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#14 人探し

オズヴァルド視点まとめ

・魔術は魔術師の血を引いていない者でも使える可能性がある。

・魔術は魔術師が直接行使しなくても物に移すことができる(魔道具)。

・ハール王子殿下とオズヴァルド、王弟の宰相とオズヴァルド以外の魔術師は対立している。前者は魔術を広めたい、後者は魔術は王家だけのものにしておきたい・宮廷魔術師の特権を守りたい。


今回からユリア視点に戻ります。

「魔術を使える人を探す?」

「ああ」


 オズヴァルドさまと思いが通じ合ってから数日後、私はまた彼のお仕事を手伝うことになっていた。店を閉めたあと、オズヴァルドさまがコーヒーを飲みながら言ったことの意味が分からず聞き返すと、彼は何でもないことの様に頷いた。


「でも、魔術は魔術師さましか使えないものじゃないんですか?探すって、どうやって?」

「それがそもそもの間違いなんだ」


 曰く、魔術は魔術師の血を引く人間しか使えないというのは誤解で、実際は素養がある者であれば方法さえ知れば使うことが出来るそうだ。


「じゃあ、もしかして私も使えるようになるんですか?」

「やってみるか?」


 わくわくとしながら聞いてみるとオズヴァルドさまはそう言ってくれた。すごい!私が魔術師さまになれるかもしれないなんて!

 手招きされたのでその指示に従って彼の座る椅子の横に立つ。と、「目を瞑って」と言われたので目を閉じた。何だろう、外と自分を遮断して集中しないといけないとかかな。なんてことを考えているとオズヴァルドさまが私の手首を優しく掴んで、唇に温かい何かが触れた。苦いコーヒーの味がしたと思うと、それはゆっくりと離れていった。びっくりして目を開く。オズヴァルドさまはさっきまでと何も変わらず穏やかな目で私を見上げていた。   

 経験は無いけど、年頃の乙女なりに知識はある。今、オズヴァルドさまは私にキスをしたのだ。


「……初めてのキスだったのに」

「え?」

「今の、私の初めてだったんです!」


 それを、こんな不意打ちで!っていうか、えっ?オズヴァルドさまは私に魔術の使い方を教えてくれようとしたんじゃなかったの⁉それが、何をどうしてキスをする流れに!


「魔術を使うには、初めに既に魔術を使ったことがある者と体を接触させる必要があるんだ。そうしないと主は答えてくれないからな。先に言っておいた方が良かったか?」

 ぜひともそうして欲しかったです!私が何度も頷くと彼は、


「すまない。あなたは俺のことを好きだと言ってくれたから問題ないかと思った」


 と言った。そういう事をそんな風に困った顔で言われてしまうと、何ていうか、……恥ずかしい。


「……問題は、ないですけど」

「じゃあもう一度しても良いか?」

「それとこれは別です!」


 腰を上げかけたオズヴァルドさまの口を手で塞いで、私は慌てて首を振った。


「……それで、俺はあなたに魔術を使う素養があるかどうかを確かめる予定だったんだが」


 ようやく落ち着いた私が彼の口から手を放してコーヒーのお代わりを淹れに行くと、オズヴァルドさまは私の後ろから言った。そうだった。このままだとただイチャイチャしただけになってしまう。私は真面目に魔術が使えるかどうか試してみるつもりだったのに。


「ええと、呪文を唱えるんですよね?」

「ああ。主への呼びかけと、掛ける魔術の想像さえ出来ていれば唱える呪文は何でも良い。初めはものを呼び寄せる魔術が想像しやすいな」

「じゃあ、この本が私の手元に来るように想像してみます」


 机の上にあった本を穴が開くほど見つめる。この本がふわふわと浮いて私の手元に来る、来る……。うん、何となく出来そうな気がする。オズヴァルドさまが唱えていた呪文を思い出して、詠唱した。


「主と魔術師ユリア・ディールスの名の下に。机の上にある本よ、私の手に移動せよ」


 そして、魔術が行使されたとき特有の沈黙が数秒訪れた。……その沈黙は十秒続き、やがて時計は六十秒を刻んだ。本はコトリとも動いていない。


「……あー、その、何だ。どうやらあなたには魔術師の素養は無かったらしいな」


 生暖かい目で見ないでもらえますか。ノリノリで魔術師ユリア・ディールスとか移動せよとか言ってしまったことを反芻して居たたまれなくなってしまう。すました顔で元の場所に鎮座している本を恨めしげに見ながら肩を落とした。少しくらいお情けでも動いてくれたら良かったのに。


「残念です……」

「あなたはそんなに魔術師になりたかったのか?」


 オズヴァルドさまはさも意外だ、と言う顔で私の方を見た。


「当然です、魔術師さまと言えば小さい時の憧れでしたし。……それに」

「それに?」

「魔術師さまになれば、オズヴァルドさまとお揃いでしょう?」


 ……あれ、オズヴァルドさまからの言葉が返って来ない。何だろう、変なことを言ってしまったか。私は慌てて言い繕う。


「あの、おかしなことを言ってしまっていたらすみません。私、こういうこっ、恋人とかそういうのに慣れていなくて、でも好きな人と同じって何かうれしくなりませんか?」


 そう言った時、ふいに座っていたオズヴァルドさまの腕が私の腰に回された。ぎゅっと彼の顔が私のお腹に押し付けられる。うわああ、何この体勢。


「オズヴァルドさま?」

「……申し訳ないが、俺はいま妙な顔をしているだろうから暫くこのままにさせてくれ」


 私のお腹に顔を寄せたままオズヴァルドさまが喋るから、もぞもぞとして擽ったい。そのままオズヴァルドさまの旋毛をじっと見ていると、彼は顔を上げた。もちろん妙な顔などしているはずもなく、いつものお綺麗なお顔だ。


「だが、あなたのお蔭で分かったことがある」

「そうなんですか?」

「魔術は万人が使えるものではないということだ。魔術師の血を引く者は魔術を使えると言うことは恐らく血も少しは関係しているのだろうが、それだけとは言い難い。やはり素養がある者と無い者がいるのだろうな」

「素養って?」

「……実は、俺はユリアさんには魔術の素養は無いんじゃないかと考えていたんだ。魔術師は、例外も居るが総じて勘が鋭い。だからそういう者を探すのが手っ取り早いと考えている」

「勘が鋭い人、と言うと占い師さんとかでしょうか?」

「ああ、占い師か。それも良いかもしれないな」

「ほかには……、あ!丁度良い人が居ます!」


 ぽんっと私の中にある人の顔が閃いた。しかも、明日は休みだと言っていた。私がその人の名を告げると、オズヴァルドさまは何故だか気まずそうな顔をして頷いた。




「と、言うことで兄さん!よろしくお願いします!」

「別に良いけどさ……」


 そして翌日。私の身内のなかで最も勘が鋭い人、兄さんに頼んで魔術を使えるかどうかの実験をすることになった。ちなみに場所は家の客間だ。


「改めて紹介するね。宮廷魔術師のオズヴァルド・ブランドルさまです」

「よろしくお願いします」


 オズヴァルドさまは緊張しているようで、その口調は硬い。珍しいなあ、オズヴァルドさまが緊張するなんて。


「オズヴァルドさま、こちらは兄のフレデリック・ディールスです。今は父に従いて宿屋の経営を学んでいるんです」

「フレッドと呼んでください。ああ、口調は崩してもらって結構ですよ。僕は平民ですし、ブランドルさまの方がお年も上でしょう」

「いや、それは……。将来困るかもしれませんから」

「将来?」


 首を傾げる。どうしてオズヴァルドさまの口調に将来が関係してくるんだろう。私がオズヴァルドさまの方を見ると、彼も私の顔を見ていた。ついでに兄さんも私の顔を見ている。何だ何だ。


「……まあ、ユリアの様子から上手く行ったのは分かっていましたが。けれど、あなたは僕の兄弟にはならないでしょう」

「それは、お義兄さんが認めて下さらないということですか?」

「フレッドと呼んでください。僕の問題では無く……」


 兄さんはそこでまた私の方をちらりと見た。


「ユリア、悪いけどブランドルさまにお茶を淹れてきてくれない?」

「え?うん、分かった」


 お茶ならそろそろ従業員の女の子が持ってきてくれると思うんだけど。しかし、兄さんの口調には有無を言わせないものがあったので何か腑に落ちないながらも客間を出て行った。

 予想通り廊下に出たところでお茶を運んできてくれた女の子と会ったので、すぐに客間に逆戻りした。私の家は宿屋を建てる時に一緒に建築したものなので、お客さまの個人情報を守るため壁は普通の家に比べて分厚くなっている。だから外に漏れ出る音はとても小さい。小さいが、全くないわけではない。

 私の中の好奇心がむくむくと顔を出す。兄さんが私を追い払ったということは、私に聞かせたくない話だろう。オズヴァルドさまと兄さんの、秘密の話。それも恐らく私に関係することだ。気になる。とても気になる。従業員の女の子にしいっと合図すると、物わかりの良い彼女はこくりと頷いてくれた。そのままぴたりと扉に耳をくっつける。


「宮廷魔術師は貴族と違い……――結婚の――」

「それじゃあユリアは――……正式な――」


 やっぱり上手く聞こえない。けれど、思った通り私の話だ。もう少し聞こうと耳をそばだてていると、女の子が必死になって私に目で合図しているのに気が付いた。慌てて扉から離れるとその瞬間重い扉が開いた。客間から出てきた兄さんは女の子に向けて、


「ありがとう」


 と、お礼を言って盆を受け取った。そうして扉の傍で目を泳がせている私を不思議そうに見て中へ戻っていく。私も彼女に向けて「ありがとう」と言い兄さんに続く。本当にありがとう。あなたが居なければ私の顔は今頃扉に殴られて真っ赤になっているところでした。


「どうぞ、オズヴァルド」

「フレッド、ありがとう」


 兄さんがオズヴァルドさまの前にお茶を置いた。どうやらお互い崩した口調にすることで決着がついたらしい。今の数分で一体何があったんだ。うう、あのやたらと防音性が高い扉が憎い。


「もしもフレッドに魔術が使えるようになれば、魔術を行使することに血筋は関係がないという証明になる」


 オズヴァルドさまが言った。魔術を使えない私と、使えるかもしれない兄さんは当たり前ではあるが血がつながっているからだ。ふたりとも同じぼやけた緑の瞳を持っているし、耳の形は写し取ったようにそっくりなのである。実はどちらかが貰われ子であるという可能性は限りなく低い。


「ではフレッド、試してみて良いか」

「うん、良いよ」


 兄さんが頷くと、オズヴァルドさまはまず例を見せると言って呼び寄せの呪文を行使した。


「主と魔術師オズヴァルド・ブランドルの名の下に。我の手の中にカップを移せ」


 一瞬の間が開いて、カップは滑らかにオズヴァルドさまの手の内に収まった。やっぱり良いなあ、魔術。私も使えたら良かったのに。

 私の隣で、魔術を初めて見た兄さんは目を丸くしていた。ふふ、オズヴァルドさまはすごいでしょう。


「僕に使える気がしないんだけど」

「そう思っていてはいつまでも使えるようにならない。魔術はその様を想像することが何よりも重要だ」

「想像、想像ね……」


 兄さんは目を瞑ってうんうんと唸った。その間に、オズヴァルドさまが左手でその額に触れた。


「なに?」

「いや、こうして魔術師と接触してはじめて魔術は使えるようになるからな」

「そっか」


 そうそう、私も魔術を使えるか試してみる前にオズヴァルドさまと……って、え⁉


「額に触れるだけで良いんですか⁉」

「ああ」

「じゃあ、どうして私には、その……」

「ユリア、うるさい」


 どうして私のときはキスをする必要があったんですか。しれっとした顔をしているオズヴァルドさまにそう聞きたいけれど、さすがに家族の前でキスだ何だと口に出すのは気が引ける。すると、オズヴァルドさまはふ、と私の耳元に口を寄せた。


「……実は、単に俺があなたにキスをしたかっただけだ」


 そう呟くと、彼は少年の様な照れた笑みを見せた。ずるいなあ、もう。そんな顔をされたら何も言えなくなってしまう。


「よし。やってみる」


 私が赤くなっているうちに、兄さんが真剣な顔をして言った。


「主と魔術師フレデリック・ディールスの名の下に。机の上のカップを僕の手の中に移動させて」


 言い終えた瞬間、狭くはない客間をぴりりと張り詰めた静寂が満たした。それが破れると同時にカップはふわりと持ち上がり、ふわふわと机と兄さんの間を飛んでやがてその手の中にすとんと着地した。


「兄さん!すごい!」

「……ああ」


 兄さんも驚いて言葉を失っている。それを横目に、こうなることを予想済みだったらしいオズヴァルドさまが聞いた。


「それで、フレッド。魔術師になるか?」

「いや、良い。僕にはこの宿屋があるし、今のだけでかなり疲れたから素質はあっても向いてはいないと思うし」

「そうか?まあフレッドなら魔術を乱用することもないと思うが」


 何と言うか、はじめはどちらかと言うと緊張した雰囲気が漂っていたのにあの会話を経てからふたりはかなり親密になっている気がする。オズヴァルドさまは愛想が良いから誰にでも笑顔で接しているものの、こんな風に人と友人のように仲良さそうにしているのを見るのは初めてだ。……胸がもやもやする。いや、こんなことで嫉妬していたら将来どうするの。オズヴァルドさまの隣に私以外の人が居る所を見るのは普通のことになるのだから。兄さんが愛称で呼び捨てのフレッドで、恋人 (!)である私がユリアさんと呼ばれていることも全然、少しも、これっぽっちも気にしていないんだから。そうだ、そう思うのなら私がオズヴァルドさまともっと仲良くなれば良いのだ。ああでも出しゃばりすぎても彼に迷惑が掛かるだろうし。  

 と、悩んでいると青の瞳と緑の瞳が合わせて四つ、私に向かっていた。それらは同時に瞬いて言った。


「ユリアさん?」

「ユリア?」


 ……やっぱり仲が良いなあ。


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