26 安息日1
「うむ、これぞ絶好の安息日というものだな!」
「うん、晴れて良かったよね」
訪れた安息日の今日。ルークとダンは連れ立って歩く。彼らの服装は平民らしいラフな装いだ。
見上げれば空には雲一つなく、抜けるような蒼穹が広がっている。
まだ汗ばむほどではないが、徐々に暖かくなる日差しは夏の到来を告げ、その陽気に促された人々で城下は溢れているだろう。
「しかし今日はいったい何をするのだろうな?」
「さあ、元々リーシャの発案だからね」
彼らの脳裏に菫色の髪に琥珀の瞳の少女の柔和な笑みが浮かぶ。
単純に『強い』のは他の三人であろうが、『強かさ』においては圧倒的に劣ることをここ数カ月で実感させられた二人である。
それでも特に不安がないのは本人の人格への信頼――信用ではない――があるからだろう。
そんな雑談をしながら二人が向かうのは学院の正門。そこでクロエたちと待ち合わせをしているのだ。
「ようやく来ましたねー」
「おはよう、ルーク。あとダンも」
二人が正門へと辿り着いたときには、すでにクロエたちは到着していた。
時間にはある程度余裕を持っていたはずなのだが、どうやら待たせてしまったらしい。
「男性は待ち合わせ場所に一時間前には到着しておくのが礼儀ですよ?」
聞いたこともない礼儀を真顔で告げるリーシャ。そう言われると当然のように感じてしまうから不思議だ。
きっと彼女の恋人になる男性は、時間に大幅な余裕を持つ紳士だろう。
「……あまり無茶を言うなよ、リーシャ」
「ふふっ、軽い冗談ですよ」
あきれ混じりで苦言を呈すクロエに笑ってリーシャは返す。
さすがに幼馴染みの言葉は無視できなかったらしい。
彼女たちの服装は華美ではないが品が良く涼しげなものだ。二人が並んで立つと貴族の恋人同士にしか見えない。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか?」
「むっ、そういえば今日は何処に行くつもりなのだ?」
「特に予定を立てているわけじゃありません。ずっと学院に閉じ籠っているのも不健康ですし……お二人は王都については?」
リーシャの問いにルークとダンは顔を見合わせ、
「ふっ、ほとんど知らん!」
「僕も基本的な知識くらいしかないかな」
二人の返答を予想していたらしいリーシャは苦笑しつつ肩をすくめる。
「まったく自慢になりませんね。まあ、だから今日出かけることにしたんですが」
「翻訳すると観光がてら案内しますって言ってるんだ」
「……クロエ?」
クロエに横から捕捉され、うっすらと頬を赤くして睨むリーシャを見てルークは軽く噴き出した。
◇ ◇ ◇
「――つまりこの城は幾度かの改築を経てはいますが建国当初から存在しており、いざという際には解放され国民の避難場所にもなるわけです」
王都エルセルド中央区、城塞として機能を持ちながらも荘厳さを失わない王城を前にリーシャの解説が続く。
「この王城に隣接する形で裁判所や行政窓口などが存在し、さらに騎士団や冒険者組合の本部なども集まり、この中央区は王都だけでなく国の中心とも言えます」
たまに毒が混じることもあるが、気を許した相手には世話好きな一面も見せる少女なのだ。
地方から出てきた世間知らずの少年二人に丁寧に説明する。
「ふむ、俺もいつかこの城に勤めることになるのか」
「王城に直接勤めるのは親衛隊ぐらいじゃないですか? 魔術士団の本部も王城の外にありますから」
とはいえ、ここで終わらないのがリーシャである。
「まあ、それ以前に卒業できないと論外なのですが」
「ぬうっ……」
普段から座学などに関して彼女の世話になっているダンとしてはぐうの音も出ない。
「前から思っていたんだけど、騎士団と魔術士団が別になっているのは効率が悪くないかな」
それぞれ得手こそ違うものの、目的が同じであれば統一したほうが効率的ではないかと思うルーク。
その言葉にリーシャは少々面倒そうな顔をする。
「私もそう思いますが、縄張り意識や競争心、現実的な利権の問題もあるみたいで……いろいろ厄介なんですよ」
この国における最高権力者はもちろん国王である。
ではそれに次ぐ権力を持つ者を挙げるとするならば次の三者。
主に内政や経済を司る内務卿、国内の治安や軍事を司る軍務卿、他国との関係や貿易を司る外務卿の三者だ。
さらにそこに大小様々な貴族が加わることで複雑な派閥が形成されているのである。
そうした派閥は自陣営の勢力を伸ばそうと様々な場面で対立する。
例えば魔術士団と比較的距離の近い内務卿は、彼らを戦う力としてではなく国内事業の様々な用途に使いたく、逆に騎士団と距離の近い軍務卿は彼らを戦力として取り込みたいのである。
国王はそうした状況を改善しようと忙しくしているようだが、なかなか上手く進んでいないのが実情だ。
切磋琢磨する競争心程度であれば問題がないが、国家運営に支障をきたすような対立は勘弁してほしいというのが国王の本音である。
「ちなみに現国王には三人のお子さんがいて、第一王子が軍務卿と親しく、第二王子が内務卿と距離が近いそうですよ」
「そうなると最後の一人は外務卿ってことになりそうだけど……」
「いえ、第一王女は身体が弱いらしく病気療養中ですね。公式行事にもほとんど出席なさっていないはずです」
「え、えっと……」
中央区の説明だけでなく、少々往来で口にするのは危ない話題に踏み込んでいるのを察し、クロエは周囲を見渡す。
幸いこちらに注目する人はおらず、忙しそうに歩く人々か、地方から出てきたらしく王城を見上げ感嘆の声を上げている人がいるくらいだ。
「まあ、トップの人たちはなんだかんだで有能です。ライバル意識はありますけど、国を危うくするような馬鹿な真似はしませんよ」
同じ派閥内ですら足の引っ張り合いが絶えないのが貴族社会だ。隙を見せればあっという間に引き摺り下ろされる。
そんな中で強力な権力を保持し続ける高位貴族はやはり有能なのである。
むしろ周りに群がる貴族の中から手柄に逸って軽挙な行動に出る者も多い。
「ぬぬぬぬぬ……っ」
鍛え上げられた逞しい胸板の上で腕を組み、頭から湯気でも出そうな様子で顔を顰めるダン。
話題が政治の話などに踏み込んだところで、話についていけなくなったらしい。
「あー、……ダンは真面目に国民を守るために頑張ればいいと思うよ」
「うむ! そういうことなら任せておけ!」
真っ直ぐな気性の少年なのだ。政治的な権謀術数など肌に合うまい。
彼は迷うことなく目標に突き進めばいいと思う。
――悪意ある人間に騙されたりしないかと少々心配だが。
「ちなみに中央区には教会の大聖堂もありますけど……興味ありますか?」
なんとなく答えがわかっているのか興薄げに質問するリーシャ。
「俺はこの間礼拝に行ったからな」
「それほど熱心じゃないから遠目で見るだけで十分かな」
「寝ても構わないなら是非行こう」
上からクロエ、ルーク、ダンの返答である。
クロエはともかく、他二人には信仰心などたいしてないらしい。
「それじゃあ大聖堂は飛ばして、次は東方区へ向かいましょうか?」
リーシャは笑って次の目的地を告げた。
観光話にはなりません。




