30 詩人
「え、あれってもしかして、吟遊詩人?」
「ええ。記録感知よりも情緒豊かなので人気があります」
建物の壁の前に立つ男性が、言葉で物語を紡ぐ。かなり銅貨を稼いでいる。
以前、図書館(仮)で感知した、数百年前の出来事をモチーフにしていた。
文字のない世界で物語を創作して覚え、声で語るのは厳しいだろう。
「滑らかに言葉にするのが難しくてな。魔法でもどうにもならない」
「王都でも数人と聞きます。私は王都以外で会ったことはないです」
確かに、魔法でできるのは、風魔法で声を遠くに伝えるくらいか。
声そのものは…。ん?待てよ?
「リムさん、エルハルト。この世界に『歌』ってある?」
「『うた』…ですか?」
「聞いたことがないな。うまく翻訳されないが、詩に近いのか?」
これだけ文化が発達していて歌がないとは…いや、理屈はわかるけど。
まず、魔法が介在しない。それだけでこの世界では進歩が期待できない。
次に、思念の記録・感知は発達しているが、声の伝え方は伝達しにくい。
「走り方を記録・感知しても走れるわけではないからなあ」
「吟遊詩人はとにかく毎日のように訓練しているそうです」
「それも、見よう見まねでな。人によって声が大きく違うのは面白い」
楽譜もないだろうしなあ。文字だけでなく記号もないし。
しかし、そうか。魔法が使えない僕でも…。
「じゃあ、『一曲歌って』みますかね」
「…え?」
そうして僕は、吟遊詩人に近づいて話をし、場所を借りて、歌い始めた。
元の世界で、歌っていたように。




