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宿らされた者  作者: 鋼矢
第一章
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16 譲れないこと

 『エルセルド王立学院において、生徒は貴族・平民の出自にかかわらず研鑽に励むべし』――建前である。


 実際の学院内では貴族生徒の実家の権威が大きく幅を利かせているのが実情だ。しかしこれは仕方のない部分でもあるのだ。

 学院の卒業生の多くは職種に差はあれど国家に仕える事となる。そして国家を動かしているのは貴族なのだ。

 たとえ学生の間であったとしても、『自分たちが貴族と対等の存在である』などという思想を持たれるわけにはいかない。それは下手をすれば国家体制を揺るがす土壌となりかねない。

 

 仮に『貴族の権威を持ち出した者は厳罰に処す』などという命令を国王が出したとしよう。おそらく次の日には貴族の大半にそっぽを向かれてしまうだろう。

 国とは人の集まりである。そして王を頂点とする階級社会は国家の屋台骨なのだ。

 そうした国家でそんな命令を出すのは絶対的な独裁者か、余程の阿呆のみである。そしてこの国の王はそうではない。

 故に学院内では貴族生徒の横暴もある程度であれば黙認されるのである。

 理不尽であり不条理だと感じる者もいるだろう。しかし社会とはそうして成り立っているのだ。


 だから――別に構わなかったのだ。

 

 たとえ遠巻きに嘲笑されようが、陰口を叩かれようが、地味に嫌がらせを受けようがそれは別に構わない。元よりそうした事態は想定した上で選択したのだから。

 そうした現実に心から納得しているわけではないが理解はできるし、そもそも自分の目的は出世の類ではない。

 だから自分に(・ ・ ・)関することであれば、相当の無茶でもなければ譲歩するつもりだったのだ。

 

 ――だったのだが、それでも許せないことはある。目の前の光景を見過ごすことなど断じてできない。

 これを見ないふりをすれば自分は最低限の矜持さえ失ってしまう。

 ――だからこそ前に進み出る。




「ぐっ!」


 制服を土埃で汚したクロエが地面に倒れる。彼の前にはグレッグを中心とした三人の貴族生徒がニヤニヤと笑いながら立っていた。


「ははっ、情けない奴だな!」

「なかなか似合いの格好になったじゃないか、ふふっ」


 彼ら四人の周囲には、他の生徒たちが遠巻きに取り囲むことで空白地帯ができている。

 ある者はグレッグたちと同じような嘲笑を浮かべ、ある者は哀れみようにノエルを見、またある者は自分が標的となることを恐れている。

 彼らに共通して言えることは、この場の誰もがクロエの味方ではないということだ――ただ一人を除いて。


「――何のつもりだ、平民?」

「それはむしろこちらが訊きたいな。……何をやっているんだ?」


 人混みを掻き分けクロエとグレッグの間に立ち、硬い声で問いただすルーク。

 ――以前の焼き直しのような状況に酷く馬鹿馬鹿しい気分になる。


「馬鹿っ、どっか言ってろ、ルークッ!」

「クロエは黙ってて」


 背中に庇ったクロエの言葉をルークは一蹴する。

 悪いがクロエの言葉など聞くつもりはない。どうせこちらを気遣う言葉しか出てこないのだ。


「おいっ、正気か? あいつ」「誰だよ、貴族か?」「いや、平民生徒のはずだ」「馬鹿か、相手はヒューム家の跡取りだぞ」


 貴族生徒に真っ向から盾突く姿勢を見せるルークに、周囲の生徒から戸惑ったような声が上がる。

 ざわつく周囲を一瞥したグレッグは、より威圧的に嘲笑を交えて言葉を返す。


「見ての通り、身の程知らずに礼儀作法を躾けていたところだ。何か言いたいことでもあるのか?」


 その言葉に顔を顰める生徒も幾人かいるものの、真っ向から反論しようとする者はいない。

 グレッグの取り巻きは我が意を得たりとばかりにはしゃぎ始める。


「そーそー、躾だよ、し、つ、け!」

「やめてほしいのなら頭を下げて、お願いでもしたらどうかな?」


 酷く子供染みた幼稚とさえ言える言動。しかし彼らの背後にある権力が、そんな言動に正当性を与えてしまう。


「……わかった。クロエは僕の友人なんだ。こんなことはやめてほしい……お願いします」


 そんな彼らにルークは迷うことなく頭を下げた。

 なんとも身勝手且つ矛盾したことに、周囲の生徒からは落胆と失望の眼差しを向けられる。


「おいおい、こいつ本当にやりやがったぞ!」

「くくっ、自尊心(プライド)とかないのかね?」


 あからさまな嘲笑を浴びせる取り巻きたち。彼らの目には生意気な平民が自分たちの力に屈服したようにしか見えなかった。

 

 しかし――別にどうでもいいのだ、そんなことは。

 

 自分が頭を下げるだけでこの状況が改善されるなら安いものだと心から思う。

 自尊心(プライド)がないわけではない。だが友人と天秤にかけるほど大事なものでもないのだ。

 そんな役に立たないもの(プライド)など捨てたところで惜しくはない。

 本当に大切なものは別にあるのだから。


「――下らん、平民の頭などに価値はない」


 しかしそんなルークの思惑はいささか甘すぎるものだった。あるいは貴族に対する理解が足りなかったか。

 つまらなそうに鼻を鳴らしたグレッグは、見せつけるかのように魔術式を構築し始める。


「何より身の程を弁えていないのはお前も同じだからな。ついでだ、躾けてやろう」

「よせっ、グレッグ!」


 背後からはクロエの焦った声が聞こえる。しかしルークの心に動揺はなかった。

 グレッグの魔術式から読み取れる情報――系統は雷、規模は小さく、威力も弱め――より対処法を選別する。

 

「【弾雷】」

「ルークッ!?」


 そして――グレッグから放たれた魔術がルークに直撃した。

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