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宿らされた者  作者: 鋼矢
第一章
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10 クロエ・メルト・クレイツ

 ――何処からか声が聞こえた。


「おいお前、いったい誰の許しをもらってウロチョロしてるんだよ」

「ははっ、本当に聞いてた通りだな」

「気持ち悪いですね、こいつ」


 整った街並みに似つかわしくない酷く耳障りな嘲るような声。

 眉を顰めて声の聞こえる方へと足を進めると、三人の少年が誰か一人を取り囲んでいるようだった。

 三人の着ている上質な服から察するに、いずれも貴族の子弟ではないかと思われる。


(状況ははっきりとわからないけど……)


 トラブルを避けるのであれば無視するべきである。別に直接的な暴力が振るわれているわけでもないようだ。

 しかし――脳裏に思い浮かんだのは姉と馬鹿(クルト)の顔だった。


「君たち、なにしてるの?」


 ――彼らならばこの状況を無視するなんてことはあり得ない。


「うん? なんだお前は?」


 振り返った三人のうちリーダー格らしき少年は、日頃から良いものを食べているのか、なかなか立派な体格をしていた。

 しかし、切れ長の目と細い顔つきが大型の爬虫類を連想させ、高価な服とせっかくの体格を台無しにしてしまっている。


「ただの通りすがり。それで君たちはここでなにしてるの?」


 少年は質問に答えないままジロジロと無遠慮にルークの全身を眺めると、侮蔑を隠す様子もなく告げる。


「ここは貴族の住まいだぞ。とっとと失せろ、平民が」

「そんなことは知っているよ。僕はなにをしているかと聞いているんだ。耳が付いていないのかい?」


 わざと挑発的に言葉を投げかけると少年の表情が変わる。


「貴様、俺はグレッグ・ロッド・ヒュームだぞ。誰に口をきいているのかわかっているのか?」

「生憎と無学な平民だからね、そんな名前は聞いたことがないよ」

「お前ッ!」


 取り巻き二人の顔色が変わる。これで囲まれていた人物から標的は完全に移ったと判断できるだろう。

 しかし――


「ふんっ、行くぞお前ら」


 グレッグと名乗った少年は思っていたよりも冷静だったらしい。


「へ? いいのかい?」

「こんなやつ叩きのめしましょうよ、グレッグ君!」

「馬鹿が、明日は入学だぞ。下らんトラブルなど起こせるか」


 なにやら聞き捨てならない単語が聞こえたが、今は大人しくしておく。


「命拾いしたな、平民」


 一言捨て台詞を残すと取り巻きを引き連れグレッグは去っていった。

 その背中を見送るルークの心中はかなり複雑だ。『明日』・『入学』、これらの言葉から推測すれば――


(……同級生だったのか)


 どうやら入学前から火種を作ってしまったらしい。ため息をつきたい気持ちで佇んでいると、腕を急に引っ張られる。

 無理やり引っ張られて振り向かされると、グレッグたちに囲まれていた人物が腕を掴んでいた。

 先程の三人に比べれば質は劣るかもしれないが、地味な装いが逆に上品さを引き立てる中性的な美少年だ。

 輝くような銀髪を肩まで伸ばし、背丈はルークより少し低く男性としては小柄で、細身の体に動きやすそうな服を着ている。

 だがそれ以上に――


(――綺麗だ)


 ルークはその赤い瞳に魅入られた。

 紅玉(ルビー)のように輝く瞳は気の強そうな印象を周囲に与えそうだが、その奥を覗いてみたいという衝動に駆られる。


(なにか気に障るようなことしたかな……)


 そんな瞳を持った少年が黙って睨め上げてくるものだから、惹きつけられつつも同時に気圧されてもいた。

 今まで会ったことのないタイプである。正直言ってさっきの三人組を相手取る方が、精神的にはかなり楽だった。


「……クロエだ」

「……へ?」

「だからクロエ・メルト・クレイツだ。お前は?」

「あ、ああ。ルーク・ラグリーズだけど……」


 どうやら怒っているわけではなく、名前を言いたかっただけらしく戸惑ってしまう。


「……助けてくれたことには感謝する。けどどうして平民がここ(西方区)にいるんだ? ……いて悪い訳じゃないけど、あまり寄り付くような場所じゃないぞ」

「用があるのは北方区の方で、ここ(西方区)は通り道だったんだ」

「北方区……ひょっとして王立学院か?」

「ああ、明日から入学するんだ」


 返事を聞いたクロエは一瞬表情を明るくするが、すぐに顔を固くして感情を消すと言ってくる。


「なら礼代わりに案内してやる、こっちだ」

「わわっ!?」


 手を掴んだまま歩き出すクロエに引き摺られるようにルークも歩き出した。




「じゃあ、クロエも王立学院に入学するのか」

「ああ、俺は騎士適性だけどな」


 学院への道すがら話してみると、クロエは目付きの鋭さと猟犬のような雰囲気から取っ付きにくい印象はあるものの、実際は話しやすい性格だった。


「それと学院では貴族の家同士の繋がりで派閥ができている。さっきみたいな行動は控えた方が良い」

「……わかった。善処するよ」


 こうして入学にあたっての注意事項まで親切に教えてくれる。

 例えば王立学院には王国全土から集められた平民も入学するが、それでも貴族の入学者の方が多いこと。

 そうした貴族子弟は家同士の繋がりで集まり、派閥を形成していること。

 先程のグレッグもそれなりに有力な貴族の子供だということ。

 だから(・・・)さっきのような行動は慎むこと、同じようなことがあっても見捨てること、自分にはあまり近寄らないこと――そんなことをぶっきらぼうにだが、丁寧に教えてくれた。


「ふふっ」

「……なんだよ、いきなり笑いだして?」

「いや、王都に来て最初に知り合えたのがクロエだったのは運が良かったと思って」

「……ッ!? ば、馬鹿じゃねーの!!」


 ちなみに先程の三人組はカウント外だ。できれば存在ごと記憶から抹消したい。

 ――そういうわけにもいかないのだろうが。


(無駄に自尊心(プライド)高そうだったしな……)


 そうしてクロエに色々と説明されつつ歩いていると、ようやく目的地である王立学院が見えてきた。

 ――学院と名付けられているものの、卒業生の多くは軍事に関わる進路を選ぶこともあり、その外観は威圧的な印象を与えるものだった。

 学院の敷地は石造りの壁に囲まれ、街との境界を厳密に区切られていた。その上、壁の上には尖った鉄柵が張り巡らされ、内側には木々が植えられているようで簡単には中が覗けないようになっている。

 正門らしき場所には守衛らしき屈強な男性の姿が見えた。


「あの正門から真っ直ぐに進んだ建物内に受付があるから、そこで手続きするといい」

「わかった。案内してくれてありがとう」

「あっ……」


 クロエに礼を言い正門へと向かおうとすると、なぜか戸惑ったような声が聞こえた。


「……どうかした?」

「……いや」


 なにか言いけれど、上手く言葉にできない――そんな様子だ。

 問いただしてもよかったが、出会って早々踏み込むのにも躊躇があった。 


「そうだな……学院であったら仲良くしてくれると嬉しいかな」


 だから差し障りのない再開の約束をすることにした。

 だがそんな約束でもクロエは嬉しかったらしい。返事こそしてくれなかったが、雰囲気を和らげて手を振って応えてくれた。


(笑うとずいぶん印象が変わるんだな)


 攻撃的な猟犬のような印象が人懐こい小型犬のように変わっていた。

 口にしたら怒られるかな、と思いつつもルークは自身の頬が緩むのを感じた。




 ――入学の手続きは特に問題なく済んだ。事前に学院側も入学者の情報は受付に通達しているから当然と言えば当然だが。

 手続きを終えたルークはその足で学院内にある男子寮へと向かった。

 王立学院には王都外からの入学生のために寮が完備されている。

 もっとも王都に自宅や別宅のある貴族はそちらから通うことも多いので、入学生全員が入寮するわけではない。入寮者の多くは平民である。

 そんな男子寮の自分に宛がわれた部屋の扉の前でルークは静かに決意を固めていた。すなわち――


(今度こそ自力で友達を作って見せるっ!)


 実のところを言えばルークはこの年で未だに友人を作った経験がなかった。

 クルトたちはもちろん友人だが、彼らは(シャーネ)の紹介で知り合った友人である。

 なので入学にあたっては随分と姉に心配されてしまった。ルークとしてはここらで見返したいところである。


(まずは第一印象が大事だよな)


 寮は基本的に二人部屋で、相部屋となった相手は友人の第一候補である。扉の前に佇み、脳裏で様々な状況を想定する。

 フレンドリー且つ卑屈にならない挨拶をすべきだろう。


(いざっ!)


 心の準備を整え扉を開き、部屋へと踏み込んだルークを待ち受けていたのは――


「ん?」


 鍛え上げられた筋肉を惜しげもなく晒した上半身裸の男性であった。

 ――これはさすがに想定外である。

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