13 友人
入寮したその日のうちから同室の生徒と怒鳴り合うという、予想外にもほどがある初日を終えた次の日。
ルークは同じように入寮した生徒たちと、王都に自宅を持つ生徒たちと共に講堂へと集まり、入学を迎えることとなった。
講堂では学院長からの短い――当人からは面倒だし無駄だと言われた――挨拶があり、その後それぞれの所属クラスが発表された。
各クラスでは各講義の説明や学院での生活の注意点などが説明され、本格的な講義は明日からということで解散となった。
そしてそこで――ルークはクロエと再会したのだった。
「クロエっ! 良かった、同じクラスだったんだ」
正直に言えば、学院で自分に普通に話しかけてくる相手は幼馴染一人だけだと思っていた。
だからこそ知っている相手ではあるが、話しかけられたクロエは鋭い眼を丸くして戸惑う。
「いや、本当に良かった。やっぱり知っている人がいると気が楽だね」
どうして平然と話しかけてくるのか。
開いた口が塞がらないといった様子で呆けているクロエに構わず、その少年――ルークは話し続ける。
「クロエは選択講義はどれを受けるのかな? できれば礼法とかについて教えてもらえると助かるんだけど……」
解散してからクラスに残って友人同士で話していた貴族生徒たちは、隔意ある眼差しで二人を遠巻きに眺めている。
事情のわからない平民生徒たちは二人と貴族生徒たちを見比べていた。
「それで――うわっ!?」
「ちょっと来いっ!」
そんな周囲の視線に全く気付かず話し続けていたルークは、片手を掴まれ引き摺られるような形で話を中断することになった。下手人はもちろんクロエである。
そのまま衛士に捕まった罪人のように学内の一角へと連れ込まれる。
周囲には人気はなく、クロエの攻撃的な雰囲気も合わさり、人によっては素行の悪い生徒に絡まれているようにも見えるかもしれない。
「――なんで平気な顔で話しかけてくるんだ!?」
もちろんクロエがそんな人間ではないことはよくわかっている。
だからこそ同じクラスで嬉しかったし、こうして話しているのだから。
「……? 学院で会ったら仲良くしてくれると嬉しいって言っただろう?」
「――っ! それは……」
確かに聞いた。だがてっきり社交辞令の類だとばかり思っていたのだ。
それなりに力のある貴族生徒に目を付けられるリスクを振り切って、平然と話しかけてくるなど思いもよらない。
だからこそ同クラスだと気がついても、自分からは話しかけなかったというのに――本心では嬉しいからこそどう言ったらいいのかわからない。
故にただ事実だけを突きつけることにする。
屈するつもりは全くないが、直接的な反抗は憚られる面倒な相手の名を口にする。
「……俺に関わるとグレッグたちに目を付けられるぞ」
――その言葉を聞き、目を閉じ深くじっくりと考える。
態々彼がこうして繰り返す以上、それは本当のことなのだろう。
そうなった際の学院生活、自分の目的、将来の事、そして自身の感情――それらを頭の中で組み合わせ検討し、改めて目の前で揺れる紅い瞳を見据え答えを出す。
「――最初に会った時の件があるから今さらだよ」
それは感情に流された安易な決断なのかもしれない。ひょっとしたら将来後悔する事もあるかもしれない。
――それでも今は胸を張ってこれを正しいと言いきれる。
「……他の貴族生徒からも白眼視される」
「僕が誰と仲良くしようが文句を言われる筋合いはないな」
別に誰もかれもに好かれたいわけではないのだ。
自分が仲良くなりたいと思った相手とこそ友誼を結びたい。
「……友達できないぞ」
「――一人は確実にできる。そこから先は……一緒に頑張ろう」
ここで少し詰まった……どうやら自分と同じく友達は少ないようだ。
そういったところには逆に親近感が沸いてしまったが。
「――わかった……お前、実は馬鹿だろう?」
「何故だか偶にそう言われることがあるな。僕としては凄く心外なんだけど……」
ルークとしては甚だ遺憾だ。馬鹿というのはいきなり殴りがかってくる馬鹿や、やたらと筋肉推しをしてくる馬鹿のことを言うのだと硬く信じている。
クロエは黙ってルークの瞳を見つめる。そしてそこに揺るがない意思を感じ取り、ため息交じりに尋ねる。
「……なんで俺なんだよ?」
「ん?」
「だからなんで俺なんだよ? 友達なら別の誰かでも構わないだろう?」
そんな風に訊かれると正直困る。ルークにしたところで明確に説明できる理由があるわけではないのだ。
強いて言えば――第一印象だろうか? 初めて会った時から他の誰でもなく、彼と友人になりたいと思っていたのだ。
この学院に入学したのは目的あってのことだが、そのために貴族生徒と仲良くする必要は――絶対の条件ではない。
それならば自分の感情に従ってもいいだろう。迷ったときは直感に従えと姉も言っていたし。
「なんとなく……かな? 他の誰かではなく君が良いと思ったから」
「……わかったよ。でも覚悟しとけよ? 俺と友達になったらいろいろ面倒だぞ」
「ははっ、りょーかいです」
素直にそう告げたルークにクロエは観念したかのように言葉を返す。
気恥ずかしくも悪くない――そんな空気が二人の間に流れる。
しかし――空気を読めない輩とは何処にでもいるものである。
「おっ、ここにいたのか」
現れたのは制服の上からも逞しい肉体が窺える男子生徒――ダンである。
「……ダン、どうかしたの?」
「どうしたも何もあんなふうに出ていけば後を追うものだろう。……そいつとはどういう関係だ?」
そいつ――クロエへと目を向けながら問いかける。彼からすれば同室の友人が引き摺られていったようにしか見えなかったのだ。
クロエはといえば、猛禽のような眼を鋭くし負けじと睨み返している。
「彼はクロエ。友達だよ」
「……友達? 思いっきり引き摺られてなかったか?」
「あー、ちょっとしたコミュニケーションってやつかな?」
「ほっほう、随分と変わったコミュニケーションだな」
よりにもよってダンに「変わった」などど言われて地味にへこむ。
そんなルークを横にクロエに挨拶するダン。
「俺はダン・アルバス。ルークとは寮の同室で親友の間柄だ。よろしく頼む」
「――いや、ちょっと待って」
「ん? どうした?」
とても聞き逃せない単語が聞こえた気がして思わず突っ込む。
「いつから僕らは『親友』とやらになったんだ?」
「はっはっは、照れることはない」
「照れてないっ!」
必死で否定しようとするルークと笑って取り合わないダン。
そんな二人を見るクロエの瞳が少しずつ細められていく。
「俺はクロエ・メルト・クレイツ。ルークとは王都で初めて知り合った友人だ。よろしく、ダン・アルバス」
「お、おう?」
未だに言い合いを続ける二人の間に割り込むように体を滑り込ませると、ダンの手を握り強引に握手する。
初めは戸惑っていたダンだが、クロエの言葉にニヤリと笑みを浮かべると手を握り返す。
「親友の友人とあらば俺にとっても友人だ。改めてよろしく頼むぞ、クロエ」
「ああ、よろしく」
目の前の二人の友人は朗らかに笑いあっている。しかしルークの目には二人の間に火花が散っているように見えた。
しかしその理由には見当がつかない。いったい今の会話のどこに両者が対立する要素があったのだろうか?
自覚はないがボッチ気質のルークは絶望的に察しが悪かった。
――この日からルーク・ラグリーズ、クロエ・メルト・クレイツ、ダン・アルバスの三人は行動を共にすることになる。
さて、やたらと周囲に対して威嚇的で貴族生徒から忌避されるクロエ、大柄で筋肉質で凄まじく暑苦しいダン。こんな二人と行動を共にするルークは周囲からはどのように見られていたのだろうか?
答えは未だに二人以外には友人零という状況が示していると言えるだろう。




