40 協力
とりあえず少し場所を移して話し合うことになった。
ルークたち三人の前にはクフォンとキトゥが腰を降ろし、他に黒装束たちは周囲に散らばり警戒を行っている。
「……まずは自己紹介。……私はクフォン、リヴェルの民エクルシャンの一族……イショウとキキルの娘。……戦士たちの纏め役をやってる。……よろしく」
そう言って頭を下げるクフォンだが、隣のキトゥは黙ってルークたちを睨み付けるだけだ。
感情のまま情報を漏らした件と言い、どうやらクフォンの言った通り色々と未熟な少年らしい。
「……この子はキトゥ。……いきなり襲ったりして……ごめんなさい」
「だけどクフォン! こいつらがあの村から出てくるのはちゃんと確認して――ッ!?」
丁寧に頭を下げるクフォンに反論の声を上げたキトゥだが、その言葉は彼女が彼の唇に人差し指を当てたことで止められた。
「……黙ってて。……いい?」
「…………っ」
顔を真っ赤にしたキトゥは、コクコクと首を振って頷いた。
「……じゃあ訊くけど……君たちは……あの村の人?」
「いや違うよ。僕らは王都の住人であの村には偶々滞在してただけ」
いいっ!? とばかりにキトゥが顔を引き攣らせ、そんな彼にクフォンが冷たい視線を送る。
この様子から察するに、自分たちが襲われたのはキトゥの独断によるものだったようだ。
「……なら君たちは……あの村が行っている事には……関係ない?」
「クフォンたちが言っていることが何を指すのかは知らないけど、僕らは人から後ろ指を指されるようなことはしてないよ」
特に嘘をつく意味もないので正直に答える。
しかし彼女の言葉からすると、やはりあの村には"何か"があるらしい。どうりで自分たちに対しても警戒心が強かったわけだ。
そしてその"何か"のために『リヴェルの民』である彼女たちが人間の国に入り込み、人を襲うような真似さえしている。
――どう考えても厄介事だ。キトゥの発言から内容にも見当がついているが。
「……わかった。……それならもうあの村には……近づかないでほしい。……危ないから」
「――それは攫われた同胞を救い出すため?」
「お前ッ! 何でそれを知ってる!?」
ルークの言葉にクフォンが眠たげな眼を細め、キトゥが激昂し、その場は緊張感に包まれる。
傍らではクロエはそっと手元の剣の柄に手をかけた。
しかし続けて上がったコルネリアの発言にその緊張感もあっさりと霧散した。
「……なんでもなにも、さっき自分で言ってたじゃないか」
「へっ? ……あっ」
「……はぁ」
キトゥは思い当たる節があったのか間の抜けた声を零し、それを聞いたクフォンがため息をつく。
そして最早隠す意味もないと判断したのか自分たちの事情を話あい始めた。
「……そう、あの村には……私たちの同胞である子供たちが……捕らえられている。……何か悪いことをしたわけじゃない。……彼らは突然……あの子たちを攫っていった。……私たちは残された手がかりを追って……あの村に辿り着いた。……協力してくれとは言わない。……でも……邪魔はしないでほしい」
この通り、と再び頭を下げるクフォンを前に三人は沈黙する。
沈黙の中、コルネリアがルークとクロエの服の袖を引く。目を向ければ少し場所を移動しようとジェスチャーしてきた。
クフォンに視線で問いかければ頷いて許可が出される。
そのまま少しだけ二人から距離を置くとおもむろにコルネリアが口を開いた。
「――どう思う?」
「……俺には嘘をついているようには感じられなかったが」
「同じくです。そもそも『リヴェルの民』が人間の国に入り込んでる事自体異常ですし、……そういう事情なら村人たちの態度にも説明がつきます」
彼女の問いかけに各々答える。
つまりは村人たちは後ろ暗いところがあったからこそ、部外者の三人を警戒していたのだ。
「ならあいつらの話が本当だとして――アタシらはどうする?」
そう、肝心なのはそこだ。
冷たい言い方かもしれないが、これはあくまでも彼女たちの事情でしかない。
無関係な三人は知らぬふりをしても問題はないのだ。
――しかし、
「――俺は協力してやりたい。子供を攫うなんて……許されることじゃない……っ!」
誘拐という所業に思うところがあるのか、クロエは鬼気迫る様子を見せる。剣を掴んだ両手は固く握りしめられ、血の気が失せていた。
「……王都に戻って衛士に通報するという手もあるぞ?」
「コリィ先輩、それはたぶん意味がないと思います」
コルネリアの提案する次善の選択肢をルークは首を振って否定した。
「何でだ?」
「此処から王都までの距離を考えたら子供たちの無事は保障できません。……それに『リヴェルの民』の誘拐なんて小さな村だけで犯す犯罪としては無理があります」
一般的な誘拐の目的を考えるならば、単純に金銭目的や某かの要求を通すための手段といったところだろう。
あるいは誘拐犯の個人的感情に基づくものであるかもしれない。
しかし今回の一件はその何れでもない。
であれば、考えられる可能性としては、
「――人身売買。村の背後に権力者層がいる可能性がある……か」
ルークの言葉にコルネリアもその可能性に思い至り苦い顔をする。
あくまでこの仮説が当たっていた場合だが、もしそうであれば相手次第では通報しても握り潰される可能性がある。
「それに彼女たちだけで事を起こせば、村人が殺される可能性もあります」
別に村人に同情したわけではない。
しかし、たとえ誘拐犯といえど王国民を殺せば今度はクフォンたちが追われる立場になる。さすがにそれは忍びない。
「……まあ、もともと人身売買は王国法で禁じられているからな。貴族の端くれとして放っておくわけにもいかないか」
コルネリアの決断に二人は強く頷くことで賛同の意を示した。
三人はクフォンたちの元へと戻る。彼女はこちらに気を使ったのか、話し合いが終わるまで待っていてくれたらしい。
「待たせてごめん。こっちの結論が出たよ」
「…………」
代表して意思を伝えるルークをクフォンは黙って見つめる。
彼女が何を思っているのか、そのぼんやりとした表情からは読み取れない。
「君たちの同胞の救出だけど……僕らにも手伝わせてほしい」
「……ッ!」
「……んっ」
ルークの言葉にキトゥが何か言おうとしたが、唇を噛み締めて押し黙る。
今まで散々失態を晒したこともあり、今回は自重したらしい。
対してクフォンはそれほど動揺していないようだ。
「……私たちは助かるけど……本当にいいの?」
「王国内で行われている犯罪を野放しは出来ないからね。ただ……いくつか質問に答えてほしいんだけど」
「……なに?」
クフォンとしては協力を断るつもりもないらしい。
同胞の救出こそが最優先なのと、もうひとつの理由からだろうか。
「あの村についてからすぐに救出に移らなかったのは何故かな? 時間はあったと思うけど」
「……子供たちが捕らえられている……場所が……わからなかった。……人質に取られでもしたら……困る」
「ああ、その辺の情報が欲しくてアタシらを襲ったのか」
クフォンの答えにコルネリアがキトゥを見ながら頷く。
なるほど、彼が強引な行動に出たのは村内部の情報を得るためだったらしい。
――残念ながらルークたちはそもそも村人ではなかったのだが。
「なるほど、……それじゃあもう一つ質問だ。『クフォンたちに敵しない限り、クフォンたちも僕たちに敵しない』――君の立てた『父祖誓言』はこうだったよね?」
「……そう。……誓言は違えない」
頷き返す彼女の言葉に、ならば――とルークは質問を続ける。
「もし仮に僕たちがクフォンたちの同胞を攫った人間だったり、あるいはクフォンたちの邪魔をしようとしてたらどうなってたのかな?」
あっ、と口を開けてクフォンを見るルーク以外の三人。
そんな彼らを前に彼女は、
「……正解」
耳をピコピコと動かし尻尾をゆっくりと振って柔らかく笑う。
初めから誓言には穴が残されていた。この内容であれば邪魔を排除したとしても誓言を破ったことにはならない。
だからこそ彼女はこちらの協力を断らなかったのだ。
(……食えない娘だな)
目論見がバレてなお、まるで悪びれる様子を見せない少女の姿にルークはそっと苦笑した。




