07.お料理行進曲-前編-
ヴァイルが海原亭にやってくる一時間ほど前――
買い物を終えたヒヨリは、ラトフに案内されて常宿の海原亭へと辿り着いていた。
どうせ、ヴァイルからご飯を作れと命令されると思ったので、店主に厨房を貸して貰えるように頼み込み、ヒヨリは厨房と共に、この世界の料理を観察していた。
厨房は中世ヨーロッパのような造りで、石畳みが敷き詰められた床に、暖炉や古式オーブン、いくつもの大きな鍋が火にかけられている。当然、冷蔵庫といった電子機器は無い。
しかし、ヒヨリの家は伝統的な日本家屋で民宿を営んでおり、土間に囲炉裏や釜戸いった古い設備が在ったので、この厨房と雰囲気が似ており、慣れ親しんだものがあった。
料理の方は、市場で売られていた料理に、この店の料理や厨房の中を見る限りだと、ここでの調理方法は、煮る、焼く(直火)、揚げる(素揚げ)だけ。調味料は、船と同じで塩とコショウなどの香辛料やハーブが少々。
作られる料理は、ポータト(ジャガイモ)を茹でて、塩コショウを振りかけたもの。魚や肉をただ焼いたもの。魚や野菜を油で素揚げしたもの。あとは、素材をただ煮込んで塩とコショウで味付けしたスープのようなもの。
「なるほどね。ただのケチャップ味で、あそこまで感動して美味しく食べてくれたのは、そういうことだのったのね」
調理方法も然ることながら、味付けも種類が少なく、原始的なものばかり。
「そういえば、千代さんから聞いたことがあるな……」
現代のように豊富な食材や調味料が揃ったのは、つい百年ほど前。トマトケチャップが日本で広まったのも百年ほど前の歴史しかない。その他にも、今では当たり前で使われている醤油も三百年程度前から。砂糖は庶民が中々手を出せないほど高価品。また、ヨーロッパの方では、その時代、コショウといった香辛料は金と同じ重さで交換するほどの貴重品でもあった。
味付けや味加減のことを“塩梅”という言葉がある。この言葉が主に使われた江戸時代までは、文字通り塩味と梅味(酸味…梅酢や酢)が基本の味付け。
つまり中世時代では調味料が少なかったのだ。
「ここでも似たような感じなのか」
調理器具は大きな鍋、それより一回り小さい鍋とか……鍋ばかり。フライパンやザルなどは無い。
一通り観察が終わったところで、献立を考え始める。
「さてさて、何を作りましょうかね」
ヒヨリは、これまで船上では凝った料理が作れなかった分、ここで改めて自分の料理の腕を見せつけようと息巻いていたが、器具や調味料の種類の少なさから、作られる料理も限られてくる。ましてや十代の若輩者。そもそも作れる料理も限られる。
市場で買ったジャガイモ(ポータト)みたいな野菜と魚が一杯。油もある。
「……よし、決まった!」
ポータトを皮が付いたままで茹でる。
「の前に、皮に十字傷を入れておくと。こうしておくと茹で上がった時に皮が抜き易くなるのよねと」
レーイク(玉ねぎ)とグラタイル(人参)も小さめのさいの目状に切って、グラタイル(人参)も鍋に放り込んで茹でる。
その間、魚を焼きあげ、焼き上がったら身をほぐして、塩コショウで味付けをしておく。
「先に身の方に味を付けておくのがポイントって千代さんが言っていたよね」
ポータトも中まで火が通ったら取り出し、熱々の内に皮を剥く。
「冷めたら皮が剥きにくくなるので……熱っ! そうだ、そうだ」
流石に素手のままでは茹であがったばかりのポータトを持てはしない。ヒヨリは、仕立屋で買ったラトフの一撃で破けた布地を持ってきて、その布地の上にポータトを載せて、布で挟んでいき手際よく皮を剥いていった。
調理をするヒヨリを監視するように見つめる、女将と娘のシャーリ。
「母さん、あの子一体何だい?」
「ラトフ様のお連れだから、ヨルムンガンド海賊の一員なんだろうけど。まあ小間使いか何かだろう」
「小間使いがあんな上物を着たり、いくら余った布地とはいえ、それを料理なんかで使うものかね? しかも変な着こなしをしてさ」
ヒヨリは無事だった衣服を着合わせており、動きやすいようにカスタマイズしていたのだった。
「よし、これで全部と」
そうこうして剥き終わったポータトを別の鍋に入れると、ヒヨリは額に浮かんだ汗を拭いつつ、辺りを見渡す。
「木の棒とかがあれば良いんだけど……」
残念ながら見当たらない。代用となる押し潰せる道具を……コップに目が付いた。
「すみません、この木のコップを借りても良いですか?」
厨房で料理を作る女将と、その手伝いをしていたシャーリに話しかけた。
「ええ、良いけど。あんた、一体さっきから何を作っているんだい?」
女将が訊いてきた。たださえ異国人であるヒヨリが、自分たちの知らない調理をしているのに疑問視していた。
「私の家でよく作っている料理ですよ」
「郷土料理か何かかい?」
「そんなものですかね」
訝しげに観る女将とは打って変わって、ヒヨリよりも少し年上で品行がよろしくない客層に相応しく、少々荒っぽいシャーリは興味津々と見ていた。
ヒヨリはコップの裏側でポータトを適度に押し潰していく。
「えっと、あらかた形が残っているがが食べごたえがあって良いんだよね。そして、先ほど茹でていて人参っぽいのと、切っておいた玉ねぎ(レーイク)っぽいのと、ほぐしていた魚の身を入れて、塩をコショウを振りかけて、さらっと混ぜ合わせる」
均等に具が混ざったら、具材を好みの形(小判型)に整え、具タネを量産していく。海賊で若者という食べ盛りのメンバーなので、山ほどの量になっていくが、ヒヨリは苦を感じてはいなかった。
そもそも、ヒヨリの実家は民宿を営んでおり、よく手伝いに駆りだされていた。その為、沢山の下ごしらえをするのには慣れていたのだった。また、古い家なので土間があり、釜戸や囲炉裏も備えられているので、古臭い設備でもこなしていけていたのてあった。
一通り具タネを作り終えて、次の準備をしようとすると、シャーリが話しかけてくる。
「あんた、それで終わりなのかい?」
「えっ? まあ、このままでも食べられますけど、あとひと工程あるんです」
「ふーん。しかし、茹でて、混ぜて、丸めてと面倒くさい料理だね」
「そうですか? でも、料理って面倒くさい分、美味しくなるんですよ」
「美味しくなる? そのまま食べるのと、そんなに味は変わらないだろう?」
シャーリの言葉にヒヨリは綻んでしまった。かつての自分が、千代に訊いた台詞だったからだ。
「私も昔知り合いの人に、似たようなことを言ったことがあります。まあ、見ててください。そうだ、その硬くなったパンを貰っていいですか?」
厨房の脇に置かれていたパンを指差す。この世界のパンは小麦粉を練ったものをそのまま焼いて作られており、いわゆる無発酵パン。ふわふわ食感は無く、元より硬かった。
「ああ、良いけど」
「それじゃ遠慮無く貰いますね」
ラグビーボールサイズのパンを貰い受けた。
「おろし金があれば良いんだけど……当然無いから、地道に切っていきますか」
ヒヨリはパンをみじん切りで細かく切っていき、パン粉を作りだしたのだ。
「お次は、適度に冷めたタネに小麦粉を薄くまぶし付けて、溶き卵に漬けて、そして最後にさっき作ったパン粉をまとわせてと」
流れる動作で全部の具タネにパン衣を付け終えると、熱した油が入った鍋に次々とタネを投入していった。
その光景にシャーリや女将は軽いショックを受けた。
「粉にしたパンを付けるって……えー」
パンを粉々するという手法や、それを付けて揚げる。そして普段の揚げ物ものとは違う、食欲を刺激する芳ばしい香りが漂ってきた。
「キツネ色が付くまで揚げれば……完成!」
ヒヨリは額に汗を拭う間もなく、揚げあがった物を取り出すと、ニカっと笑顔が浮かんだ。
久しぶりの料理に、これまでのストレスや不安が発散されたのであった。




