ライアン・ボスト少尉
「もしなんでも一つ願いが叶ったら何を願う?」
喫茶店、周りの大人達がベルテンベルグ、祖国がシュバリアに宣戦布告したことに驚きを隠せない表情でテレビのモニターを見つめるなか、彼ら軍服をきた男達は間抜けなな空気でいる。
「OK、何でも一つか、……あ! デカチンになる!」
答えたのはローガン・アブレイ、階級は軍曹、黒髪を伸ばした二枚目、三十二歳。
「それは俺も思う」
質問を投げ、そして返事を返すのはライアン・ボスト、階級は少尉、ローガンと同級生で幼馴染。
「トミーは?」ライアン少尉が訊く。
「俺は、金をいっぱい、女もいっぱい、あーあっ! 無限に願いを叶えられるように願う」
彼はトミー・ウィルク、階級は伍長、ライアンと同じ金髪だが、三枚目、三十五歳。
「はぁ……兄さんって本当に屁理屈ですよねぇ」
トミーに呆れているのはニア・ウィルク、トミーの妹、二十五歳。
「少尉殿は何を願います?」トミーが訊く。
「そうだな……この国が良くなって他国に誇れる国になることを願うよ」
トミーやニアはライアン少尉を奇異にみつめる。ライアン少尉は代々将校の家系であり、愛国心の強い人物として有名だ。右翼主義だと揶揄されることもあるが、中立派、両極端な政策は国にとっても人にとっても良くない物であると教えられて育った。
「戦争はもう始まってるんだろ? 前線はどこなんだ?」
テーブルの上に安物のワインを並べた老人が話している。時折、軍服の彼らを見ては軍人がこんなところで何をしている。と睨むように見ていることを、ライアン少尉は気付いていた。実のところ、将校の出である彼にも、両国の国境でどんな惨劇が起きているかは想像するしかなかった。小隊を管理するライアン少尉には待機命令が出ただけなのだから。しかし、戦争がはじまり、大部隊が既にシュバリアへ向けて向かっていることは承知していた。両国の外交官たちが狼狽するなか、三百万の兵士が侵攻を開始していたのだ。
「シュバリアで良いうわさは聞かないなよな」ライアン少尉は呟く。たとえ、国民でも刃向う者は暗殺される。そんな噂はザラで大富豪も何人もその犠牲になったことが報じられた。シュバリアの首相、セクターについては、誰も好印象を抱いてはいなかった。
「それより野球の試合見に行かね?」ローガンが言った。
黒髪をかきながら、尻のポケットから二つ折りした野球のチケットを出して仰ぐ。
「お前ってこんな時でも能天気だな」隣に座るローガンにトミーは言う。
「屁理屈な兄よりマシね、ねえ私も観にいきたーい」
ローガンの手を掴み、チケットをふんだくるニアを兄のトミーが嗜める。
「なんでよ、ケチぃ……」ニアが不満そうにつぶやく。
「俺は別に良いけど、チケットは三枚だ。誰が行く?」
「少尉殿、俺はいいんで行ってください」トミーは興味なさそうにチケットを見ると、そのまま会計を済ませようと席をたつ。
「それじゃ、決まりね! ね、ね、早く行こうよ」
「よーし、白球を無様に追いかけるアホ共を観戦するぞー!」ローガンも次いでたち、ニアとライアン少尉もそれに続いた。
「それにしてもなんで三枚なんだ?」ライアン少尉が訊く。
「いやぁ……ほら、ね?」ローガンはニアに隠れるようにウィンクする。
「ライアン……ニアのことを気に入ってたろ? それに前の彼女に振られたろ?」
「あ、あぁ……もう一年かぁ……」
「振られてから?」
「違うよ、付き合って1年目だった」
「また付き合って1年もたなかったのか? お前それ、才能ないよ」
「恋に才能もなにもあるか」
「あるよ、ついでに俺はプロフェッショナルだ」
ローガンは二枚目で女性を複数人虜にすることもあった。対照的にライアンはいつも1年もたない。
「はぁ、なんで1年もたないんだ……これで10人目だぞ」
「お前なら大丈夫だって」
「何を根拠に言うんだよ? これで10人だぞ、三十二年間生きてきて10人の女性と付き合ったが、1年以上もたなかった!」
「騒ぐなよ、童貞ってわけじゃあるまいし……」
「……」
ライアン少尉は沈黙する。ローガンに窘められたからじゃない。
「……まさか」ローガンがライアン少尉の顔をのぞく。
「いや、そのぉ……俺はまだ…………」
「は?」
「俺はまだ、未経験なの……」ライアン少尉は焦りからか、冷や汗をかいている。
彼の告白にローガンも面食らう。まさか30にもなる男から自分がまだ未経験だと聴かされるとは思っていなかったのだ。




