23 模擬戦5
一般に防系魔術は実戦には向かないと言われている。これは魔術士の共通認識だ。
理由としては全ての攻撃を防ぐ万能の魔術というものが存在しないからだ。
一応それに近い防系魔術は存在する。全方位を守り大抵の攻撃を防ぐ――そんな魔術も存在してはいるのだ。
しかし、その高い効力故に魔術式は複雑な上、必要魔力も膨大というおよそ実戦で使える代物ではない。
結果として防系魔術を実戦で使おうとするなら、魔術式を簡略化し効力も単純化したものを使うことになる。
――だが、これも難易度が極めて高いのだ。
防系魔術の行使自体は難しくはない。魔術式そのものは攻系魔術よりも簡単なくらいだ。
しかし、いざ実戦で使うとなるとそうはいかない。
何故ならば相手の攻系魔術に応じて適切な防系魔術を使用しなければならないからだ。
例えばの話だが、雷系の攻系魔術に対応した防系魔術を土系の攻系魔術に対して使用すれば、かなり悲惨な事態になること請け合いである。
つまり実戦で防系魔術を使おうとすれば、まず相手の魔術式を読み取る。次にその魔術に対応した防系魔術を選択する。そして相手の魔術が完成し、自身に到達するまでに防系魔術を構築し発現させなければならない。
相手の手札がわからない状況ではほぼ必ず後出しとなり、その上で先行する攻系魔術に追い付く必要がある――これが防系魔術が実戦には向かないと言われる理由だ。
だからこそ――グレッグには目の前の状況が理解できなかった。
「【弾雷】ッ!」
「【導雷】」
空気を引き裂く雷光は標的から逸らされ何もない大地を穿つ。
「――【焔哮】ッ!」
「【滅炎】」
燃え盛る炎は進むたびに規模を減少させ、最後には儚く揺らぎ消える。
「【地殴】ッッ!!」
「【硬土】」
大地を変質させ相手に打撃をみまう魔術は、事前に足元が硬化され発動すらしなかった。
「……馬鹿な。こんな……、こんなこと……あるわけが、ない」
現実に起こったことを理解できず――というよりも納得できず、呆然とグレッグは呟く。
彼とて自分が天才であるなどと驕っているわけではない。上の世代であれば当然自分よりも上位の人物はいるだろうし、同世代であってもより才能に恵まれている人物もいるだろう。
しかし、それでもこれは理不尽過ぎた。あまりにも不条理だった。
幼少期から魔術の教育を受けてきた自分の遥か上をいく平民――そんなものは想定外にも程がある。
百歩譲って相手が天才と呼ばれるほどの才能の持ち主だったとしても、いったいどこで魔術を学んだというのだ。
「――君ならもうわかっただろう? 大人しく降参してくれないかな」
その静かな口調と視線に込められた感情は、まるでこちらを憐れむかのようで――
「――ふざけるなぁあああっ!!」
グレッグの自負を破壊し、彼を激昂させるには十分過ぎた。
(こんなもの認められるか……認めるわけにはいかない!)
そう、絶対に認めるわけにはいかない。
努力してきたのだ――ヒューム家に相応しい人間になるために。
利権目当てのくだらない連中とも付き合ってきた――自分の代で家格をさらに上げるために。
そんな今までの積み重ねを、こんな何処の馬の骨とも知れない輩に台無しにされるなど、断じて認められない。
――それは人によっては歪んでいると感じるものなのかもしれなかった。
だが、グレッグにとっては誇るべきことであり自身を支えるものである。
それを失わないために、彼は今の自分にできる最も高度な魔術式を構築する。
今までのものとは違う明確に殺傷を目的とした魔術。実家付きの魔術士より教わった切り札。
この魔術が直撃すれば相手を確実に殺すことになるが、そんな事態を想定できないほどに彼は追い詰められていた。
「喰らえっ――【貫神槍】ッ!!」
グレッグが持てるすべてを込めて放った魔術は――
「【貫神槍】」
あっさりと同魔術によって相殺された。
「……嘘……だ、こんな――ッ!?」
「【迅雷】」
現実を受け入れられず呆然と立ち竦むグレッグを雷撃が撃ち抜いた。
「はあ……」
意識を失い崩れ落ちるグレッグを見てルークはため息を零す。その表情は心中そのままに顰められていた。
当初はこんな力を見せつけるようなやり方で勝つつもりはなかったのである。
半端な勝ち方をすれば後を引く危険があったので、文句のつけようのない勝ち方をするつもりではあったのだが――グレッグの動機を聞いて考えを改めた。
単に勝つだけでは駄目なのだ。二度と自分たちにかかわろうと思わないよう、この場で完全に心を折っておく必要がある。
結果、望んだ通りの勝利を得たものの、それでも気分が良いわけではない。
たとえその思想や動機に納得も賛同もできないとしても、彼の積み重ねた努力は否定されるべきものではないのだ。
自分のような人間がそれを踏み躙ってしまったことに申し訳なさを感じる。
「どうしたらいいかな……」
地面に倒れ伏したグレッグを見ながら考える。
これで彼がクロエに対する態度を改めてくれればいい。別に謝罪しろとまでは言わない。最低限不干渉の立場でいてくれればいいのだ。
だが、それすらも望めないのであれば――
いっそこの場で始末してしまうのはどうだろう。所詮は貴族、恵まれた家に生まれたというだけで他人を踏み躙るような連中だ。気を使う必要などない、同じように潰してやればいい。そうすれば今後のことなど心配する必要はない。今ならば誰も見ていない、たとえ誰かが死んだとしてもそれは事故だ。腕輪でこちらの状況は把握されているだろうが、いくらでも誤魔化しようはある。そうだそれがいい、そうしよ――
(――グッ!)
噛み千切った唇から生暖かい血が滴り落ちる。
最悪だ最悪だ、自分は今、
(――いったい何を考えていた……?)
痛みで無理やり断ち切った思考に怖気がこみ上げてくる。
唐突に――脈絡もなく湧き上がってきた黒い感情。幼い頃から感じてきた得体の知れないソレ。
その原因を調べるために魔術士になることを望み、こうして王立学院に入学したというのに。
――空に魔術の光が打ち上げられる。事前に学院長から聞いていた模擬戦終了の合図だ。
まだ自分が残っているにもかかわらず模擬戦が終了したということは、こちらが勝利したとみていいだろう。
だが――気分はまるで晴れない。
目に見えない蛭が背中にへばり付いているような感覚――ここ暫くは意識することのなかったそれが強烈に存在を象徴しているかのように感じ、ルークは一人、体を震わせた。
◇ ◇ ◇
「まさか貴族生徒のみで構成されたチームが惨敗とはな。なかなか面白い結果だったぞ」
ニヤニヤと楽しげに笑うアルディラの言葉に、グレッグを除く三人は羞恥で顔を赤く染める。
グレッグだけは何も言わず口を固く閉じ、拳を握りしめている。
「こ、こんなのは無効です! 平民だと思って少し油断しただけです!」
「そ、そうです! きちんとした決闘ならば私たちが勝っていました!」
リーダーが何も言わないならば、と声を張り上げる取り巻きたち。
言い訳を繰り返すたびに、周囲の視線が呆れたものへと変わっていくことには気づかない。
「負け犬の遠吠えとか勘弁してほしいですね」
「再戦ならばいつでも受けるぞ!」
あからさまなほどに小馬鹿にした笑みを浮かべるリーシャに、体力が有り余っているのか腕を振り上げるダン。
その後ろでクロエは顔色の悪いルークを気遣っていた。
「くそっ、覚えてろよ。貴族に恥をかかせてただで済むと思うな……ッ!」
模擬戦で平民に負けた挙句に実家の権力に頼る――恥の上塗り以外なにものでもない行為だが、昨今この手の貴族生徒が増えているのが王立学院の現状だ。
だからこそ今回アルディラは彼らに模擬戦を行わせた。
「それは止めておいた方が無難だぞ、ボルドー・ヘッジ・アドモン――」
「――んなっ!?」
ボルドーの傍へと近寄ったアルディラが、彼の肩へと手を置き整った唇を耳へと寄せ、囁くように何かを告げる。
いったい何を言われたのか、ボルドーは驚愕の声を上げ、信じられないものを見るかのようにルークとアルディラの顔を何度も見比べる。
「さあっ、これにて模擬戦は終了だ。各自、今回の件についてよく考えておくように――」
何かを含んだような物言いに疑問を感じる者も幾人かいたが、その宣言でもって模擬戦は終了した。




