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宿らされた者  作者: 鋼矢
第一章
13/65

12 講義

 エルセルド王立学院は魔術士や騎士の養育を主な目的とした学院である。

 入学するのは素質を持った貴族と平民。しかし彼らは必ずしも同じ教育を受けるわけではない。

 その理由は教育環境の違いである。

 当然と言えば当然のことだが、貴族は家庭教師などを幼少期から付けられ教育を施されているのに対し、平民は魔術の基礎的な知識も持ってない場合が多々存在する。

 

 この条件下で同じ教育を施すのは非効率的ということで、学院の講義は必須講義と選択講義に分けられる。

 必須講義は当たり前だが全生徒参加が義務付けられる。この講義で一定の水準を満たせない生徒には厳しい未来が待っている。

 選択講義は生徒それぞれが自身の将来に必要な知識や技能を学ぶための場である。

 学院長曰く「やる気のないやつに学ばせても時間と労力の無駄」ということらしい。


(合理的ではあるよね……)


 では肝心の講義の内容はというと、単純に魔術の知識や戦闘訓練といったものだけではない。

 歴史・政治・礼儀作法、経済や領地の運営、あるいは術式具や化外・古代遺物の研究といった分野に渡るまで多岐に渡って存在している。

 これは学院の卒業生が将来貴族入りする可能性があること、また貴族入りしなくても要職に就いたり、貴族と関わる職に就くことを考慮に入れているためである。


(まあ、単に強いだけの人間じゃあ前線以外では使い道がないし……)


 だからルークとしては、こうした学院の教育方式には概ね賛成の立場だった。

 自身の将来を考えるといくつか不要と思える講義もあるが、いざというに役に立つかもしれないので可能な範囲で講義は受けるつもりだった。

 これが将来の不安の薄い貴族の長子であれば、必須講義以外は全く受けないという輩もいるのだが。

 しかし――


「いいかっ、蛆虫ども! 貴様らはまずこの言葉を心に刻め! すなわち――『健全なる魔力は健全なる肉体に宿る』ッ!!」


 ――『身体訓練(必須講義)』の教師が脳筋(馬鹿)というのは流石にどうかと思う。




 今年度の王立学院の入学生は百二十四名。一クラス二十五名程度で五クラスに分けられた。

 内訳としては男女比は同程度だが、貴族と平民の比率は七:三程度。

 王国全土で試験を行ってこの割合なのだから、どれほど素質のある血筋が貴族に集中しているかわかろうというものである。

 ルークの所属するクラスには王都で初めに知り合ったクロエ、寮の同室のダン、そして厄介なことにグレッグも在籍していた。

 そして今日は必須講義の一つである『身体訓練』なわけだが、担当教師の最初の台詞が前述のものである。


「貴様らは貧弱で軟弱で脆弱だ! 今の貴様らには戦闘技術を学ぶ資格すらない! 故にまずは身体を鍛えろ!!」


 角刈りの大柄な教師が吠える。最初の台詞からわかるように、彼もダンと同じくガードーナー師の信奉者らしい。

 ――隣で目を輝かせて首を何度も縦に振る馬鹿(ダン)に関しては見なかったことにする。


「あのー、騎士ならともかく魔術士が肉体を鍛える必要はないのでは?」

(……それは違う)


 生徒の一人が挙手をして意見を述べる。確かグレッグの取り巻きの一人である。

 言葉の上でこそ敬語だが、表情の方は内心を表すかのように顰められている。


「ほう、ならば前に出ろ。ロナー」

「は、はあ……」


 教師の言葉に戸惑ったまま進み出るロナー。他の生徒たちはなにが行われるのか興味深げに見守っている。


「ロナー、貴様は攻系魔術は使えるか?」

「はい、一応」

「ならば俺に向かって撃ってみせろ。殺す気でやって構わん」

「……はあっ!?」


 教師の言葉にロナーは驚愕の声を上げ、他の生徒たちもざわつき始める。

 魔術は強力な力だ。殺傷力の高い魔術であれば容易く人を殺めることができる。

 いくら教師が許可を出そうとも、殺す気で放つなど戸惑うのも無理はない。

 ――そんな中、ルークは冷静に教師とロナーの間合いを測っていた。


(これは駄目かな)


 グレッグの取り巻き――確かレオルト・トゥル・ロナーだったか――に余程の隠し玉がない限り、この予想が外れることはないだろう。


「さっさとやれ。俺の体に傷一つでも付けたら、貴様はこの講義を免除してやろう。……それともロナー家は腰抜けの一族か?」

「くっ!」


 講義の免除という飴と家名への侮辱という鞭に、顔を赤くしたロナーは魔術式を構築し始める。


(――遅すぎる)


 放とうとしている魔術からすれば、今の年齢でこの速度なら貴族生徒としては標準と言える。

 しかし騎士でもあったという教師相手ではあまりにも遅すぎる。


「ゴハッ!?」


 硬いものと柔らかいものがぶつかったような打撃音が響き、音の出所へと目を向けると、予想に違わずロナーの鳩尾へと教師の拳が減り込んでいた。

 起きたことを一言で言うなら間合いを詰めて殴った――ただそれだけである。

 しかし大半の生徒達には教師の姿が霞んだと思ったら、次の瞬間にロナーが殴られていたようにしか見えなかっただろう。

 教師が立っていた場所を見れば、地面が足底の形に陥没しているのが見える。


「ゲホッ、ゴホっ……」

「――見ての通りだ。この程度の間合いなど騎士にとってはないも同然。……魔術士に身体訓練は不要? 否、断じて否だ。最低限身を守れる程度の身体能力と、痛みで魔術式を崩さないための慣れは魔術士だからこそ必要なのだ」

(その通りだな)


 膝をつき嘔吐(えず)くロナーを横に解説する教師に、顔には出さないが心中で深く頷く。

 自分も(シャーネ)によく叩きのめされたものである。

 同時に目の前の教師の評価を上げる。ダンと同じく脳筋(馬鹿)には違いないが、講義内容そのものは真面目なもののようだ。


「さあっ、全員立ってグラウンド十周。騎士適正は重しを背負って十周だ!」


 教師の号令に生徒の間から悲鳴が上がった。




 繰り返すが王立学院は魔術士と騎士を育てるための学院である。そのための施設として学院内には広めのグラウンドが用意されている。

 このグラウンドにて魔術の修練や騎士としての戦闘訓練を行うわけだが、この場所は実はきちんと整備されているわけではない。

 実戦では必ずしも足場のしっかりとした平地で戦えるわけではない、という考えの下にいくつかの場所はあえて整地されておらず、中には木々や岩などの障害を設けている部分も存在する。

 つまりなにが言いたいのかと言えば――走るだけでも一苦労だということである。


「おいっ、大丈夫か?」

 

 貴族としての作法や魔術の知識ばかりを学んできた貴族生徒は、すでに青色吐息で周回遅れ。農作業などで足腰・体力が鍛えられている平民層は中間、そしてルークは上位と中間の間辺りを走っていた。ちなみにグレッグは上位である。

 ――もっとも騎士適正の生徒たちは、その高い身体能力を活かし重しを背負った上で数周先を走っているが。

 そんな中で、態々(わざわざ)速度を落とし並走して話しかけてきたのは、先日クラスで再会したクロエだ。

 相変わらず美しい銀髪に鋭い目つきが猟犬を彷彿とさせるが、こうして心配してくれる辺り根は優しい少年なのだ。


「大丈夫、これくらいなら問題ないよ」


 少し速度を落とし、息を整え応える。こちらの様子から無理はしていないことを悟ったのかクロエは軽く頷く。


「思ったよりも体力があるんだな」

「姉さんに散々鍛えられたからね」

「……お姉さんがいるのか?」


 少々意外そうにクロエは目を丸くする。そんな表情を普段からしていればだいぶ険も取れるだろうに、と関係ないことを思いつつ走り続ける。


「どんな人なんだ?」

「ああ、それは――」

「ハッハァッ! 鈍いぞ、我が友たちよ!」


 クロエの質問にルークが答えようとしたその時、二人の真横を脳筋(ダン)が通過した。彼は勝鬨(かちどき)と突風を残し走り去っていく。

 このどう考えても騎士適正向きの友人は、有り得ないことに魔術適正だった。そして魔術適正でありながらなぜか騎士適正の生徒たちと張り合っている。


「……へぇ」


 隣で走るクロエの紅い眼が据わる。元々鋭い眼差しは、今や凶眼とでも呼べる程に怒気を撒き散らしている。


「えーと……クロエさん?」

「ルークは今のまま走っていてくれ。俺はあの馬鹿に身の程を教えてくる」


 言うや否や、爆発的に速度を上げ馬鹿(ダン)を追う。その姿はまさに獲物を狙う猟犬である。


「……死ね、肉達磨」

「ぬおっ!? いきなりなにをするクロエ! 今は格闘戦ではなく走法訓練だろうが!?」

「煩い黙れ」


そんな未だに二人しかいない友人たちの背を見て走るルークは頭を抱えたくなる。


(……どうしてこうなった?)


 ――話は入学して間もない頃へと遡る。

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