50 手合わせ1
緊張に体を強張らせながら眼前の相手を注視する。
一見して決して強者には見えない。むしろ煌びやかなドレスで着飾れば、瞬く間に社交場の華となれるような美しい女性だ
しかしそんな女性を相手に、クロエは自身が打ち勝つ姿をイメージすることができなかった。
「――いきます」
「――んっ、こい」
態々宣言するような真似をしたのは自分に活を入れるためだった。
そうでもしなければ、何時までも硬直したまま体を動かせそうになかったからだ。
「――シッ!」
数メートルの距離を一息で詰め、両手で握った剣を振り下ろす。
幼い頃から幾度となく繰り返してきた型。初めは剣を持ち上げることすら苦労したが、今では呼吸のように行える。
だが――斬撃はあっさりと空を切った。
「――フッ!」
勢いを落とさず切り返し胴を薙ぐ。腕を狙い足を狙い、剣だけではなく時に蹴りを繰り出し、片手でもって肘を突き出す。
その全てが当たらない。完全に動きを読まれ紙一重で避けられる。
その気になればこちらを斬りつけることも容易だろうに、相手の剣は未だ一度たりとも振られていない。
(こんのおっ!)
自分が最強などとは思ったことはないが、こうも容易く手玉に取られるなど初めての事だった。
恨みはない、憎しみはない、妬みはない――だが、せめて一矢報いねば気が済まない。
そんな想いのまま強引に踏み込み斬撃を放つ――金属と金属がぶつかる耳障りな音が響いた。
見ればようやく相手はこちらの攻撃を受け止めていた――片手で握った剣で。
「うむ、だいたい理解した」
そのまま振るわれた剣に込められた力は異常そのもので、クロエは抗すること敵わずそのまま押し飛ばされる。
「くっ!?」
地面に剣を突き立て足を踏ん張りどうにか止まったクロエの瞳に、一息で間合いを詰めた金髪の女性の姿が映る。
慌てて体勢を立て直し、大上段から振り下ろされた剣を受け止め――
(――重っ!?)
――きれず、とっさの判断で受け流すことに意識を傾注する。
どうにか受け流しに成功したクロエだが、安堵する暇は与えられなかった。
まるで澱みを感じさせぬ斬撃の嵐を前に、全精力を傾け防衛線を築く。
剣と剣が打ち合わさる音が響き、火花が散る――自然と彼女は理解せざるを得なかった。
――膂力で上をいかれている。
――魔力で上をいかれている。
――剣技で上をいかれている。
――経験で上をいかれている。
勝てる要素など何一つない――そんな相手を前に彼女は、脅威は感じても恐怖は感じなかった。
刃を交えるうちに気づいてしまったからだ。この剣には己を打ち倒そうとする悪意など微塵もなく、ただただ自分に足りないものを教えてくれようとしていることに。
(――ふふっ)
自分でも意外なことにクロエは笑った。
剣の修練は彼女にとって幼い頃からの義務だった。辛いとは思わなかったが、愉しいと思ったこともない。
そんな自分が今の瞬間を愉しいと思っていること――それが可笑しかったのだ。
――せっかくだから楽しめるだけ楽しもう、そう思ったクロエは再び剣を構えた。
見上げた空は蒼かった。
こちらの気も知らず鳥が時折鳴き声を上げながら、悠々と翼を広げ舞っている。
大の字に寝転がり息を荒らげる自分とは大違いだ。
「とても良い剣筋をしていたな。将来が楽しみだ!」
疲れはて倒れ伏した自分とは対称的に、剣を交わした金髪の女性――シャーネは全く息をきらしていなかった。精々薄く汗をかいているくらいだ。
ここまで力量差を見せつけられるといっそ笑えてくる。
「そのわりに……全然……相手にならなかった……気がするんですが……?」
息も絶え絶え疑問を呈す。
こんな有り様で誉められても、あまり説得力がない。
「そんなことはないと思うぞ? 私も細かいことはよくわからないが、二年次でここまでの腕があるなら十分だろう。正規の騎士の中には君よりも弱い者もいるからな」
「そう……です……か」
嘘やお世辞を口にするような人物ではなさそうなので、賛辞は素直に受け取っておく。
出会って間もないが、基本的に素直で正直な気性の女性のようだ――若干ズレたところがあるような気もするが。
少し方向性は違うが、そういったところは弟に似ている気がした。根が優しいところも含めて。
(うーん……)
女性らしい容姿や騎士としての実力の高さも併せて好感の持てる女性だ。
ただ同時に劣等感を刺激される部分もあった――主にスタイルの面で。
「さて……テスラの方はどうなっただろうな?」
そう言ったシャーネは彼方の方へと視線を向けた。
◇ ◇ ◇
ダン・アルバスは魔術適性の学生である。
平民出身で術式構成力は話にならないが、反面膨大な魔力量を誇り、昨年は徹底して簡略化された術式――【弾魔】でもって貴族生徒を降した。
これは彼にとって一つの自信となっていたのだが、ここにきてダンは自身の未熟さを痛感せざるを得なかった。
「ぬぅ……【弾魔】ッ!」
撃ち放ったのはダンにとってほぼ唯一とも言っていい攻系魔術。
直線的で威力も低いが、彼の魔力量でもって弾幕とも呼べる程の数が標的に殺到する。
これが騎士適性の者であれば回避に専念するか、多少の傷を覚悟で強引に突破を図っただろう。
しかし――
「【断壁】」
術者の一声によって虚空より出現した光の防壁の前には、ダンの魔術はあまりに無力だった。
攻系魔術を防系魔術でもって防ぐのは実戦的ではない――これは事実だ。
しかしそれは様々な攻系魔術を防ぐためには適切な防系魔術を選択せねばならない、という後出しの特性によるところが大きい。
よって初めから相手が使う魔術の性質や規模がわかっていれば、この優位性は意味をなくす。
学院側から予め担当生徒に関する情報を受け取っていたテスラにとって、ダン・アルバスという少年への対処はあまりにも容易だったのだ。
「――さて、そろそろ降参してくれると助かるんだけど?」
「……むぅ」
テスラから降伏勧告を受けたダンの顔が悔しげに歪む。
正直に言えば敗北を認めるのは屈辱だ。だが、現状自分にはあの防系魔術を突破する手段がない。
鍛え上げた自身の肉体には自信があるが、それでも正規の魔術士の攻系魔術に耐えられるようなものではない。
悔しい――悔しいが、それでも現実と向き合う者にこそ更なる飛躍が望めるのだ。
「……わかった、降参する。俺の負けだ……ではなく、負けです」
「はい、お疲れ様。それと敬語はいいよ……私はそういうのあんまり頓着しないし」
テスラは乱れた薄紅色の髪をかき上げながらそう言った。
よく見れば整った顔立ちをしているのだが、言葉の端々からどうにも疲れた印象を受ける女性だ。
「ええっと、じゃあ次は……リーシャ・ノイ・クレースさん?」
「あっ、私は遠慮しておきますー」
視線を向けられたリーシャはあっさりと首を振った。
彼女はルークたちと出会った頃に比べると、だいぶ伸びた菫色の髪を三つ編みにして纏めている。
「……やらないの?」
「私は四人の中では最弱です。魔術もほとんど使えませんし、身体能力も高くないのです。なので非戦闘員ということでお願いします」
「んー、まっ、いっか」
リーシャが口にした言葉は客観的事実であった。
実際テスラが学院側からもらった情報もそれを裏付けている。
彼女の言う通り無理に実力を確かめる必要もないだろう。
(まあ、こういう娘の方が敵対すると面倒なんだけどね)
主に何をしてくるかわからないという意味で。
彼我の実力差を正しく理解して油断も慢心もない人間は、その差を埋めてくるために何をしてくるかわかったものではない。
面倒なのが大嫌いなテスラとしては、向こうから戦闘放棄を提案してくれるのであれば喜んで乗らせてもらう。
それになによりも――
「それじゃあ、あとは……ルーク・ラグリーズ君?」
「はい、よろしくお願いします」
この子が一番面倒そうだし――テスラは丁寧に頭を下げてくる少年を前に心中で嘆息した。




