61 魔力の燃料
ダン・アルバスは良く言えば大らか、悪く言えば大雑把な人格の持ち主である。
義理人情に篤い性格であるので非道の類を許しはしないが、単純な価値観の相違で他者を否定したりはしない。相手にも相応の理があればそれを受け入れる度量を持つ。
「これは……」
しかしそんな彼をして目の前に広がる光景は眉を顰めざるを得ないものだった。
その場所に人の尊厳はなく倫理はなく道徳はなく、悪意さえもなかった。悪意というものはある意味でとても人間らしい感情だ。利益も生存も関係なく向けられる純粋な感情。
だがこの場所にはそれすらない。あるのは人を完全に消費物として割り切った無関心だ。
始めに古代遺物によって跳ばされた場所から、それほど離れてはいないその場所。
広く間取りの取られた空間内には幾つもの貯水槽が置かれ、その内側には得体の知れない緑色の液体で満たされていた。
「……人、間……だと?」
そしてその液体に力なく浮かぶのは明らかに人間。それも複数名だ。
一体いつからこの場所にいるのか既に命を失い、骨へと変わり果てた者。体中にしわを刻み、骨が浮き出るほどにやせ衰えた者。そして比較的早い時期に放り込まれたのか、未だに健康的な冒険者風の男。
そんな彼らを捕える貯水槽の周囲には、転移させられる前に遭遇した自動人形に似た個体がたむろしていた。
「――ッ!!」
怒りに駆られるままにそれらを力任せに破壊する。
幸いシャーネが相手をした個体とは比べ物にならないほどに弱く、ダンであっても問題なく壊すことが出来た。
「おいっ、しっかりしろ! 大丈夫か!?」
不気味な貯水槽をバンバンと叩き、声を張り上げる。
しかし意識がないのか、内部の人間にダンの必死な叫びは届かない。
「――少し落ち着いてダン君。今調べるから」
ダンの背後から薄紅色の髪の女性――テスラが制止の声をかけた。
比較的近くに転移させられた二人はここまで行動を共にしていたのだ。
「……くっ」
この場で自分に出来ることがないと理解したダンは悔し気に歯を噛みしめ沈黙した。
そんな彼に気遣うような視線を向けたテスラだったが、言葉を発することなく行動に移る。
今まで魔術士として任務を熟してきた彼女は、目の前の状況よりも悲惨な光景を幾度か見てきていた。だからこそ冷静に対処することが出来る――だからといって何も感じないわけではないが。
「これは……まさか魔力を搾り取っているの?」
不気味に淡く輝く貯水槽と周囲を調べたテスラが呟いた。
あくまで簡単に調べただけなので確証はないが、貯水槽から別の場所に流れる魔力を感じる。
となればその大本は内部に捕らわれた人間だろう。
生かさず殺さず、ただ魔力を生み出す道具として――完全に意識がないことが唯一の救いか。
「ふざけたこ真似を……それで中の人は助けられるのか?」
「……少し待ってちょうだい」
ダンとしては細かい理屈はどうでもいい。まず目の前の人間を助けられるかどうか――それが重要な事だった。
一言断りを入れたテスラは慎重に貯水槽と内部の液体を調べる。
(この貯水槽が中の人間から魔力を搾り取るものなら、この液体で捕えた人間の生命活動を補助しているとみるべきね……ならそれほど危険はないとみていいかしら)
念のため慎重に慎重を重ねて内部の液体に関しても調べてみる。
詳しくはわからないが、少なくとも毒性の物ではないようだ。
「……いいわ。生きている人を引き上げてあげて」
「よしっ」
テスラから許可を得たダンが貯水槽の中で漂っていた冒険者風の男女を引っ張り上げる。
申し訳ないが明らかに息のない人間に関しては後回しだ。
「おいっ! しっかりしろっ、生きてるか!?」
「……うぅ……」
床に横たわらせた男に呼びかけ軽く揺さぶる。
まだ肉体は暖かく呼吸もしている。生きているはずなのだ。
するとほんの僅かであるが反応があった。意識はなくかなり衰弱しているようだが、少なくとも命に別状はないようだ。
(……)
ほっと息をつくダンの傍らで、テスラは改めてこの場所について考えを巡らせていた。
――この貯水槽は人間を閉じ込め生命を維持すると同時に魔力を搾り取るための物。
こんな技術についてはテスラの知識にはなかったが、術式具の技術を応用すればおそらく可能だろう。
問題なのは搾り取られていた魔力が何処に送られ、何に使われていたかだ。
(あの二人が行方不明になった冒険者だとすれば……)
おそらくこの施設は以前から稼働していたのだろう。見る限りそれなりの年月、人が立ち入っていなかったようだが、放置された自動人形が整備を行っていた見るべきか。
ここ最近になって活発に動き出し、噂にまでなってしまったのは魔力の燃料が尽きて代わりを確保しようとしたからか。
(どこの誰だか知らないけれど……)
肉も皮も失い白骨となって貯水槽の中で漂う遺体に憐みの感情を抱く。
どんな死であれ悼むべきものなのだろうが、これは人の死に方とは思えない。
(アーガイン卿はこの事を把握していたのかしら……?)
知っていたのか、知らなかったのか――どちらの可能性もあり得るというのが現在の見解だ。
領主と言えど領内の全てを把握しているわけではないし、この施設が今まで人目に触れなかった以上かなり厳重に隠されているのだろう。
そもそも内部に入るのに古代遺物を起動しなければならないというだけで発見は困難だ。
知らないと言われればそれまでだろう。
(でも……)
それでも思い悩むのはシャーネの「嘘はついていないが、本当の事も言っていない」という発言が引っ掛かっているからだ。
相棒への信頼故に常識的な判断に揺らぎが生じる。
(……いや、ここで私が考えても仕方がないわね)
空転し続ける思考を強引に断ち切る。
今回の一件は明らかに自分たちの手には余る。奇妙な施設の発見と行方不明者の発見だけで十分と思うべきだろう。
あとは自分たちの報告を受けた上に任せてしまえばいい。これ以上の深入りは危険だ。
(――ならあとはシャーネたちとの合流が先決ね)
丸投げのような気もするが、己の裁量を越えた事態に勝手な判断を下すほうが無責任というもの。
そう決めてダンへと声をかけようとして――
「……ッ!?」
ズシンッと施設全体を揺らす振動が足元から響いた。




