18 話し合い
学院からの通知が来てからすぐにルークたち四人は集まった。
「――お膳立てってこのことだったんだ」
学院内の片隅――普段はダンの魔術訓練を行っている場所にてルークはため息をつく。原因は言うまでもなく学院から通知された模擬戦である。
せっかく相手の面子を傷つけないように気絶したふりなどしたというのに、あの場に学院長が現れたことで台無しになってしまった。
「皆……ごめん。俺のせいで巻き込んで」
「気にすることないですよ。行き遅れのおばさんが勝手に決めたことですし」
今日も毒舌絶好調なリーシャの言葉に、冷や汗を流しつつ周囲を見回す。
幸い誰にも聞かれていなかったようで、安堵に胸をなでおろし同意する。
「今回の件は僕が原因のところもあるし、クロエが責任を感じる必要はないよ」
「ふっ、それに模擬戦ならばむしろ望むところだ!」
「……ありがとう」
気にする必要はないというルークの言葉と、少々ズレたダンの発言にクロエも表情を緩める。
それに――元々嫌な予感はしていたのだ。ルークの脳裏に浮かぶのは紅髪の美女の挑発的な笑みである。
「それではルークさんには責任持って頑張ってもらいますね」
「いや、頑張るけどね……」
にこやかに追い込んでくるリーシャに釈然としないものを感じつつも頷く。
どのみち模擬戦自体は避けられないのだから、勝つために最善を尽くすべきだろう。
「とりあえず相手側についてわかっていることはあるのかな?」
「そうですねー、――グレッグ・ロッド・ヒュームは魔術適正でなかなかの実力者です。ボルドー・ヘッジ・アドモンは騎士適正ですがそれほど強くはありません。レオルト・トゥル・ロナーは魔術適正で同じくたいしたことはないです。アレッタ・ルネ・ローグは騎士適正でそこそこの実力、あとクロエのことを嫌っていますね」
駄目元で訊いてみた質問にあっさりと答えられ、呆気にとられてリーシャをまじまじと見つめると、「常識ですよ?」と返される。
――少なくとも常識ではないと思うのだが。
いずれにせよ相手側の戦力が把握出来たのは有り難い。次はこちら側の戦力把握だ。
「僕は魔術にはそこそこ自信があるけど……皆はどう?」
「知っての通り、俺は魔術は全く使えん! だが筋肉には自信があるぞ! ――ゴハッ!?」
そう言って何故か上着を脱ぎポージングを開始したダンを迷わずクロエが殴り倒す。
「知ってると思うけど俺は騎士適正だ。同じ騎士適正で一対一ならそうそう負けることはない」
静かな口調でこそあるが、そこには確かな自信が感じられ、紅瞳の奥には『殺る気』が満ち溢れている。
――当然のことではあるが、どうも現状に対して不満をため込んでいたらしい。
友人を巻き込んでしまったのは不本意だが、学院長公認のこの機会に可能な限り意趣返しをする腹積もりなのだ。
「ちなみに私も魔術適正ですが……魔術は使えません。なので囮くらいが関の山です」
「……魔術を使えない?」
普段は笑顔を絶やさない表情を、珍しくきまり悪気に歪めるリーシャに怪訝な顔で問い返す。
貴族生徒である彼女が魔術を使えないというのは正直想定外だ。
「魔術式の構築の方は問題ないんですが……」
「――ッ!?」
申し訳なさそうな顔をしながらリーシャが魔術式を構築するのを見て――思わず息をのむ。
精密且つ一片の歪みもない正確な魔術式――それを労なく瞬く間に構築してみせたのだ。
(凄いな、これは……)
――ルークには自分がある種のズルをしているという自覚がある。決して驕っているわけではないが、それ故に同世代よりも数歩先に進んでいるだろうという思いもあった。
しかし彼女はそんな自分の考えを鮮やかに一蹴してみせたのだ。
「魔術式には問題がないように見えるけど……他に何かあるのかな?」
「……魔力が全然足りないんですよー」
なるほど、理由を聞いてみれば納得できる話である。どうやら彼女はダンとは真逆の理由で魔術が使えないらしい。
魔術式とは指定する現象を引き起こすための言わば回路だ。この構築自体にはほとんど魔力は必要ない。実際に魔力が必要になるのは、構築した魔術式に必要量の魔力を注ぎ込む段階だ。
しかしより強力な魔術を使おうとすれば魔術式は複雑且つ大きなものとなり、注ぎ込む魔力量も膨大なものとなる。
リーシャは魔術式に関して人並み外れた才を持ちつつも、その魔術の発現に必要な魔力を持っていないのだ。
「まあ、さっきも言いましたけど、いざとなったら囮でも何でもしますよ」
「俺も同じくだ。もしもの時は肉壁にしてくれて構わん!」
二人はそう言ってくれるが、それで「ハイそうですか」というわけにはいかない。
加えて今後のことを考えれば、そんなやり方で勝っても仕方がないのだ。
「どうかな、ルーク。勝算はあると思うか?」
「……ん」
少しだけ不安気なクロエに対して軽く頷いて応える。
現状、まともに模擬戦ができそうなのは二人だけ。後の二人は魔術適正でありながら、肝心の魔術が使えない。
これを何とかして改善し、さらに模擬戦に勝つための道筋を見つけなければならない。
ルークは自分の持つ情報を頭の中で整理し、ピースを揃え、いくつもの可能性を検討する。
そして――
「大丈夫、勝てるよ」
「おおっ、さすがだな!」
「……本当ですか?」
ダンは感嘆の声を上げ、リーシャは疑わしげに整った眉を顰める。
そんな二人にルークは口の端に笑みを覗かせ告げた。
「ただし――二人にはかなり頑張ってもらうけどね」
後日、ダンとリーシャは二人揃ってこうぼやいた――曰く「アレは悪魔の笑みだった」と。