5 両親
衛士たちの詰め所で大まかな事情を聴取され、たっぷりと絞られた後に解放された子供たち。
今頃は其々の自宅に帰り、迎えに来た親たちに絞られていることだろう。
そしてルークとシャーネはと言えば――
「それで……どうしてこんなことをしたのかしら?」
現在、母アリシャの前で冷や汗を流しながら正座中である。
「街の外は危ないってお母さん教えなかったかしら?」
豊かな蜂蜜色の髪を靡かせた母は子供の贔屓目を抜きにしても美人だと思う。
加えてただ美人なだけではなく、母には包み込むような柔らかな暖かさがあった。
「大勢の人に迷惑をかけて……その上、化外と戦うなんて」
ルークとしては抗弁するつもりはない。状況だけを見れば自分の行動に対しての後悔はない。
もしもあと僅かでも辿り着くのが遅ければトルテは命を落としていただろう。
しかしそれはあくまでも結果論だ。思い返してみれば自分の行動に迂闊なところがあったことも否めない。
――だがシャーネの意見は違ったようだ。
「ですが母上ッ! 騎士を目指す者として友達の危機を見過ごすわけには――!?」
抗弁しかけた姉の言葉が止まる。母はなにもしていない、ただじっと静かに見つめただけだ。
日頃は笑顔を絶やさない女性の無表情。それがひたすらに怖い。
「言い訳は騎士に相応しい所業ではないでしょう?」
これがアリシャの怒り方なのだ。
怒鳴るわけでなく暴力を振るうわけでもない。視線を合わせてじっと見つめる。
それがたまらなく恐ろしい。姉弟と同じ蒼い瞳の奥に静かな炎が揺らめいているように感じる。
「……ごめんなさい」
「…………」
母は黙ったまま姉と自分の肩に手を置く。何をされるのかわからず身を固くするが――
「……?」
ふわりと柔らかく温かいものに姉共々包み込まれた。
「本当に……心配させて……」
自分たちを抱きしめる母の身体が小さく震えていることに気づく。
どうしようもなく罪悪感がこみ上げてくる。今も変わらず自分の行動に後悔はない。
だが、その行動が齎したものの重みをようやく理解した。
「……ごめんなさい」
「……申し訳ありません」
今度ばかりはシャーネも大人しく謝罪の言葉を口にする。
もしも今後同じ場面に遭遇すれば、同じような行動をとるだろうとは思う。
友人を見殺しにしかねない選択を取ることなど、彼女の在り方のうえであり得ないからだ。
――だが、だからといって心配させたことを謝罪しなくていいというわけではないだろう。
「……うん。アリシャ、そろそろ代わってもらってもいいかな?」
「――そうね、あなたも言いたいことはあるものね」
今まで黙って様子を見ていた男性が声をかける。
エルド・ラグリーズ――アリシャの夫でありルークたちの父である。
茶色い髪をした穏やかな容貌の男性で、身体はそれなりに鍛えられてはいるものの、争い事とは無縁の雰囲気をしている。
実際彼が怒りを露わにところをルークたちはほとんど見たことがない。
しかし今回ばかりはそんな父もやや厳しめの表情をしている。
「――君たちの行動の是非に関して僕からなにも言うことはないよ。実際君たちの行動がなければトルテちゃんは命を落としていた可能性は高いし、……なにより同じことがあれば君たちは同じ行動をとるだろうからね」
どうやら父親なりに子供たちの性質はお見通しらしい。
「ただし……徒に命を危険に曝したこととアリシャを泣かせたこと。この二つに関しては父親として、そして夫として許すわけにはいかないからね」
そう続けて両手を握り二人の頭に振り下ろす。後悔はしていなくとも反省はしていた二人は、大人しくそれを受け入れた。
(――痛いな、すごく)
現実の痛みよりも心がずっと痛かった。
「さっ、もうだいぶ冷えてしまったけれど夕食にしようか。二人とも席に着くといい」
言われてシャーネのお腹が思い出したかのようにグ~と鳴いた。
「そうだ、父上! ルークにも王立学院の試験を受けさせましょう!」
「ブッ!?」
食後、水を飲んでいたルークは姉の言葉に思わず吹き出しそうになった。
(ケホッ……しまった、姉さんにはもっときちんと口止めしとくんだった!)
話がややこしくなるのでクルトやトルテも含めて、化外を倒したのはシャーネであり、ルークの魔術に関しては黙っておくように言い含めておいたのだが、衛士による事情聴取も終わったので話してもいいと判断してしまったらしい。
「……? いきなりどうしたんだい?」
「ルークが魔術を使ったのです! 凄かったのですよ、化外に一撃食らわして動きを止めたのです!」
「あらあら、本当なの?」
「……うん」
観念して頷く。本当はもう少しタイミングを見計らって話したかったが、シャーネが話してしまった以上誤魔化しようがない。
――なにしろ嘘とは縁遠い姉である故に。
「ふむ、血筋を考えればルークにも素質があって不思議ではないけれど……どこで攻系魔術の魔術式なんて覚えたんだい?」
エルドには素質がないが、知人繋がりで魔術の基礎知識くらいはあった。だからこそ少々怪訝な顔で息子に問う。
「……夏至祭で大道芸人が使っているのを偶然見て、それで覚えたんだ」
――苦しい。
自分で答えながらそう思わざるを得ない。確かに素質はあっても才覚にかけた魔術士が大道芸人の類になることはあるし、夏至祭にそうした人物が現れることはある。
しかしそんな人間が攻系魔術を使うというのは無理がある。だがルークには他に上手い言い訳が思い浮かばなかったのだ。
「……成る程。それでルークは魔術士になりたいのかい?」
「それは……」
どうやら深くは聞かないでくれるらしい。
とはいえ、父の質問に答えるのには躊躇する。依然として『知識』への拒絶心はあるのだ。
「なにを悩むことがある? 私も騎士の試験を受けるつもりだからな、一緒に学院に行こう!」
全く悩むことなく散歩に誘うかのように重大な決断を迫る姉の姿に、森での決意を思い出す。
そう、逃げるのは止めたのだ。たとえ忌避する『知識』であっても向き合わねばならない。
「うん、できれば目指してみたいと思う」
「……わかった、それじゃあ試験を受けてみるといい」
あっさりと許可を出す父に思わず問い返す。姉が騎士となり自分が魔術士となれば、商人である父の跡を継ぐ者がいなくなるのだが、それはいいのだろうか?
「子どもが親に気を使うものじゃないよ。僕も別に無理して後を継がせようとは思ってないからね」
それに――と、片目を瞑りながら悪戯気に続ける。
「僕らもまだ若いからね。ひょっとしたら君らに弟か妹ができるかもしれないよ」
「あらあら」
「おおっ、それなら次は妹がいいです!」
そんな話で盛り上がり始める姿に、自分は家族に恵まれたとルークは思う。
「そういえばシャーネ、あなたがルークと学院に行くのは無理よ」
「なっ、なぜですか母上!?」
「なぜもなにも……ルークが入学する頃にはあなた卒業しているでしょう?」
「……あっ」
ポカンと口を開け今更の事実に気が付いたシャーネに思わず三人は笑う。
――だがルークは覚えている。自分たちを守ろうとした姉の小さくも大きな背中を。
その背中はルークの心に長く残り続けることとなった。
次回は時間がとびます。