24 女子寮の一室にて
エルセルド王立学院の一角に設けられた女子寮。
この建物には平民生徒や王都に住まいを持たない貴族生徒が寄宿している。
――ちなみに学院長の意向により男子寮よりも立派であり、その防衛力は下手な貴族の屋敷よりも高い。
数年前とある男子生徒が女子寮に忍び込もうとした結果、翌朝ズタボロの状態で晒し者になった一件は今でも語り草である。
「なんとか無事に勝てて良かったですねー」
「……うん、そうだね」
そんな女子寮の一室にて、他の生徒たちが寝静まった深夜の時刻、リーシャは同室の女子生徒と昼間の模擬戦について語り合っていた。
夜更かしは美容の大敵だが、どうにも昼間の興奮が治まらなかったのだ。
「それにしても、彼らがああも思惑通りに動くとは思いませんでしたねー。……おかげで私の相手はすごく気持ちの悪いダニでしたが」
「……うん、そうだね」
正直あんな男のことなどさっさと忘れてしまいたいのだが、それがなかなか難しい。
こういう時は記憶力の良い自分の頭が嫌になる。なので別のもので速やかにリフレッシュしたいところだ。
――具体的には目の前のこちらの話を上の空で聞き流している相手のことなのだが。
「そちらはどうでしたか? まあ、見たところ苦戦なんかしなかったみたいですが」
「……うん、そうだね」
他には全く着ることのない――強引にリーシャが押し付けた――女の子らしい桃色の寝間着を着て、大きめの枕を抱き抱え、ぼんやりと虚空を眺める様子はとても可愛らしい。
正直言って今すぐにでも抱きしめたいくらいだ。
だが、そろそろ正気に戻ってもらわないと困る。
「……そんなにルークさんのことが気になっているんですか――クロエ?」
「……うん、そう――ふえっ!? い、いきなり何言ってるの、リーシャ!?」
とある少年の名を出した途端に慌てだした親友の姿を微笑ましく思いつつも、リーシャの心には件の少年に対して少々苛立ちが沸く。
まあ、今回の一件では評価に値する行動をとっていたのでプラスマイナスゼロとしておこう。
「そんなに慌てなくてもいい気がしますけど……」
「えっと、その、そうだけど、そうじゃなくて……ルーク、ちょっと様子がおかしくなかった?」
言われて思い返してみれば、せっかく模擬戦に勝ったというのに微妙に暗い雰囲気をしていたようにも思える。
リーシャ自身浮かれていたところがあるのではっきりと断言はできないが。
「……んー、言われてみれば顔色が悪かった気がしますけど、グレッグが相手だったので仕方ないのでは?」
「それだけならいいんだけど……」
心配げに顔を曇らせるクロエに、前々から気になっていた疑念が鎌首をもたげる。
良い機会なので状況を確かめるためにも軽くジャブを放つことにする。
「ところで――何時まで秘密にしておくんですか?」
「うぐっ!? ……それはその――機会があったらちゃんと言うよ」
「引き延ばすと面倒な気もしますけどねー」
「それはそうだけど……嫌われたら嫌だし……」
実際にそんな事態を想像してしまったのか、表情を暗くする親友に確信を得る。
不安そうにする彼女は昼間とは別人のようにも見えるだろうが、幼馴染みであるリーシャにとってはわりと見慣れた姿だ。
(――さすがにまだまだ愛情とは言えませんが、好意はあるみたいですねー)
まあ、無理もないと思う。
彼女の日頃の無愛想で威嚇的な態度は、言わば自分を守るための鎧である。
その堅固な鎧の内側の彼女は、表層に反比例するかのように少女らしいものに対して強い憧れを持っている。
おそらくは日頃の男装の反動だろうと思われるが。
(シチュエーションがまずかったんでしょうねー、かなりクリティカルな感じだったみたいですし)
彼女とルークとの出会いの話はリーシャも聞いている。
粗暴な貴族生徒三人に囲まれた状況で割って入り、決して引くことなく最後まで彼女の味方でいた。
他者に『守られる』という経験に乏しい少女であれば、好意を持っても仕方がないだろう。
(容姿は比較的整ってますし、能力は高い。クロエの事情も詳しく知らないから隔意も下心もない……これで警戒心を持ち続けるのは難しいでしょうね)
問題なのはこれから先のことだ。まだ未熟な恋でもなければ愛でもない小さな発芽――これを育てるか否か。
個人的にはクロエがそうした感情を持つことは悪いことではないと思うのだ。
元々リーシャは彼女が女子寮に入ると聞いた時は歓迎したくらいである。母親の呪縛を絶ちきるよい契機になると思ったのだ。
だが学院に入学してなお、彼女は頑なに男装を止めようとはしなかった。それを止めることは母親への裏切りのように感じてしまうのだ。
(そういう優しいところがクロエの良いところなんですけど……)
しかしリーシャとしてはずっとこのままの状態を続けてほしくはない。やはり幼馴染みには幸せになってほしいのだ。
「もっと自信をもっていいと思いますよ。むしろ可愛いって言ってくれるのでは?」
「そっ、そんなわけないでしょ!?」
――感触は悪くない。さすがに劇的な変化は望めないだろうが、気持ちが育っていけば自然と女性として見られたいと思うのではないだろうか。
となると後はクロエの相手としてどうかという話だが――
(貴族出身でないというのは余計な柵がないということですし、将来性も悪くはなさそうですが……)
気になるのは模擬戦でグレッグを倒せてしまったことだ。鼻持ちならない男ではあるが、それでも実力だけは確かだったのだ。
それを平民生徒が一対一で倒してしまうというのは些か不自然過ぎる。
模擬戦後にアルディラが何を彼らに言ったのか、ということも懸念事項だ。おかしな背後関係でもあれば困る。
(それに――妙な性癖とかあっても困りますしねー)
やはりルークに関しては公私問わず調査が必要だろう。
もしも後ろ暗いことがあるようならば――これ以上深入りする前に速やかに排除する必要があるだろう。
「まあまあ、そう言わずに。せっかくだから今度可愛い服でも買いに行きましょうよ」
「……だからそういうのはいいってば」
少しばかり困ったような顔で断りの返事をするクロエに対し、腹の中で考えていることなどおくびにも出さず、リーシャは楽しげに笑うのだった。
学院側・貴族生徒・女子寮生徒は普通に知っています。
ただし友達少ない人には情報が入って来ません。




