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宿らされた者  作者: 鋼矢
第三章
55/65

51 手合わせ2

 魔術士や騎士の実力というものは容姿で量れるものではない。

 というよりも簡単に実力を理解されるようでは三流であるとテスラは思っている。

 勿論立場上侮られるわけにはいかない者もおり、そうした人物はむしろ分かりやすく能力を示す。

 誰もがテスラのような考えを持つわけではないのだ。

 むしろ多くの人間は『容姿』という第一印象で対象を判断しがちだろう。

 どう見ても弱者にしか見えない人物が国防を担っているようでは民衆は不安を感じて当然である。

 ――であれば理解しやすい能力の誇示というものにも意味があるのだ。


(そういった点からすればこの子は落第かな。どう見ても強そうには見えないし)


 ルーク・ラグリーズ――昨年度の魔術適性における特待生で、王立学院学院長アルディラ・ネル・ルミナスが手ずから鍛えている生徒であり、自分もよく知るシャーネ・ラグリーズの弟にあたる。

 昨年の模擬戦では同期でも上位に入る貴族生徒相手に危なげなく完勝し、既にいくつもの攻系魔術を収めている。

 学院での勉学姿勢は真面目そのもので、様々な講義を積極的に受講し好成績を修めている。

 最近は術式具に関心があるようで、その方面に高い才覚を示すコルネリア・レル・ニースと交流を持っている。


 ――つらつらと学院側から受け取った相対する少年の情報を脳裏に浮かべ、テスラは内心で呻き声を上げた。


(つまり十分すぎるほど私の手には余るってことなのよね……)


 というかシャーネの弟という時点で関わりたくない。

 はっきり言って何をしでかすか分かったものではないのだから。

 できることなら今すぐ実力試しなど止めたいところだが、これは監督役としての仕事の一環なので自分から放棄するのは許されない。


(詰んでるなー、私……)


 軽く心中で愚痴ってから、すっぱりと割り切り思考を切り替える。

 このあたりの切り替えの早さは、学生時代に同室の生徒の起こす騒動に巻き込まれるうちに身についたものだ。

 事が起こるまでは受動的でも、起きてしまった以上は能動的に動くに限るというのが学生時代の教訓である。

 

「――それじゃあ始めるね」


 ルークに一声かけたテスラは魔術式を構築する。

 情報通りであれば相手は近接戦の心得もあるのだ。

 武器を持っているこちらが有利ではあるが、魔術戦で方がつくのであればそれに越したことはない。

 ――ただし少しばかり小細工も行っておく。


「【迅雷】」


 まずは小手調べ。

 無論これが通じるとは思っていないが、アルディラからの情報の正確さを確かめることができる。

 無意味なハッタリをする人物ではないと知ってはいる。

 しかし同じくらい稚気が抜けていない人物でもあると知っていた。

 つまりはテスラはアルディラを信頼はしても信用は全くしていなかった。


「【導雷】」

 

 空を奔った雷撃ルークの展開した防系魔術によってその道筋を外され、全く見当違いの場所へと命中した。

 この時点でテスラは舌を巻く。

 攻系魔術に対する適切な防系魔術の構築。

 同じことができる魔術士が魔術士団にもどれ程いるだろうか。


 ――けれども問題はない。もともとこの程度が可能だということは聞いていた。

 故に次の展開のために先の魔術で打った布石が意味を持つ。


「【蒼槍】」


 間髪入れずテスラが生み出したのは鋭い穂先を持った氷の槍。

 術式構築速度は先の魔術の比ではない。

 こちらの術式構築能力を誤認させるために、先程は敢えて遅めに魔術を放ったからだ。


「【断壁】」


 しかし構築速度を上げたテスラの魔術にもルークは問題なく対処する。

 構築された魔術はダンとの手合わせでテスラが使った防系魔術。

 光の膜を展開するこの魔術は一定以下の攻系魔術を無力化するが、逆に言えば一定以上の魔術や物理攻撃には無力という特性を有している。

 相手の能力がはっきりとわかっていれば有用だが、そうでなければ実戦で使うのは躊躇う魔術だ。


 ――さて、目の前の少年はこちらの術式を読み取った上でこの防系魔術を選択したのか?

 それとも手合わせで殺傷能力の高い攻系魔術は使わないだろうという判断のもとで展開したのか?

 いずれであったとしてもテスラのやることは変わらない。

 どのみち初めからこの魔術を当てるつもりはないのだから。


「――ッ」


 テスラより放たれた氷槍は、ルークが展開した光の膜に触れる直前で形を失い霧散した。

 【蒼槍】の基本術式を彼女なりにアレンジした結果である。

 霧散した氷槍は霧となってルークの視界を塞ぎ――そこにテスラが踏み込んだ。


(せぇのおっ!)


 刃先を鞘で覆った槍を勢いよく突き出す。学生故に殺傷力のある攻撃は控えているが、同時に手加減する気もあまりなかった。

 与えられた情報からするとそんなことが必要な相手とも思えなかったし――個人的な八つ当たり気味の感情も少しばかりある。

 主に彼の姉とか学院長とかに対するものなのだが。


 元々学生時代の彼女はこうした近接戦闘の技術は持ち合わせていなかったのだが、どうしても必要に駆られて身に付けざるを得なかった。

 おかげで魔術士どころか、身体強化頼りの低能騎士であれば軽くあしらえる程度の実力がある。

 だからこそ先に打った奇襲の効果も合わさり、この一撃にはそれなりに自信があったのだが――


(うわー……まじですか?)


 目の前の少年はまるで予期していたかのように、あっさりと回避を成功させた。

 テスラも勿論それで終わらず、続けざまに突きを繰り出し時に払いへと変化させるが、まるで当たらない。軽いステップで躱され続ける。


(ちょっと、この子……!?)


 その動きを見てテスラは気づく。これは単純に回避技術だけの問題ではない。

 純粋に身体能力がおかしいのだ。意識的にか無意識的にかは知らないが、彼は明らかに身体強化を行っている。


(まさかの両適性持ちとはね。……学院長が目を付けるわけだわ)


 極めて希少な魔術士適性と騎士適性の両面を持つ生徒。

 同じ両適性持ちのアルディラが態々(わざわざ)直々に鍛えるはずである。


 ――もっともそんな情報は彼女の耳には入っていなかったのだが。


(性悪学院長め……さては私のことも驚かせるつもりだったわね)


 学生時代からアルディラの性質(たち)の悪い悪戯に振り回されてきたテスラは、卒業してからも解放されないのかと嘆いた。

 同時に同じように彼女に目を付けられてしまった少年を少しだけ不憫に思う。


(まあ、それはそれ、これはこれっと!)


 とはいえ手を抜くつもりは全くない。

 今までに勝る勢いで槍を振るう。

 たまらず大きく後退したルークに対し、攻撃しながら構築した追撃の魔術を放つ。


「【弾雷】ッ!」


 更に速度を重視し威力で劣る攻系魔術。

 当然これで倒せるとはテスラも思ってはいない。

 あくまでも牽制、一息ついて追撃に移るための前振りのつもりだった――のだが、


「――ぐっ!?」


 躱されるか防系魔術でもって防がれると思っていた魔術は何故か(・ ・ ・)直撃し、少年の体は弾き飛ばされた。

 そのままルークは仰向けに倒れ動きを止めるも、テスラは動かない。

 何らかの罠かと警戒しているのだ。そこに――


「……参りました、降参です」


 倒れた姿勢のまま両手を上げ、ルークが降参を告げた。

 その声を耳にしたテスラは構えていた槍を下ろし、少し考える。

 どうにも腑に落ちない。手合わせの前半に見せた彼の能力であれば十分に対処できる流れだったはずだ。

 やがて考えが纏まったのか、倒れた体勢から起き上がったルークの傍に近づく。


「――な、なんですか?」


 じーっと瞬きもせず、間近から自分の顔を覗き込んでくる年上の女性の姿にルークの声が上ずった。

 なにか不味いことをしただろうかと頭を巡らすが思い浮かばない。

 そんな彼にテスラは問いかけた。


「君……ひょっとして私に気を遣った?」

「……えっ!? ……え、えっとなんのことですか?」


 ――図星だったらしい。表情には変化がないが、雰囲気から丸わかりである。

 この年頃であれば自身の力をひけらかしたいと思っても不思議ではない――実際テスラの同世代の男子生徒はそうだった――のだが、どうやらこちらの面子に気を遣ったようだ。

 しかしそうした考え方のわりに嘘をつくのは苦手らしく、妙な部分で子供っぽいところがあるとテスラは感じた。

 どうにも姉とは別の方向性でズレた部分があるように思う。


「――生意気。子供が変に気を遣うものじゃないわ」

「あたっ」


 とはいえ別に腹が立ったわけではないが。この辺りに関しては姉によく似ている。

 お仕置きも兼ねて軽くルークの額を小突いたテスラは、こちらに向かってくるシャーネとクロエの姿に軽く片手を振った。

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