第七十六話 警戒しすぎはよくないみたいです
2016/02/08 誤字修正及び内容の一部修正を行いました
2016/02/07 誤字修正及び内容の修正を行いました
2016/01/26 話数番号を変更しました
2015/03/27 一部内容修正
翌日さっそく騎士団の所に行くことにした。
正直直前まで悩んだけど、やっぱり背に腹は変えられない。冒険者業はアタリが出れば一儲けできるだろうけど、実際にはそれほど甘くないはず。
実際冒険者の年間死亡率は結構高いそうだ。ハイリスクハイリターンの典型とも言える。もちろんローリスクローリターンな方法もあるけど、当然その場合は『他の仕事でもしたら?』と周囲に言われるそうだ。ただ冒険者をやっているような人は大抵命がけを前提にしている人が多いし、冒険者ギルドもそれは承知。それに多少のまとまったお金を稼ぐのは必須。
もちろん騎士団だってそんなに甘くはないだろうけど、冒険者よりは安全なのは間違いないと思う。冒険者に比べればローリスクローリターンだとは思うけど、それは仕方がないかも。
冒険者ギルドで聞いた話では、僕らのような市民権は持っていても色々な単位や通貨のことなどが分かっていないことで、そういった人はなかなか雇ってもらえないそうだ。
正式に雇ってもらえても月の報酬はせいぜい銅貨一枚から二枚。一方、短期間労働者――前世でいう所のアルバイト的な仕事――でも、一般的には月額で銅貨十枚程度の収入になるらしい。贅沢を無理にしなければ暮らせる額ではあるのだとか。
確かにどんな事をするにも一般常識は必要不可欠。そして僕らは今の常識を多分知らない。その意味では最も弱い立場。
僕らの場合は知らないことが多すぎて、例え一日働いてそれを一ヶ月続けたところで、最悪月額の報酬は銅貨三枚程度だそうだ。世の中そんなに甘くない。
冒険者ギルドでは、やっぱりここで常識的なことを知らないのは、あまりにマイナスが多すぎて、雇ってもらえるかも怪しいと言われた。常識を知らないのは色々な意味で不利だとしか言えない。
それでも僕らは町発行の身分証を持っているのでまだマシなのだそうだ。単に冒険者ギルドの身分証だけだと、普通の商店ですら雇ってもらえないらしいから。
エリーと身分証の事や冒険者と騎士団の事、今後どうするかを話ながら歩いていたら、城の門まで来た。
門には昨日と同じように兵士が立っている。とりあえず昨日の話をもう少し聞きたいと門番の人に言ったところ、すぐに案内する人が来てくれた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「無論騎士団と冒険者とでは役割が違うし、当然騎士団だから出来る事、冒険者だから出来る事がある。もちろん出来ない事もある」
昨日と同じ部屋に通され、アイッシュさん自ら対応してくれた。今日はあの女の人はいないみたいだ。まあ、騎士団だしそんなにいつも暇なわけが無いか。
「騎士団は原則として町を守るために存在し、特に我々のような近衛騎士団ともなれば、国王やその親族の警護が任務の主たる物になる。それと知っているかどうかは知らないが、隣国との戦争があった場合には騎士団が率先して戦う事となる。事実、今も隣国の二つとは休戦状態にはあるが、ちょっとした事でまた戦争になる事もあるだろう。その時はもし君らが騎士団に所属していたならば、当然それに強制参加だ。冒険者に一応は関係ない話だな」
出来て若い国だから、他の国ともまだ上手くやっていけてないのだろう。こればかりは僕らがどうこう出来る問題じゃない。大体世の中そんなに甘いはずが無い。
「町の防衛については、町中にいる場合に限って冒険者も防衛に参加してもらう。これも強制だな。戦う訓練を受けていない者を、早々戦場に参加させても無駄なだけだ」
そりゃそうだろう。剣もまともに持った事がない人が、戦場で役には立たない。
「その隣国って、どんな種族なの? この町は色々な種族がいるみたいね。確かにこの国はウルフ族が支配しているのかもしれないけど、私達は好んで人殺しなんてしたくないし」
エリーは、相変わらず相手の立場も考えずに直球の言葉遣い。
エリーの言葉に何かあるのか、アイッシュさんと副団長のミューエさんが顔を合わせる。何かありそうだ。そしてこんな場合は、大抵あまり好ましくない状況。
「一つはクーシー族の国だな。とはいえ、王がクーシー族なだけで、王家の半分以上はケットシー族だ。もう一つは……エルフ族の国だ」
なるほど。それなら言い辛いはず。しかも僕らに話すとなれば余計だろう。
「ちょっと、私がエルフなのを分かって言っているのよね?」
エリーは余計に喧嘩腰。まあ分からなくはないけど。誰だって同族を殺したくは無いし。そもそも僕だって無闇に人を殺すのは嫌だ。
「隠していたところでいずれ分かるからな。こっちから攻める事もあれば、向こうから攻めてくる事だってある。それに種族で争っているわけではない。領地をどれだけ増やせるかだな」
「領地を? この国って何か足らない物があるんですか?」
見た目にはそうは思えないけど。少なくとも発展の度合いを見れば、この国全体こそ分からないけど、この町はそれほど問題ないように思える。
「こちらにはミスリルの鉱山があり、向こうにはオリハルコンの鉱山がある。しかし我々にはオリハルコンの鉱山がなく、向こうにはミスリルの鉱山がない。まあ、他にも色々あるにはあるが」
アイッシュさんが一度僕らの顔を見渡す。
「君らがどの程度知っているか知らないが、ミスリルやオリハルコンだけで武器を作っても問題がある。一番なのは両方がある事だな。それとこちらには鉄が若干多い。エルフの国――エストニアムア王国と言うのだが、鉄はさほど採掘されないそうだ。その代わりに銅や金が豊富らしい。こちらにも銀山があるが、金と比べれば後は分かると思う」
資源を巡る争いか。確かに戦争の主要な要因としては大きいかも。後は宗教的対立があるかどうかの問題かな?
「昔は統一王国を作る話もあったそうだが、現状は無理だろう。なのでまたいつ争いが再開するかは我々も不明だ」
「私はエルフよ? どっちの味方をすればよいかと聞かれたら、当然分かるはずよね?」
「ああ。しかし君らは今の常識を知らないのだろう? そんな中でエストニアムア王国に行ったところで、良い待遇は受けられないぞ。むしろエルフ主体の国家なのに知識がないのだから、冷遇される可能性だってある」
横からミューエさんが付け足すように言った。確かに言われればその可能性は否定出来ないし、冷遇だけで終われば良いかもしれないけど、それ以上の場合だって考慮しなきゃならない。思わず口ごもってしまった。
さすがにエリーもそう言われては返す言葉がないみたいだ。僕とエリーは、どちらが深刻なのだろう?
「さらに言えば、同じ種族だからといって、どこでも同じ待遇ではない。この国でだってそうだ。ウルフ族の奴隷もいる。エルフ族の貴族もこの国にはいる。まあ、その貴族が君らを雇うかどうかは甚だ疑問だが」
「何でよ? 同じエルフじゃない」
「この国の王はウルフ族だ。彼らもそれは分かっている。なので同じエルフだからといって、早々優遇は出来ないのだよ。そんな事をすれば反感を買ってしまうからな」
やっぱり国とか貴族って色々な柵とかありそうで面倒そうだ。
「僕らがエルフ族の国に行っても、その通りだとする証拠にはならないと思いますが……」
まあ、僕としては淡い期待を持っているだけ。事実がどうなのかは確認の方法なんか無いし。
「では、先ほどのエルフの貴族を連れてきてもいいが? それとも君らが自分でエルフの国へ行くか?」
判断に迷う。この国にいるエルフの人は、きっとこの人達の事をそのまま同じように言うと思う。なのでどちらが良いのかなんて分からない。
かといって、エルフの国というエストニアムア王国へ行ったところで、快く受け入れてもらえるかどうかは未知数。行ってみてむしろこの国からのスパイだなんて思われたらもっと悪い。
そして冒険者で生計を立てるのは、簡単じゃない事くらいはなんとなく分かる。前に倒した魔物だって、倒せたのは偶然かも。現状では二人でしか組めないので、どうしても安全で報酬の安い依頼しか無い。
どれを選んでも利点と欠点があるし、欠点が大きく出た場合は正直かなり危ない。つまり八方塞がりでは無いけども、どれもリスクは大きいと思う。
「まあ我々も今すぐ決めて欲しいとは思っていない。もちろん早めに結論を出してくれた方が助かるし、さらに我々に加わってくれるなら相応の身分を約束出来る」
「え、何故ですか、アイッシュさん?」
「冒険者ギルドと我々とは一応繋がりがある。優秀な者であればこちらに推薦するように伝えてあるし、君らはその中でも近年希に見る優秀だとの事だ。当然ある程度の試験はするが、それで問題がなければ普通は一般兵から功績を挙げてもらう事になるのだが、能力次第で近衛騎士団にもいきなり入る事が出来るだろう。冒険者ギルドからの情報では、我々近衛騎士団に入るだけの実力を秘めているとの事だ」
いくら何でも買いかぶりすぎだと思う。
多少は確かに出来るのかもしれないけど、実際僕らは前の魔物にギリギリで勝ったに過ぎない。その後訓練したとはいえ、それで急激に向上するはずもない。一応エリーの意見も聞いてみる。
「この人達が言っている事が間違っているという保証もないし、かといって正しい保証もないのよね……」
「まあ、君らからすれば確かに同じ種族と争うのは嫌だとは思う。しかし同族だからといって歓迎されない事もあるのは今までの経験から分かっているのではないかな? 少なくとも我々は、君らを陥れようとは思っていない。もちろん君らの力が必要なときは使わせてもらうが、それはどこに行ったところで同じだろう。後は君らが我々を信用するかどうかだ」
信用か……。でも頼れる人なんていないんだよね。今の世界には、エリー以外に信用出来る人なんていない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
結局行く宛てもない僕らは、騎士団に入る事にした。
不安はもちろんあるけど、冒険者としてやっていけるかと言われると自信が無い。
同時にエルフの国に行ったところで、そのまま歓迎されるかどうかも不明。
それ以外の国だって、僕らはまだ一般常識にすら疎いのだし、生活出来る保障がどこにもない。
あの後、騎士団の人たちを何人か紹介してもらったけど、エルフの騎士もいた。敵国がエルフの国でも、それとこれとは別なのかも。
あまり疑ってばかりいても話は進まないし、お金だって必要だ。
選択肢なんて早々簡単に見つからないし、聞いた限りだとどれも一長一短って感じだし。
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