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宿らされた者  作者: 鋼矢
第二章
37/65

34 奇妙な村

 目的地最寄りの村までの旅路は比較的穏やかなものだった。

 王都周辺故に定期的に騎士団による巡回が行われていることも理由だが、単純に多くの人間が集まっていれば迂闊に近づこうとは思わないものである。

 それでも稀にやって来る無謀な化外の襲撃は、雇われていた護衛の冒険者たちで危なげなく対処できていた。知能も低く少数小型の相手であればさしたる問題はない。

 ルークは当初クロエとコルネリアが上手くやれるか懸念していたのだが、馬車内で共に過ごすことで、少なくとも衝突はしない程度に気を許し合っていた。

 

 そして三人は二日間という短い旅を終え、とある村へと辿り着いたのだった。


「――無事に到着したのはいいけど……これからどうしますかコリィ先輩? さすがに今から目的地に行くのは避けたほうが良いと思うんですけど」

「……アタシだってそれくらい考えてる。今日は此処に泊まって明日の朝に出発するぞ」


 見上げれば夕映えが燃え立つような朱さで空を染め上げ、日没が近いことを知らせていた。

 しかしルークの言葉に言い返したコルネリアだが、実際は今すぐにでも目的地に向かいたいという雰囲気を隠せていない。

 古ぼけた大きな鞄を抱えた彼女は放っておくと飛び出していきそうで、釘を刺しておく意味も含めて、少ない手荷物に長剣を携えたクロエが口を開く。


「それじゃあ、村の代表に挨拶しておこう。この規模の村なら宿泊施設はないだろうしな」

「お、おう、そうだな。お前らついてこい!」


 ルークとクロエは顔を見合わせ苦笑すると、豊かな金髪を靡かせ先頭を行く少女の後を追うことにしたのだった。




 偶々目に付いた村人に質問することで、村の代表者の家はすぐにわかった。

 三人はその家へと向かい代表者に自分たちの目的を話し、滞在の許可をもらうつもりだった。

 

(…………?)

 

 キョロキョロと周囲を見回す。一見して何の変哲もない村だ。

 これといった特産品もなく王都と街を繋ぐくらいの意味しか持たない小さな村。

 何度か修理した後が見える古びた家屋、洗濯や裁縫など村の中でできる仕事に勤しむ女性、偶に見かける幼い子供。

 何処にでもある当たり前の村だ。


 しかし道すがらルークはどうにもこの村に対して違和感を覚え始めた。

 その違和感の原因をハッキリと言い表すことはできなかったが、何かがおかしいと感じる。

 それは実家のあるフォルトゥムの街から一週間かけて、他の村や街を経由し王都に辿り着いたからこその違和感だった。

 そしてその違和感は村の代表者と会うことで明確な形となる。


「――貴族様がこんな小さな村に何の御用ですか?」

「別にこの村には用はないんだけどな。この村の近くに用があるから少しばかり滞在させてくれ」


 ギリコと名乗った村の村長は白髪の混じった中年男性で、若い頃はそれなりに鍛えていたとおぼしき体型をしていた。

 だが寄る年波には勝てなかったのか、今は筋肉も衰え、弛んだ腹が目立ってしまっている。

 彼は挨拶も早々に済ませると、ルークたちが村にやって来た理由を尋ねてきた。

 無理に隠すことでもないのでコルネリアが概要を答えると、彼は猜疑心の強そうな細目を更に細めた。


「そういうことなら仕方がないですね。ですが小さな村なので大したお構いもできませんし、宿泊場所もボロ小屋になりますが……構いませんか?」

「ああ、こっちも変に干渉されると鬱陶しいからそれでいいぞ。んで、泊まれる場所ってのは何処にあるんだ?」


 デップリとつき出た腹を撫で擦りながら胡乱げな眼差しで確認する村長に、コルネリアが頷く。

 年長者に対する礼儀など全く意識にない彼女の言動を、内心でハラハラしつつ見守るクロエ。

 そしてルークは二人が話している間、じっと村長宅の内装を観察していた。




「おいおい、ホントにボロ小屋だな。……変な虫とか湧いてこないよな?」


 ギリコから聞いた場所に赴くと、そこには一軒の古い家屋が建っていた。

 もっとも放棄されて随分経つのか、塗装は剥がれ所々破損箇所も見受けられる。

 大して期待していたわけではないのだろうが、それでもコルネリアの顔からは少しばかりの不安が窺える。


「これは先に掃除した方が良さそうだな……」

「確かにそうだね。埃とかを拭き取れば、寝る場所くらいは確保できるんじゃないかな」


 さすがに此処でそのまま寝起きする気にならなかったクロエの言葉にルークも頷く。

 こう見えてもそれなりに綺麗好きなのだ。


「よし! 頑張れよ、アタシも応援してるからな」

「……コリィ先輩?」


 応援するだけでやる気はないと公言するコルネリアをじっと見つめる。

 強いて作った能面のような無表情でじっとりと。


「うっ……、わかったわかったよ。アタシも手伝うからその顔は止めてくれ!」


 罪悪感に耐えきれなくなったのか、それとも単純に怖かったのか、コルネリアが白旗を上げたことで彼らの方針は決まったのだった。




「ところで――この村、少しおかしくないかな?」


 三人で手分けをして家屋の掃除――蜘蛛の巣を取り除き、埃を払い、空気を入れ換え、魔術で小屋の破損箇所の修繕――をしている最中、ルークは感じていた疑念をポツリと口にした。


「あん?」

「おかしいって……なにがだ?」


 コルネリアとクロエは怪訝な顔をする。どうやら彼女たちには思い当たる節がなかったらしい。


「うん……村の人たちが皆が僕らに対して警戒心を持ってるみたいに感じたんだ」


 この村に入ってから感じていた違和感はそれだった。

 村の住人からの粘りつくような悪意。ある意味で感じ慣れたそれを、この村でも強く感じたのだ。


「少し閉鎖的な村だってだけじゃないか? いきなり余所者が訪ねてくれば警戒くらいするだろう」

「だなー。それにアタシらの目的はこの村にはないからな。気にしなくてもいいだろー」


 二人は興味無さげに返答するが、ルークにはどうにも引っ掛かることがあった。

 別に村をあげて歓待してほしいわけではないが、小さな村だからこそ貴族が訪ねてきたのならば、少しでも印象を良くして顔を繋げておくものではないだろうか?

 一般の村人ならともかく、村の代表者である村長まで警戒心を露にするというのはさすがに解せない。

 加えて――


(妙に裕福そうだったな……)


 一見しただけでは貧しげな寒村といった様子なのだが、住民一人一人の血色は良く、着ている服もそれなりにこざっぱりしていた。

 村長宅に至っては、とても貧しい村の村長が手に入れられるとは思えない調度品が飾られていた。

 正直言ってこれで怪しむなと言うのが無理というものだ。とはいえ――


「……それもそうか。……コリィ先輩、サボってないでちゃんと手伝ってください」

「うおっ!?」


 無駄に高度な技術を駆使してバレないように手を抜いていたコルネリアが跳び上がる。

 別に納得したわけではない。だが自分たちはただの学生で、はっきりと犯罪行為を目撃したわけでもないのだ。

 藪をつついて蛇を出す様な真似は避けた方が無難だろう。


(コリィ先輩とクロエも一緒だしね)


 もしもトラブルが起これば当然二人も巻き込まれることになる。

 クロエの方は多少の事なら自力でなんとかするだろうが、コルネリアは魔術が使えても荒事には不慣れだ。

 少しばかりの不審さには目を瞑っておくことにする。


(とはいえ油断は禁物。警戒だけは怠らないようにしておこう)


 こちらが不干渉を決め込んでも村の方がそうであるとは限らない。

 まだ何かあると決まったわけではないのだが、それでもこの村で気を抜くことはしないと決め、ルークは掃除へと戻るのだった。

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