08.お料理行進曲-後編-
「で、これからどうしますか?」
ヨルムンガンド海賊の話し合いが続く中、ガウディはヴァイルに今後の指針について訊ねた。
「……とりあえず予定通り島に戻って、この金銭と物資を届けないとな。ダーグバッドを討つについては、追々考えよう。本気で戦をするとなると島に危険が及ぶかも知れないからな」
「そうですね。同盟の海賊に協力を求めるのも考えた方も良いかと思います」
「その辺りも相談だな。そうだ。それで物資の調達は?」
「いつもののように組合の方に任せてはいますが、近頃仲介料が高くなっているので節約を考えれば、もうウチらが直接取引や貿易をした方が良いのではと思います」
“一国の大黒柱”であるヨルムンガント海賊の頭目としては、財政状況や今後の方針については頭を悩ませる問題ではあった。
海賊と言えど、王国の規則に従い、許可を貰っている私掠海賊。勝手な略奪を許されず、もしガンダリア帝国の略奪品でも、アーステイム王国に通さずに自分たちの懐に忍ばせようとしたのなら、違反の処罰で賊軍扱いになってしまう。
また、会計については得意ではないので、その辺りはガウディに任せている。このように伺っているのは、一応の頭目の意向と確認を取り付けるものであった。
「出来るならやった方が良いが、ガウディだけじゃ無理だろう?」
「そうですね。私以外にも算術ができて、取りまとめられる方が必要になります。島で船員を募りますか?」
「……そういえば、ラトフが言うにはヒヨリは計算が出来るかと言っていたな」
「まさか、ヴァイル様。あのお嬢さん(ヒヨリ)に?」
「すぐにはと言わない。それに俺の嫁にするんだから、そういった仕事も出来るようになって貰わないとな」
「……ヴァイル様。貴方様のことですから、冗談を言わない方だと思っていましたが、本当にあの方を嫁御に迎え入れるつもりなのですね」
「ああ」
「どこの素性の方も解っていないのに。それに、サリサ様にどう説明をするのですか?」
現時点で一番聞きたくない人物の名前に、ヴァイルは一瞬硬直してしまった。
「……まあ、その件も追々な……」
「ヴァイル様……」
ガウディは細い目で睨むものの、ヴァイルを視線を逸らしたのであった。
「まあ、ヒヨリの扱いは後だ。今は財政面をどうするかも重要だ」
「いっそのこと財宝探しでもしますか? 嘘か真か九偉神が隠したとされる秘宝伝説とかが言い伝えられていますし」
ラトフが何気なく提案した。
宝探しをする冒険者たちは少数ながら居るものの、未だ秘宝を探し当てた情報は無い。
それなら、地道にガンダリア帝国を討伐していた方が身銭が良い。
「というか、ラトフ。いくらあのお嬢様の為だと言え、無駄遣いはするな。それになんだ、あの衣服の数は? 破けていたりするし」
ガウディの叱責にラトフは「はいはい、了解ですガウディさん」と聞き流す。
海賊ならば宵越しの銭を持たないほどに浪費するべきだと声高々に叫びたかったが、ラトフはグっと堪えた。しかし、
「あーあー、なんかどーんと山のような金を拝みたいものだ」
と願望をボヤき、ガウディは「やれやれ」と渋面で咎めるような視線を投げかけたのだった。
そうこうしていると、ヒヨリが厨房から出てきた。両手で持っている大皿をヴァイルたちのテーブルにドッシリと重音を響かせて置いた。
大皿には小金色の物体が山盛りとなっていた。
「……ヒヨリ、これは?」
初めて見る小金色の物体(料理)を指さして、ヴァイルが訊ねた。
「コロッケよ。正しくは、ホーサマクリ(鯵)?という魚の身を具にしているから、ホーサマクリコロッケって言うのかな」
「ころっけ?」
もちろん料理名も初めて聞く。
「さあ、熱い内が美味しいから、さっと食べてね」
ヨルムンガンド海賊員一同は、ヴァイルへと視線を向ける。先のなんちゃってケチャップ味シチューの時と同じで、まずは頭目が食べるのを待っている……という見守っていた。
ヴァイルは芳ばしい香りを漂わせるコロッケを一つ取り、食べる。
「サクっ」と心地よい音が鳴り、ジャガイモの淡泊な味と魚の身の味が程よく交わっており、飽きの無い味が広がる。続けて「サクっ」、もう一回「サクっ」と口や手が止まらず、あっという間に一つを食べ終えると、すぐさまコロッケに手を出した。
それを見たメンバーも、次々にコロッケを取り、食す。
「ほう、これは!」と、ガウディが唸る。
「この皮というのが、芳ばしく良い食感を生んで、中の具のポータトとホーサマクリと合わさって良い味を出している。お嬢さん、この皮は?」
「パン粉で作った衣です」
「パン!?」
パンは焼きあげて、そのまま食べるもの。またはスープに浸して食べるぐらい――それがこの世界での概念だったので、料理の食材にするという発想にビックリしたのである。
また単品で食べるのが主であり、塩で味付けしただけの茹でジャガイモは、そう何個も食べられるものではない。だからこそ、何個でも食べられるコロッケの味に感動してしまう。
「こういう食べ方もあるのか。ポータトを潰したものに、ホーサマクリの身をほぐしたものを混ぜ込んでいる。他にもグラタイルやレーイクも。確かに、こうすることで各々の食材の味と絡んで多様な味になっている。しかし、これを作るのには非常に面倒なのでは?」
「まあー、確かに面倒でしたけど……。でも、こうすることで美味しくなるんですから、やる価値はありますよ。それに料理って、こんなものですよ!」
――醤油やウスターソースとかをかけたらもっと美味しくなるんだけどね。
心残りがあるものの、あいにく、それらは存在しない。
「あっ、良かったから、これもかけて食べてみてください」
なので、代用としてケチャップを使ったソース……酒(赤ワイン)を煮詰め、みじん切りのタマネギ、ケチャップを入れて、塩・コショウで味を調えただけの簡単なソースを作っておいた。
言われた通りにソースをかけるとコロッケがより美味しくなり、より食が加速する。
ガウディたちはコロッケを頬張りつつ、改めてヒヨリを見つめた。
シチューや今回のコロッケ。それを作り出したヒヨリが普通の者ではないと強く実感した。
「はいはい、ヨルムンガンドの皆さん、その『コロッケ』っていう食べ物には、ヨール(微炭酸の麦酒)が合いますよ!」
シャーリが両手に持てるだけの麦酒が並々と入ったジョッキを持てきて、テーブルに置いた。
「おお、ありがてー!」とラトフが我先にとジョッキを取って飲み、コロッケを頬張る。
「うはー! 確かにこれは合うな!」
他のメンバーも、どんどんコロッケを口に運んでいった。
和気藹々と賑やかなラトフたちの姿が、自分の家族たちの姿に重なって見えた。
「どこの世界でも同じなんだね……」
感慨していると、シャーリがヒヨリの肩に手を置いた。
「ところで、あんた凄い…というか、面白い子だね。その黒い髪だけでも珍しいのに、女がてらヨルムンガンド海賊の船員で、あんな料理を作れるなんて。何処で習ったんだい?」
コロッケを作っていた時に、シャーリは味見としてコロッケを食べさせて貰っていたので、その味を知っていた。
「コロッケは母親とかですけど、料理を基本的に教えてくれたのは千代さんという知り合いのお姉さんです」
「へー。ねえねえ、他にもあんな料理はあるのかい?」
「えーと、あるにはありますけど」
「それじゃあさ。教えてくれないかい。あ、そういや挨拶がまだだったね。あたしの名前はシャーリ。あんたは?」
「私は若林日和って言います」
「えっと、ワカバヤシ……」
「あ、ヒヨリだけでいですよ」
「ヒヨリね。解ったわ、よろしくね。それじゃ……」
ヨルムンガンド海賊たちの異様な盛り上がりに、他の客たちも「何事だ?」と気になり、こちらを伺っては、夢中になって美味しそうに食べる金色の食べ物に興味を持ち始めた。
「シャーリちゃん。あれ、なんだい?」
「あん? なんだい、人が話しているのに……。あれはコロッケって言って、この娘が作ったんだよ!」
と、シャーリは自慢するかのようにヒヨリに手を向けて指し示す。
「へー、あの人たちがえらく美味そうに食ってるよな。あれ、こっちにも頼めるかい?」
「いやー、あれはこの娘が作っただけだから、あれしかなくてね」
「それじゃ、作ってくれよ」
「いやいや、この娘は、あのヨルムンガンド海賊のお連れさんだからね。それに材料の方も無いし」
「ヨルムンガンド海賊の!? こりゃまた失礼しました」
客たちは尻込みしてしまい、なるべくヴァイルたちに気付かれないように息を殺したのであった。
「と言う訳で、ヒヨリちゃん。あとで、あのコロッケの作り方を詳しく教えてくれないかな? あとでお礼の品もあげるからさ」
「ええ、良いですよ」
話している間に、コロッケはあっという間にたいらげてしまった。
美味しいといって残さず全部食べてくれるのは、なんだかんだで冥利に尽きるというものだ。
「あっ、シュイット様の分は?」
とガウディが言った。
シュイットを預かることになったので、最早ヨルムンガンド海賊の一員である。分け前の取り分……この場合、食事も平等なのが決まりなので、ないがしろにしてはいけなかったが……。
「大丈夫ですよ。シュイット様の分は別に分けておいたから、後で届けに行かないとね」
ヒヨリの気遣いに「おー」と感心した。だったらと、
「トーマ、悪いが持って行ってやれ」
ヴァイルは船員の中で一番年少であるトーマを名指しした。
「今、シュイット様は沖合に居ますよね。そこまで?」
「いや、俺たちの船を警備してくれている兵士に事情を話して持っていって貰え」
「了解! ヒヨリ様、シュイット様の分は?」
「あ、こっちにあるから、取りに来て。てか、別に様付けで呼ばなくても良いんだけど……」
ヒヨリに連れられてトーマは厨房へと入っていた。
その姿を見送ったガウディは大きく息を吐く。
「ヴァイル様、確かにあのお嬢様はかけがえない存在かもしれませんな。ならばこそ、なんとしてでもサリサ様のお許し頂きたいものですね」
「そうだな……」
ヴァイルは遠い目になりつつ、空っぽになった皿を見つめたのであった。
余談ではあるが、この後ヒヨリにコロッケの調理法を教えて貰い、海原亭でコロッケが名物料理となり、行列が出来る有名店になるのだが、それはまた別の話し。




