ほど廊下を眺め渡したときには人どころか置物さえなかった。突き当たるって一体何に?そこで見上げてみると、榛色の目にぶつかった。その瞳は不快そうに歪んでいる。そしてその瞳の持ち主は苦虫を噛み潰したような表情がよく似合う厳めしいおじさんだった。黒いローブを着ていることから、恐らく魔術師さまでありついでに言うと私を誘拐した人だ。


「目が覚めたか」

「えっと、はい?」


 誘拐犯が突然目の前に登場したにも関わらず大した混乱もきたさず普通に受け答えしてしまったのは、その静かな声に慕わしさを感じたからだろう。年齢を重ねているために渋さは増しているけれども、オズヴァルドさまの声によく似ている。話し方も合わせてそっくりだ。もしかして、この人は。


「オズヴァルドさまのお父さま、ですか?」

「ああ」


 男性は重々しく首肯した。そして、私に頭を下げた。


「済まなかった」

「へ……えっ!?」


 年齢を感じさせない綺麗な黒い髪が私に向けられて、とても丁寧なお辞儀をされている。その姿勢には身じろぎひとつさえない。まさか魔術師さまに頭を下げられることが人生で二度もあるとは想像さえしていなかった。済まないって誘拐したことに対して、だよね?開口一番に謝るくらいなのならどうして誘拐なんかしたのだろう。


「あの、頭を上げてください。私を誘拐したのは……オズヴァルドさまが理由ですか?」


 私の言葉に、男性はゆっくりと体勢をもとに戻した。


「そうだ。君には事情を説明しなくてはならない。部屋に戻っても?」

「はい」


 別に私に決定権はない。きっとこの家はこの人の持ち物なのだろうし。どうも、誘拐犯とその被害者にしては立場がおかしい。普通誘拐犯は被害者に謝罪なんてしないものだ。

 オズヴァルドさまのお父様に付いて次の間に入ると、そこにはしっかりとした応接用のソファとどっしり構える大きな机があった。派手さはないけれど、品の良い豪華さだ。促されてソファに座ると、彼は私の向かいに座った。


「私はバルデュール・ブランドルだ。オズヴァルド・ブランドルの父であり、あれと同じ宮廷魔術師をしている」

「はい。あの、私はユリア・ディールスです」

「知っている。君はあれの恋人だな?」

「えっと、……そうです」


 バルデュールさまが「あれ」と呼ぶのはオズヴァルドさまのことだろう。オズヴァルドさまと言い、貴い身分の方たちなのに平民の私にこんなに丁寧接しても良いものなのか。貴族の矜持とかそういうものがあるはずなのに。


「そうか。今回は巻き込んでしまって本当に済まなかった。私はあれと話をしなくてはならないんだ」

「話?」


 聞き返すと、バルデュールさまはまたもや嫌悪の色をその榛に滲ませた。私が嫌われているわけではないはずだ。普通嫌っている人間に不必要に頭を下げたりしないし、話をする機会を持とうとは思わない。今はご機嫌斜めなのだ、とか可愛らしい線で考えることにしよう。 

 そうは考えてみたもののオズヴァルドさまのお父さまなのに彼とは違って笑みや愛想のようなものが一欠けらもないために、少し居住まいが悪い。


「あれの境遇のことは聞いているか?」

「正妻の方の子ではないこと、くらいです」


 そうだ。考えてみれば私はオズヴァルドさまのことをそれぐらいしか知らない。言葉を重ねてこなかったと言うよりは、彼がその話をするときにあまり楽しそうには見えなかったから何となく避けていたと言うのが正しい。


「それが全ての間違いだった。――私は、あれの母親を愛していたんだ。正式な妻にしようと思っていた。結局、私の力不足で叶わなかったが」

「……え?オズヴァルドさまのお母さまは平民だったんですよね?」


 バルデュールさまは厳めしい顔のまま頷くけれど、私は聞き返したまま今一意味が呑み込めなかった。バルデュールさまがオズヴァルドさまのお母さまを愛していたと言うのは分かる。妾にしようと思うくらいなのだから当たり前だろう。しかし、力不足というのは一体どういう意味だ。もともと身分差があるのだからいくら力があっても結婚は出来ないでしょう。


「あの、確認してもよろしいでしょうか」

「ああ」

「宮廷魔術師さまと平民の娘は、法の問題があるから結婚は出来ない。それは合っていますか?」

「いや。法の上では可能だ」


 ……ちょっと待って。今まで私が信じてきたことがひっくり返されようとしている?混乱している私を見兼ねて、バルデュールさまが説明してくれた。


「魔術師と貴族は違う。我々の祖先は建国時には国王と対等の立場であったために、魔術師は貴族とも平民とも一線を画す立場にある。それ故に魔術師は法の上では何の身分も持たない。つまり、結婚の際に貴族議会で承認を得る必要はない」

「では、力不足と仰ったのは?」

「承認を得る必要はないとは言え、魔術師は貴い身分だとされているからな。慣例的に貴族の娘を娶ることになっている。平民の娘を妻とするなんてとんでもないと両親に反対されて抵抗しきる程の力は私にはなかった。それで、あれの母親を諦め得られなかった愚かな私は妾として迎えることにしたんだ」


 バルデュールさまは淡々と言葉を落とす。それは私に聞かせるためと言うよりは、自分自身を責めるために紡がれる呪詛のように聞こえた。


「あれが生まれるまでは良かった。しかし、産後の肥立ちが悪く窶れてしまった上に正妻からの嫌がらせも受けていたらしい。――私はミーナを幸せにすると誓って娶った癖に怖くなってしまったんだ。段々と死に近づいていく彼女を目にすることを、彼女を失うことを恐れ、あんなに愛していた女性を孤独にしてしまった」


その顔は一見嫌悪のような、不快感のようなものでいびつに歪んでいる。しかしオズヴァルドさまのお母さまのことを口に出すとき、その表情は異なものに思えた。

それはきっと、後悔だ。バルデュールさまは今もまだ顔を歪ませるほどの悔恨を抱えている。


「あれは母親によく似ている。髪も瞳も、表情でさえもそっくりだ。だから、私はあれを見る度にどう接して良いか分からなくなる」

「……オズヴァルドさまは、家族に疎ましく思われているといつか仰っていました。ご家族の方は彼にどう接しておられたんですか?」


 家族のことに他人の私が踏み込んで良いものではないことは分かっている。けれど、聞かずには居られなかった。


「私はあれと必要以上の会話はしなかった。妻は息子を失って以来、あれに辛く当たっていたが、顔を合わせることを恐れた私はそれを止めることが出来なかった。きっとあれは……、オズヴァルドは心を許せる者が居なかったのだろうな」

「――じゃあ、オズヴァルドさまはずっと孤独だったんですか」




 自分のことにまったく頓着しないオズヴァルドさま。私が彼を心配することが不思議だと笑ったオズヴァルドさま。好きなものについて考えたことがないと言ったオズヴァルドさま。私が今まで見てきた彼には、今まで彼の世話をしたり心配したりしてくれる人が周りに全くいなかったのではないか。「好き」が分からないのはきっと、好きを与えられることがなかったからではないのか。いつも完璧な笑顔だったのは、そうすることで何かを誤魔化すためではないのか。

 目の下辺りに涙の情動が迫ってくる。泣くな。泣くな。泣いて良いのは私じゃない。ずっと孤独だったのは私じゃない。


「ああ。だから、今の様に人質を取るまでのことをしないと話も出来ないような関係しか築けなかった」

「オズヴァルドさまと、どんな話をするつもりなんですか」


 今更私が愛する人の子供であるはずのオズヴァルドさまをどうして孤独にしてしまったんですかと責めても詮無いことだ。それは理解しているけれど、口調に険が混じってしまうのは仕方ないと思う。バルデュールさまもそれに気が付いたようで、ちらりと私の顔を見て話を続けた。


「今あれの身は危ない。ハール殿下が国に居ないことで、あれの身を守る物は何も無い。その上に魔術師も焦っているから、どういう行動に出るか分からない。だから状況が落ち着くまで家に身を寄せろと伝えようとした」

「バルデュールさまは、オズヴァルドさまに対抗する他の魔術師さまとは違うんですか?」

「そうだな。元来この家の気質は学問を嗜むものだ。他家よりも魔術の有用性は分かっているし、権力に固執もしない。私ももう少し若ければ殿下が行われている『魔術師の現状を変える』ことに協力していただろう。それを話すために娘を行かせてまであれを呼ぼうとしたのだが、今までの私の行いの所為だな。一向に聞こうとしない。――しかし、過ちは二度も繰り返せない。こんなに切羽詰まった状況で漸く気が付いた私は、いつまで経っても愚かだが」

「それで、私と引き換えに話をすることにしたんですね」

「ああ。家の事には無関係な君を巻き込んでしまって本当に不甲斐ない」


 ……ん?でも、よく考えてみれば今朝オズヴァルドさまは父親に会いに王宮へ行くと仰って出掛けて行った。なら、私は必要なかったんじゃないか?バルデュールさまにそれを言うと、彼はぐっと眉根を寄せた。


「私は、今朝はあれを呼んでいない。それに呼ぶのなら王宮ではなく家に呼ぶだろう」

「と、いうことは……」

「……誰か、別の者が私の名を騙って油断させあれを呼びだした、のだろうな」


 私とバルデュールさまは揃って顔を見合わせた。


――オズヴァルドさまが危ない!


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