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#15 特別なお客さま

 ――腹を括る時が来た。ついに決心しなければならない時に来たのだ。大丈夫。いつかは通る道だ。だったら早い方が良いに決まってる。固い決意を抱いて、オズヴァルドさまにその言葉を告げた。




「私、奥の部屋を整理してきます」

「ああ、助かる」


 そう、オズヴァルドさまの寝室を整理しなければならない。一度綺麗にして以来ずっと目を逸らし続けてきたものの、本や道具なんかは床に溜まる一方だ。そして昨日、ふとベッドが目に入った時にその傍で何かが動く気配がしていた。私の目に曇りが無ければあれは害虫。オズヴァルドさまがその被害を被ることになるのは何としても避けなければ。

 と、いうことで三番街で半年に一度の市祭りがあるために、一番街のこの店が閑散としている今日が好機だと思ったのだ。お店が休みの日だとオズヴァルドさまが寝室で作業をなさるからその横で整理をすると邪魔になっちゃうし。

 オズヴァルドさまにお店を任せて私は奥に入った。キッチンはいつも綺麗なのになあ。どうして寝室だけものが溜まってしまうのだろうか。そんなことを考えつつ裾をまくって作業を開始した。棚から出されてそのまま置きっぱなしにされている本はもとの棚に。追加された本や魔道具の材料は取り敢えず部屋の隅に積んでおく。そして、今読んでいると思われる本や開発しているらしい魔道具は箱に入れてまとめておく。時計の短い方の針が二周ほどした頃、やっと底が見えてきた。


「……これ、何だろう?」


 首を傾げたのは、部屋の隅にまとめられていた魔道具だ。四角い紙や葉の形をした金物、それに茶色の球。完成している様なのに、私はこれらをオズヴァルドさまに見せてもらったこともないしお店にも出していない。オズヴァルドさまが魔道具を開発しているのは魔術を広めるためとおっしゃっていたから、お店に出さないのなら魔道具を作る意味がない。何か他の目的があって作られたものだろうか。まあ、直接オズヴァルドさまに聞いてみれば良いか。


「オズヴァルドさま」

「悪いな、あなたひとりに任せてしまって。大丈夫か?」


 私が声を掛けると、お客さんが来ないために魔道具の点検をしていたオズヴァルドさまが振り向いて言った。「大丈夫です」と頷いて、例の魔道具について聞いてみる。


「この辺りの魔道具は整理しても良いですか?」

「どれだ?あー、これか……」


 それらに目を落としたままオズヴァルドさまは黙り込んでしまった。やっぱり何かあるのかな。


「あの、これって何か聞いても?商品、では無いんですよね」

「ああ、店に出すつもりはない。あまりに危険だからな」

「危険?」


 危険な魔道具もあるのか。確かに今まで考えが及ばなかったけれど、魔術師は百年ほど前の戦争で活躍したと授業でも習った。人を攻撃する魔術を使えないはずがないのだ。それは魔道具においても然り。いままでオズヴァルドさまが開発していたのが出来るだけ相手を傷つけない護身用のものだっただけで、危険な魔道具を作れないと言う道理は無い。私が納得していると、彼はそれらの魔道具の効果を説明してくれた。


「この札は破ると同時に火を発生させる。そして隣の金物は葉の様なかたちで相手の肌に付着すると金属の刃の部分を剥き出しにして突き刺さる」

「想像しただけで痛そうですね……」


 私が肌に金属の刃が刺さることを想像して苦い顔をすると、オズヴァルドさまは軽く笑った。そして最後のひとつを指差した。


「これに強い衝撃を与えると、黒い煙を出し視界を奪う。その煙には昏睡作用も付けようかと思っていたんだが、それだと自分も煙を吸い込んで眠ってしまうだろうと思いやめておいた」

「……商品には出さないんですよね?誰かに使う予定があるんですか?」

「無ければ良かったんだがな。前に対立している魔術師が居るという話をしていただろう?」

「あっ!」


 そうだ。オズヴァルドさまが転移されそうになったあの日から全く音沙汰がなかったからすっかり忘れていた。でも、オズヴァルドさまは魔術師さまなのだから魔術で対抗しては駄目なのかな。どうして魔道具を使う必要があるのだろう。それを聞いてみようとした時、今日はじめて表の扉が開いた。カツン、と音を立てて背の高い男の人が入ってくる。見たことのないお客さんだ。しかし私が声を掛ける前にオズヴァルドさまが珍しく慌てた大声を出した。


「殿下っ⁉」


 でんか?殿下、と呼ばれるのは今この国にはふたりしか居ない。王弟であるクラウス宰相と国王陛下の実子にして次期国王のハール王子だ。つまり、この若い男性はハール王子殿下であるわけで……、ハール王子殿下⁉


「ブランドル、防音の呪文を掛けろ」

「はっ」


 宮廷魔術師様さまに対してこの尊大な態度にも関わらず、オズヴァルドさまもひとつ頷いて従った。冗談というわけではない。そもそも王子殿下ごっこをして私を担ぐ意味も無いし。そこでやっと目の前の男性がハール王子殿下であることを理解した私は頭を下げた。どうしよう、王族の方への礼の仕方なんて学校で習っていない!


「それは?」


 その動作で漸く私に気が付いたらしいハール殿下が私を顎で示した。うーんこれは王族の方の絶対的なオーラと言うべきか、偉そうな態度を取られても全く腹が立つと言うこともない。むしろハール殿下のいらっしゃる所に私が居て申し訳ない気持ちでいっぱいだ。どうしていらっしゃったのかはもちろん知らないが。


「宿屋を経営しているディールス家の娘で、ユリア・ディールスという名です」


 オズヴァルドさまが訥々と答えた。この様子からすると、オズヴァルドさまとハール殿下はお知り合いらしい。さっきも名前を呼んでいたし、お忍びで王都へ来た殿下がたまたま目についた店に入ったにしては空気が緊張している。


「お前との関係は?」

「彼女は私が殿下の手伝いをしております。それに、将来は妻として迎えるつもりです」

「ごほっ!」


 咽せた。えっ、えっ、妻って!いやあの日オズヴァルドさまはこれからの人生を共に過ごして欲しいと言ったし、私もそう解釈したし、異論はないのだけれど王子殿下に言う事なの⁉突然咳込んだ私をオズヴァルドさまは心配そうに見ている。もしかして王族の前で咽たりしたら不敬に当たるのだろうか。


「そうか」


 殿下はそれだけ言った。……この薄い反応からすると、あまり重要なことでもないらしい。考えてみれば、私が平民であると言うことはさっきオズヴァルドさまもおっしゃった。ブランドル家の嫁として迎えられる場合は公式な行事に出席したり家を切り盛りしないといけないから大切な存在だが、そうでない場合は公の場に出ることは無い。恐らくそれが誰であれ妻として迎える場合にはその都度報告義務があったりするのだろう。


「彼女は席を外した方がよろしいでしょうか?」


 オズヴァルドさまの言葉に、私は頭を下げたまま全力で頷いた。ありがとうございますオズヴァルドさま!私は殿下の威圧感とこの空気に長く耐えられそうにない。


「いや、良い。ブランドルに近しい者なのであれば聞いておいた方が良いだろう。頭を上げて楽にせよ」


 まさかの殿下のお言葉に、私は恐る恐る顔を上げた。ハール王子殿下は切れ長の目に固く唇を引き結んだ凛々しいお顔立ちだった。繊細で綺麗系の美形であるオズヴァルドさまとはまた方向性が違う美形である。そしてそんなふたりと同じ空間にいる私も美形になって……、れば良いのになあ。もちろんそれはただの願望で、殿下の後ろにあった鏡に映る私はいつものごとく平凡顔でした。


「陛下が身罷られた」


 殿下が切り出した。なるほどなるほどと頭の中で頷いたところでぴしりと固まった。……陛下が身罷られた⁉それはつまり現国王陛下が亡くなったということで、となると超重要な情報じゃないの!確かにずっと病で臥せっておられることは私の耳にも届いていたけれど、お亡くなりになるほど悪かったとは初耳だ。ただの平民である私が聞いて良い情報であるわけがない。混乱している私をよそに、オズヴァルドさまが冷静に答えた。


「遂に崩御されましたか。公式の発表はいつ?」

「未定だ。私がどうしても外せない公務のために隣国に行かなくてはならないことになっているからな。恐らく私の帰国を待ってから国民には発表することになるだろう」


 ハール殿下とオズヴァルドさまの間で淡々と話は進む。これは多分、全てを理解しようとは思わない方が良い。国家機密がぽんぽんと飛び出してくるからいちいち混乱していたらオズヴァルドさまにとって重要な部分を聞き逃してしまう。


「今までは私が魔術師の動向を見張っていたから相手も大した妨害は出来なかっただろうが、外交に出るとなるとそうはいかない。加えて陛下の死により私の即位も秒読みだ。ブランドルを殺そうとするのなら今だろうな」

「えっ⁉」


 ここは聞き逃してはいけないところだ。オズヴァルドさまが殺されるって、対立している魔術師との関係はそんなに悪いなんて思ってもみなかった。声を上げた私をちらりと横目で見て、殿下は話を続けた。


「私の計画はお前なしでは立ち行かない。今お前が死んでは宰相殿や魔術師たちの思う壺だ。外交に出ている数日の間を耐え抜けば私が国政を思うが儘に出来る。それまで死ぬな、ブランドル。これは命令だ」

「はっ」


 オズヴァルドさまが頭を下げたのに倣って、私も慌てて礼を取った。


「ディールス。お前もブランドルが死なない様に助けてやれ」

「はいっ」


 その言葉を最後に、ハール殿下は来た時と同様に悠然と出て行った。当然だけれど殿下に声を掛けられるなんてつい一刻前には想像もしていなかった。今頃変な汗が噴き出してきた。けれど、そんなことよりも私はオズヴァルドさまに聞かなければならない。


「殺されるってどういうことですか?」

「そのままの意味だ。殿下が仰った通り、俺は対立する勢力に命を狙われている。これまでは殿下のご威光により相手方の襲撃はほとんど無かったが、殿下が外交に行かれている間は分からない。向こうも必死だからな」


 彼はまるで他人事の様に言った。

「……オズヴァルドさまは大丈夫なんですか?」


 オズヴァルドさまが死ぬのはもちろん、傷付いてしまうのも嫌だ。そっとその腕に触れると、彼は私と向き合って両手で私の頬を包み込んだ。


「あなたと出会うまで、俺は自分のことも周りのこともどうとも思っていなかった。けれど、今は違う。……俺は、あなたが居るから生きていきたいと思うんだ」


 深い青の瞳に私が、私だけが映っている。頬に触れる手は温かくて、紡がれる言葉は優しい。私の頭いっぱいに広がっている不安も、このふたりだけの空間では姿を消すようだった。


「オズヴァルドさま……」


 不意にその青がとろりと蕩けた。私が彼の名を呼ぶと、ゆっくりと彼の顔が近づいてきて私たちは唇を合わせ――


「こんにちはー」


 ――は、しなかった。



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