03.嵐の前の静けさ
ヴァーン国。
かつてレリア大陸に存在し、ヴァイルたちの父である四英雄の一人…アウロックスの血を引くヴァイリーク王が統治していた国だったが、今から十年ほどガンダリア帝国に侵攻されて滅ぼされてしまった。
当時、サリサとヴァイルは神聖アーステイム王国へと遊学中だったのもあり危機を免れた。だが、本国に居たヴァイリーク王を始め一族たちは処刑されてしまったという。
その後、命からがらに脱出して生き残ったヴァーンの民は、サリサたちを求めてアーステイム王国に避難してきた。
状況を考慮してアーステイム王国の王・アーステイオー四世は、ヴァーンの民に領国内での居住を許し、無人島を貸し与えた。
それがヴァーン島の誕生である。
ヴァーン島に僅かに生き残ったヴァーンの民が続々と集まり、サリサを中心として生活を営んでいた。
しかし無人島が故に生活物資は不十分であり、調達する為には金銭を稼せがなければいけなかった。
アーステイム王国から保護を受けてはいるが、余所者に島(土地)を借り与えられているだけでも過分な扱いであった。また、そのアーステイム王国への恩も返さないといけない所論もあった。
元々、建国者のアウロックスが海賊の出自だったのもあり、ヴァーン国は海洋国家で操舵技術、造船技術を得意としていた。そこでサリサは、生き残ったヴァーン兵たちと海賊団(ヨルムンガンド海賊)を結成して、アーステイム王国の傘下に入り、私掠海賊として活動を始めたのだった。なお、ヨルムンガンド海賊とは、アウロックスが名乗っていた海賊団名でもある。
「そんなことがあったのですか」
島で最も小高い場所に建てられ、一際大きい館……サリサの家に招かれたヒヨリは、ヴァーン島やヨルムンガンド海賊、そしてヴァイルたちの素性や生い立ちについて、一通りの説明を受けた。
ちらりとヴァイルたちの方を見ると、数カ所殴られた跡が出来ていた。一方でラトフは無傷だった。
あの後、早とちりしたサリサの誤解を解くまでにガウディたちが抑えては、これまでの経緯を説明したのであった。
「そういうこと。まあ、今になっては昔話し。過ぎたことを悔やんでも嘆いても何も変わりはしないからね。今、どうあるべきが大切よ」
サリサはぶどう酒を一口飲んでから、再び口を開く。
「それで、あなた……名前は、ヒヨリって言ったわね。ガウディたちの話しを聞く限りでは、漂流者で、記憶を失っているらしく、家が何処かにあるか解らないか……ふーん」
品定めをするようにサリサはヒヨリを見つめては、ヴァイルの方に視線を移した。
「まあ、人助けなのは良い。ただ、なんでそこまでやってやるんだい、ヴァイル?」
「……ヒヨリと勝負したからだ。俺に美味いと言わせる料理を作ったら、ヒヨリの国を探して連れてやるという賭けをして、それで負けたんだ。だから、ヒヨリの国を探しているんだよ」
ヴァーン国では各々の無理な願いや頼みを受ける場合、勝負を行う仕来りがあった。神の名で行われる戦いは神聖なものとして尊ばれており、正々堂々と決着をつけて、責務を全うしなければならない。
この仕来りは、四英雄のアウロックスとセウディアが勝負をした逸話が由来とされているが、今はさておき――
「へっ? 美味い、料理? あんたが美味いって?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべるサリサ。第三者のガウディに確認を取ると、
「はい、ヴァイル様はお嬢さんが作ったものを美味いと感じられて、残さずにお食べになられました」
ヴァイルが食事に無関心で興味が無いのは、実姉のサリサも知るところ。そのヴァイルが美味いと味わった料理に興味が沸き……睨むようにヒヨリを見ては、思わずヒヨリがビクっと背中を震わせた。
「へー、そいつは面白い。だったら私にも振る舞って貰おうか。食材は、私の家にあるものを使いな。だけど、私はこう見えても少々せっかちだからね、何時間も待たせないでよね」
突然の注文に「えっ?」とヒヨリは戸惑っていると、館の侍女がやってきて、「えっ? ええっ? どこに?」と成すがままに台所へと連れて行かれたのであった。
「あっ、ヒヨリ!」
ヴァイルは後を追いかけようと席を立ったが、
「待ちな。あんたは何もしないの」
逆にサリサに止められてしまった。
サリサの性格を知っているだけに納得させなければ梃子でも動かない。ここはヒヨリが料理を作ってくるのを待つだけだった。




