ライアン・ボスト少尉 3
「……それじゃ、兄さんに電話してきます。心配させると悪いし」
「ああ、うん……どうぞ」
「失礼しますね」
ニアは席をたつと少し紅葉した表情で、そんな彼女に見とれていることに気付いたライアン少尉、周りに自分の表情が見られていないかを気にして口元を手で覆った。
少しの間、二人で食事を楽しむ。
「兄さんには言いましたので、その……どうしましょ」
「俺の部屋は……片付いてないからホテルをとるよ。この時間帯でも開いてるところはあると思うから」
店を出て数件のホテルへ向かう。見た目はビジネスホテルのような雰囲気で全体的に白と金の光を強調している照明が印象的なホテル。しかし予約で今晩は満席だと店員に断られてしまう。次の店もそのまた次の店も。
「……あはは」
「はは……今晩はみんなお盛んだなぁ」
考えていることは誰もが一緒のようで、軍人の集まるこの街では、みんあがみんな女性を連れているようだった。
「しょうがない、片付いてないけど俺の部屋にいこう」
「ええ、少し歩き疲れちゃいました」
ライアン少尉の部屋は将校の部屋というには少し簡素過ぎた部屋だ。一般人は将校が優雅な部屋に過ごしていると不満にもつ者もいたが、貯金癖のあるライアン少尉はその枠には当てはまらず、家具や娯楽といったものを余り買わない傾向があったのだ。買うとしても本くらいで、それも大衆小説ではなく、戦史の資料やハウツー本などばかりであった。
「何もない部屋でごめんね。ビールと少ないけどケーキはあるから食べる?」
「それじゃ、お酒を少し」ニアは遠慮がちに頷く。
ニアにはビール2/3ほどコップへ注ぎ、残りはライアン少尉が飲み干す。手渡されたコップをニアは大切に両手で受け取り、ライアン少尉に礼を述べる。ニアの唇がコップに這わせられるの無意識に見つめていることを気付いたライアン少尉はレストランの時のようにまた口を抑えてしまう。
「どうしたの?」
「え……あ、きれ―――」
会話の途中で電話がなる。受話器はニアの後ろにあり、ニアは気をきかせて受話器をとる。
「はい、ボストですが?」ニアは先程までの声色とうってかわった高い声をだす。
「はは、君もか」ライアン少尉は微笑する。
「もう、上司の方からですよ」
「え、ちょほんと?」
「嘘ですよ、ローガンさんからでした」
ライアン少尉は受話器を受け取り、電話口に嬉しそうな声をだす。
「どう? 上手くいったか?」
「まだだよ、じゃあな」
「あ、ちょ」
心配して電話してきたローガンに微笑しつつ、ライアン少尉はニアに向きなおる。
「さっきはなんで笑ったんです?」
「電話に出た瞬間に声色が変わったからだよ。女はみな役者って言うけど本当だね」
「もう、そんなこともないです」
「ねぇ、カフェでの話覚えてる?」ライアン少尉が質問する。
「もしなんでも一つ願いが叶ったら?」
「そう」
「何を……願います?」
二人は短い間見つめ合う。ライアン少尉は恥ずかしそうに口元を擦り応えた。
「……ん、そうだな。君にキスしたい……かな? ニアは?」
「ケーキが食べたい……です」
見つめ合っていた眼が緩む。緊張がほぐれたせいか、ライアン少尉もニアも小鳥がさえずるように小さく笑う。ライアン少尉はそのまま立つと冷蔵庫へ向かいケーキを取り出す。
「太らないでね、トミーに殺される」
「ありがとう、運動は好きだから、上手く処理してみるね」
「俺も少しいいかな?」
「ボストさんのなんだから……」
「ライアンと呼んで?」
「……それじゃ、ライアンさん」
「よろしく、ニア」
二人は照れ隠しにまた短く笑うとケーキにフォークをさす。ライアン少尉はフォークを口に運びながら、自分が少し焦り過ぎていたことを後悔した。もう少し、彼女の気持ちをくんであげるべきだったと、でも今のニアとの関係は概ね悪くはない。小さな一歩に安堵したのだ。
「はぁ、おいしかった。どこのケーキなんですか?」
「ニアも知ってるよ。今度案内するから見に行こう」
「それじゃ、次のデートにお預けですね」
「うん、今日はもう遅いからベッドに案内するよ。一つ余りがあるんだ」




