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宿らされた者  作者: 鋼矢
第三章
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56 情報収集

 一夜明けて早朝。

 宿で朝食を済ませた六人は学生組と監督役で一旦別れることとなった。

 実戦演習に赴く前に、この街の沈んだ空気に関して調査することになったからだ。

 学生組は街の住人からの情報収集。

 監督役の二人は街の責任者から話を聞く予定である。

 この規模の街の責任者であれば相応の地位である貴族のため、学生がなんの伝手(つて)もなく訪ねても門前払いされるだろうが、軍属の魔術士と騎士である二人ならば無視されることはないだろう。


「――そういうわけだから本当に、ほんとーにっ、残念だが一時お別れだ。姉さんも頑張ってくるからルークもしっかりな!」

「うん……何事もなければそれが一番だけど、情報収集はちゃんとやるから姉さんも頑張ってね」

「ああ、もちろんだ。私に任せておけ!」

「はいはい、行くよー」

「ああっ!? ちょっ、テスラ!? 後生だからもう少しだけ!」


 このままではいつまでたっても出発できん、と昨日の焼き直しのようにシャーネの首根っこを引っ掴んだテスラが会話を切り上げる。 

 筋力ではシャーネの方が上のはずなのだが、為す(すべ)なくズルズルと引き摺られていった。

 おそらくあの二人は学生の頃からああいった関係なのだろう。

 一見するとシャーネにテスラが振り回されているように見えて、その実、精神的上下関係は逆といったところか。


「それじゃあ僕らも動こうか? 街の人に色々と聞き込んでみよう」


 二人を見送ったルークの言葉に学生組も動き出した。




 情報収集と言ってもそれほど大仰なことではない。街の住人に最近の出来事について訊くだけである。 

 それぞれ手分けして道行く人々や商店の店主などに最近変わったことはないか訊いてみる。

 しかし――


「さて、何のことじゃろうかの。儂の知っとるかぎり妙なことはないはずじゃが」

「ふむ、そうか。邪魔したな、ご老体」


「んー、悪いけど心当たりはないねえ。うちの焼き菓子でも売れてくれたら何か思い出すかもしれないけど……」

「――なら一つだけ」


「変わったこと? 別に何もないよ。エントの街は平和そのものさ……それより君、可愛いね。良ければお茶でも一杯どうかな?」

「役立たずに用はないので一昨日きやがってください」


 話を聞いた誰も彼もが、判を押したように『なにもおかしなことはない』の一点張りである。

 ――途中、クロエがモソモソと焼き菓子を食べたり、リーシャに袖にされ顔を真っ赤にして腕を振り上げた男がダンに制止されたりしたのは余談である。


「参ったな。これだけ聞き込んで何もなしか……」

「シャーネさんの勘違いだったのでしょうか?」


 リーシャが首を傾げて懐疑的な言葉を発するが無理もあるまい。

 午前中一杯の時間を使って手がかり皆無なのだから。

 しかし四人の中で唯一シャーネの事を良く知るルークの考えは違った。


「――最後に一か所だけ行っておきたい場所があるんだけど……いいかな?」


 そう言ったルークの向かった先は人通りの多い場所から少し離れた酒場である。

 食堂を兼業としているような酒場ではなく、純粋に酒を提供とすることを目的とした店。

 夜ならばそれなりに賑やかかもしれないが、真昼間からこのような場所に入り浸る人間は真っ当な人種とは言えないだろう。


「入るのは僕一人でいいから、みんなは外で待ってて」

「あっ、ちょっとルーク?」


 三人にそう言い残してルークは物怖じせずに酒場へと足を踏み入れた。

 その様子は妙に手慣れていて、今まで何度も足を運んだような感じである。


「――いらっしゃい」


 酒場に入ったルークはカウンター奥の店主らしき人物の声に迎えられた。

 黒髪で顔に一筋の傷を刻んだ男は一瞬胡乱(うろん)げな視線をルークに向けたが、すぐに目線を落とし仕事に戻る。

 子供の飲酒は道徳的に望ましくはないが、王国では明確に法で禁じられているわけではない。

 しかしこういった場所に足を運ぶには、ルークは齢若く些か小奇麗過ぎた。


「エルトゥを一杯お願いします」

「――まいど」


 店主の視線に関しては気づかないふりをしてルークは注文を口にした。

 エルトゥは程よい酔いと手ごろな値段が人気の大衆向けの酒である。


「相席失礼しますね」

「……ふん」


 注文したエルトゥを片手に、入店した時から店内で目を付けていた人物の近くに座る。

 ごく普通の身なりをした男だが、ルークを見据える目つきは冷たく鋭い。


「いい街ですね、賑やかで。……でも少し沈んだ雰囲気が漂っている気がします」

「……最近妙なことが続いているみたいだからな。それも当然だろう」


 ルークがエルトゥを男の前に置き軽く話をふると、男は陰鬱な声で答えた。

 

――少し不思議に思っていたことがある。

 

 街で話を訊いた全員が例外なく『なにもおかしなことはない』と答えたことだ。

明確に具体性を持った質問であればそうしたこともあるだろう。

 しかし質問内容は『なにかおかしな出来事はなかったか?』である。

 こうした範囲の広い質問であればなんらかの――それこそ自分の日常生活に関してなど――答えがあってしかるべきなのだ。

 にも関わらず誰もが同一の答えでは、口裏を合わせている可能性を考えるべきだろう。

 それが意図的なものなのかは分からないが、真っ当な住人に質問しても無意味なら真っ当でない住人に質問すればいい。


「……妙なことですか。街ではそんな話は聞きませんでしたが」

「普通の奴なら都合の悪いことは隠しとくだろうよ」


 特に余所者にはな――言外にそんな含みを持たせながらエルトゥを呷る男。

 酒一杯で話せるのはここまでということだろう。

 ルークは黙って硬貨を取り出すとテーブルの上に置いた。

 高額というわけではないがはした金でもない――まあ、悪くない金額といったところか。


「――エンディス湖の水が濁っただとか、調査に向かった冒険者が行方不明になっただとかいう話を聞いた覚えがあるな。……領主は調査団を編成するから不穏な噂を流さないように、とか言ってたらしいが」


 硬貨を懐に納めた男は話はあくまでも噂だが、と念押しして話を終えた。

 これ以上は特に何も聞けそうにないと判断したルークは酒場から外に出る。

 そして心配気に酒場の様子を窺っていた三人に、入手した情報を話すことにした。


「――つまり俺たちは騙されていたということか?」

「いや、そういうわけじゃないよ。街の人たちは『おかしなことはない』って答えただけだからね。あくまで噂話だけなら『おかしなこと』ではないんだろうさ」


 話を聞き眉根を寄せたダンの言葉を訂正する。

 実際、ルークは騙されたとは思っていないからだ。


「一応『隠し事』ってことにはなるかもしれないけど、僕らはただの学生だ。彼らに正直に答えなきゃいけない義務はないし……自分の住んでいる街を守ろうとするのは自然なことだよ」


 ルークたちはこの街の住人からすれば余所者でしかない。

 もしも不確かな噂話をして、王都でエントの街の悪い噂でも流れでもしたらたまらない、と思うのは無理もないことだ。

 ルークの言葉にリーシャも頷く。


「それに領主の人が調査すると明言している効果も大きいでしょうね。飴と鞭と言いますか……信用を得つつさり気なく口止めしてるみたいですし」


 これが住民の生活を圧迫する領主であったり、街に明確な危険が差し迫っているのであれば話は別だろうが、今はそういうわけではない。

 領主は特に住民を虐げているわけではなく、住民の不安の原因に関しても調査すると宣言している。

 そして多少妙なことがあったとしても、それがすぐに彼らの生活に直結するわけでもない。

 であれば、沈黙を保ち様子を見たところで何の支障があろうか。


「状況は一応わかったけど、どのみち俺たちだけで判断はできないな。これで情報収集は終わりってことで、あとはテスラさんたちと話し合って決めよう」


 最後にクロエが話を纏めて、ルークたちは一旦宿に戻ることにした。

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