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花嫁日和は異世界にて  作者: 和本明子
第一話 異世界《ミッドガルニア》は突然に
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04.ボーイミーツガール

「ゴホッ、ゴホッ」と咳込む中、ゆっくりと息をする間もなく、


――ズッドーン!


 付近で大きな音……空気が大きく振動するほどの爆発音が轟いたのだ。

 爆発音だけではない、人の悲鳴や叫び声が聞こえてくる。


「なっ、なに!?」


 音がした方向へ顔を向けると、複数の小型木船が漂っていて、その船上で交戦していた。


 古めかしい鎧を着て、手には剣や槍などの武器を手にした複数人が一人の青年に襲いかかる。だが、青年が持つ手斧で容赦無く切り伏せられていった。


 非日常な……凄惨な光景だった。凶器で人が傷つけられ、切られた相手は無様に海へ落ちていく。


――逃げないと。


 ひと目で危険な場面だと判断したが、ヒヨリの身体は硬直してしまい、その場から動けなかった。

 続けざまに起こる異常な出来事に、理解や身体が追いついていないのだ。


「うわわわわわっ!」


 人が海に落とされた。

 手斧を持った青年が船から海を見下ろし、ヒヨリと視線が合った。


 青年は動きやすさを重視してか身体の片面にしか防具を身に付けておらず、着ている布服は所々破れていた。そこから鍛えられた肉体が露出していた。


 荒々しく跳ねている髪が、まるで獅子の威圧さと猛々しさを感じさせる。

 だが、落ち着いて青年を伺う余裕は、ヒヨリには無かった。


「……女、だと?」


 一方青年は海に漂う女性ヒヨリの姿を凝視するも、ヒヨリの背後の海面から不自然に沸き立つ泡に気付いた。


 その直後、海面が盛り上がり、人の姿だが身体全体は鱗に覆われ、魚とワニを合わせたような顔は恐ろしさを型どった醜悪さを醸しだした異形な生物……怪物が姿を現したのだ。


 ヒヨリは背後振り返り、その怪物の姿を見た途端、悲鳴もあげられないほどに、なおさら身体が硬直した。


 怪物は鋭い牙を見せつけるように大きな口を開き、ヒヨリを捕えようと両腕を掲げた瞬間――



 ズバッン!



 怪物の頭部が切断された。


 主因は、青年が放り投げた手斧によるものだった。

 手斧の持ち手の後部に鎖が付けられており、それを引き戻すと、手斧は青年の手へと戻っていく。


 怪物の首から噴き出した緑色の血飛沫がヒヨリの頬にかかり、氷を直に触れたような冷たさが伝わる。


 頭部を失くした怪物は力無く倒れて、そのまま沈んでいくと、緑色の血が海面に広がったのだった。


 凄惨で異常な光景だ。正常にいられるはずがない。


 それまでに船の沈没、謎の生物に海底へ引きずり込まれ、命からがら浮上したら、おかしな格好をした人たちが命の奪い合いをしていて、あげくの果てには怪物が現れたと思ったら首を切断された。


 僅かな間に異常過ぎる出来事ばかり遭遇して、ヒヨリの精神や身体が限界に達し、


「あっ……」


 その場で気を失ってしまったのである。



 海のど真ん中で、突如姿を現した女性ヒヨリを青年は訝しげに眺めつつも、関心を引いていた。


「なんだ、あの女は? しかも、気を失っているのに浮いたままで……」


 それは救命胴衣の浮力のお陰であるが、青年はその存在を知らなかった。


「ヴァイル様、そちらは大丈夫ですか?」


 手斧を持つ青年は自分の名前を呼ばれたので振り返ると、頭にバンダナを巻き、両腕には鎖を絡めて下げている男が立っていた。

 先ほどの戦闘によって頬に返り血が付いていたが、当の本人は気にしていない。


「ラトフか。ちょっと面白いものを見つけてな」


「面白いもの?」


「所で、そっちの状況の方はどうなんだ?」


「制圧は完了して、これから荷物を運び出すところですよ」


 船上ではヴァイルの仲間が数人立っているだけで、他の船員たちは縄で身体を縛られて一箇所に集められていた。倒れている者も居たが、その者たちはすでに命を落としていて、もう動くことはない。


「そうか。だったら、ついでにあの女を拾っておいてくれ」


「女?」


 ヴァイルは視線でヒヨリが浮いている場所を指し示した。


「なんで、こんなところに?」と、ラトフは疑問の声を出した。


 帝国では基本的に女性が軍船に乗り込むというのは禁止されている。ならば、同船した乗客もしくは奴隷だと考えられるが、先ほどの戦いで女性どころか奴隷と思わしき人物は一切見かけなかった。だから、ここに女性が居るというのが不可思議だった。


「それを聞き出したいというのもある」


「というか、あれ。すでに死んでいるのでは?」


 微動だにせずに浮いている姿を見て、率直な意見を述べてみた。


「気を失っただけだと思う。海魔が、あの女を襲いかかろうとしていたからな」


「なっ! 海魔が……。とおりで、海が緑色に染まっているのか。だったら、すぐにここから去った方が良いですね」


「そういうことだ。あとは頼むぞ」


「へいへい、船長。了解!」


 ラトフは腕に絡めた鎖を弛ませて、クルクルと遠心力をつけて回した。ヒュンヒュンと空気を切り裂く音が鳴る。


 十分加速がついたところで、ヒヨリに目掛けて投げつけた。飛び行く鎖を器用に操作して、ヒヨリの上半身に巻きつけると、丁寧に引き寄せた。


 ヴァイルはラトフが自分の言いつけを実行したのを見計らい、他の仲間に声をかける。


「よし、皆の衆! お目当てのものを獲って、さっさとずらかるぞ!」


 仲間たちは一様に「おう!」と大声を出して、返事をしたのだった。



   ***



「あらあら、邪魔が入っちゃったわね」


 薄暗い空間に、ヒヨリが海に浮かんでいる映像が浮かび上がっていた。

 台座に置かれた原石のクリスタルに一筋の光が当てられており、それが乱反射して映像を作り出していた。


 微かな光源に照らされた人物は、自分の身体よりも何倍もある彩り溢れた宝飾に飾られた豪華な椅子にゆったりと座り、微笑んでいた。


「まあ、良いわ。火急でもないし、純潔が必要という訳じゃない。せっかくだし、暫くはこの世界ミッドガルニアを楽しませるのもいいわね。お迎えが行くまで満喫していなさい。異世界(地球)より招き入れた御嬢さん……」


 そう呟くと、クリスタルから光が消失し、辺りは漆黒の暗闇に包まれた。



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