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宿らされた者  作者: 鋼矢
第一章
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6 試験

 この世界において『魔力』というものは、保有量に差はあれど概ね誰もが持っているものである。

 しかしその魔力を技術として扱うことができるのはほんの一握り、素質を持って生まれた者だけである。

 

 ――もしも彼らの数がもっと少なく、この世界の種族が人間だけであれば彼らは差別や迫害の対象となっていたかもしれない。

 しかし幸か不幸か、彼らは絶対数こそ少ないものの団結できる程度にはこの世に生まれおち、加えて世界には『化外』という明確な人類の敵が存在していた。

 そうした環境の下、長い歴史の中で彼らは徐々に権力者層――支配者階級へと食い込んでいった。

 

 そうして立場を得た彼らは、自分たちの価値(・ ・)を維持し続けるために同じ立場の者たちと積極的に交流し、さらに在野の素質を持つ者たちを取り込んでいった。

 その結果、魔術の素質を宿す血は凝縮され、同時に独占され、現代の素質を持つ者たちはほぼ貴族の血を引く者たちである。

 ただし彼らとて遡っていけば別に始めから貴族だったわけではない。現代でも平民の中から素質を持って生まれてくる者はいる。

 だからこそ軍事力と直結するそれらの人材の確保のために、王立学院への入学試験は王国全土を跨いで行われるのである。


「凄い人の数だな……」


 王立学院の入学試験会場の前にて、溢れかえった人々を見て呆然とルークは呟いた。これほど人が集まるのを見るのは一年の間に何度かある祝祭の時くらいである。

 しかし考えてみれば当然だ。王立学院に入学し魔術士や騎士になる――平民が貴族社会へと成り上がる数少ない手段だ。多少無理をしても駄目元で試験を受けにも来るというものである。


「ルーくん!」


 聞き慣れた自身の呼び名に振り向くと、栗色の髪を伸ばした少女がお供の少年二人を連れて駆け寄ってくるところだった。

 清潔感のある白い半袖ブラウスに空色の膝元までのスカートという涼しげな装いだ。


「トルテ、それにアイクにケルン。まさか試験を受けに来たの?」


 あの日、両親に魔術士になりたいと告げて六年。幼子から少年少女へと成長した幼馴染へ訝しげに問いかける。


「ははっ、まさか。僕らには素質がないからね」

「今日はルーくんの応援に来たのよ。試験頑張ってね!」

「トルテがどうしてもって言うから仕方なくな。感謝しろよ!」

「ああ、わざわざありがとう」


 ケルンに言われた通り素直に感謝しつつ、内心でホッと安堵する。なぜなら彼らがもし試験を受けたとしても、合格することは絶対(・ ・)にあり得ないのだ。

 理由は極めて単純、彼らには魔術式を見ることができないからだ。魔術を行使する際に構築される魔術式、これを視覚で捉えることができるのは魔術士か騎士の素質を持つ者だけである。

 おそらく集まった受験生の大半が、トルテたちと同じく魔術式を見ることができないだろうが、農村の住民などにはそういった基本的知識もないのだから仕方がないと言えるだろう。


「そういえばクルトは?」

「興味がないとか言ってたわ。本当に素直じゃないんだからっ」


 どこか呆れたようにトルテが答える。

 あの日の一件以来、クルトはルークに一目置きつつも事あるごとに突っかかるようになった。

 有り体に言えばライバル視しているのである。そんな相手の応援にはさすがに来れまい。


「それじゃあそろそろ行ってくるよ」

「ルーくんならきっと合格できるわ。応援してるからね」

「俺は別に応援なんかしないけどな」

「ケルンってば……」


 幼馴染たちの応援の言葉を背にルークは試験会場へと足を踏み入れた。




 王立学院の入学試験は公平を期すために同一の試験官によって行われる。

 試験は王国の主要都市で行われ、試験官は半年近くかけて王国全土を巡って試験を行う。

 これは農村などの埋もれた人材を取りこぼさないための措置である。貧しい農村の住民にとっては学院のある王都に赴くだけでも重い負担になるからだ。

 ルークたちの住むフォルトムも試験会場となる街の一つであり、この時期は近隣の町や村から受験希望者が集まり、そうした人々をターゲットとする露天商や大道芸人も集まり街を賑やかすのであった。


 ルークが会場入りして間もなく試験の説明が始まった。試験官は浅黒い肌と剃髪した頭が印象的な、厳つい顔をした三十代頃の男性である。

 

「試験の数は全部で五つ! 一次試験を通過した者のみ二次、三次、四次試験を受けられる。五次試験を受けるのはこちらから指定した者のみだ!」


 試験官の説明する第一次試験の内容はシンプルなもので、彼の展開する魔術式を読み取りそれを報告すること――おそらく会場の受験者の大半がここで落ちることになるだろう。

 シンプルであるが極めて明確に素質の有無をはっきりとさせる試験と言える。

 さすがにこれで落とされることはないので、比較的気楽な気持ちで試験管を見ていると――


「……クッ」


 思わず笑いが漏れそうになった。なぜなら試験官が組み上げた魔術式、その形は可愛らしい兎の姿だったからである。

 勿論こんな魔術式に魔力を通したところで魔術は発動しないだろう。しかしこんな代物を大真面目な顔をして展開しているとは思いもしまい。

 強面の顔に反してなかなか剽軽(ひょうきん)な性格をした試験官らしい。

 

 ――すでに兎の形をした魔術式を読み取ったらしい幾人かは試験官の元へと向かっている。

 その顔に浮かぶのは苦笑や疑問といった表情だ。ただし中には駄目元で向かい、敢え無く不合格を言い渡されている受験生もいるようだ。

 ルークとしては急ぐ理由もないので、ある程度人が減ってから試験官の元に向かい、無事に合格することができたのだった。




「これよりお前達の素質について調べる!」


 第二次試験――これは試験というよりも適性について調べるためのものである。魔力を扱うことができる素質を持つ者は大別して二種類に分けられる。

 魔術式を構成し魔術を操る魔術士としての適性。魔力でもって自身と持ち物を強化できる騎士としての適性。

 どちらの適性があるのかはわかりやすく、騎士としての適性のある者は幼少期より極めて高い運動能力を持つ――身体能力だけで街を囲む防壁を乗り越える某ブラコンのように。

 自分でどちらなのかはっきりとわからないものに関しては、試験官が直接確かめるようだ。

 ルークはもちろん魔術士としての適性ありと申告した。




「――こちらの結晶に軽く手を触れてください」


 第三次試験――保有魔力量を測る試験で、試験としてはここからが本番と言える。

 内容は奇妙な文様が刻まれた水晶のような結晶――後から知ったが古代遺物の一種らしい――に手を触れるだけというもので、ルークが触れた際に試験官の表情が変わったのが印象的であった。




「これから魔術式の構築をやってもらう。意味のわからない者は説明をしっかりと聞くように」


 第四次試験――ここからは適性に応じて試験内容も分かれることになる。魔術士適性の試験は魔術式の構築である。

 もっとも貴族階級出身の受験者は別枠で試験を受けるので、この会場に集まったのは大半が平民であり、魔術など行使したことのない者がほとんどだ。

 故に構築のための基礎的な知識が教えられ、どの程度実現できるかで才覚が測られることとなる。

 この試験に至り、始めてルークは悩むこととなった。


(目立つような真似は避けたいけど……)


 悩んでいるのは『特待生』を狙うかどうかである。

 基本的に王立学園での学費は払う必要はない。ただしこれは免除というわけではなく、卒業後働いて返す――裕福な貴族は実家に払ってもらう者が多いが――という言わば借金のようなものである。

 借金と言えど無利子無担保であるし、魔術士や騎士は農民などとは比較にならない高給取りだ。加えて貴族に成り上がるチャンスとなれば平民側が躊躇する理由はなく、王国側も育てた人材をスムーズに取り込むことができる良くできた制度と言えるだろう。

 

 ただし何事にも例外は付き物で、入学試験と年間学業で最優秀と認められた学生に関して年間学費の完全免除という『特待生』という制度もある。

 これは学生の学業意欲を高めるための制度である。特に平民出身の学生は貴族出身の生徒に対して教育環境に差があるので、彼らの発奮を促す必要があるのだ。


(……でも学費免除は美味しいし)


 傲慢かもしれないが、本気を出せば特待生になれる自信はあった。他の受験生には悪いが、忌々しい『知識』にはそれぐらいのアドバンテージがある。

 また、仮に特待生になったとしても当人が望めばそれが公表されることはない。

 これは優秀な血を家へと取り込もうとする貴族への抑止のためである。……もっとも漏れない秘密などそうそうあるものではないのだが。


(まあ……なるようになるかな)


 トラブルは御免なので目立つような真似は避けたい、しかし卒業後の事を考えると借金で縛られるのも困る――どちらかを選ぶ必要があったルークだが、最終的に成り行きに任せることにした。

 本気は出さない、ただし確実に合格できるラインは越えておく。これで特待生になったなら良しとすべきだろう。

 そうした思考の下に試験を受けた結果、ルークは数少ない第五次試験の受験生となった。

 



 第五次試験――魔術の実演試験。これは第四次試験の段階で、すでに魔術行使を可能とする受験生のみが受けられる試験である。この試験に挑める時点で合格はほぼ確実なのだが――


(……困ったな)


 五次試験の受験生はルークを含めて三人。しかし最初に試験を受けるのはルークになってしまった。これではどの程度が適正なのかわからない。試験官からも「好きに魔術を使え」としか言われなかった。


「――【迅雷】」


 とりあえず最も使い慣れた攻系魔術を使うことにした。

 アレンジは無しで基本に忠実且つ丁寧に――術の行使を終え振り返ると、試験官と他の受験生の顔が引き攣っていた。


(ひょっとして……やっちゃった?)




 ――半年後、全ての都市での試験が終わり厳密な審査の結果、ラグリーズ家へ以下の通知が届く。

 『ルーク・ラグリーズ。特待生としてエルセルド王立学院への入学を認める』。

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