15 リーシャ・ノイ・クレース
ルーク・ラグリーズには友達が少ない。これは誠に遺憾ながら客観的事実であり本人にも自覚のあることである。
故郷の幼馴染みは友人だが、彼らとの友誼は姉を間に挟んだところが大きい。そして自称親友は一応友人ではあるものの正直いろんな意味で『親友』とは認めがたい部分がある。
実質的に彼が胸を張って友人と言い切ることができるのはただ一人だけと言えよう。
なので――
「よし、それじゃあ四人一組でチームを作れ。組めなかった余りはこちらで組ませてもらうぞ」
このような事態には彼はひたすらに無力である。
――さて、現在置かれている状況は必須講義の一つである『身体訓練』の真っ最中である。
先程の死の宣告は、人の心のわからない悪魔の如き担当教師より放たれたものだ。
「これから先の講義の中にはチームを組んでの講義も存在する。そのためにお前たちには今から仮のチームを組んでもらう。学院に入ってから既にある程度時間は与えたからな、問題はないはずだ。コミュニケーション技能も重要な能力だからな」
そんなことを言われても、そう簡単にいくのであれば友達が少なかったりはしないのだ。
まして――
「よしっ、とりあえず俺とお前で二人だな。残るはあと二人、有望な人材を確保したいものだな!」
当然のように肩を組んでくる筋肉馬鹿が隣にいる状況でどうしろと言うのだろう。
周囲の生徒がチームを組んでいく中、ルークは絶望的な面持ちで項垂れる。
もはや大人しく教師に組んでもらった方が良いのではないだろうか?
しかし自身の行いというものは自分に返ってくるものなのである――良くも悪くも。
「……何で死にそうな顔をしてるんだ?」
かけられた声に顔を上げてみれば、そこには端正な容貌を不思議そうにしているクロエの姿。その後ろには女生徒が一人連れられている。
ルークは彼らの後ろに後光が射しているように感じた。
「クロエか、俺たちに何か用か?」
「……チームを組みに来たんだよ。幸いそっちも二人みたいだし――うわっ!」
もはや予定調和のように睨み合いを始めかけたダンとクロエの二人だが、クロエの言葉を聞いたルークが両手を握りしめたことで、それは中断された。
「――助かる、凄く」
「そ、そうか……」
両手を握られブンブンと振られるクロエは照れたように頬を紅潮させ、視線を逸らす。
そんなクロエを見て、後ろに立つ菫色の長髪をした女生徒がクスリと笑う。
神秘的な琥珀色の瞳を柔らかに細めるその仕草からは育ちの良さが窺える――楚々として控えめな貴族の『お嬢様』といったところだろうか?
「それでそちらの――」
「リーシャ・ノイ・クレースです。はじめまして」
「あ、ああ。僕は――」
「友達のいないルークさんと脳筋のダンさんですね。クロエから話は聞いてますよ」
訂正――どうやらお嬢様なのは外見だけで、中身はなかなかにイイ性格をしているらしい。
「…………」
「はっはっは! そう正面から褒められると照れるな!」
「ふふっ、全く褒めていませんよ」
「なにぃ、馬鹿なっ!? 脳筋とは『脳まで筋肉』という、俺の鍛え上げた肉体への賛辞ではないのか!?」
「……真正の馬鹿を見たのは初めてですねー」
いきなり急所を撃ち抜かれて絶句するルークを放っておいて、そんな会話を繰り広げる二人。
呆れた顔をしたクロエはとりあえず固まったルークに声をかける。
「あー、……ちょっと口が悪いところはあるけど、根は良い娘なので上手く付き合ってくれ」
「かなり無理のある紹介な気がするけど……わかった、クロエがそう言うなら頑張ってみるよ。ところで……二人はどんな関係なのかな?」
「……家の方で少し付き合いがある。いわゆる幼馴染ってところだな」
なるほど、名前から察するに彼女もまた貴族。クロエが貴族であることを考えれば、家繋がりで知り合いがいるのも不思議ではないが――。
「……?」
「どうかしたのか?」
少々引っかかることがあり、それが表情に出たのかクロエが訊いてくる。
少しプライベートに踏み込むことだが、せっかくなのでルークは疑問を直接ぶつけることにした。
「二人はひょっとして……婚約者か何かなのかな?」
「……婚約者? ……っ!? ばっ、馬鹿ッ、違う! 何でそんなことになるんだ!?」
ルークとしてはそれなりに自信のある推測だったのが、思いもよらぬ剣幕で返されてしまった。
「え、えっとごめん。仲良さげに見えたからひょっとしたらと思って……」
「……まったく! 確かに仲は良いがリーシャとは幼馴染なだけだ。……あと俺に婚約者はいない」
「わかったわかった。本当にごめん」
クロエの家は他の貴族からは忌避されている――入学前に聞いたそれが事実であることは、クラスの貴族生徒の様子からも理解できた。
そんなクロエと未だに付き合いがあるのだから、両者に密接な関係――婚約者など――があるのではないかと思ったのが、どうやら下衆の勘繰りだったらしい。
「すいません、お待たせしました」
「…………」
どうやら向こうの二人の会話も決着がついたらしい。
――にこやかに柔らかい笑みを浮かべるリーシャと、苦虫を噛み潰したような表情のダンでは勝敗は一目瞭然だが。
「ああ、うん。それでそのクレースさんは――」
「リーシャでいいですよ。私もルークさんと呼びますから」
「……わかった。それじゃあリーシャは、僕らとチームを組んでくれるということでいいのかな?」
「ええ、構いませんよ。不本意ですが」
「……不本意なのか?」
「はい、とっても♪」
にこやかに笑うリーシャはそれはもう楽しげである。
……何だろうこれは? なんというかこう絶対的なまでに『勝てない』印象がある。武力だとかではなく相性的に。
「……リーシャ、悪いけどそれくらいにしといてくれないか?」
「クロエがそう言うなら仕方がないですね。では改めまして……ルークさん、ダンさん、よろしくお願いします」
流石に幼馴染みの言は無視出来ないのか礼儀正しく一礼する。
この辺りの所作は貴族令嬢らしい実に優雅なものだ。
「えーと、よろしく?」
「むぅ、よろしく頼む」
「……はぁ」
そんなシャーネに対し男性陣は力なく礼を返す。
――どうやらこのチームにおける上下関係は速やかに決まったようである。




