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宿らされた者  作者: 鋼矢
第二章
42/65

39 稀人

 クロエによって動きを封じられた襲撃者は、悔しげに拳を握りしめながらも大人しく動きを止めていた。

 少しでも妙な真似をすれば、目の前の紅い瞳の少年が躊躇なく自身の喉を切り裂くことを理解していたからだ。


「……お、終わったのか?」

「ええ、たぶん――っ」


 恐る恐るルークに近づき声をかけてきたコルネリアに言葉を返そうとして――ルークは思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えた。


「コ、コリィ先輩、顔……土だらけですよ?」

「お、お前のせいだろ!?」


 そこには受け身に失敗したのか、顔を土だらけに汚したコルネリアの姿があった。

 彼女は顔を真っ赤にしつつ――土で見えないが――怒鳴り、鞄から取り出したタオルでゴシゴシと顔を拭う。


「――おい、それでこいつの処遇はどうするんだ?」


 そんな二人にクロエから声がかけられる。さすがにこの状態でほったらかしにされるのは耐え難かったらしい。


「ごめんごめん。……そのまま暫く抑えておいてくれるかな?」

「ああ。……少しでも妙な真似をしたら殺す――いいな?」


 クロエが黒装束に念を押したのを確認したルークはゆっくりと二人に近づく。

 そして慎重に黒装束の顔を覆う覆面を剥ぎ取った。


「子供……か?」


 覆面の下から現れたのは、ルークたちよりもさらに幼さを残した少年だった。

 濃い茶色の髪に同色の気の強そうな瞳。一見すると街で遊ぶヤンチャ盛りの少年と何も変わらない。

 

 しかし一点――明らかに奇異な特徴と言える部分があった。

 それは彼の耳だ。人間であれば丸みを帯びた耳があるはずのその場所には、濃い毛に覆われた長く尖った獣のような耳が存在していた。

 そしてよくよく見れば、彼のお尻からも獣のような尾が生えているようだった。


「ひょっとして……『稀人』……か?」

「――ッ! その名で呼ぶな!」

「ひゃっ!?」


 覆面の下から露になった耳を見て、コルネリアの小さな口から零れた単語に反応したのか、激昂し怒鳴り上げる少年。

 その怒号を向けられたコルネリアは悲鳴を上げてルークの背中に隠れる。

 ルークはじっと少年の耳や尾に視線を注ぎ、心当たりを口にした。


「――確か……『リヴェルの民』だったかな?」

「――ッ」

「ルーク、何か知っているのか?」


 ルークの言葉に目を丸くして表情を変えた少年を見て、クロエが問いかける。


「うん、……ほとんど人と関わることのない小数民族で、彼らのもっともわかりやすい特徴は獣のような耳と尻尾。彼らはその容姿から迫害の対象で……大昔に化外と交わったなんていう逸話もある。さっきコリィ先輩が言った『稀人』ってのは一般に広がっている蔑称の類いだね」

「……そういえば昔絵本か何かで聞いた覚えがある気がするな」


 詳しく説明されて思い当たるところがあったのか、少年の喉元に剣を突きつけたまま思案顔をするクロエ。


「学院では二年次から学ぶ知識だからな。知らないのが普通だ」


 ルークの背中からそっと顔を出したコルネリアが補足した。


「……けど何だって『リヴェルの民』が、いきなり僕らを襲ってきたりしたんだろう?」

「――ッ! ふざけるな! 我らの同胞を攫っておきながら何を言っている!?」


 クロエに動きを封じられた少年が吼える。

 体の自由こそ奪われているが、その瞳は憎々しげに三人を睨み付けていた。


「――同胞だって?」

「まだ惚けるかッ! お前たちがあの村から出てきたのは知っているぞ! 絶対に――グエッ!?」

「……妙な真似はするなと言ったはずだ」


 少年の胸を片足で踏みつけクロエが冷たく告げる。

 命を奪うことになるかはまだわからないが、いきなり襲ってきた相手に容赦するつもりは彼女にはなかった。

 その傍らでルークは考える。

 『リヴェルの民』、『攫われた同胞』、『あの村』。少年の口から出てきた単語から事の全体像が浮かび上がってくる――あまり当たっていてほしくない想像だが。


「それってつまり――ッ!?」


 その事を少年に問い質そうとしたルークの瞳が細められ、周囲を警戒するように見回す。


「おい、どうしたんだよ?」

「……コリィ先輩は僕らの傍から離れないでください。クロエはそのまま彼の動きを封じてて」

「ああ、わかってる」


 こちらも状況を把握したのか硬い声で答えるクロエ。

 そして――


「……うわぁ」


 クロエに剣を突きつけられた少年と同じような黒装束たちが、三人を囲むように姿を現したのを見てコルネリアは呻き声を上げた。


 ――ルークは黙って周囲を警戒する。

 何時でも動けるよう魔術式を構築してはいるものの、完全周囲をに囲まれ人数でも遅れをとっている以上、戦況は不利と言わざるを得ない。

 こちらのアドバンテージはクロエが拘束している少年と、少年が口にした彼らの事情。これらを上手く使い、この窮地から脱出しなければならない。


「……キトゥを離してほしい」


 黒装束の中から一歩前に進み出た人物が言葉を発する。

 このような状況でありながらどこかノンビリとした雰囲気を感じる声音だ。


「……人にお願いするときに顔を隠すというのは失礼じゃないかな?」

「……それもそう」


 軽く牽制の口撃を放つ。この言葉自体には大した意味はない。

 相手が交渉可能な人物かどうか試してみるためのものだ。

 しかし黒装束は素直に頷くと、躊躇なく覆面を脱ぎ捨てた。


「……これでいい?」


 覆面の下から現れたのはアッシュグレイの髪を束ねた少女だった。年の頃はルークたちよりも少し上だろうか? どこか眠たげなボンヤリとした瞳をしている。

 そして彼女の耳は襲ってきた少年と同じく獣のような形で、臀部から生えた尾はゆっくりと揺れていた。


「あ、ああ。……けど離せと言われても、この状況で離すわけにはいかないかな」

「クフォン! 俺に構うなっ、こいつらを捕まえろ!」


 クロエの足下で剣を突きつけられたままの――キトゥという名前らしい――少年が叫ぶ。

 己を省みない勇気ある行動だと言えなくもないが、ルークとしては舌打ちしたい気持ちだった。

 もう少し状況を弁えてほしい。


「……キトゥは黙ってて」


 戦闘も覚悟して身構えていたルークだったが、クフォンと呼ばれた少女は彼が思っていたよりも冷静だった。

 キトゥの言葉をアッサリとはね除け、他の黒装束たちを抑えるように片手で静止の指示を出す。

 やはり彼女がこの集団のリーダーらしい。


「……どうしたらキトゥを離してくれる?」

「――君たちが僕らを襲わない保証がほしい。でなければ彼を離すのは無理だ」


 現状、キトゥを捕らえているのが唯一の命綱なのだ。

 我ながら無茶を言っていると思うが、解放するならそれに代わる保証がほしい。

 しかし彼女はそうは思わなかったらしい。


「……わかった。……『イショウとキキルの子クフォンが父祖エクルシャンに誓う。我らに敵しない限り、我らもまた君たち三者に敵しない』。……これでいい?」

「クフォン、それは――ッ!?」


 不思議と耳に残る奇妙な宣言をクフォンがした後、周囲の黒装束には隠しきれない動揺が広がり、キトゥが血相を変えて叫ぶ。

 しかしクフォンが黙って睨むと、悔しげに沈黙した。


「……ふぅ。クロエ、その子を離してあげて」

「――いいのか? こいつらが約束を守る保証なんてないぞ」


 クロエが訝しげに反論するが、無理もない。口約束だけを信じるなど、どうかしているだろう。

 だが、自分はこれがただの口約束ではないと知っている。


「たぶん大丈夫。……『父祖誓言』だったかな?」

「……よく知ってる」


 ルークの確認のための問いかけにクフォンは感心したように頷く。

 しかしこの場にはそれで納得できない者もいた。


「『父祖誓言』……? なんだんだそれ?」

「彼ら『リヴェルの民』にとって最も重く神聖な誓いです。彼らのそれぞれの祖への誓いを汚した者は命でもって償わなければならない……誰であれ例外なく」

「そんなのよく知ってたな。……だからこいつが慌ててたのか」


 自分の知識にはない情報にコルネリアは感心したように頷き、クロエの足元から立ち上がったキトゥへと目を向けた。

 どうやら誉められたようだがあまり嬉しくもない――どうせこれは自分の知識ではないのだから。

 しかし解放されたキトゥはクフォンの傍へと近づくと叫ぶ。


「――クフォン! 早くこいつらを捕まえよう! こんな連中相手の『誓言』なんて守る必要――ッ!?」


 ――ないと続けようとしたのだろう。

 しかしそれは許されなかった。周囲の黒装束たちが殺気混じりの怒気を彼に放ったからだ。

 その怒気に恐れをなしたのか、彼の尻尾が丸く縮こまる。


「……ごめんなさい。……悪い子じゃないけど……いろいろ未熟なの」


 そう言って頭を下げるクフォンの隣ではキトゥが顔を真っ赤にして俯いている。

 どうやら己の短絡的な行動に恥じ入っているらしい。


「……それで、君たちに訊きたいことがあるんだけど……いい?」


 クフォンの問いかけにルークたちは頷くことで答えた。

いわゆる猫耳とは違います。

エルフの長耳が獣っぽくなった感じです。

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