11 入寮
――その光景を前にルークがしたことは、とりあえず静かに扉を閉めることだった。
あまりのインパクトに扉を開く前に想定していた全てを吹き飛ばされてしまった。
閉めた扉の前でしばし佇み目元を揉む。部屋の番号へと目を向け、受付で聞いた番号と誤りがないことを確認すると冷静に情報を整理する。
自分は王立学院入学のための試験を受け、無事に合格した。そして入学のために王都へ一週間かけて辿り着いた。
王都へ着いてからは学院に真っ直ぐに向かった。道中予期せぬトラブルに会ったが、それも決して悪いことばかりではなかった。そして無事に入学のための手続きを終えた。
受付で自分が入寮する部屋を聞き、同居人になるであろう相手への挨拶を色々考え、心を決めてその部屋の扉を開けると――上半身裸の男性がポージングしていた。
――おかしい、特に最後の部分。途中まで――というか最後の部分以外は特におかしなところがない分、余計に最後のおかしさが際立ってしまっている。
深く息を吸いゆっくりと吐く。二、三回同じ動作を繰り返し気持ちを落ち着け、先程目にした光景が幻覚であることを祈りつつ、もう一度ゆっくりと慎重に扉を開く。
――祈りは届かなかった。
扉を開いた先には、変わらず部屋の真ん中で上半身裸の男が待ち構えていた。
否、先程とは微妙にポージングは変わっていたが。
「おおっ、ひょっとしてお前が俺の同居人か!?」
こちらに気づいたその男性が破顔一笑して問いかけてくる。
ルークとしてはその問いには首を振って否定したかった。
「俺の名はダン! ダン・アルバス、平民出身だ。よろしくな!」
手を握りしめブンブンと降りつつ愛想よく挨拶してきた男性は、よく見ればまだまだ少年の面差しを残していた。
同世代と比較すれば平均的な身長であるルークと比べ頭一つ分は高い背丈と、やや日に焼けた。、そして鍛え上げられた筋肉質な肉体が、若干年輩の印象を与えていたようだ。
――まあ、それ以上に上半身裸と謎のポージングのインパクトが強すぎたのだが。
「僕はルーク・ラグリーズ。よろしく、ダン。……で、さっそくだけど一つ質問したいことがあるんだ」
「おうっ、なんでも聞いてくれ」
実に爽やかな笑顔の少年である。
――彼が今やっていることに目を瞑ればだが。
「じゃあ訊くけど……さっきから何をやってるの?」
「もちろん筋トレだッ!」
そう、筋トレである。この少年、ルークが部屋に入ってから――握手しているときでさえ――ひたすらに筋トレを行い続けているのだ。
その逞しい肉体は、それなりに身体を鍛えてきた自負のあるルークをして見事だと言わざるを得ないものだが、今は別の感想を抱かずにはいられない。
(あ、暑苦しい……っ!)
さして広いとも言えない二人部屋に、ダンの発する汗による蒸気が充満しているのだから無理からぬことである。
「ええっと……なんで筋トレ?」
「ふっ、よくぞ訊いてくれた」
なるだけ穏便に事を進めたいルークの問いに、腰に手をあて厚い胸板を必要以上に反り返しダンは答える。
「俺の心の師にして偉大なるダーゼン・ドルッド・ガードーナー師はかつてこう言われた――『健全たる魔力は健全なる肉体に宿る!!』と」
ダーゼン・ドルッド・ガードーナー――確か『十の賢将』でもある王国最高位の魔術士の一人である。
「その至言を聞いて俺は悟ったのだ。すなわち……筋肉を鍛えることこそ魔術の極みへの道ッ!」
「いや、その結論はおかしいし」
思わず零れたルークの真っ当なツッコミは一切届かずダンは声高らかに続ける。
「だからこそっ、立派な魔術士になるためにも俺は日夜鍛練を怠らんのだ!!」
わかってくれるな? ――そう言わんばかりの良い笑顔を白い歯を輝かせながら向けてくるダンに、ルークは一言無情に告げる。
「うん、言いたいことはよくわかったよ……外でやれ」
「なにぃ!? ここは俺の信念に感動し共に汗を流す場面だろうがッ!!」
信じがたいという表情で反論するダンに、本人としては非常に不本意且つ認めがたいだろうが、珍しくルークは感情も露わに怒鳴る。
「感動できるかッ!? 足元を見なよっ、足元を! 君の汗のせいで無茶苦茶湿ってるじゃないか!?」
「これぞまさに漢の勲章ではないか!!」
「意味がわからないよ!」
両者とも真剣であるにも関わらず微妙に噛み合わない議論。この怒鳴り合いは隣室の入寮生が文句を言ってくるまで続くことになる。
そしてその頃には――入室前の緊張など綺麗サッパリとルークは忘れていたのだった。