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世界中のあらゆる情報、ニュース、記事、それらシュバリア首都に集る。十一月の大地には既に雪が降り積もり、シュバリアの人々の手足を凍えさせる。南方軍団がシュバリア本土の雪を踏みしめながら、既に首都まで目と鼻の先に達していた。ベルテンベルグの快進撃は去年の大戦ステリアの占領と同じく順調そのものであった。

しかし二十日の明朝、シュバリアの師団が猛反撃に出る。狙いはベルテンベルグ同盟国が守護する南方軍団の左翼だった。ベルテンベルグのような優れた組織力と空軍力をもたない部隊を集中的に攻撃、軍団に穴があき、兵隊の組織力を水が岩を削るように、確実に攻めていったのだ。

ベルテンベルグ首相、リヒト・ムーゲンがこの大きな失敗に怒りを隠すことはできなかった。人が行う戦争であるなら、当然おこる失敗の一つのように思える。しかし首都を目の前にした敵の思わぬ反撃、崩れ去る南方軍団、そしてこの大戦初のベルテンベルグ陸軍の撤退は世界各国のニュースに取り上げられた。

南方軍団を指揮していた将軍はすぐに事の説明を要求されたが、彼の返事はリヒト・ムーゲンには耐えられぬ物であった。

「ジークリフ作戦立案時も申し上げましたが、兵力も補給も全く足りません。兵士の多くはシュバリアの冬の凍傷に喘いでおります。これは起こるべくして起きた失敗なのです」

リヒト・ムーゲンは将軍の言葉を跳ね除けて、「デタラメを言うな!」と一喝する。結局、将軍は解任され新しく将軍が南方軍団の指揮を任された。その将軍は見るからに裕福な体型で巨体を揺らし堂々と歩く。しかし態度は穏やかで謙遜的、リヒト・ムーゲンも喜んで彼を将軍にたてる。まだ実践経験も何もない彼はそれは無理だとリヒト・ムーゲンを説得、彼は第六師団の司令官に任命された。

第六師団にはライアン少尉やローガンも所属していた。将軍が休暇中の第六師団を見学しにくると「どいつもこいつも女あさりをしている。おまけに極東への復讐心を植え付けられているいるものまで大勢だ。数にして5000はこえているだろうな」将軍の言う通り、戦争での士気向上の為にベルテンベルグの軍隊では特定の民族を敵視するプロパガンダが行われていた。それは世界中あらゆる国でとられる手法と同じで永世中立国のようなプロパガンダに対してのパンフレットを配られたことのないベルテンベルグでは国中が洗脳を当たり前のことのように受け止めていた。

なかには洗脳を受けていない、洗脳されるような立場ではない者がいた。そういった人物は第六師団も含めて、数多くのベルテンベルグ人が無断で捕虜を虐殺、民間人の家屋から略奪、女性の強姦を公然と行うのを目撃して戦慄する。将校たちがどれだけ強く命令しても下士官の兵士やそれを長く見過ぎた小隊長(将校も含む)には通じない。

戦場の兵士たちの多くはシュバリアの寒さ、飢え、恐怖に全身を凍えさせていた。物資も援軍もなく、大量の布と弾だけを持たされて、一丁の銃にマガジンを込めて、シュバリアの民間人を脅すのだ。

「両手をあげろ、飯はどこだ」ベルテンベルグの軍の大部分がもう物資の調達などあてにしなかった。食糧なら現地から奪えばいい。けれど奪われた民間人は? どうやってシュバリアの厳しい冬を越す? 一月になればもう殆どの家屋には荒らされた家具と餓死した家族の死体ばかりになった。

リヒト・ムーゲンの卑劣なプロパガンダを眼にしたからではないが、第六師団を指揮する将軍を含めて、リヒト・ム―ゲンを支持する将軍はごく少数であった。彼らは口でさえ、「ムーゲン万歳」と言うが腹の底は自分の信念に従う一人の軍人であったのだ。中には正面きって政策に反対する者もいた。シュバリアでは処刑の対象だが、国民の自由が一定以上保護されるベルテンベルグでは、そういった反対者も有能であれば処刑対象にはならない。

南方軍団は3つの師団からなるベルテンベルグ陸軍最高の大部隊だ。その一つが第6師団、約20000人。兵士は約335の小隊に振り分けられ、先鋒を担当する001番から300番の小隊は開戦間もなく、前線で激しい戦闘の末に最終目標地点、スノーフォール市街地を目指した。

ライアン少尉も第6師団に所属するが先鋒部隊からは外れ、301以降の部隊の担当となった。その主な理由には将校の中でも伝統ある家系の特権である。

ライアン少尉も後にスノーフォール市街地へ応援に向かうのだが、その途中にある仮説病院で目にした光景は、彼も含めて多くの兵士の心を深く抉ったであろう。

約9000人にも昇る死傷者のたった3割ほどがその仮説病院で治療を受けている。宣戦布告をしたことで他国の支援を遮断され、物資が滞らない状況では多くの兵士が包帯一枚巻くことも出来ず、出血口を空気に晒したまま床に寝ころんでいる。出血口を抑えようとしたせいか、殆どの医者の服や手は擦っても拭えないほどの血で真っ黒に染まっている。負傷兵の顔は血と泥と擦過傷の後で乱雑に擦り切れて、誰が誰なのか認識票を見なければ判別できない程傷ついている。

死にかけの者、捕虜となったシュバリア人は外に集められると銃殺された。感染症が流行していたからだ。死体を素手で触れることを禁じられ、消毒を受けた防護服を身に包んだ4人の兵士がシュバリアの民間人から奪った30リットルほどの油をかけて燃やしていった。

やがて油がきれて、銃殺が非効率だと分かると捕虜は収容所に送られた。どの収容所も運ばれるのは人だけで、それ以外のあらゆる物資、布、服、食糧は一切運ばれなかった。

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